うそんせ 登場人物 生徒 松岡由香 教師 片岡仁美(国語教師)   ここは、とある学校のとある放課後。程よく西日が差し込んでいる。   教室にて、由香が物語を書いている。   軽快に、鼻歌を歌いながら。 由香  ふんふんふん〜♪   由香、軽快に原稿用紙を丸めてポイ。   再び、原稿用紙に向かう。 由香  ふんふんふん〜♪   由香、またもや原稿用紙をポイ。   再び、原稿用紙に向かい。 由香  ふんふんふ、ダメだぁ!     何が悪いんだろう。BGMかなぁ。     ふふんふふん、ふふんふふん、ふふんふふんふん、ヤホイ!     ダメだぁ!   と、そこへ仁美先生が入ってくる。 仁美  一人で騒いで、何してるの? 由香  あ、仁美ちゃん。 仁美  先生を付けなさい、先生を。 由香  仁美ちゃん先生。 仁美  ちゃんは余計でしょう。ちゃんは。 由香  よう、仁美。元気してたか? 今日もまぶいぜ。 仁美  ああ、教師を教師と思わぬその親近感溢れる呼び方。     そんなに、親しみを込めて読んでくれるなんて先生嬉しくて、 由香  宿題プリントのプレゼントは結構ですから。 仁美  そうそう、遠慮しなくても。 由香  遠慮じゃありません。 仁美  それにしても、何なの? さっきの。ヤホイって。 由香  聞こえてましたか。 仁美  聞こえてるわよ、一人でぶつくさと大声で。 由香  「ぶつくさと大声で」って、矛盾してません? 仁美  一人で間が持たないのは分かるけど、あんまりエスカレートすると見苦しいから止めてね。 由香  何の話をしてるんです? 仁美  鼻歌歌うのは良いけど、鼻歌程度の音量にして頂戴って事。 由香  先生も一緒にどうですか? せーの。 二人  ふふんふふん、ふふんふふん、ふふんふふんふん、ヤホイ! 仁美  こんなことして、何が楽しいの? 由香  充分楽しそうに見えましたけど? 仁美  時に、松岡由香さん。 由香  ヤケに他人行儀な呼び方ですね。 仁美  じゃあ、由香リン。 由香  何ですか? 仁美  あんた、とんでも無い事してくれたわね。 由香  何ですか? 仁美  ここまで言って、まだ白を切りとおす。 由香  だから何ですか? あたし、酒もタバコもドラッグもやってませんよ。     盗んだバイクで行き先も分からぬまま走り出したり、     教室の窓ガラス割って回ったりもしてませんし、 仁美  教室の窓ガラス割ってくれたほうがまだ良かったわよ。 由香  そんなに酷いことしてませんって。     こんな片田舎で援助交際も出来ませんし、ブルセラショップもありませんし、 仁美  もちろんアダルトビデオにも出演していません。     そんな、器量も度胸も持ち合わせてないことは先生が良く知っています。 由香  何か、傷つくなぁ。 仁美  あんた、 由香  松岡由香です。 仁美  由香さん。今日、進路希望調査票の提出日だったわよね。 由香  ええ、問題なく出しましたけど。 仁美  なんて書いたか覚えてる? 由香  小説家です。 仁美  そう小説家。そのヨコに、ちょっと控えめに書いた言葉は? 由香  目指せノーベル文学賞。 仁美  そのまたヨコに、またまた控えめに書いた言葉は? 由香  ダメなら直木賞か芥川賞で良いです。 仁美  ちなみに、あなたの苦手科目は? 由香  国語です。 仁美  こないだの抜き打ちテストの成績は? 由香  13点。 仁美  そのテストを作った先生は。 由香  仁美ちゃん。 仁美  先生をつけなさい。 由香  仁美先生。 仁美  あなた一人しかいない文藝部の顧問は? 由香  仁美先生。 仁美  無理、絶対無理。あなたが小説家になれるんだったら、ミジンコがサルに進化してるわよ。 由香  酷い。教育者としてあんまりだ! 仁美  あなた、勘違いしているみたいだけどね。     教育者だからこそ、どうしようもない教え子が無謀な挑戦をして後悔するのを避けようとしてるんじゃない。 由香  無謀な挑戦かどうか分からないじゃないですか。 仁美  無謀よ。ハエが外にでようとしてガラス窓に突っかかっていくくらい無謀よ。 由香  そこまで言いますか。 仁美  しかも、外に出してやろうと思って窓開けてやるんだけど、それでもガラスに突っかかっていくくらい無謀よ。 由香  頭悪いですね。 仁美  あなたの事でしょう! 由香  あたしは、窓ガラスに突っかかっていきません。 仁美  例え話を理解しなさいよ!     つまり、そんな無謀な事をする子をほっとくわけにはいかないんです。 由香  って、誰かに言われた。 仁美  そう、山本先生にね。 由香  黒幕は、山本か。 仁美  「志が高いのは良いことなんですが、どうにかなりませんか」って。 由香  どうにもなりません。 仁美  「そうですね。こればかりは本人の意思次第ですから」って言うと思った? 由香  思わないです。 仁美  ったく、小説家気取りだかなんだか知らないけど、こんなに散らかして、   と、仁美、原稿用紙を拾って、見ようとする。   由香は、それをあわてて奪い、込み箱へ。 由香  もう、見ないでくださいよ! 仁美  見ないでといわれたら見たくなるのが人の性でしょう。   と、仁美、由香の机にある原稿用紙を覗いて。 仁美  何も書いてないじゃない。 由香  ばれたか。 仁美  あなた、本当に小説書けるの? 由香  疑ってますね、仁美ちゃん。 仁美  疑ってるわよ。それと、先生付けなさい。 由香  そうやって立場にこだわるとロクなこと無いよ? 仁美  宿題プリント追加。 由香  あー、ごめんなさい片岡仁美大先生。 仁美  分かればよろしい。 由香  彼氏のいない仁美先生。 仁美  あたしだって、その気になれば彼氏の一人や二人や三人や、 由香  彼氏って二人も三人もいてどうするんですか。 