メリーさんのクリスマス 登場人物 吉敷たえ 崎田あさこ「崎田」 三田梨みつる  岡ゆうじ 1「December,20」   とある飲食店の事務室。   机がどでんと置いてあり、その上に書類棚、電話、灰皿など大物から小物まで雑然と置かれている。   カレンダーの月は十二月、薄暗いその一室に人影が写る。「三田梨みつる」である。   みつる、書類棚から一枚の紙切れを取り出し、一目見て訝しがる。折畳んであるそれを開いて内容を見る。   みつる、驚いている様子。みつる、紙切れを元の位置に戻してから、でていく。   しばらくして、二人組みの男女が入ってくる。   「崎田あさこ」と「岡ゆうじ」である。 崎田  うっわ、寒ぃーよー。(とエアコンのスイッチを入れる。) 優司  寒いね。 崎田  んでね。彼氏が言うわけよ。「お前のことが分からんって」     でもねぇ、あたしだって分からんよ。 優司  どんなところが? 崎田  全部。 優司  全部? 崎田  もう何もかんも、そりゃもう「机の事ちゃぶ台って呼ぶところ」から始まって、     「あたしの事を本当に好きかどうか」に至るまで。 優司  それで、喧嘩? 崎田  喧嘩になれば、まだ良いんだろうけどね。     彼氏のほうが、冷めててね。     暑ぃよ!誰だよ、エアコンつけたの。 優司  (崎田を指差す。) 崎田  はいはい、分かってます。分かっているんだけどねぇ。     …ねぇ、あたしって、一人でも生きて行けそう? 優司  うん。 崎田  やっぱり、そう見える? 優司  彼氏さんにもそう言われたの? 崎田  そう。     「おめぇ、一人の方がたくましく生きられるんじゃない?」とか何とか… 優司  ねぇ、崎田さん。 崎田  何よ。 優司  飲んでる? 崎田  飲んでるわけ無いでしょーが、大体あたし、下戸だよ? 優司  (崎田の持っているチュウハイの缶を指差して)でも、それ。 崎田  これはぁ、これとして、     何の話してたんだっけ? 優司  おめぇ、一人の方が… 崎田  そう、それ!     ほいでね、     寒ぃーよー。(エアコンのスイッチを入れる。) 優司  ねぇ、崎田さん。     エアコン、温度下げたら? 崎田  え?あー、三十度になってたわ。   崎田、エアコンの温度を下げる。   部屋の電話が鳴る。 崎田  はい、あたし取る。 優司  ダメです。 崎田  取りたいの。 優司  酔ってるでしょう!? 崎田  酔ってないってば! 優司  (崎田の持っているチュウハイの缶を指差して)だからそれ! 崎田  これは、その、 優司  そうでしょう? 崎田  これは!煙草入れよ! 優司  嘘だぁ!大体、煙草吸わないでしょう! 崎田  嘘じゃないわよ!ほら、そこどきなさいよ。 優司  …   優司、立ちふさがっていた場所を退く。   その瞬間に、鳴っていた電話が切れる。 二人  あ… 崎田  あんたが、とっととどかないから、 優司  ヨッパライが店の電話応対してどうするんですか! 崎田  だから、酔ってないって言ってるでしょう! 優司  ヨッパライ程、酔ってないって言うんですよ。   再び、電話が鳴る。   優司と崎田は受話器の取り合い。   一瞬の差で、崎田が受話器を取る。 崎田  (酔っている)ほぁい、もしもしぃ?     …はい?…あぁ、玉子一ケース、長ねぎ二束、にんじん三本、 優司  発注ですか? 崎田  (曖昧に頷いて)メイクイン一キロ、味噌一個、サラダ油二本、にんにく一パック、しょうが一袋、以上。     (電話を切ろうとする) 優司  あー!ダメダメ、(と、受話器を奪って)     追加です。追加。     え、と。(発注書を見ながら)シナモン、レギュラー一パックずつ、…はい。…はい、お願いします。     (受話器を置いて)崎田さん。ちょっと、 崎田  何? 優司  何じゃないですよ。あれですよ。ウチ喫茶店ですよ。     お茶頼まないでどうするんですか。 崎田  はぁい 優司  かわいく言ったってダメです。 崎田  だっはーい。 優司  汚く言ったってダメです。 崎田  じゃあ、どう言ったら良いのよ。 優司  どんな風に言ったってダメです。 崎田  くそケチくせぇなぁ。はいはい、あたしが悪ぅございました。     