www. (wall with wishes) 登場人物 斉藤 松浦 少年 少女 タテイト ヨコイト DJ 田下   暗闇の中、ラジオのチューニング音。やがてチャンネルが合ったのか音楽が聞こえる。   そしてDJの声。 DJ  時刻は3時を回ろうとしています。西田章人がお送りしてますブンブンサタデー。    ココで、交通情報と天気予報をお送りします。    日本道路交通情報センターの田下さん。 田下 はい、この時間の道路の混み具合をお伝えします。    まず、高速道路の状況ですが、中国地方の高速道路は、山陽道・中国道共に順調に流れています。    しまなみ街道では、因島大橋で高速バスとの軽乗用車、トラックを含む三台の事故がありました。    この為因島北インターを先頭に上りが2キロの渋滞です。付近では現場の警察官の指示に従ってください。    続いて一般道路の状況です。国道2号線は福山市の神島橋東詰めを先頭に上りが2キロ。三原市は事故のため糸崎駅前で上下線とも3キロの渋滞が続いています。31号線は呉中心部で上りが断続的に渋滞……   ラジオのチューニング音が大きくなり、田下の声がかき消される。   明かりがつくとそこには一面の壁。その壁の前に二人の男がいる。 斉藤と松浦である。 松浦 ある所に壁がありました。    その壁はとても大きくて、その向こうに何があるのか誰も知りませんでした。    そして、その壁に挑もうとしてる二人の男がいました。 斉藤 もういいよ。 松浦 ある時にははしごを使って上ろうとし、ある時にはシャベルで穴を掘ってくぐろうとしました。    しかしそれは残念な事にどうしても越えられないのです。    男たちは幾つもの方法を試しました。 斉藤 もういいって。 松浦 幾つもの方法を試して、それでも越えられない壁を前に、途方に暮れました。    途方に暮れながらも男たちはその壁の前を動く事は出来ませんでした。 斉藤 もういいって言ってるだろう。 松浦 良くないでしょう! 斉藤がこの壁越えたいって行ったからついてきたんだよ?    なのに何? 何もしないでただボーっとしてるだけじゃん。 斉藤 ボーっとしてるだけじゃないぞ。よくよく作戦を考えてるんだ。 松浦 (気を取り直して)ある所に壁がありました。ででん!    もうそれはそれは、たいそう大きな壁じゃったそうな…… 斉藤 だからもういいって言ってるだろう。大体何度目だよその作り話。 松浦 56回目 斉藤 数えてたのか? 松浦 んや適当。でも、良い線いってるでしょ? 斉藤 全く、同じ話を何度も何度も聞かされるほうの身にもなってみれば良いんだ。 松浦 同じ話を何度もされたくなかったらどうぞされないようにすればいいじゃん。 斉藤 だから、よくよく作戦を考えてるって言ってるだろう。 松浦 それで、妙案は浮かびましたか? 斉藤 ココは、乙女チックに奇跡を願うってのはどうだろう? 松浦 却下。 斉藤 いやいや、そんな無下に却下にするのもどうかと思いますよ松浦さん。 松浦 却下。 斉藤 ひょっとしたらひょっとして、こう、流れ星とかに祈ってたらこの壁がゴゴゴゴゴって 松浦 却下です。 斉藤 とか何とか話してたらほら流れ星! 松浦 (見向きもしない)だから? 斉藤 何なの、あんた何様なの? なにそのちょっと夢も希望も無い現実路線の大人感は。    ちょっとくらい夢見たっていいじゃん! 奇跡願ったっていいじゃん!    演劇部の友達が言うんだよ? 「あたし、声優になるんだ」……いいじゃん! 松浦 もし本当にその子を友達だと思うんだったら止めてあげるべきじゃないかな? 斉藤 そういうことを言ってるんじゃないだろう!  松浦 だからさ、あるところに壁がありました。ババン! んで、男二人が乙女チックに奇跡を願っておりました。    ここまでは、百歩譲ってよしとするよ。それで、この後の展開はどうなる予定なのよ。 斉藤 そこは、奇跡さんのご機嫌しだいと言うことで。 松浦 駄目駄目、話にならない。大体、どうして壁を越えようなんて思ったわけさ? 斉藤 そこに壁があったからねぇ。 松浦 何、「そこに山があるから」みたいな言い方してんのよ。ぜんぜんカッコよくないし。 斉藤 別にカッコつけようなんて気持ちで言ったわけじゃないし。 松浦 だからさ、具体的に行動しようよ。はしご掛けるでもスコップで掘り起こすでもあきらめてハローワークに通いつめるでも 斉藤 そういや、仕事クビになったんだっけ? 松浦 じゃ無かったら平日の昼間っからお前に付き合ってないって。 斉藤 そりゃまあそうだけど。大丈夫か? おまえ子供生まれたばっかだろ。 松浦 そう思うんだったら早いとこ用事済ませて開放してください。   少年が早足でやってくる。それを追って少女。 少女 待ってよ、待ってってば。 少年 うるさい。付いてくんなよ。 少女 (まくし立てる)だって、でも、しかし、そんな事言われても、まったく、ほいじゃけど 少年 だからうるさいって言ってるだろ。 少女 家に帰らんとお母さんに怒られるよ? 少年 さっき充分怒られたからもういい。 少女 どうしても帰らんつもり? ホントにどうしてもどうしてもどうしても? 少年 だからうるさいって。 少女 家に帰らんかったらどこにいくんね? 少年 広島のばあちゃんの所。 少女 (まくし立てる)広島って遠いんよ? 自転車で行けんのんよ? どうやって行くん? 少年 バスで。 少女 お金は? 少年 お年玉の残り使う。 少女 家出なんてやめようよ。家出って中学生のお兄ちゃんがやることでしょう? 少年 誰が、中学生のお兄ちゃんがやる事って言ったん? 少女 お兄ちゃんいつも言ようるじゃん。「家出ってのは中学生のお兄ちゃんがやるんよ。じゃけえ、俺も中学生になったら絶対家出するんじゃけえ」って。 少年 そんな言い方されると、俺が馬鹿見たいじゃんか。 少女 お家に帰ろうよ。 少年 嫌だ。お前一人で帰れよ。 少女 お兄ちゃんと一緒じゃないと帰らんもん。 少年 じゃあ、帰るなよ。ホントに帰るなよ。俺は今からバスに乗ってばあちゃんとこまで行くけど、帰るなよ? 少女 帰らんもん。あたしもバスに乗ってばあちゃんとこまで行くもん。 少年 お金とかもっとらんじゃろ。 少女 (ポケットから金を取り出して)一万円あったら大丈夫? 少年 うわ、嫌なガキだな。おまえ。 少女 大丈夫? 諭吉さん大丈夫? ばあちゃんとこまで行ける? 少年 だから、お前一人で帰ろって言ってるだろ。 少女 さっきは帰るなって言ったくせに。 少年 つべこべ言わずに帰ろよ。いいから帰ろよ。四の五の言わずに帰ろよ。今から回れ右して、マッハ100で帰ろよ。 少女 やだよ。何言ってもやだよ。四の五の言ってもやだよ。もう決めたもん。 少年 だから、勝手に決めるなよ。 少女 お兄ちゃんだって、おばあちゃんのトコ行くって勝手に決めてるじゃん。 少年 俺は良いの。 少女 あたしも良いの。 少年 全く、ああいえばこういう。もう、好きにしろよ。 少女 いやっほう!   少年、少女去っていく。 松浦 止めなくて良かったかな? 斉藤 何が? 松浦 家出みたいだったけど。 斉藤 小学生だろ? バスのチケットとって広島までって無理じゃね? 松浦 広島までは無理かもしれないけどさ、家出には代わりないんだし。 斉藤 追いかけてみるか? まあ、良い大人が小学生の後を追ってって言うのも傍目には怪しいと思うけど。 松浦 仕方ないよ、そんな時代だもん。 斉藤 身も蓋もない言い方だな。   と、斉藤と松浦、少年少女の向かったほうに行こうとすると、少年と少女がやってきて 少年 身も蓋もない所コンニチハ。 少女 身も蓋もないなら鍋はあるんだね? コンニチハ。 