仁美  そりゃ、25にもなれば二人も三人も男がいるもんなのよ。 由香  もうじき26じゃなかったですっけ? 仁美  うっさい。 由香  見栄なんでしょ? 仁美  いろいろと使い分けてるのよ。 由香  見栄で? 仁美  本命でしょ。お財布君に、アッシー君。 由香  そんな遠い国の誰かの話をしなくても良いですから。 仁美  あたしの話よ! 由香  大変ですね。三股もかけられて。 仁美  違う! 由香  やれやれ。 仁美  やれやれって何よ。 由香  よれよれ。 仁美  よれよれって何よ。あたしはもう、よれよれのしわくちゃだって言いたいの?     こう言っちゃ何だけどね、あたしまだまだ現役だからね!     ちょっと気合メイクすれば、まだ高校生でも通用するんだから。 由香  無理ですね。 音響  無理です。 仁美  ちょっと! 今の何よ! 音響  無理です。 仁美  繰り返さなくていいわよ! どっから喋ってるって言うのよ! 由香  スピーカーから。 仁美  そういう事を聞いてるんじゃないのよ! 由香  まあまあ、落ち着いて。目じりにシワが…… 仁美  出来ません! ったく、ほらほらさっさと出しなさい。 由香  何を? 仁美  小説。書いてるんでしょ。 由香  えー。 仁美  宿題プリント追加。 由香  何でよ。職権濫用じゃん! 仁美  じゃ、職権濫用って漢字で書けたら許そう。 由香  あたしが書けないと思ってるでしょう。     そうやって馬鹿にして、いくら国語が苦手だからって漢字くらいは書けますよ。   由香、そう言いながら、黒板に「食券」と書く。 仁美  自分から吹っかけておいてなんだけど、こうまで潔いと悲しくなるわ。 由香  え? 間違ってるの? 仁美  第一画目から大きく外してる。 由香  食券ってこれで良くない? 仁美  食券濫用してどうすんのよ。     アレか、一枚の食券でいくつも注文するような無理な客か。     「おばちゃん、これでラーメンと餃子とカレーライス」     「ラーメンの券だけでこんなに頼むなんて、なんて殺生なぁ!」 由香  食べすぎじゃないです? 仁美  そういう事を言ってるんじゃないのよ!     とりあえず、宿題プリント追加。 由香  そんな殺生な。 仁美  漢字もまともに書けない生徒には当然の処置です。 由香  ほら、漢字書けなくてもパソコンがあるし。 仁美  御託はいいから、さっさと小説出しなさい。 由香  分かりましたよ。   由香、かばんから一冊のノートを取り出す。   ノートを渡す由香、受け取る仁美。 仁美  あるんじゃない。 由香  無いと思ってたのに出せって言ってたんですか? 仁美  そういうんじゃないんだけどね。     なんて言うタイトル? 由香  ありません。 仁美  ありません。変わったタイトルね。 由香  いや、タイトルはありません。 仁美  タイトルは、「ありません」っと、ちゃんとタイトル書いておかないとダメじゃない。     タイトルは小説の顔なんだから。 由香  ノータイトルです! 仁美  あ、ああ。ハハハハ。 由香  ハハハハ。 仁美  (笑いながら)ああ、タイトル無しってことね。ややこしいから間違えちゃった。 由香  (笑いながら)間違えちゃった。って、25にもなってそんな微妙なキャラ作りしなくても。 仁美  (笑いながら)喧嘩売ってるのかしら、この小娘ちゃんは。 由香  (笑いながら)喧嘩売るだなんて滅相も無い。素直に感想を言っただけです。     それより、続きをどうぞ。 仁美  (笑いながら)それじゃあ、早速読ませてもらおうかしら。時間の無駄だと思うけど。   二人、笑いあう。一瞬、にらみ合って、また笑いあう。笑いがやがて、溜め息に代わる。 仁美  さ、続きを読むとしますか。 由香  そうしてください。 仁美  昔々、あるところに 由香  ちょっと、音読しないでください! 仁美  どうして? 由香  どうしてって恥ずかしいからです。 仁美  大丈夫、あたしは恥ずかしくないから。 由香  あたしは、恥ずかしいんです。 仁美  照れなさんな。 由香  仁美ちゃん! 仁美  (大声で)昔々、あるところに 由香  仁美先生! 仁美  一人の少女がいました。このくらいの音量なら音読しても良いでしょ。 由香  どうして、音読にこだわるんですか。 仁美  黙読だと、話が続かないからねぇ。全く、二人芝居は困ったもんだよ。 由香  誰に言ってるんですか? 仁美  時に、松岡由香さん。 由香  はい。 仁美  何ですか、この書き出しは。 由香  いや、やはり何事もパターンが大事だと。 仁美  「昔々、あるところに」って、昔話じゃないんだからね。     そんな、アバウトな設定で人間の真理が描けるわけが無いでしょう。     いい。小説とは!……リピートアフターミー。小説とは! 由香  小説とは! 仁美  ウチに、現代社会の問題を始めとする様々な葛藤を内包しているものなのよ。     特に、現代小説は。 由香  仁美ちゃん、古典担当だよね。 仁美  現国も教えれます。現に、あなた達のテストも作ってるでしょう。 由香  ああ、あの難しい奴ですか。 仁美  真面目に授業を聞いていれば分かる範囲です。 由香  分かりませんよ、「この小説の中で作者の最も言いたい事を述べよ」って、作者じゃないんだから。 仁美  文章の中身を総合してもっともそれらしい事を書けばいいのよ。 由香  じゃあ、あたしの小説であたしが言いたいことが分かるって言うんですか? 仁美  それらしい答えなら出せるわよ。 由香  じゃあ、やってみてくださいよ。 仁美  まあ、それが的確に表現できていればの話だけど。 由香  そうやって、出来なかったら。