はぁ、暑ぃーよー。(と、エアコンのスイッチを消す。) たえ(声) ―うわぁ、寒ぅ、寒さむサムsam… たえ、入ってくる。 たえ  おっはー。 崎田  夜よ。 たえ  おばんどす。 崎田  …もう少し、まともに喋れないの? たえ  ご機嫌麗しゅうございます。初雪も降り、めっきり冬めいて来た今日この頃、いかがお過ごしでしょうか? 崎田  もういい… たえ  何してんの?二人で…     (想像して)うっわー。えってぃー。 崎田  んなんじゃないわよ。 たえ  はいはい。 優司  仕事ですよ。仕事。僕はね… 崎田  あたしも仕事で… 優司  酒飲んで? 崎田  飲んでないって言ってるでしょーが! たえ  崎田さぁ、 崎田  次、その名前で呼んだら殺すよ。 たえ  え、何?崎田。 崎田  ! たえ  ウソウソ、麻子ちん。もうちっと仲良くできんかなぁ、同じ繊維同士。 崎田  ったく… 優司  たえさんは、何か用ですか? たえ  ちぃーっと、忘れ物しちゃってね。 優司  何を? たえ  んー。大した物じゃないんだけどね。 崎田  大した物じゃないのに、ここまで来たの? たえ  そうそう。んー。   たえ、忘れ物を捜し続ける(フリをする)。   優司は、書類棚からシフト表やら商品別売上高などを引っ張り出す。 崎田  ユウ君、何してんの? 優司  お仕事。 崎田  そうそう、あたしもお仕事。 優司  飲んでるんですから、無茶しないでくださいよ。 崎田  酒は飲んでも飲まれるなってね。 優司  飲まれてるじゃないですか。 たえ  ウチも今度、酒飲んで営業しようかな。 優司  止めて下さい… たえ  じゃあ、今日、ここで宴会やろう。 優司  ここで? 崎田  馬鹿なこと言ってる暇があったら、忘れ物捜しなよ。 たえ  はーい。   たえ、忘れ物を捜し始める。   優司、気になって一緒に探し始める。 たえ  ありがと。 優司  気が散って、仕事になりません。 たえ  ははは、ごめんね。 優司  いいですよ、もう。…それで、何を探すんですか? たえ  何探してたんだっけ? 優司  いやいや、待ってくださいよ。 たえ  ねぇ、崎田、あたし何探してたんだっけ? 崎田  知らんよ、そんなん。 たえ  冷たいなぁ。いいですよ、忘れ物は忘れてるから忘れ物なんですよ。 優司  何忘れたか忘れてたら探せないじゃないですか。 たえ  どうしようかねぇ。 優司  仕事してます。     思い出したら、言ってください。 たえ  ありがと。   優司、仕事を始める。たえ、「んーんー」言いながら思い出そうとしている。 崎田・優司 原価率21.4% たえ  んー 崎田・優司 諸経費7% たえ  んー。 崎田・優司 人件費… たえ  んー! 崎田・優司 うるさい! たえ  あ? 崎田・優司 あと、同じ事やってない?   崎田、優司、互いの書類を取り替えて見比べる。 崎田・優司 やってる… 崎田  同じ事やってちゃあ、意味ないでしょうが! 優司  意味ないですよ!何で同じ事やってるんですか。 崎田  それはこっちの台詞よ。     ったく… 優司  ホントに…   優司、目を落とす。そこには従業員名簿がある。 優司  マスター、まだですかねぇ。 崎田  本当にね。「本場の中国茶を勉強するんだ」って言って出て行ったきりだもんねぇ。 優司  たえさん。何か知ってます? たえ  ん?うん。 崎田  あの人、携帯とか持ってなかったよね。 たえ  うん…。 優司  どうなるんでしょうね。この店。バイトばかりで… 崎田  本当にね、誰かが抜けたら大変な事になるね。 優司  崎田さんはまだまだ、辞めないんですよね。 崎田  ユウ君もね。     そうそう、ユウ君明日、一人営業だから。 優司  え、いや、困ります。 崎田  うそうそ。みっちゃんと一緒だから。 優司  はい     あれ?たえ、さんは? 崎田  あ?いつの間にか。   いつの間にか、たえ、いなくなっている。 崎田  ま、いっか。 優司  崎田さん。 崎田  ん? 優司  (空き缶を指差して)いいかげん、それ、捨てたらどうですか? 崎田  あ、ああ。あーあー(缶を捨てに行く。)   優司、一人になり、ため息をつく。   トイレから出てくるたえ。 たえ  あれ?崎田は? 優司  その呼び方、崎田さんに怒られますよ。 