少年 (松浦を指差して)あなたが斉藤さんだね。 少女 (斉藤を指して)あなたが松浦さんだね。 斉藤 俺が斉藤。 松浦 俺が松浦。 少年 (斉藤を指して)あなたが斉藤さんだね。 少女 (松浦を指して)あなたが松浦さんだね。 二人 そうだけど。 少年 残念だけどお父さんは来ないよ。 少女 残念だけどゴドーさんも後藤さんも来ないよ。 少年 残念だったね。 少女 ホントに残念。 少年 残念だったからこの子が何か面白い事をして慰めてあげるよ。 少女 (何か面白い事をやる) 少年 ごめんね、面白くなかったね、ごめんね。 少女 じゃあ、あたしの変わりにこの子が何か面白い事をして慰めてあげるよ。 少年 ドボッサー! 少女 ごめんね、意味不明だったね、ごめんね。 松浦 さっきから言ってるお父さんって何の事? 少年 お父さんを知らないの? 松浦 知ってるといったら知ってるし、知らないと言ったら知らない。って言えばいいのかな。 少女 はっきりしないのね。男の癖に。 松浦 すんません。 斉藤 お父さんって、俺たちの父親って事? 少年 知らないよ。お父さんはお父さんだよ。 少女 ゴドーさんはゴドーさんだし、後藤さんは後藤さんだよ。 斉藤 ゴドーさんと後藤さんはこの際関係ないだろう。 少年 うん、関係ないね。 少女 じゃあね、確かに伝えたからね。 斉藤 何? それ伝えるためにわざわざ戻ってきたわけ? 少年 そうだよ。これは伝えなきゃいけないと思ったんだ。何を賭しても伝えなきゃいけないって思ったんだ。 松浦 ありがとうって言ったほうがいいのかな。 少年 別にどうでもいいよ。僕がやりたくてやったことだから。 少女 ねえ、おじさんたちは何やってるの? 斉藤 お兄さんな。 少女 本当のお兄さんはおじさんおじさん言われたって平気なんだよ? 斉藤 話せば長くなるんだけどな、この壁があるだろう? 松浦 ボーっとしてるんだよ。 斉藤 言わせろよ。 松浦 やだよ、長いんだろ? 少女 暇人なんだね。 松浦 そうだよー。 斉藤 肯定するなよ。 松浦 本当は忙しいはずなんだけどね。このおじさんがボーっとしてるのが好きだからしょうがなく付き合ってるんだよ。 少年 大変だねおじさんも。 松浦 大変なんだよおじさんも。ところで君たちはこれからどうするの? 少年 ちょっと、この向こうまで行きたいんだけどね。 少女 おばあちゃんに会いにいくんよ。 斉藤 おばあちゃん? この向こうにお前らのおばあちゃんがいるのか? 少年 そうだよ。 斉藤 じゃあ、お前ら、この向こう側に行った事あるんだな? 少年 無いよ。 斉藤 はぁ? 無いわけ無いだろう。生まれてこのかたばあちゃんに会いに行ったことがないって訳がないだろう。 少年 だって、無いもんは無いんだよ。 松浦 本当に無いの? 少女 うん、だってあたし等ココに来たの初めてだもん。 斉藤 訳分からん。 少女 ねえ、行ける? 諭吉さんあったら行ける? 諭吉さん何人いたらいける? 松浦 ねえ、斉藤。諭吉さんあったら行けるかな? 斉藤 そんな夢も希望も無い事言うもんじゃないよ。金で何とかなるんだったら何とかしてるよ。 松浦 だよねぇ。 少女 諭吉さん役立たず? 斉藤 いや、ほかの事じゃずいぶんと役に立つと思うぞ。 松浦 だよねぇ。 少女 諭吉さん百人いても役立たず? (と、札束をフトコロから出す。) 斉藤 ヤなガキだな。 少女 安心してよ。半分くらいは子供銀行券だから。 斉藤 ますますヤなガキだな 少年 おじさんたちは良いよね。ココでボーっとしてるだけなんだから。 斉藤 違うって言ってるだろう。俺らはこの壁の向こう側に行きたいの! 少年 ボーっとしてるんじゃなかったの? 松浦 そうだよ。志が高くても行動に結びつかないのを普通世間一般の人はボーっとしてるって言うんだよ。 斉藤 だから、乙女チックに奇跡を…… 松浦 ちょっとこっちのおじさんは黙ってようね。 斉藤 …… 松浦 例え話をするとね。    ある所に壁がありました。 それはとても大きな壁で、その向こうに何があるのか誰も知りませんでした。    そして、その壁に挑もうとしてる二人の男がいました。 少年 おじさんたちの事? 松浦 ある時にははしごを使って上ろうとし、ある時にはシャベルで穴を掘ってくぐろうとしました。    しかしそれは残念な事にどうしても越えられないのです。    男たちは幾つもの方法を試しました。    幾つもの方法を試して、それでも越えられない壁を前に、途方に暮れました。    途方に暮れながらも男たちはその壁の前を動く事は出来ませんでした。 少年 それだけ色々やって駄目だったら、どうしようもないね。 松浦 ソイツがどっこい、どうしようもなくないんだな。 少女 どうして? 松浦 だって、何もやってないからね。作戦立てるのだけは達者なんだよコイツ。 少女 じゃ、穴掘ったりはしご上ったりしてないの? 少年 だめじゃん。 松浦 駄目駄目なんだよ。 少年 じゃあ、僕らが色々やってみるよ。 少女 諭吉さんに手伝ってもらってやってみるよ。 少年 よし、早速スコップ買いに行くぞ。 少女 はしごは? 少年 はしごは危ないからお母さんが駄目って言ってるだろ? 少女 じゃあ、しょうがないね。 少年 (斉藤を指差して)それじゃあまたね、松浦さん。 少女 (松浦を指差して)バイバイまたね、斉藤さん。 斉藤 だから、俺が斉藤だっての。   少年少女去っていく。 斉藤 だから、俺が斉藤だっての。 松浦 二回言わなくても。 斉藤 変なガキだったな。 松浦 羨ましくもあったけどね。 斉藤 金持ってたもんな。最近のガキどもはリッチなもんだ。 松浦 そうじゃなくて、 斉藤 そうじゃなくて何が羨ましいんだ?  松浦 斉藤には分からないよ。 斉藤 何だよその言い草。 松浦 そうやって、いつまでも乙女チックに奇跡を願うんだよね。斉藤は。 斉藤 悪いか? 松浦 良い歳した大人がする事じゃないとは思うけど? 斉藤 そうやって立場にこだわるとろくな事無いぞ? 松浦 こだわらなさ過ぎるのもどうかと思うけど? 斉藤 こだわってるよ、それなりには。 松浦 そういえばさ、あの子らの家出止めるの忘れたね。 斉藤 スコップ買いに行くとか何とか行ってたからそのうち戻ってくるだろ。 松浦 この向こうにおばあちゃんがねぇ。 斉藤 いるわけがないだろ。人間なんて住めないような不毛の大地だって噂だぞ? 松浦 なんだ、噂か。 斉藤 対北朝鮮専用の軍事施設があるって噂もあるけどな。 松浦 噂だったら、重大犯罪者ばかりを集めた特殊刑務所があるってのも 斉藤 それも聞いたことがある。 松浦 でもさ、なんでまたそんな物騒な感じの向こう側に行きたいのさ? 斉藤 そこに壁があるからな。 松浦 何それ、好物があったら拾い食いも辞さないような 斉藤 俺の好きなのチョコな。 松浦 チョコがあったら火の中水の中みたいな 斉藤 火の中だったら焼きチョコだな。 松浦 そういうことを言ってるんじゃないんだけど。 斉藤 そんな味気ない事をいわないの。世界はユーモアと奇跡で満ちているもんだよワトソン君。 松浦 そんなもんですかね? 斉藤 例えば、この笑っちゃうくらい馬鹿でかい壁とか。 松浦 ユーモア? 斉藤 ためしに笑ってみる? 松浦 やだよ馬鹿馬鹿しい。 ヨコイト 馬鹿な話と思うだろ? もう式場との打ち合わせって時になって「結婚やめる」だなんて。   ヨコイトとDJが電話している。その間の斉藤と松浦はフリーダム。 DJ  どうしたどうした、突然電話してくるなり何の話よ? ヨコイト だからさ、あいつがさ「結婚やめる」って言ってんだよ。 DJ  例の彼女が? ヨコイト 例の彼女が。 DJ  幽霊の彼女が? ヨコイト そうそう、幽霊の彼女が。「あれっ、腕が組めない。