「あんたの、小説が悪い」って言うつもりですか。 仁美  続きを読んでみないと分からないわね。     えっと、あるところに少女がいました。     「あたしの名前は、少女。年は18歳。広島県尾道市在住」ってちょっと! 由香  何ですか? 仁美  あんたはどこぞのネット作家か! 由香  まあ、ネットに上げれるもんなら上げてみたいなぁと思わなくも無いですが。 仁美  そういう事を言ってるんじゃないのよ。     何、この説明台詞。 由香  まずは読み手に主人公と言うものを分かってもらおうと。 仁美  ダメ、全然ダメ。 由香  じゃあ、どうしたら良いんですか?     「あたしは、無駄に一人。あのときから、ずっと一人ぼっち」     なんて言う、出来の悪い高校演劇の台本みたいな独白で始めろってことですか? 仁美  そういう事を言ってるんじゃないの。     それと、「あたしの名前は少女」って、これ名前じゃないでしょう。 由香  まあまあ、続きを。 仁美  (続きを読む)髪の短くも無く長くも無い言ってしまえばセミロングな少女は     ホールトマトのように真っ赤な夕日が辺りを染める放課後を     息を切らせながらただ闇雲に風を切るように疾風のように新幹線とかけっこして互角の勝負が出来るかのごとく     長い!一文が長い! 由香  短く区切っちゃうと日記みたいになるんです。 仁美  だからって、こんなに長くする必要ないでしょう!     読むあたしの身にもなって頂戴。 由香  だったら、音読しなくて良いのに。 仁美  (続きを読む)逃げました。 由香  今、端折りましたね。 仁美  (続きを読む)逃げました。 由香  その端折ったところに文学的価値があるのに。 仁美  (続きを読む)逃げました。 由香  もういいです、続けてください。 仁美  (続きを読む)逃げました。 由香  ですから、続けてくださいってば。 仁美  (続きを読む)逃げました。 由香  いじめですか? 仁美  (続きを読む)逃げました。 由香  生徒いじめて楽しいんですか? 仁美  だって、「逃げました」以降書いてないじゃない。 由香  あれ?(覗き込んで)ホントだ。 仁美  しっかりしなさいよ。これじゃ、作者の思いなんて表現できるわけ無いでしょう。 由香  そんなに、ダメですか? 仁美  お話にならないわね。 由香  うわ、酷い。これで、どこかの文学賞に応募しようと思ったのに。 仁美  止めときなさい。結果は、火を見て虫が突っかかるくらい明らかだから。     そもそも、お話として成立して無いでしょう! 由香  それなら、仁美ちゃんが書いてみてよ。 仁美  なんであたしが書かなきゃいけないのよ。あなたの話でしょう。 由香  そうですよね。上手い批評家が上手い作家とは限りませんもんね。 仁美  何が言いたいのよ。 由香  言うだけなら誰だって言えますもんね。 仁美  あのね、あんたくらいの話だったら小学生にだって書けるのよ。 由香  なら、書いてください。 仁美  それとこれとは、話が別でしょう。 由香  そうやって話をそらすのだけが上手くなって。     それが大人と言うなら、大人ってのは嫌なもんねえ。 仁美  あたしの名誉のために言っておきますけどね。これでも、その昔は小説家を目指したことだってあるんですからね! 由香  「志が高いのはいい事なんですがねぇ。挫折しちゃってますもんねぇ」 仁美  これまた名誉のために言っておきますけどね。文学賞にだって応募したことあるんですからね。 由香  嘘。何? 芥川? 竜之介? 竜ちゃん? 仁美  文学賞と言ったら芥川賞しか思い浮かばないあなたとは違うんですから。 由香  直木賞? 直木? 仁美  違うわよ。尾道文学賞でしょ。呉ファンタジー大賞、しまなみ小説大賞。 由香  全然知らない。 仁美  ちょいとマイナーだったからね。 由香  凄く、とても、ベリーマイナーです。 仁美  うるさい。小説の一本も書いてないあなたに言われたくないわよ。 由香  それで、結果はどうだったんですか? 仁美  え? 由香  応募したんでしょう? 結果ですよ。まさか、ここまで言っておいて全くダメだったなんてこと無いんでしょう? 仁美  それは、その。 由香  仮にも生徒に国語を教えている立場の人間が、そんなマイナーな文学賞で全くダメって事は無いでしょう。 仁美  それとこれとは別の話でしょう。 由香  文藝部の顧問が、小説書くの下手なんて洒落になりませんからねぇ。 仁美  誰も、下手とは言ってないでしょう。下手とは。 由香  ええ、下手とは言ってないですね。なら、書いてみてくださいよ。 仁美  どうつなげたらそういう結論が出るのよ。 由香  先生は下手じゃないと仰ると。 仁美  当たり前でしょう。 由香  ですが、それを証明する客観的事実にかけますねぇ。ここは、文学賞の結果を元に推測していくしかないと、 仁美  分かった。分かりました。書けばいいんでしょう。 由香  ひゃっほい! 仁美  あるところに、一人の少女がいました。 由香  パクリじゃん。 仁美  仕方ないでしょう。一から書き始めると半年くらい掛かるんだから。 由香  そういうことなら許そう。 仁美  じゃあ、改めて。     あるところに、一人の少女がいました。 由香  少女でーす。 仁美  夕日が照らす学校。グラウンドから聞こえる運動部の掛け声。 由香  マンハッターン! 仁美  (由香をにらむ) 由香  いや、掛け声。 仁美  少女は髪をなびかせて駆けていました。     いや、正確に言うならば逃げていました。     振り返ってみても、追いかける相手は見えません。 由香  それでも、あたしは走り続けました。 仁美  そして、手近な教室に逃げ込んだのです。     