たえ  ははは、どんな呼び方だって崎田は崎田だよ。 優司  だったら たえ  どこ行ったの? 優司  酒の缶、捨てに行きました。 たえ  あ、そ。 優司  思い出しましたか? たえ  なん? 優司  忘れ物。 たえ  あー、忘れてたこと忘れてたわ。 優司  もう、しっかりしてくださいよ。 たえ  うんうん、頑張る。   優司・たえ、会話が無くなる。   優司は仕事をしている。たえは携帯いじっている。 優司  もうすぐクリスマスですね。 たえ  え?あ、ああ、そうよね。 優司  どうしました? たえ  そういえば、どうしてメリークリスマスっていうか知ってる? 優司  知りませんけど。 たえ  あれね、メリーさんのクリスマスだからメリークリスマスっていうのよ。     メリーさんの羊と一緒ね。 優司  違うと思います。 たえ  ばれたか。 優司  何かやります?クリスマス。 たえ  ここの面子で? 優司  何か予定あります? たえ  んー、どうだろうねぇ。 優司  崎田さん、遅いですねぇ。 たえ  ゴミ箱にでもはまってるんじゃない? 優司  ゴミ箱にはまる前に泥沼にはまりそうですけどね。 たえ  泥沼? 優司  彼氏と喧嘩中みたいです。 たえ  いつもの事じゃん。だから、酒なんて飲んでたんだ。     あぁぁぁぁあぁぁぁ、帰ろう。 優司  帰っちゃうんですか? たえ  うん、忘れ物も忘れっぱなしだしね。     それじゃ、 優司  お疲れ様です。   たえ、去る。   崎田とすれ違い、「お疲れ」と声を掛け合い、 崎田  寒ぃーよ。 優司  エアコンつければ良いじゃないですか。 崎田  点けて。 優司  はいはい。(エアコンのスイッチを入れる。) 崎田  …どうしようもない事もあるよねぇ。 優司  は? 崎田  あたしって、強いんかなぁ。 優司  見た目は、 崎田  強かったら、誰かに寄り添っちゃあダメなんかなぁ。 優司  … 崎田  吐き気をもよおした時は、トイレに駆け込んだほうが良いんかなぁ。 優司  ちょ、トイレ。   崎田、トイレに駆け込む。 優司  背中さすりましょうか。   トイレの中の崎田、返答は無し。 優司  お茶とか、買って来ましょうか?   トイレの中の崎田、返答は無し。 優司  お茶、買ってきますね。   優司、お茶を買いに出て行く。   無言のトイレ。   しばらくして、 崎田(声) くそったれ…   暗転 2「December,21」   みつる、一枚の紙っ切れを見ている。   誰かが入ってきた様子に気付き、あわてて紙っ切れを片付ける。   間違った棚に片付ける。   たえ、入ってくる。 たえ  おっはー。 みつる オハヨウ。あれ、今日たえちゃんだっけ? たえ  優司君と代わってもらった。クリスマスだし、休み取ろうと思って。 みつる 休みとって、何するの? たえ  何って?クリスマスにする事と言ったら一つでしょう。 みつる 一つ?一つって言っても色々あるだろう。 たえ  色々も無いよ。     男と女がクリスマスにする事と言ったら、     みっちゃんのエッティー! みつる たえちゃん、そもそも(マスターと) たえ  そもそも何よ。 みつる どういう理屈でエッティーなんだよ。 たえ  そんな事聞いちゃダメよ。聞かれても分からないんだから。 みつる はいはい、聞いた私が悪かったです。 たえ  クリスマスにやる事と言ったらパーティーに決まってるでしょう。     クリスマスと言ったら、ツリーがあって、いろんな人がいて、でっかいケーキがあって、     ほら、あの焼いた鳥みたいなもの。 みつる 七面鳥? たえ  そう、それがあって、あったかい暖炉があって、サンタクロースがそりに乗ってきて みつる いやいや、それは無理じゃない? たえ  何で? みつる ツリーがあって、いろんな人がいて、かろうじてでっかいケーキがあるとして、     百歩譲って、七面鳥の丸焼きがあるとしてもだ、     暖炉は無いだろう。 たえ  あるの、絶対あるの。 みつる もっと現実的なものを想像したほうがいいぞ。 たえ  現実的なものって? みつる ツリーがあって、いろんな人がいるところまでは良いとしてだ。     