組めない」っておい! DJ  そうとう参ってるって事は良く分かったよ。 ヨコイト もっと凄いのも出るぞ。 DJ  いや、これ以上やるといろいろダメージが ヨコイト そうなんだよ、ダメージでかいよ。いきなりよ? いきなり「結婚やめる」って DJ  マタニティブルーって奴か? ヨコイト マリッジブルーだよ DJ  そしてお前はマジブルーな。 ヨコイト マジブルーだよ。もう、真っ青だよ。顔面蒼白だよ。 DJ  そこまでじゃないだろ? ヨコイト そこまでじゃないけど、気持ちは蒼白だよ。 DJ  彼女がマリッジブルーで喧嘩でもしたか? ヨコイト 喧嘩にでもなればまだマシだよ。いきなり「結婚やめる」って出て行って。 DJ  そりゃ深刻だな。 ヨコイト さっき、バスの時間までには戻るってメールがあったけど。 DJ  そりゃ…深刻の反対ってなんていうんだっけ? ヨコイト 知らないよ。でもさ、今まで二人して結婚するって前提の元に動いてきたわけじゃん。      式場探したりさ、演出考えたりさ、何回か式場とも打ち合わせたし      ドレスだって結構いい奴借りてんだよ? DJ  それでも彼女は「結婚やめたい」と。 ヨコイト マリッジブルーとか不安になる気持ちは分かるよ? でもさ DJ  でもさ、バスの時間までには戻るって言ってるんだろ? いいじゃん。 ヨコイト 何か引っかかるじゃん。モヤモヤっとするじゃん。      ああ、コイツは「結婚やめる」って言い出す女なんだって思うじゃん。 DJ  世の中にはそれで実際に結婚やめるカップルも多いんだから、ちゃんと帰るってメールしてくれる彼女でよかったと思わなきゃ。 ヨコイト そりゃそうだけど。 DJ  じゃあ、もういいかな? ヨコイト ごめんね、ありがとうございました。 DJ  「ました」じゃなくて? ヨコイト ありがと DJ  はい、どういたしまして。…結婚やめたいって言われたらね。やっぱあせるよね。思うのと言うのじゃやっぱ違うもんね。でも、いい彼女さんみたいで良かったね。幸せになってくれるとうれしいです。    ということで、DJ西田の「タメ口人生相談」    西田があなたの悩みを友達のように、父親のように、はたまた遠縁の叔父さんのようにお聞きします。    お悩みを送ってくださる方はRCCのトップページから「西田のタメ口人生相談」のバナーをクリック。    メールはwww.rcc.nishida-○.jpまでどうそ。    それでは交通情報ですね。道路交通情報センターの田下さん。 田下 はい。それではこの時間の道路の混み具合をお伝えします。    しまなみ街道因島大橋での事故は事故の処理が続いており片側の交互通行となっております。    現場の警察官の指示に従ってください。その他の中国地方の高速道路は順調に流れております。 斉藤 おもろい番組やってないな。   斉藤と松浦、ラジオを聴いている。 松浦 仕方ないよ。電波入るだけマシだと思わないと。 斉藤 でも、よくラジオなんて持ってきたな。 松浦 斉藤と一緒だと退屈しそうだからね。 斉藤 ひどいな。 松浦 ひどいのはどっちよ。いつになったら壁の向こう側へ行こうとするわけ? 斉藤 だから、がんばってこう 松浦 乙女チックに奇跡を願っていると。 斉藤 それに、あのちびっ子たちが戻ってくるまで待ってみてもいいんじゃね? スコップ買ってくるって言ってたし 松浦 結局他力本願には変わりないわけだ。 斉藤 他力本願、棚から牡丹餅、ローリスクハイリターン。これが俺の人生哲学だよ。 松浦 虎穴に入らずんば虎子を得ずって言葉もあるけど? 斉藤 そういう場合は虎の子供に巣穴から出てきてもらうんだよ。お菓子とかで釣って。 松浦 なにそれ、一昔前の誘拐犯だってもっと上手なやり方するよ? 斉藤 ものの例えだろ? それよりも松浦、何か他に持ってきてないわけ? 松浦 無いよ。ラジオだけで十分だと思ったから 斉藤 ウノとか 松浦 無いって 斉藤 神田うのとか 松浦 何言ってんの? 斉藤 オセロとか 松浦 ゲームの方? それとも芸能人の方? 斉藤 ゲームのほうに決まってるじゃん、何言ってるの? 松浦 持って来てないって。 斉藤 じゃあ、芸能人の方のオセロは 松浦 聞くまでも無いでしょ。 斉藤 聞くまでも無いけど聞いちゃうでしょう。その言い方は。 松浦 だから、諦めろってば。 タテイト 諦めてって言ってるでしょう! 松浦 な、こう言ってることだし。え?   タテイトとヨコイトがやってくる。声の主はタテイト。 ヨコイト 諦めるなんて到底無理だよ。野に咲く花のように美しい君を誰が諦められるか、いや、ない。 タテイト どうしてそんな時代錯誤な台詞が吐けるの? あなたどういう神経してるの?      大体何よ、野に咲く花って。野に咲く花って言ったらたんぽぽやら菜の花やらおおいぬの何たらやら ヨコイト オオイヌノフグリ タテイト そう! それよ! そんなんとあたしを一緒にしないで頂戴! ヨコイト でも、こないだはショーウインドウに飾られているバラのようだって言って却下されたから。 タテイト 却下するでしょう! 普通却下されるでしょう! 分からない? ヨコイト じゃあ、どう言ったら良いわけ。定食についてくるたくあんのようなとでも言えば良いわけ? タテイト どう言っても駄目なものは駄目なのよ。 ヨコイト キレイな花があれば部屋に飾っておきたくなる、美味しそうなものがあれば食べたくなる。      それが人の性ってもんでしょう。 タテイト じゃあ、あなたはあたしを飾っておくためにこうして口説いてるの? ヨコイト それは君が「もう一回口説け」って言うからじゃない。 タテイト だめ、全然駄目。その返し文句0点。まずはその品の無い口説き文句直してから出直してらっしゃい。 ヨコイト ジャングルに咲くラフレシアのような力強い君を! タテイト 却下。 ヨコイト 三歳児の食べ残した玉子かけ御飯のような儚げな君を! タテイト 却下。 ヨコイト 寂れたサービスエリアにポツンといる便所コオロギのようなか弱き君を! タテイト あんた、どんどんおかしくなってるわよ? ヨコイト 何て言ったら良いのさ? タテイト そんな事、自分の頭で考えなさい。   タテイト去る。ヨコイト、その背中に向かって。 ヨコイト ちょっと、どこ行くわけ? タテイト 散歩。 ヨコイト あんまり遠くに行かないようにね。 タテイト うっさい。 松浦 今流行のストーカーだね。 斉藤 いや、昔流行って、今は流行りもクソもないストーカーだな。 ヨコイト 何こそこそ失礼な事を言ってるんですか。 斉藤 うお、聞こえてた。 ヨコイト 聞こえてたかじゃないでしょう! そっちこそ、盗み聞きみたいな真似して。人間として恥ずかしくないんですか! 松浦 全然。 斉藤 面白い見世物だったよ。 ヨコイト 見世物とは何ですか、見世物とは! 斉藤 だって、あれ、芝居の練習かなんかだろ? ヨコイト 本気です。大真面目ですよ。 松浦 いやいや、本気であんな台詞が吐けるなんて人間として恥ずかしいよ。 ヨコイト 仕方ないでしょう! 必要に駆られての事なんですから。 斉藤 もっと、普通に言えないの? ヨコイト 普通って何ですか。 斉藤 「好きだ」「愛してる」「電話してもいい?」 ヨコイト そんな台詞、いくらでも言いましたよ。 松浦 どんな風に? ヨコイト 君のその真珠のような目が好きだ。 斉藤 却下、次。 ヨコイト 赤とんぼ 岩清水の音 静やかに 照る月も無く るるると唄う。 松浦 何それ? ヨコイト 折句ですよ。 松浦 折句? ヨコイト ちょっとさっきのわたしの歌を読んでみてください。 斉藤 赤とんぼ 岩清水の音 静やかに 照る月も無く るるると唄う。 