息を切らせながら、逃げ切れない事を悟る少女。 由香  こうなったら、殺るっきゃない。 仁美  武器になるような物を探せど、ここは普通の教室。     机は重くて振り回せないし、いすもバランスが悪い。     かといって掃除用具入れにはホウキの一本も入ってない始末。     少女は途方に暮れました。 由香  とほー! 仁美  窓から西日が差し込んで、光は壁に少女の影を立ち上げる。 由香  とほー! 仁美  ひたひたと近づいてくる足音。いくつかの教室のドアを開ける音。     コツコツコツ。コツコツコツ。     足音は確実に近づいている。 由香  絶体絶命。 仁美  そう、まさに絶体絶命!     その時、一本のペンが彼女の目に入りました。   由香、ペンを握り締める。 仁美  少女は剣の変わりにペンをとりました。 由香  もっとまともな武器が無かったんですか? 仁美  魔法の変わりに言葉を紡ぎました。 由香  職権濫用がかけないような人間ですよ? 仁美  足音はだんだん大きくなり、そして、少女のいる教室の前で止まります。     ペンを構える少女。多少へっぴり腰なのが間抜けだと、自分でも思うが格好なんか気にする余裕は無い。     そして、それは入ってきた!   仁美、上記の台詞の間に一旦教室から出て、また入ってくる。   入ってくると、そこはもう物語の世界。 仁美  一人で、何やってるの? 由香  あ、仁美ちゃん。 仁美  先生を付けなさい先生を。 由香  仁美ちゃん先生。 仁美  ちゃんは余計でしょう。ちゃんは。 由香  ああ、26に限りなく近い25歳。 仁美  ああ、教師を教師と思わぬその親近感溢れる呼び方。     そんなに、親しみを込めて読んでくれるなんて先生嬉しくて、 由香  宿題プリントのプレゼントは結構ですから。 仁美  そうそう、遠慮しなくても。 由香  遠慮じゃありません。 仁美  それにしても、何なの? その格好。 由香  ばれましたか。 仁美  そりゃ、ばれるでしょう。今だって、その格好なんだからチラッと見ればばれるでしょう。 由香  そんなチラ見しないでください。恥ずかしいです。 仁美  あんたの格好のほうが恥ずかしいわよ。 由香  一緒にどうです? 仁美  嫌よ。 由香  遠慮しなくても。 仁美  遠慮じゃないから。 由香  まあまあ、 仁美  嫌だって、ホントそんなポーズとりたくないんだって、もう良い歳した大人なんだから、     一応世間体ってもんがあるんだから、(などなど口走っている) 由香  せーの!   由香、仁美、綺麗にへっぴり腰。 仁美  時に、松岡由香さん。 由香  妙に、他人行儀ですね。 仁美  じゃあ、由香ピー。 由香  ピーですか。 仁美  ピーよ。 由香  ピーってどうですか。 仁美  ピーはお気に召さない? 由香  いや、ピーは。 仁美  何なら、あたしの事をキャメロンディアスって呼んでくれても良いのよ。 由香  それはキャメロンに失礼です。 仁美  ピーはどうしてダメなの? 由香  放送禁止用語みたいじゃないですか。ピーは。 仁美  放送禁止用語みたいね。ピーは。 由香  ピーはまずいですよ。 仁美  ピーはまずいかな? 由香  やっぱ、ピーですからね。 仁美  そうか、ピーはダメなのか。 由香  いいかげんピーから話し進めません? 仁美  そうね、ピーから話し進めましょう。 由香  それで、何の話ですか? 仁美  とりあえず、この姿勢疲れるんだけど。 由香  疲れますね。   由香、仁美、へっぴり腰を止める。 由香  それで、何の話ですか? 仁美  ピーの話じゃない? 由香  それはもういいでしょう! 仁美  何の話だったかピー? 由香  もういいです。 仁美  まあ、冗談はさておいて、あなた、とんでもない事してくれたわね。 由香  何の話です? 仁美  ここまで来てまだしらばっくれる気? 由香  だから何の話です? あたし、無断上演も音楽著作権未払いくらいしか悪さしてませんよ。 仁美  そういうネタは苦笑されるのがオチだから止めときなさい。     今日、進路調査票の提出日だったわよね。 由香  ええ、問題なく出しましたけど? 仁美  なんて書いたか覚えてる? 由香  小説家! 仁美  そのヨコに書いた言葉は? 由香  目指せ尾道文学賞! 仁美  そのまたヨコに小さく書いた言葉は? 由香  ダメだったら、可愛いお嫁さんになりたいなぁ。 仁美  無理、絶対無理。 由香  そんな、あんまりです! 仁美  可愛いお嫁さんなんか、そうそうなれるもんじゃないのよ? 由香  そこですか。 仁美  いい? お嫁さんならまだ可能性はあるかもしれないわ。     いや、晩婚化が進んでいる現代じゃ、それも難しいのよ!     ちなみに、あなた、今彼氏いる? 由香  いません。 仁美  ダメ。アウト。もう一生独身ね。 由香  そんな、勝手に決め付けないでください! 仁美  そりゃね、小学生の女の子が「お嫁さんになりたい」っていうのは可愛げもあるわよ。     でも、高校生にもなって、「お嫁さんになりたい」って、もっと現実を見つめなさい。 由香  小学生の頃は、中小企業のOLになりたかったです。 仁美  そんな事聞いてるんじゃないのよ!     そりゃ、昔はお嫁さんなんて簡単になれると思ってたわよ。でも、現実はこうも厳しいのね。 由香  厳しいんですか? 仁美  例えば、あなたのクラス担任の山本先生。 由香  ああ、真知子ちゃん。 仁美  先生を付けなさい。 由香  真知子先生。 仁美  あの人、34歳独身よ。しかも彼氏いない暦5年になるんだって。 由香  嘘! 仁美  嘘じゃないわよ。あ、これ、内緒ね。 由香  はい。内緒ですね。 