ケーキもそんな大きいものじゃなくて、こう、一ホール二・三千円のもので、     七面鳥の代わりに、ほか弁でから揚げバスケット買ってきて、     コタツにもぐりこんでだ、 たえ  なんか、味気ない。 みつる 味気なくて当然。     クリスマスって言っても、一日は一日なんだから。今日と同じ一日。 たえ  その発言も味気ない。 みつる クリスマスにケーキ買って、お祭り騒ぎしていられるこの国は忙しいけれども、平和だと思うな。 たえ  ? みつる うん、平和が良い。 たえ  何?それ、 みつる たえちゃん、サンタクロースって信じてるクチ? たえ  何?急に。 みつる もしもし、サンタさん。     あなたが子供にだけでなく、中途半端な大人である私にも微笑みかけてくださるのだとすれば、     どうか、平和な時間をください。 たえ  サンタなんているわけ無いでしょ。 みつる 珍しく現実的な事を言うね。 たえ  もし仮にいたとしても、平和な時間なんて抽象的なもの頼んだって仕方ないでしょう。 みつる じゃあ、もっと具体的なものを頼めば良いんだな。 たえ  そ、だから私は、七面鳥の丸焼きをお願いするの。     いや、焼いてもらうのはちょっと、厚かましいから、七面鳥を一羽。     かっさばくのはこっちでやることにするから。 みつる 出来るのか? たえ  出来ないよ。     出来るわけ無いじゃん。(笑う) みつる 聞いた私が馬鹿でした。 たえ  バーカ(笑う) みつる 馬鹿話してないで、仕事やるよ。 たえ  はぁい。 みつる じゃ、俺、掃除してくるから。    と、みつる表へ出ようとする。   と、そこへ、優司がやってくる。 みつる あれ、優司? たえ  何? 優司  あ、いや。あの、 みつる 何か用事? 優司  用事と言えば用事ですけど。 たえ  何? 優司  用事じゃないと言えば用事じゃないんですよ。 みつる はっきりしないな。 優司  あの…たえさん、24日、代わってもらえませんかね。 たえ  は? 優司  いや、休まないといけなくなっちゃって、 たえ  どうして? 優司  いろいろ有ったり無かったりして、 みつる 何なの?女? 優司  はい… たえ  彼女できたの? 優司  はい… みつる 彼女できたの!? 優司  はい…     出来ればお願いしたいんですけども、やっぱ良いです。 たえ  いいの?彼女。 優司  たえさんも、用事があるから休むんでしょう? たえ  そりゃそうだけど、 みつる 良いんじゃないの。 優司  大丈夫ですから。 みつる まぁ、二人で話しておいたら良いよ。俺、掃除行ってくるから。   みつる、掃除に行く。   取り残される、たえと優司。 たえ  本当に大丈夫? 優司  はい。 たえ  ありがと。優司君は優しいねぇ。     おばちゃん、涙出てきちゃったよ。     で、彼女って、どんな子?名前は?歳は?かわいい系?綺麗系?どうやってゲットしたの? 優司  名前とか聞いてどうするんですか。 たえ  あら、冷たいねぇ。真冬の木枯らしよりも冷たいねぇ。 優司  … たえ  凍えるねぇ。世間は冷たいからねぇ、おまけに、景気も冷え込んでるからねぇ。     どうなんか知らんけど。     名前、 優司  どうするんですか。 たえ  どうもしないけど。名前、 優司  言いません。 たえ  何?言えません?     あんた、言えない様な相手と付き合ってるの? 優司  違いますって。 たえ  かわいい系?綺麗系? 優司  …どちらかと言えば、     言いません。 たえ  ケチ。 優司  ケチで結構です。 たえ  せっかくのクリスマスなんだから。休みにすれば良いのに。 優司  たえさんには、たえさんのクリスマスがあるんでしょう?     ボクのクリスマスは、バイトに入って、その後彼女と過ごすってのが、そうなんですから。 たえ  彼女さん、幸せだね。     優司君みたいな、優しい人が彼氏で。 優司  優しくなんか無いですよ。当たり前の事をしているだけです。 たえ  その当たり前が難しいんだよね。 優司  どれが正解か分からないですけどね。   みつるが掃除から戻ってくる。 みつる たえちゃん、まだ話してたの? たえ  あ、ごめん。 みつる 俺な、ちょっと考えたんだけど。     (優司に)お前な、クリスマス休め。 優司  は?