ヨコイト (斉藤の台詞にあわせて)あ・い・し・て・る 斉藤 分かり難いよ! 松浦 次は? ヨコイト で、電信柱に〜。ん、ん! わ、私の愛を〜 斉藤 却下却下却下! 大体、何だよ「ん!」って。 ヨコイト 私なりに気合を入れてみたんですが、駄目だったでしょうか。 斉藤 もう、良い悪い以前の問題だと思う。 松浦 ねえ、ストーカーさん。 ヨコイト ヨコイトです。 松浦 (無視)ストーカーさんさぁ、ストーカーされてる女の人諦めたら? ヨコイト 彼女はタテイトです。諦められるんなら諦めてますよ。 松浦 じゃあ、諦めないでいたら? ヨコイト ずいぶんと投げやりなんですね。 斉藤 そら、初対面にずいぶんと親切にできる人間の方がなかなかいないと思うんだけど。 ヨコイト じゃあ、次からは親切にしてもらえると嬉しいんですが。 斉藤 やなこった。 ヨコイト (財布から金を出して)じゃあ、コレでお願いします。 斉藤 子供銀行券じゃないの。 ヨコイト やっぱ駄目ですか。 斉藤 そりゃやっぱ…… 松浦 ココで駄目だなんて言ったら、とても味気ないよね。夢も希望もあったもんじゃない。    「結局は金かよ」ってなっちゃうよね、どうしてもなっちゃうよね。 斉藤 お願いされます…… ヨコイト 本当ですか。 斉藤 もうヤケクソです。 ヨコイト いや、ヤケクソになられても困るんですが。 斉藤 ほらほら、お願いしたんでしょ。さあ、何お願いするの。どうしたいのあなたは?    50文字以内でさあ、どうぞ! ヨコイト 彼女に伝えるべき言葉を考えてください。 松浦 50字以内。 斉藤 そんなの自分で考えてください。 ヨコイト そんな。 斉藤 じゃあ何ですか? 見ず知らずのあなたのストーカーしている相手に伝える言葉をどうやって考えれば良いんですか。50字以内で答えてください。 ヨコイト 虫が良すぎる話ってのは分かっています。でも 松浦 でももへったくれもないでしょ。 ヨコイト …… 松浦 ヨコイトさんだっけ? ヨコイト はい。 松浦 あなたの事を何も知らないのに、あなたの言葉を考えるのは少し難しいと思うんだ。まずは、あなたの事を知らないとね。ね、斉藤。 斉藤 いや、俺は、その、だから、 松浦 いやいや、今の若もんにしては珍しく社会不適合なくらいにいい奴だよ斉藤は。 斉藤 そんな事…… ヨコイト ありがとうございます! 私の事、包み隠さずお教えします。 斉藤 じゃあ、まずは本名を ヨコイト  ヨコイトです。 斉藤 嘘つけよ! どこの国にそんなふざけた本名があるんだよ。 ヨコイト 人の名前をふざけたなんて言うもんじゃありませんよ。 斉藤 ふざけてるだろうよ! 松浦 じゃあ、何歳? ヨコイト 27です。 斉藤 血液型。 ヨコイト ガタガタ 松浦 出身は? ヨコイト 広島です。 斉藤 なに年? ヨコイト コケ脅し。 斉藤 やっぱりふざけてる! ヨコイト 待ってください、コレは何かの冗談です! 松浦 お茶目なんだな。 ヨコイト それだけが取り柄で……すいません。 斉藤 次やったらもうやらないから。 ヨコイト はい、以後気をつけます。 松浦 誕生日は? ヨコイト 5月18日です。 斉藤 何座? ヨコイト ギョウ……おうし座です。 斉藤 怪しかったけど許そう。 松浦 好きな女性のタイプは? ヨコイト タテイトさんです! 斉藤 そのタテイトさんと会ったのはいつ? ヨコイト そう、そのタテイトさんと出会ったのは、昼は暑く夜は肌寒い秋口の事でした。      その頃私は学生で、丁度卒論に追われていました。      行き詰っていた私に、暖かいコーヒーを入れてくれたのが同じゼミの彼女だったんです。      彼女の入れてくれたコーヒーは、本当においしかった。 斉藤 インスタントだろ? ヨコイト ふわっと立ち上る豆の香り、口に入れたときの香ばしい苦味 斉藤 だから、インスタントだろ? ヨコイト インスタントかどうかなんてどうでもいいことです。ただ、もう一度、あのコーヒーが飲みたい。 松浦 じゃ、それを彼女に言ってみたら? ヨコイト そんな事、恐れ多くて言えません! 松浦 そうだよね、ストーカーって身分の分際で、 斉藤 ストーカーって身分だったのか? ヨコイト だからストーカーじゃないって言ってるじゃないですか。 松浦 じゃあ、何? 彼女とあなたはどういう関係? ヨコイト 婚約者です。 斉藤 嘘つくんならもうちょっとマシな嘘つきなよ。 松浦 どうせばれるんだからさ。 ヨコイト 本当なんです! 斉藤 で、仮に、仮に! それが本当だったら、どうしてそんなに悩む必要があるのよ? ヨコイト 私たち、今度、結婚するんです。 斉藤・松浦 はいはい、おめでとさん。 ヨコイト 式場も予約して、招待状も書いて、 斉藤・松浦 そりゃ結構な事で ヨコイト なのに突然「結婚しない」なんて彼女が言い出して、 松浦 で? ヨコイト 理由を聞いても彼女は答えてくれませんし、私にもさっぱり見当がつきません。      そして「本当に結婚したいならもう一度わたしを口説いて」なんて言われまして。      情けないものです、婚約相手の気持ちも分からないなんて。 松浦 分からないものは分からないでしょ。 ヨコイト 松浦さんは優しいんですね。 斉藤 「は」? ヨコイト 斉藤さんも優しいんですね。 松浦 わざわざ言い直してるあなたの方が数段優しいと思う。 ヨコイト そんな事アリマセン。臆病なだけです。 斉藤 臆病なら臆面も無く「キレイなバラのような」なんて台詞吐けないと思うぞ。 松浦 大丈夫大丈夫。斉藤が臆病でも吐けるような台詞考えてくれるから。 斉藤 なんで、そこまで責任持たなきゃ…… ヨコイト お願いします。 斉藤 まずはさ、そのひねくれた言い回しを何とかしたほうがいいと思うんだけど。 ヨコイト ひねくれていますか? 松浦 もうね、ひねくれすぎていて逆に真っ直ぐな感じで 斉藤 意味分からん。 ヨコイト 分かります、一つ一つのパーツはそれほどでもないんだけど、全体としたら結構可愛いみたいな 松浦 ちょっと違うんだけど。 ヨコイト 違いましたか。 斉藤 だからさ、要するに真っ直ぐあっての変化球なわけよ。ね? ストレートが基本。 ヨコイト ストレートが基本。 斉藤 そうそう。曲がったり落ちたりするのはおまけなわけよ。言葉も同じ、曲がったり落ちたりするのは邪道ってわけ。 松浦 曲がったり落ちたりする言葉って? 斉藤 ちょっとヨコイトさん。俺を口説いてもらえます? ヨコイト え? いや、急に 斉藤 ほら、俺を婚約者だと思ってさ。 ヨコイト いや、タテイトはこんなに毛深くないですし。 斉藤 つべこべ言わずにとっととやる! ヨコイト ! 密林ジャングルの中に埋もれている古代から伝わる秘宝のようなあなたを手に入れたい! 斉藤 これが曲がったり落ちたりする言葉だ。 松浦 ほんとだ。ぎゅんぎゅん曲がってる。 斉藤 だろ? 中日の岩瀬のスライダーくらい曲がってるだろ? 松浦 うん、慣性の法則を無視するように曲がってる。 ヨコイト よく分かりませんが、そんなにいけませんか? 松浦 話にならない。 斉藤 全然駄目。ためしに俺の後ついて言ってみ? 好きです。 ヨコイト 好きです。 斉藤 あなたが好きです。 ヨコイト あなたが好きです。 松浦 がんばろう神戸 ヨコイト がんばろう神戸 斉藤 コンサドーレ札幌 ヨコイト コンサドーレ札幌関係ないですよね? 松浦 ついでに神戸も関係ないね。 ヨコイト 真面目にやってくださいよ。 斉藤 分かったよ。じゃあ、リピートアフターミー。好きです! 松浦 好きです! ヨコイト 好きです!   三人、「好きです」を連呼。   少年、少女が戻ってくる。少年の手には仰々しいスコップ。 少女 お兄ちゃん、あれ。 