仁美  分かった? お嫁さんになんて簡単になれるもんじゃないのよ。しかも、頭に「可愛い」がついたらなおさら難しい。何せ、可愛くないとだめなんだからね? 由香  あたし、可愛くないですか? 仁美  自分で言ってるうちは可愛くない証拠よ。     そういう言葉は他人から言われて初めて証明されるの。 由香  じゃあ、仁美先生がいつも「あたし、校長先生に美人って言われるの」って言うのは、良い訳ですね。 仁美  そんな言い方されると、あたしがさもしい女に見えるじゃない。 由香  それにしても、なんで真知子先生の彼氏いない暦なんて知ってるんですか? 仁美  こういうことはね、喋れる状況だったら喋っちゃうものなのよ。 由香  でも、真知子先生、そういうこと口堅そうなのに。 仁美  まあ、だから売れ残っちゃうってのもあるんだけどね。 由香  先生、なんか真知子先生に恨みでも持ってます? 仁美  恨むだなんてとんでもない。もし、恨んでいるように聞こえるなら、それはあなたの心がさもしいからね。 由香  でも、喋れる状況なんてそんなたびたび無いでしょ? 仁美  それを上手く作り出すのがプロってもんよ。 由香  何のプロですか。 仁美  まず、指を見るのね。指輪していたらそこを突っ込む。     さらに、机に可愛らしい小物が置いてあったらそこも突っ込む。 由香  フライデーの記者みたい。 仁美  で、放課後に化粧を直してたら間違いなくアフターファイブのデート! 由香  良く見てますね。 仁美  当たり前よ。こんくらい注意深くないと、何十人もいる生徒の相手なんて務まりません。 由香  なるほど。 仁美  で、話は戻って、あなた。 由香  はい。 仁美  進路希望が小説家と言うことだけど。 由香  あくまで、希望と言うだけで、ダメだったらダメで他の方向もあると思うんで、 仁美  良いわね! 由香  へ? 仁美  良いわよ! 自分のやりたい事がはっきりしてて良いじゃない。 由香  でも、小説家ですよ? 仁美  やりなさい。大いにやりなさい。それで人生棒に振ったとしても自己責任なんだから。 由香  妙に投げやりですね。 仁美  そりゃ、あたしが責任取れるもんなら取ってあげたいんだけどね、無理でしょ?     どう足掻いたって、無理でしょ? 由香  そりゃ、無理でしょうけど。 仁美  なら、あなたが人生棒に振るしかないじゃない。 由香  棒に振って欲しいんですか? 仁美  まあ、当たれば「小説家を教えた先生」になれるんだし、ダメだったらだめだった時の事よ。 由香  でも、あたし、自信ないんですよ。 仁美  自信なんて、はじめっからある人なんていないわよ。やってみれば良いじゃない。     誰かが言ってたんだけどね、「才能ってのは夢を見続けられる力の事」を言うんだって。     だから、あなたも頑張りなさい。 由香  はい! 仁美  ということで、早速。 由香  何ですか? 仁美  あるんでしょ? 小説。小説家になりたいって言うくらいなんだから。 由香  ありますけど。 仁美  添削してあげるからほら。 由香  仁美先生。小説書いたことあるんですか? 仁美  書いたことあるも何も、文学賞に応募したことだってあるんだから。 由香  何ですか? 尾道文学賞ですか? 仁美  そんなちゃちな賞じゃないわよ。 由香  何ですか? 仁美  ノーベル文学賞よ! 由香  あほくさ。 仁美  あほくさとは何よ! 由香  26にもなって見栄張らないでください。 仁美  まだ、25よ。 由香  どっちでも同じことです。 仁美  あのね、25と26じゃ大きく違うんだからね。何せ、26は四捨五入したら30になるのよ? 由香  25も四捨五入したら30です。 仁美  御託はいいから、さっさと小説出しなさい。 由香  分かりましたよ。   由香、かばんから一冊のノートを取り出す。   それを渡す由香。受け取る仁美。 仁美  昔々、あるところに。 由香  黙読してください! 仁美  (大声で)ロングロングアゴウ! 由香  もういいです。 仁美  あるところに少女がいました。     走ってました。逃げていました。息を切らせていました。西日が差し込んでいました。汗をかいていました。追っ手は見えません。今日の晩御飯、なす味噌いため。台本を一ページ書く。おわり。     短い!極端に短い! 由香  ダメですか? 仁美  ダメって事は無いけど、これ、日記みたいじゃない。 由香  そうなんですよね。日記のような気もしなくも無いんですよね。 仁美  今日日、日記でももっとしっかりした文章書いてるわよ。 由香  じゃあ、どうすれば良いんですか? 仁美  そこを今から考えるのよ。 由香  ノーベル文学賞に応募した先生が。 仁美  そうよ。 由香  見栄ならもっとありそうな見栄にすれば良いのに。 仁美  志は高いほうが良いでしょう。 由香  見栄で志してどうするんですか。 仁美  それじゃ、始めるわよ。     昔々、あるところに少女がいました。 由香  (少女らしからぬ声で)少女ッス。 仁美  夕日が照らす学校。グラウンドから聞こえる運動部の掛け声。 由香  カーンチ、セックスしよ? 仁美  (由香を睨む) 由香  ほら、掛け声。 仁美  少女は大してつややかでもない髪をなびかせて、走っていました。     いや、正確には逃げていたというほうが正しいでしょう。     彼女は何かから逃げていました。 由香  何かも分からず逃げていました。 仁美  そして、手近な教室に逃げ込んだのです。     息を切らせながら、逃げ切れない事を悟る少女。 由香  こうなったら、殺るっきゃない。 仁美  武器になるような物を探せど、ここは普通の教室。     机は重くて振り回せないし、いすもバランスが悪い。     かといって掃除用具入れにはホウキの一本も入ってない始末。     少女は途方に暮れました。 由香  とほー! 仁美  窓から西日が差し込んで、光は壁に少女の影を立ち上げる。 由香  とほー! 仁美  ひたひたと近づいてくる足音。いくつかの教室のドアを開ける音。     コツコツコツ。コツコツコツ。     足音は確実に近づいている。 由香  絶体絶命。 仁美  そう、まさに絶体絶命!     その時、一本のペンが彼女の目に入りました。   タイミングよく、由香の携帯が鳴る。   と同時に空間は現実のものとなる。 仁美  タイミングの悪い携帯ね。捨てちゃいなさい。 由香  無茶言わないでください。 仁美  電話? 由香  メールです。 仁美  そ、丁度いいからここらで休憩しましょう。 由香  じゃ、ちょっとトイレ行って来ます 仁美  行ってらっしゃい。 由香  ふふんふふん、ふふんふふん、ふふんふふんふふん、ヤホイ!   などと口ずさみながら由香は出て行く。   一人残される仁美。 仁美  ふふんふふん、ふふんふふん、ふふんふふんふふん、ヤホイ!     あほくさ。   ノートを手にとって、眺める仁美。 仁美  少女は、その手にペンをとりました。言葉を紡いで物語を生み出しました。   仁美、手持ち無沙汰になって、黒板に落書き。   何か、無駄に上手いベジータとか書いてみる。   そうこうしていると、由香が入ってくる。 由香  どうも、お待たせしました。何やってるんですか? 仁美  落書き。   仁美、そういって、黒板の落書きを消す。しかし、肝心のベジータは消さない。   由香、ノートを手にとって、 由香  よーし、だいぶ出来てきたぞー! 仁美  そうね、 由香  先生のおかげってもんです。 仁美  珍しく、素直に褒める。 由香  あたしだってたまには素直ですよ。それに、こんなに書けるなんて思わなかったですから。 仁美  見直した? 由香  見直しました。でも、これくらい書けるんなら小説家になれば良いのに。 仁美  そんな、簡単なもんじゃないのよ。 由香  でも、目指した事はあったんでしょう? ほら、何とか文学賞に応募したこともあるんだし、 仁美  尾道文学賞。ただのキマグレよ。 由香  ねえ、先生はどうして先生になったんですか? 仁美  大学で教員免許取得して、地方の教員採用試験に合格して、 由香  そういうことじゃなくて。 仁美  子供が好きで、国語が好きだからよ。ついでに言うと、誰かの世話を焼くのも性にあってるからね。 由香  本当に、小説家になろうと思ったことは無いんですか? 仁美  どうしても、あたしを小説家にしたいのね。 由香  じゃあ、先生やってて楽しい? 仁美  楽しいわよ。どうしようもない生徒はいるけど、毎日刺激的だし。こうやって放課後にいろいろ喋ったりできるしね。 由香  本当にそうなんですか? 仁美  そりゃ、ちょっとは「小説家になれたらいいなー」って思った時期もあったわよ。     そこは伊達に、文学賞に応募なんてしてないからね。     さ、続き続き。   動こうとしない由香。 仁美  どうしたの? 由香  あたし、何年か後は中小企業のOLやってる気がするんです。 仁美  やってるかもしれないわね。 由香  コピーとって、お茶汲んで、電話応対して、発注して、 仁美  そうね。 由香  アフターファイブにはそれなりの彼氏とそれなりにデートして、 仁美  何て羨ましい。 由香  何かとんとん拍子に結婚って事になって、幸せ一杯で、 仁美  あたしに何か言いたいわけ? 由香  もしかしたら、彼氏はいなくて、25にもなって多少あせりだしたりして、 仁美  当て付けかい。 由香  もしかしたら、高校で国語を教えていたりして、 仁美  うん、 由香  いつの間にか、尾道文学賞なんてマイナーな賞に応募したことも忘れて、 仁美  うん、 由香  応募原稿を出すときのドキドキも忘れて、 仁美  うん、 由香  残念な結果を想像しながらも、つい「もし」を考えてしまうあの頃を忘れて、 仁美  うん、 由香  それが大人ですか? 仁美  うん。 由香  (何かにせき立てられるように)続きやりましょう! もう、メチャクチャ面白おかしくしましょう!     そうだ。バトルしましょうバトル! あと感動的なシーンもバンバン入れちゃいましょう!     社会問題も扱いましょう! 政治に戦争、環境問題。いじめに自殺、教育問題。     訴えましょう! ギャグも入れながら、面白おかしく叫びましょう! 仁美  由香さん。 由香  さ、始めますよ? 容易はいいですか? 仁美  由香さん。 由香  先生何突っ立ってるんですか。始めますよ。 仁美  もう、終わりに(しない?) 由香  しません。不毛だろうと何だろうとしません!     宇宙人がやってきても、地震が起きても、親父がやってきてもしません! 仁美  ……では、始めましょうか。   仁美、ゆっくりとノートを開く。   由香はスタンバイ。 仁美  えっと、絶体絶命からよね。 由香  ええ、絶体絶命からです。   仁美、ノートを置いて、ゆっくりと口を開く。 仁美  逃げ込んだ場所に確実に近づいてくる足音! 由香  どこまでもどこまでも追いかけてくる足音! 仁美  コツコツコツコツ、だんだん大きくなる足音! 由香  絶体絶命。 仁美  そう、まさに絶体絶命!     その時、一本のペンが彼女の目に入りました。   由香、ペンを握り締める。 仁美  少女は剣の変わりにペンをとりました。     魔法の変わりに言葉を紡ぎました。 由香  だから、もう少しまともな武器が無かったのかと、 仁美  足音はだんだん大きくなり、そして、少女のいる教室の前で止まります。     ペンを構える少女。