少年 見ちゃ駄目だからな。 少女 うん。お母さんにも言われてるもんね。 少年 こう言うときは黙って110番しなさいってね。 三人 ちょっと待った!   少年、少女を守ろうとする。スコップを構えて迎撃体制。 少年 何でしょうか? 斉藤 ずいぶんとよそよそしいじゃないの。 少年 知らない人には関わるなって言われてるから 松浦 さっきお話したでしょ? 少年 僕の人生で唯一最大の欠陥でした。 少女 おじさんたちホモ? ヨコイト 違いますよ。 斉藤 違うぞ。 松浦 違うんだよ。 少年 大人はたいてい違うって言うんだ。おやつがあっても「ない」って言うのが大人なんだ。 斉藤 どんな教育受けてんだよ。 少年 (妹に)大丈夫、お前はお兄ちゃんがちゃんと守ってやるからな。 少女 本当? 少年 もし、お前が病気になって夏のクソ暑い時に「雪が食べたい」って言っても、お兄ちゃん何とかしてやるから。 少女 あたし、鯖寿司が食べたい。 松浦 なかなか渋いセレクトで。 少年 と言うことだからな。妹になんかしたら、なんかするからな! ヨコイト 何もしませんから。 少年 変態の言うことが信用できるか! 斉藤 ずいぶんな言われようだ。 松浦 いやね。これにはかくかくしかじかの理由があってね。しかしかうまうまの状況なわけで 少女 なーんだ 斉藤 通じた… 少年 それであんな「好きです」とか言ってたの? 松浦 そうなんだよ、人助けの一環でね。 ヨコイト 助けてもらってるんです。 斉藤 と言うことだ、110番してお巡りさんに来てもらう必要なんて無いんだよ。分かったか? 少年 分かったよ。 少女 勘違いしてごめんね。 松浦 いいんだよ。 少女 お詫びに何か面白いことをしてあげるよ。この人が。(と、ヨコイト) ヨコイト え? 少女 お詫びに何か面白いことをしてくれると思うよ。 ヨコイト (何か面白いことをやってみる) 少女 うん、おもしろーい。 斉藤 (ヨコイトに)これも訓練の一環だと思って、な? ヨコイト はい… 少年 ほら、あっちで掘るぞ! 少女 うん! ばあちゃん、ばあちゃん出てくるかな? 少年 ばあちゃんは出てこないと思うけど   などといいながら少年、少女あさってのほうへ。 斉藤 ちょっと休憩するか。 松浦 まだ始めたばっかりじゃん。 斉藤 子供の前で「好きです」の大合唱なんてみっともないだろ。 ヨコイト 確かにそうですね。 斉藤 ラジオは……と DJ  ただいま広島県内の温度計は…庄原が28度が最高ですね。広島市内でも27.4度を記録しています。    時刻は4時31分になろうとしています。ずいぶんと気温が落ちないですね。    今日は、広島は最高気温36度を記録しています。その他、福山では35.6度、庄原でも35.5度ですね。    ここで最新の事故の情報が入っています。因島大橋での事故ですが、高速バスが海に投げ出されている模様です。    現在、海上での捜索が続けられております。なお、事故に伴う渋滞ですが、広島県内の交通情報とあわせてお伝えしましょう。道路交通情報センターの田下さん。どうぞ。 田下 はい。それでは県内の道路の混み具合をお伝えします。    因島大橋での事故に伴う渋滞は、先ほど事故の処理が終了しました。また、その他の広島県内の高速道路は順調に流れています。 DJ  という事で、皆さん暑いですけど事故にだけは注意して運転しましょう。 斉藤 でもさ、バスに乗ってて事故られたらたまったもんじゃないよな。 DJ  確かに乗客はどうも出来ないからね。 斉藤 え? DJ  HAHAHA、西田章人がお送りしていますブンブンサタデー、平日枠に移ってもブンブンサタデー。    番組のディレクターも番組名変えようって発想がなかったのかね?    どう思います? 田下さん。 田下 そうですね。ローカル番組だからそんな細かしいところに頓着しなくても大丈夫との判断でしょう。 DJ  まぁねー、ちょっとこないだまでリスナーめっちゃ少なかったもんねー。土曜枠でメール一通とかざらだったもんねー。 田下 よく番組がなくならかったものですね。 DJ  ホントだよー。 松浦 何かおかしくない? このラジオ。 斉藤 おかしいよな? DJ  おかしくなーいよ。 ヨコイト 絶対おかしいです。 DJ  おかしくないってば、ねえ田下さん? 田下 おかしくなーいよ。 DJ  ほらー。 斉藤 松浦、ラジオのスイッチ。 松浦 うん。   松浦、ラジオのスイッチを切る。 DJ  おかしくなーいよ。 田下 おかしくなーいよ。   と言いながら、DJ、田下去っていく。 斉藤 なんだったんだ? ヨコイト 何か悪い夢を見ているようでした。 松浦 故障かな? 斉藤 電波はしっかり入ってるのに? 松浦 分かんないけど。ちょっと見てみるから、斉藤はヨコイトさんの特訓してたら? 斉藤 いいんだよ、彼女見っけたら「好きです」って言ってりゃ良いんだから。 ヨコイト 投げやらないで下さい。 斉藤 ほら、彼女。 ヨコイト 好きです! 斉藤 うそぴょーん。 ヨコイト だから、投げやらないで下さいってば 斉藤 んじゃさ、ためしに俺を口説いてみなよ。 ヨコイト もっとましな相手はいなかったのでしょうか? 斉藤 それを当人に直接言えるのはいい根性だ。 ヨコイト 生きるか死ぬかって時になりふりかまってられないのと同じでしょう? 松浦 ずいぶんな言われようだね。 斉藤 なんかスゲーやる気無くしたんですけど。 ヨコイト ああああ、すいませんごめんなさい、やる気なくさないで下さい。      もう、最高の相手です。最も高いと書いてエベレスト級の最高の相手です。      よっ、日本一! 斉藤 その例えがスゲーうそ臭い。エベレストなのに日本一とかありえない。 ヨコイト そうか…ガトーショコラと寿司の組み合わせをしてしまったという事か 松浦 変な風に納得してるけど 斉藤 いいから、ちゃっちゃと口説いてみたら? ヨコイト あ、はい。好きです! 斉藤 どこが? ヨコイト へ? 斉藤 あたしのどこが好き? ヨコイト いや、その。 斉藤 じゃあ、さっきの言葉は嘘? ヨコイト 嘘なんかじゃないよ。 斉藤 あなたっていつもそう、嘘つくの下手なのよ。 松浦 そういう設定? ヨコイト ごめん。不器用で。 斉藤 でも、不器用な自分がかわいいだなんて自分で思ってるんでしょう? ヨコイト そんなことないよ。 斉藤 分かるの!    あたしもダイエット中にクレープほお張りながら「こんな意志薄弱なあたし最高」って思ってるから。 ヨコイト 本当に、そんなことはないんだよ。だって、僕は自分で自分を認めることが出来ないんだから。 斉藤 残念ね、自分を好きになれない人は、誰かを好きになることなんて出来ないと思うの。 ヨコイト でも、僕は君のことが好きなんだ。      どんな哲学者が難しい顔して真理を説いたって変えることの出来ない事なんだ。 斉藤 素敵な言い回しだけど、そんな押し付けがましい台詞であたしが落ちると思ってるの? ヨコイト かと言って捻った言い回しも好みじゃないんだろ? 斉藤 そうね。 ヨコイト 僕はどうしても君と結婚したいんだ。結婚を今更取りやめるのが恥ずかしいとかそういうんじゃない。      君は僕にとって結婚してもいいと思ったただ一人の女なんだから。      君も知ってると思うけど、僕だってそれなりの女の人とお付き合いしてきたけどね。      でも、結婚したいと思ったのは、本気で思ったのは君だけなんだ。      それだけは、分かって欲しい。   いつの間にか、少年と少女が二人のやり取りを見ている。 少女 うん、よく分かったよ。 少年 おじちゃんたちがホモだって事はよく分かったよ 斉藤 おうい! ヨコイト いやいや、これには深い訳が。 