多少へっぴり腰なのが間抜けだと、自分でも思うが格好なんか気にする余裕は無い。     そして、 由香  そして! 二人  そして、それは入ってきた!   仁美、上記の台詞の間に一旦教室から出て、また入ってくる。   入ってくると、そこはもう物語の世界。……ではない。通常の場所場のままで話は進む。 仁美  やはりここにいたのね。 由香  隣の教室のドアを開ける音が聞こえたんですが? 仁美  気のせいよ。 由香  あたし、耳と目と顔だけは良いんです。 仁美  自己分析は苦手みたいね。 由香  うるさい! 仁美  あら、やるの? あたしとあなたは争わなければならない運命? 由香  あなたがこれからもあたしを追い回すなら。 仁美  で、それが武器。武器と言うにはあまりにお粗末だけど。 由香  設定でこうなったのよ! 仁美  仕方ないわね。   仁美、懐から銃を取り出す。 仁美  さ、勝負よ。 由香  卑怯者! 仁美  だって、設定でこうなったんだもん。 由香  卑怯よ! 高校野球にヤンキースが混ざっているくらい卑怯よ! 仁美  ま、フィクションの世界だし。 由香  一言ですまさないでよ! 仁美  さ、始めるわよ。   仁美、由香、にらみ合う。圧倒的に、仁美が有利。 仁美  ばーん! 由香  キーン! 仁美  ちょっと、何よキーンって。あれ? アラレちゃんの走るときの掛け声? 由香  バリアです。 仁美  そんなん、聞いてないわよ。 由香  フィクションですから。 仁美  そっちがそのつもりなら、こっちにだって考えがあるのよ。 由香  それじゃあ、聞かせてもらいましょうか。 仁美  この中には、バリア無効の弾丸が入ってるのよ! ばーん! 由香  キーン! 仁美  ちょっと、設定守りなさいよ! 由香  無敵バリアと言う設定ですから。 仁美  そんなんあり? 由香  フィクションですから。 仁美  じゃあ、こっちも、無敵の弾丸で対抗するわよ! ばーん! 由香  キーン! 仁美  と跳ね返されるところを踏ん張る弾丸! 由香  そこをまたまた踏ん張るバリア! 仁美  頑張って突き抜けようとする弾丸! 由香  頑張って突き抜けられらにようにするバリア! 仁美  むっちゃんこ頑張って突き抜けようと、 由香  矛盾って言葉、知ってる? 仁美  埒があかないわね。 由香  (ペンを剣に見立てて鞘を抜く動作)ぶおーん。 仁美  何、それ? 由香  ライトセイバー。 仁美  なんでもアリね。バンバンバーン! 由香  キンキンキーン! 仁美  ちっ、弾切れか! 由香  さあ、勝負よ! 仁美  卑怯者! 由香  恨むんなら設定を恨むことね。 仁美  仕方ない。   仁美、懐からペンを取り出して、 仁美  (ペンを剣に見立てて鞘を抜く動作)ぶおーん。 由香  そう来るか。 仁美  大丈夫? スカートで殺陣は危険よ? 由香  スパッツ履いてあるから大丈夫よ。それより、そっちこそどうなのよ。 仁美  愚問ね。 由香  スーツのスカートの下にスパッツはいてる教師ってリアルに嫌ね。 仁美  フィクションの中でリアルを考え出すときりが無いわ。 由香  そうね、それよりも芝居中にサービスショットしてしまって、観客の男性諸君が芝居に集中できなくなるほうが痛手ね。って、何してんの?   仁美、机を移動させて、舞台スペースをあけている。 仁美  ほら、動き回るから。舞台空けとかないと。 由香  リアリティもクソも無い台詞ね。 仁美  仕方ないでしょう。フィクションなんだから。 由香  じゃ、行くわよ。 仁美  かかってきなさい!   無駄にかっこいい音楽が鳴って、無駄にカッコイイ殺陣が始まる。   殺陣が終わり、さわやかな二人。 仁美  なかなかやるわね。 由香  そっちこそ。 仁美  ねえ、あなたはどうして逃げようとするの? 由香  あなたが追いかけるからでしょう! 仁美  本当にそれだけの事? 由香  そういう設定だからね。 仁美  そういう設定にしたのは誰? 由香  そんなの、知らないわよ。 仁美  本当に知らないの? そういう設定にしてるだけじゃない? 由香  違うわよ。 仁美  そう思い込んでおけば楽だからね。 由香  違う! 仁美  フィクションにしたのも、リアルを考えなくていいから? 由香  違うって言ってるでしょう!   由香、ペンを一閃。崩れ落ちる仁美。 由香  え? 仁美  あたしはいずれ朽ちていくわ。雑多な記憶の欠片と共に朽ちていくの。 由香  どうして? 仁美  どうしてだなんて、言ってはいけないわ。その質問は答えが無いんだから。 由香  朽ちていきかけてる割には結構喋るわね。 仁美  ん、最後の作者の我侭、かな。   仁美、目を閉じる。   由香、ゆすってみる。動かない仁美。 由香  ねえ、本当に死んじゃったの? 朽ちていくって何? どういうこと?     こういう時って、最後に延々真情吐露して死ぬってのがパターンでしょう?     ねえ、ねえってば!     あたし一人でどうやって物語進めれば良いのよ! ねえ、起きてよ。起きてってば!   仁美、起き上がる。で、手近な机の中から仁美ちゃん人形(動物のぬいぐるみ)を取り出し、由香に渡す。   由香は、人形に向かって叫び続ける。 由香  ねえ、死なないでよ! こんな耳みたいなもの生やして、何か言ってよ!     聞こえてるんでしょう! ねえ、何でまばたき一つしないのよ!   人形は喋らない。 由香  ねえ、起きなさいよ! あたし、あんたに朽ちていって欲しくなんか無いのよ!     あたしがあなたを風化させるのだとしても! もしそうだとしても!     あたしは、あなたが愛しいよ!   仁美はどうしてるかと言うと、プラカードをもって戦争反対を謳っている。   プラカードの文字はセンスに任せる。一例として、「憲法九条を休場させるな!」とか。   どうでも良いけど、無駄にレタリング凝ってるものが多いよね。 仁美  戦争反対ー! 核兵器廃絶ー! 岩国基地拡張反対ー! 由香  何してるの? 仁美  一応、社会問題も扱っとこうかと思って。 由香  なるほど。 仁美  さ、一緒に。戦争反対を叫びましょう。 由香  何か、わざとらしくない? 仁美  仕方ないでしょう。とりあえず、社会問題叫んどけば先生は納得してくれるんだから。     さあ、戦争反対! 由香  戦争反対! 仁美  戦争反対! 由香  戦争反対! 仁美  反対戦争! 由香  反対戦争! 仁美  戦争を反対から読むと? 由香  う、そ、ん 仁美  そう! 戦争を反対から読むと「うそんせ」! 由香  まだ言ってないんだけど? 仁美  「うそんせ」という謎の言葉! 由香  あなたが謎だよ。 仁美  そこで辞書で調べてみた! 「うそんせ」とは南米の少数民族の言葉で「夢の跡」と言う意味らしい! 由香  良く調べたね。 仁美  日本人の主食は「うそんせ」! 由香  米だよ。 仁美  アメリカ人の主食も「うそんせ」! 由香  違うだろう。 仁美  引きこもりの主食も「うそんせ」、ニートの主食も「うそんせ」!     イラク難民の主食も「うそんせ」、ドイツの失業者にも「うそんせ」! 由香  いや、その前に食いもんやれよ、仕事やれよ。 仁美  さあ、あなたに「うそんせ」を上げよう! 由香  え? 仁美  もうオーラスは目の前よ。さあ、「うそんせ」を手にあなたは進みなさい。     いずれ振り返ったときに、取るに足らない言葉の羅列がきっとあなたを突き動かしてくれるから。 由香  何言ってるんですか? 仁美  ほらほら、遠慮せずに受け取りなさい。   仁美、ノートを取って、由香に渡す。   ノートを開く由香。 由香  あたしは逃げて逃げて、そしてフィクションの中でどうしようもないファンタジーを書いた。     物語の中の少女は剣の代わりにペンを持ち、魔法の代わりに言葉を紡いだ。     そして、ラスボスが最後にあたしにくれたものは、レアアイテムでも感動的なエンディングでもなく、     「うそんせ」といううそ臭い言葉。 仁美  あたし、ラスボスだったのね。 由香  無駄に細かく決められた設定の中を少女は進む。     「うそんせ」を手に、「うそんせ」を道しるべにして少女は進む。     道に迷っている人を見れば「うそんせ」を分けてあげ、     お腹をすかせている人を見れば「うそんせ」を分けてあげ、 仁美  そうして「うそんせ」は擦り減っていく。 由香  ただ振り返ると、そうやって落としていった「うそんせ」の欠片が今までの道のりを照らし、     この先の道のりをぼんやりと照らす。     さあ、少女よ進め!     剣の代わりにペンを持ち、魔法の代わりに言葉を紡いで!     言葉は物語となって、物語は想いを映し、想いは叫びとなって、叫びは祈りとなって! 仁美  不恰好な祈りかもしれない。 由香  それでも少女は祈り続ける。 仁美  それでもあたしは祈り続ける。 由香  それでもあたしは祈り続ける。   仁美、ノートを閉じる。   痛々しいほどの沈黙。   ここから二パターンに別れます。   仁美エンド。 由香  終わっちゃったね。 仁美  そうね。 由香  おかげで、終わらせることが出来ました。 仁美  そりゃ結構なことで。あーあ、今日も残業決定か。 由香  何かあったんですか? 仁美  授業の準備とテスト作成、あと雑多な書類が山ほど。 由香  すみません。 仁美  そんな事思ってないくせに。 由香  ばれました? 仁美  さ、もう下校時間よ。帰りなさい。 由香  あ、もうこんな時間! おかんに怒られる!     じゃ、先生サヨナラ!   由香荷物をまとめて出て行く。 仁美  サヨナラ!   取り残される仁美。   教室を見回して、机を直す。愛しそうに直す。   黒板のベジータも消して、代わりに「うそんせ」と書いてみる。   小さく決心して、それを消す。黒板消しの粉が舞って、振り払う仁美。   ちょっと目頭を押さえて、颯爽と出て行く。 幕   で、ここから由香エンド。 由香  終わっちゃったね。 仁美  そうね。 由香  おかげで、終わらせることが出来ました。 仁美  そりゃ結構なことで。あーあ、今日も残業決定か。 由香  何かあったんですか? 仁美  授業の準備とテスト作成、あと雑多な書類が山ほど。 由香  すみません。 仁美  そんな事思ってないくせに。 由香  ばれました? 仁美  ばれるわよ。さ、残業終わらせますかね。     あなたも、早く帰るのよ。 由香  はい。 仁美  あと、机直してて頂戴。ごめんね。 由香  分かりました。 仁美  それから、いろいろな小道具も直して手頂戴。 由香  小道具って言う言い方が味気ないですが、分かりました。 仁美  あと、黒板のあれも、消しといて。 由香  あれ、何なんですか? 仁美  ベジータ。 由香  ベジータ? 仁美  こういうところでジェネレーションギャップを感じるわね。 由香  さっさと出て行ったらどうですか? 仁美  酷い言い方ね。じゃ、さよなら。 由香  さよなら。   出て行く仁美。 由香  さよなら。   由香、机を直し始める。 由香  (机に)さよなら。(椅子に)さよなら。(黒板に)さよなら。(ベジータに)さよなら。     (あらぬ方向に)さよなら。(廊下に向かって)さよなら!     (淀川さんの物まねで)さよならさよなら。     さよなら、さよなら、(そして、仁美に)さよなら!   由香、とびっきりの切ない笑顔で客席を見る。   ゆっくりと西日が濃くなって。 幕