少女 深い関係だって事もよく分かったよ。 少年 ここでは言えない関係だって事もよく分かったよ。 斉藤 だからだからだから ヨコイト さっきも説明したとおりのことでね? 少女 何のこと? ヨコイト だからかくかくしかじかでね? 少女 かくかくしかじかって何? 少年 分からない。知らない。 ヨコイト さっきは通じたのに! 斉藤 おい、松浦。何とか言ってくれ! 松浦 かくかくしかじかなんだよ。本当に。 少女 えー、本当に? 少年 うわ、マジで? 斉藤 なんて言ったんだー! 松浦 ちょっとココでは言えないような。 斉藤 言えない様なことを伏せて言うなよ! ヨコイト 何とかしてください! 松浦 お、他力本願コンビ発動。 斉藤 楽しそうにすんじゃねえ! 少女 これ使うといいよ? (と、スコップを) 斉藤 何で? 少女 掘ったり掘られたりなんでしょ? ヨコイト あああ〜、そういうあれですか。 斉藤 もう、認めちゃったほうが楽になれるかな? ヨコイト やめてくださいよ、そんな投げやらないで下さい! 斉藤 だって面倒臭いだろ。 ヨコイト 待って下さいよ、こっちには婚約者までいるんですから。ホモのレッテルなんて勘弁ですよ! 少年 婚約者? 少女 こんにゃく者? ヨコイト そだよー、僕にはとっても綺麗な婚約者がいるんだよ。 松浦 嘘だよー ヨコイト ちょっと! 少年 嘘だって。 ヨコイト 嘘じゃない嘘じゃない。   ちょうどそこへ、タテイトがやってくる。 ヨコイト タテイトさん! タテイト なに? ヨコイト ほら、この人だよー。 少年 お姉ちゃん、婚約者? 少女 お姉ちゃん、こんにゃく者? タテイト 何でそんなこと聞く訳? ヨコイト これにはちょっとだけくだらない訳があって タテイト くだらない事ならあんまり巻き込まないでよ。 ヨコイト こっちにとっちゃ死活問題なんだから。 タテイト 死活問題だろうがあたしには関係ないことでしょ。 少女 嘘つき。 タテイト 何々、どんな嘘を付いてたって? 少女 ホモ、婚約者、ホモ。 タテイト うわー、そういう展開だったんだ。 斉藤 よく通じるな、あれで。 少女 お姉さんこんにゃく者? タテイト 違うよー。婚約者じゃないんだよー。 少女 違うってー。 ヨコイト ねえ タテイト ん? ヨコイト ホントに、婚約者じゃないって言ってるの? タテイト 聞いてなかったの? 言ったじゃないさっき。 ヨコイト 冗談抜きで? タテイト 冗談に決まってるじゃない。   ヨコイト、タテイトを平手打ち。 ヨコイト 何で冗談でそんなことが言えるんだよ!      何様のつもりだよ! 僕と結婚するのがそんなに嫌ならはっきり言えばいいじゃないか! タテイト 別に嫌とは言ってないじゃない。 ヨコイト じゃあ、何でもう一回口説けなんて言うんだよ。そんな人を試すような事して面白いかよ! タテイト …… ヨコイト 口説くとかそんなん得意じゃないんだよ。でも、一生懸命やったよ。的外れかもしれないけど。      そうしたら君の不安がマシになると思ったから、頑張ってやってみたよ。      なのに、その態度何? タテイト ごめん ヨコイト 僕だって不安だよ。結婚したってこれから先どうなるか分からないのはこっちだって同じなんだよ!      そっちだけが不安一杯だなんて思わないでもらいたいね。 タテイト ごめんなさい。 ヨコイト でも、好きなんだよ。これから一緒になって上手くやれるのか分からないけど、でも一緒になりたいんだ。      君以外の人と結婚するなんて考えられないんだよ、僕は君としか結婚できないんだ。 斉藤 さっきはあたしを口説いてたくせに。 松浦 黙ってて。 ヨコイト 大学のゼミでさ、コーヒー入れてくれたの覚えてる? 斉藤 インスタントのな。 松浦 だから黙れって。 ヨコイト うん、インスタントだった。自分のコーヒー入れるついでに入れてくれたんだけど、これがめちゃくちゃ濃いのよ。 タテイト ごめん、覚えてない。 ヨコイト そっか、そうだよね。取り留めのない事だもんね。      でも、そのコーヒーで僕は君を好きになったんだ。      ずっと、あのコーヒーを毎日飲める生活を描いていたんだ。      好きです! これで口説かれてください! 斉藤 もう一押し! 松浦 黙れって。   斉藤、松浦に引っ張られて行く。少年少女は気を利かせてか、松浦についていく。   少女、ててててと戻ってきて。 少女 いいね、若いって。   少女、ててててと去っていく。 タテイト コドモに「若いっていいね」って言われた ヨコイト うん。 タテイト もう一押しは? ヨコイト へ? タテイト 言ってたじゃん。もう一押しは? ヨコイト えーと、もう一押しね。 タテイト 無いわけ? ヨコイト んと、あのさ、もう一押しになるかどうか分からないけどさ。きっと何とかなると思うよ。      上手くいえないけど、結婚上等みたいになるんじゃない? タテイト 何とかって? ヨコイト 例えばさ、地震が来てタンスとかが倒れてきても僕と君だったらバリアとか張れちゃいそうな気がするんだ。 タテイト 無理じゃない? ヨコイト それなら、宇宙人が来たとして、僕と君だったら手のこの辺からビーム出してやっつけれそうな気がするんだ。 タテイト 無理じゃない? ヨコイト やっぱ無理かなぁ。バリアとか張れないだろうし、宇宙人にもやられちゃうだろうね。 タテイト 駄目じゃん。何とかなってないじゃん。 ヨコイト でも、最後の最後まで君と一緒にいれるんなら、僕は満足だよ。 タテイト …… ヨコイト ごめんね、自己満足で。「お前を守ってやるー」みたいな、男らしい事言えなくてさ。 タテイト ううん。 ヨコイト コドモに「若いっていいね」って言われるくらい青臭くてごめんね。 タテイト ううん。 ヨコイト ん!(と、もう一押しのポーズ) タテイト 何? ヨコイト もう一押し。 タテイト もう押さなくてもいいよ。 ヨコイト え? タテイト もう一押ししなくてもいいよって。 ヨコイト と言うことは? タテイト うん、口説かれたって事にしておく。 ヨコイト ホント? タテイト 本当。 ヨコイト 本当んんん〜、ドボッサー! 少年 ドボッサー! 少女 だから、おもしろくなーい。   少年、少女に続いて松浦、斉藤。斉藤はガムテープで口を封じられている。 斉藤 ふっふふ、ふふふ、ふふふふふんふふふふふ!(やったな、さすが、俺の見込んだ男だ!) 松浦 雑貨屋、空き家、の多い商店街! 斉藤 ふふーん!(ちがーう!) 松浦 ふふーん! 少年 違うって言ってんじゃない? 斉藤 ふふ! 少女 ふぐ! 斉藤 ふふふふ、ふーふ、ふふふ。(ていうか、テープ、とれよ) 松浦 台詞がでーてこない。 斉藤 ふふふ!(違う) 少年 くつしたにビール、ポテト! 斉藤 ふふふっふふ!(違うってば!) 少女 あたし、鯖寿司が食べたい。 斉藤 ふふふふ〜(違うよ〜) ヨコイト ていうか、テープ、とれよ。ですよね。   ヨコイト、斉藤のテープを凄く優しい雰囲気で乱暴にはずす。 ヨコイト ありがとうございました。 斉藤 何か、結果オーライみたいでよかったよ。 松浦 おめでと。 少女 めでたいの? ヨコイト うん、とってもめでたいよ。 DJ  おーめでーとさーん。   一同、固まる。DJと田下が出てくる。 DJ  良かった良かった良かったね〜。一時はどうなることかと思ったけど、あれでしょ? 人生相談の彼でしょ? ヨコイト はあ… DJ  ちょっとくらいは心配してたんだよ〜。ディレクターと酒の肴にしながらね。    折角上手くいったんだからもっと喜んでもいいんじゃない? ねえ、田下さん? 田下 はい、順調に流れております。 斉藤 ラジオのスイッチは? 松浦 切ってあるよ。 斉藤 何なんだよ。これ。 DJ  何なんだろうね。これ。イミフだよ、イミフ。イミフって分かる? ロシア人の名前とかじゃないの、イミフチェフとかっていう奴のあだ名とかじゃないの。意味不明、分かる? アンダスタン? タテイト 何、この人。 DJ  あー、すいません自己紹介遅れました。と言うことで西田章人がお送りしております。ブンブンサタデー、時刻は5時になるところです。ココで、広島県内の交通情報を聞いてみましょう。田下さん、お願いします。 田下 はい。因島大橋での事故ですが、依然として捜索が続けられております。その他の中国地方の高速道路は順調に流れています。続いて一般道路の状況をお知らせします。まずは国道二号から、福山市は神島橋東詰めで上りが2キロの渋滞です。三原市は糸崎神社前を先頭に下りが1キロ、木原町では上りがノロノロ運転です。 DJ  はいありがとうございましたー。 田下 まだ続きがありますが? DJ  それは、また今度聞くよ。ちょっといい感じの店でゆっくり。 タテイト ちょっとついていけてないんだけど。 ヨコイト 僕もついていけてませんから。   少女、胸を押さえてうずくまる。 少女 …苦しい。 少年 大丈夫? どこが苦しい? DJ  そう苦しい。あなたもあなたもあなたもあなたもあなたもあなたも!(と、6人を指す) 少年 どうして? DJ  生きるって事はそれだけしんどいって事なんだよ。なーんて言っても分かるわけないよね〜。 タテイト なんでこんな息苦しいの? DJ  恋だよ恋。 ヨコイト タテイトさん、大丈夫ですか? タテイト そっちこそ平気なの? ヨコイト 一応、男ですから。 田下 事故の最新情報です。海上に落ちたバスですが、因島から1.3km沖で発見されました。    ダイバーが捜索に当たっています。 DJ  こんだけヒントあるんだからさ、ほらほら、心当たりとかないわけ? 松浦 まさかね。そんなお芝居みたいなこと。 タテイト 今時、お芝居だってそんな流行遅れの事やらないわよ。 DJ  流行り廃りで人生決まっちゃうわけじゃないからね。ね、田下さん? 田下 自動車の流れこそが重要だと思います。 DJ  そう自動車の流れこそが重要だよ。あとちょっとスピード落としとけばよかったんだ。 斉藤 そうだった。   その瞬間、舞台は海底になり、少年、少女、タテイト、ヨコイト、松浦は眠ったように苦しむ。   まるで、海草が揺らめいているように。 斉藤 そうだったよ。事故ったんだよ、高速バスが。スゲー揺れたよ、そんでもって海にダイビングだ。    隣じゃ、松浦が本読んでてさ。よくも車酔いしないもんだよな。まったく不思議だよ。    「ゴドーを待ちながら」っていう奴で、あ、だから「ゴドーさんは来ないよ」ってか。    あのちびっ子達も乗ってたよ。人懐っこい女の子だった。チューインガムくれたっけな。    松浦がかいがいしく相手してやってた。あいつ、結構子供受けするんだよ、女にはもてないくせに。 DJ  ずいぶん言うねぇ。 斉藤 あのカップルもいたっけな。よく覚えちゃないけど、なんか不機嫌そうな感じでいたのだけ覚えてるよ。    そっか、喧嘩してたんだな。だからあんな……折角仲直りしたのにな。 DJ  こんな落ちだもんねー。 斉藤 うるせえよ。 DJ  それでは、事故の最新ニュースをお伝えします。田下さーん。 斉藤 うるせえよ! 田下 ダイバーが車両を発見しました、乗客は車内にいる模様です。乗客は運転手とあわせて7名。運転手と見られる男性の死亡が確認されています。 斉藤 うるさいって言ってるだろう! DJ  怒られちゃった。 斉藤 あんた誰だ? DJ  西田章人ですがなにか? 斉藤 どうしてこんなふざけた事を…! DJ  まじめに報道してるじゃないの。まじめに面白おかしくなるように。 斉藤 ふざけんなよ! DJ  あのね、こちとらふざけるのが仕事なの。    18歳の少年が幼児虐待、山中でバラバラ死体発見。んでもってバスが瀬戸内海にダイブ。    ちょっとでも面白くなるように伝えないと誰も聞いてくれないからね。例えば…    二日前に、市内でひき逃げあったの覚えてる? 30歳の男性が死亡。残念だったね、子供が生まれたばっかりだって。 斉藤 それとこれと何の関係も DJ  覚えてないんだねー。仕方ないよね、よくあるニュースだもんね。 斉藤 …… 松浦 だったら 斉藤 松浦? 松浦 だったら珍しいニュースにしてやればいい。 DJ  それならそれで、こっちはありがたいんだけど。ね、田下さん? 田下 わたしは交通情報をお伝えするだけですから。 松浦 橋の欄干破って10数m下の海へバスが転落、おまけに転落から2時間以上経ってる。普通に考えれば全員助かる見込みはないだろうね。 斉藤 松浦、何言ってんだよ。 DJ  ま、とても当事者とは思えないほどの冷静な分析。 松浦 でも奇跡的に生存者がいるんだよ。   松浦、斉藤を見る。 斉藤 はい? 松浦 良かったじゃん。乙女チックに奇跡を願った甲斐があったってもんだ。 斉藤 ちょっと待てよ、どうするつもりだよ。 松浦 この壁を越えるんだよ。 DJ  面白そうじゃないか。実況してやる。 斉藤 でもどうやって? 松浦 ほら、よく見ろよ。くもの糸がいくつも降りてきてるぞ?   上からは救助のためのロープなどが降りてきている。   斉藤、ためらいがちにそのうちの一つ(見えない一つ)に手を伸ばす。 斉藤 上手くつかめない。 ヨコイト さ、どうぞ。(と、ロープを持たせる) 斉藤 ありがとう。 タテイト これからが大事なんだからね。 松浦 さあ、登って!   斉藤、壁を登り始める。 田下 それではこの巨大な壁を前にする斉藤さんの位置情報をお伝えいたします。    ただいま斉藤さんは、地上から3mの地点をのろのろ登っています。 DJ  田下さん、斉藤さんはこの壁を登れそうですか? 田下 壁の正確な高さが分かれば、見通しも立つと思うのですが DJ  なるほど、分からないという事ですね。 少女 大人でも分からないことってあるの? 松浦 うん、むしろ分からない事のほうが多いんだよ。 少年 じゃあ、案外大人ってつまんないね。 ヨコイト そんな事もないと思うけど? タテイト つまんない大人にならなきゃ、結構つまんなくないけど? DJ  じゃあ、ここでつまんなくない大人、手を上げてみよう!   斉藤以外の大人はみなそれぞれに手を上げる。 斉藤 無理だろう! この状況で挙手は。 タテイト やーねー、言い訳だけは達者になって。 少年 ああいう大人にだけはなりたくないな。 松浦 散々な言われようだね。 田下 その散々な言われようの斉藤さんですが、ただいま地上から15mの地点です。 少女 でも、いいなぁ。あたしも大人になりたかったなぁ。 少年 大丈夫だ、兄ちゃんが何とかしてやるから。 少女 あたしね、大人になったらケーキと鯖寿司たくさん食べるの。 ヨコイト 凄い食べあわせだね。 少女 そんでね、鯖寿司の上にはね、イチゴチョコが乗ってるのね。 タテイト イチゴチョコが乗ってるケーキじゃ駄目なの? 少女 そこがこだわりなのね。 タテイト あ、そ。 少女 そんでね、イチゴチョコ鯖寿司を全国に売り出すのね。    そんでね、大ヒットするのね。 ヨコイト 大ヒットするの? 少女 もうね、たまごっち以上の大ヒット。 タテイト あんた絶対ハタチ以上でしょ。 少女 でも、残念だったな。 少年 諦めがいいなんて子供らしくないぞ。 ヨコイト 君の言い草も十分子供らしくないよ。 少年 折角だから背伸びしてみた。 松浦 そっか。 少女 お兄ちゃん、手ぇ握って。   少年、少女の手を握る。少女、少年、そのまま深い海のそこへ。   それらを黙って見送る斉藤以外の面々。   斉藤は、上へ上へ。   タテイト、無言で手を出す。それを無言で握るヨコイト。 DJ  さあ、田下さん。現在の状況はいかがでしょうか? 田下 50m地点を越えました! DJ  壁はまだまだ続きます。後どのくらいでしょうか? 田下 ずいぶんです! DJ  そう、ずいぶんです。先は長い、息は苦しい。この後、彼は壁を登りきることが出来るのでしょうか! タテイト 出来ると思う? ヨコイト 出来ると思うな。 タテイト 何でそんな自信たっぷりなの? ヨコイト 多分、君と同じ理由だと思うけど? タテイト あたしの理由は、あたしが願ってるからだけど? ヨコイト やっぱり同じだ。 松浦 がんばれ斉藤! 斉藤 おうよ!   斉藤、さらにスピードアップ。 DJ  さて、ココでお葉書を紹介しましょう。ラジオネーム「ロバの幸子さん」    いつもラジオ聞いてます。今も、斉藤さんの生中継を手に汗握りながら聞いてます。    おかげで手のひらにあせもが出来ました。斉藤さん、この責任取ってください。    だそうですよ、斉藤さん。 斉藤 知るか! DJ  だそうです。ロバの幸子さんには、番組特性ステッカーを送りますね。 田下 西田さん、いいでしょうか? DJ  はい。 田下 斉藤さんですが、現在100m地点に差し掛かっています。 DJ  ずいぶんなスピードですね。 タテイト あたしが願ってるからね。   タテイト、ずいぶんと苦しそう。それを気遣うヨコイト。 ヨコイト 大丈夫? 無理しなくていいよ。 タテイト 無理するわよ。だって先に行きたくないから。 ヨコイト そんなことなら、僕が君に合わせるから。 タテイト そんなの、かっこ悪くて出来ないじゃん。 ヨコイト そんな事言っちゃって、僕ら結婚するんだよ? かっこ悪いも何もないでしょう? タテイト (力なく微笑む) ヨコイト 松浦さん、斉藤さん、ありがとうございました。僕たちいきますね。 松浦 達者でね。 斉藤 (ヨコイトを見ずに)何だ? 何かいったか? ヨコイト 何でも! がんばって下さい! 斉藤 言われなくてもがんばってるよ!   タテイト、ヨコイト。深い海の底へ消えていく。   それを見送る斉藤以外の面々。   斉藤はずっと上を目指している。 松浦 ずいぶん上ったもんだね。 田下 ただいまの斉藤さんですが、ずいぶんな位置にいます。 DJ  具体的にどのくらいの位置でしょうか? 田下 ずいぶんな位置です。 DJ  ずいぶんな答えでした。 斉藤 なあ、松浦。 松浦 なに? 斉藤 俺がさ、まだクソガキだった頃の話でな。よくよく、壁とか塀とか崖とか登ってたよな。    何でか知らないけど、多分、冒険者っぽかったんだろうな。    あぁ、そういや、俺、冒険者とか、なりたかったのかもしれないな。    そんな事、ふと思い出した。 松浦 どう? 冒険者になった気分は。 斉藤 冒険者に見えるか? 松浦 そんな高いところまで上るなんて冒険者じゃなきゃ誰がやるっての? 斉藤 そうか、俺が冒険者か。 松浦 うれしそうだね。 斉藤 一応子供の頃の夢みたいなもんだからな。結構いっぱいいっぱいだけど。 松浦 ずいぶん上ってきたし、そろそろゴールじゃない?   斉藤に光がさしてくる。 田下 ずいぶんな位置の斉藤さんですが、ずいぶんな大きさの壁を越えようとしております。 DJ  とのことです。皆様からの応援メール、ファックスお待ちしております。 斉藤 ほら、明かりが見えた。すげーよ、明かりが見えたよ。なあ、みんな!   斉藤、みんなを見る。残っているのは松浦だけ。 斉藤 あれ、みんなは? 松浦 斉藤、俺らはもう駄目だよ。 斉藤 駄目って。 松浦 あのちびっ子も、あのカップルも、いってしまったよ。俺もそろそろしんどいかな? 斉藤 なに馬鹿なこと言ってるんだよ! おまえ嫁さんと子供どうするんだよ 松浦 残念だよね。 斉藤 一言で片付けるなよ。 松浦 一言で片付けるしかないじゃん。言葉尽くしたってしょうがないじゃん。 斉藤 松浦…… 松浦 来るなよ! お前はこっち来ちゃ駄目だ。 斉藤 …… 松浦 ほら、もうすぐなんだろ? 奇跡までもうすぐなんだろ? 斉藤 ああ、 松浦 これまで願ってきたんだろう? 斉藤 ああ、 松浦 事故った時からずっと願ってたんだろう? 斉藤 ああ、みんな助かればいいなぁって 松浦 ありがとうな。 斉藤 神様はバカヤロウだな。 松浦 いやいや、これでも結構寛大なほうなんじゃない? 一人でも救い上げてくれるんだから。 斉藤 そっか、 松浦 そうだよ。ちゃんとありがとうって言わなくちゃ。 斉藤 言っとく。 松浦 じゃあ、ココでお別れだな。 斉藤 ああ 松浦 ちゃんと仕事するんだぞ。 斉藤 ああ 松浦 あんまり飲みすぎるなよ。ちゃんと週二日は休肝日作るんだぞ。 斉藤 ああ 松浦 あと、早く嫁さんもらえ 斉藤 うるせえよ。 松浦 ははは、怒られた。   松浦、とても嬉しそうにして、そして一呼吸。 松浦 じゃあ。 斉藤 …   松浦、海の底へ沈んでいく。 斉藤 …チクショウ   斉藤、再び上り始める。 DJ  いったんは止まっていた斉藤さんですが、再び上り始めました。現在の状況はどうですか? 田下 はい、斉藤さんですがまもなく壁のてっぺんへと到達しそうです。 斉藤 分かってたんだ、全員助かるわけないってさ。それでも願わずにはいられないじゃないか、なあ。    そう思うだろう? DJ  その通り、世界は奇跡とユーモアで出来ているからね。 田下 それと交通情報で出来ています。 斉藤 それだとなかなか面白い世界になりそうだ。 田下 広島県内の道路の混み具合をお知らせします。斉藤さんはずいぶん高いところに DJ  田下さん? 田下 山陽道と中国道は順調に流れております。壁がありますのでご注意ください。 斉藤 混線してる? 田下 そして今、斉藤さんが壁のてっぺんへとたどりつきました。付近では現場の警察官の指示に従ってください。 DJ  到達したんですね? 田下 …… DJ  応答がありませんが、たった今斉藤さんが壁のてっぺんに到達した模様です。    斉藤さん、今の気持ちはどうですか? 斉藤さん、斉藤さん?   斉藤、天を仰ぐ。光に包まれる斉藤を残してゆっくりと暗転。 田下(声) 因島大橋での事故ですが、たった今バスが引き上げられました。       生存者の有無について調査している模様です。この後も追ってニュースを続けます。       それでは、その他の道路の状況についてお伝えします……   チューニングの音が大きくなり砂嵐に、それがやがて波音へ。   明かりがつくと、斉藤。花束を持っている。事故現場らしい。 斉藤 死者6名、重傷者1名。乗客7名っぽっちだったのが不幸中の幸いだってよ。    なあ、松浦。あんまりだと思わないか? あんな必死な思いして壁上ったのによ。   波音 斉藤 相変わらずな俺は、今日もまた乙女チックに奇跡を願う。    それなりに寛容な神様は、今日も願いを聞き届けてくれない。    ラジオのニュースは今日も県内の交通情報を伝えている。    世界は今日も奇跡とユーモアとは無縁で、容赦なく俺を飲み込むけど。    でも、俺は忘れないから。あの時、確かに壁はあった。どでかくて途方もない壁があった。    壁が、壁が、壁が! 上っても壁、掘っても壁、どこまで行っても壁。    そして壁の向こう側にはあいつらがいるんだ、いるはずなんだ。なあ、いるんだろ?   返事はない。 斉藤 今日も居留守か…   斉藤、持っている花束を放り投げる。   海の底にいる松浦たちに花びらが降り注ぐ。   完