だって、 みつる それが正しいと、俺は思うけどな。 たえ  そうそう、正しいぞ。彼女さん泣かせちゃマズイっしょ。 優司  崎田さんも休み取ってますし、みつるさん一人営業になっちゃいますよ。 みつる だれが、一人営業するって? たえ・優司  はい? みつる 休み。休み。店休日。 優司  いやいやいや、 たえ  でもでもでも、 みつる 良いんじゃないの?去年も、お客さん少なかったし。     まぁ、もし営業したとしても、俺一人でどうにかなるだろう。 優司  悪いですよ。 みつる 悪いと思ってるなら、今度飯おごれ。 優司  すみません。 たえ  目一杯楽しいクリスマスにしますんで、勘弁してやってください。 みつる お前も、飯、おごれよ。 たえ  分かってますよ。 優司  じゃあ、ボクはこれで、     有難うございます。 たえ  良いって事よ。 みつる お前が言うな。 たえ  ほあい。     仕事仕事。 優司  お疲れ様です。頑張ってください。 たえ  あいよ。   たえ、仕事に行く。   優司も帰ろうとするが、 みつる なぁ、優司。 優司  はい?何ですか? みつる 彼女って、どんな子だ?     名前は?歳は?性別は?かわいい系?それとも綺麗系?どうやって捕まえたんだ? 優司  みつるさんも、聞くんですか… みつる 当たり前だろ。   みつる、意気揚々としている。   優司、あきれ果てている。 暗転 3「December,21,17:00」   みつる、遅い遅い休憩中。   そこへ、崎田がやってくる。忙しげに… みつる お、レーヨン。 崎田  その呼び方、止めて、 みつる 麻子でもレーヨンでも同じじゃん。     同じ繊維同士、仲良くやれよ。 崎田  仲良く出来ないわよ。(と、忙しそうに化粧している。) みつる ずいぶんと慌ただしいな。 崎田  彼氏に呼び出された。 みつる 泥沼にはまりかけてる彼氏? 崎田  誰に?     あ、優司… みつる たえちゃんから、仕事中に… 崎田  とすると…あぁぁぁぁあ、全員知ってんじゃん!     あ!もうこんな時間! みつる 待ち合わせてんのか? 崎田  七時に、山大前のジョイフルで、 みつる あと、二時間もあるじゃん。 崎田  あと、二時間しかないんだよ。     準備しないと。 みつる 何の準備だ? 崎田  女の子にはね、色々と準備する事があるんよ。 みつる 化粧したり? 崎田  化粧したり、化粧したり、化粧したり。 みつる 化粧だけじゃん。 崎田  化けにゃあいかんでしょうが。     これから男と会うってのに、素のままじゃみっともないでしょうが。 みつる そんなもん? 崎田  そんなもん。     よし!終わり。 みつる ずいぶん手っ取り早い準備で。     あと、一時間五十八分あるぞ。 崎田  八分?うわ、やべぇ。 みつる 落ち着けよ。 崎田  落ち着いてるわよ。 みつる ほらほら、座って。   崎田、とりあえず座って深呼吸。 みつる 落ち着いたか? 崎田  落ち着いてるって言ってるでしょうが。 みつる レーヨンさぁ、 崎田  だから、その名前で(呼ばないで) みつる 肩肘張るの止めたら? 崎田  …別に、張ってるわけじゃあないわよ。 みつる 強情は、からだに良くないぞ。(と言って、タバコをくわえる。) 崎田  そっちこそ、からだに良くないわよ。 みつる 何? 崎田  タバコ。 みつる あ。ああ… 崎田  こういう性格なんよ。     九回ツーアウト満塁一点取ったらサヨナラの場面でも、大きいの狙っちゃうタチなのよ。     フォアボールとか振り逃げなんてのは嫌なのよ。 みつる お前、野球好きだったっけ? 崎田  嫌い。 みつる フォアボールや振り逃げでも勝ちは勝ちだぞ。 崎田  正論ね。教科書に書いてあるような正論ね。 みつる 教科書にこんな事は書いてないと思うが。 崎田  そんなん、分からんでしょうが。 みつる 本かなんかで見たことあるんだが、     自分を縛るものってのは、最終的には自分なんだってな。 崎田  そんなん、言うのは簡単だけれどもね。 たえ  ねぇ、今縛るって聞こえたけど。     あ、崎田。うわ、いやらしい。 崎田  何よ、 たえ  なんでもぉ。 崎田  無駄口叩いてる暇があったら、仕事しなよ。 たえ  その台詞、横にいる人に言って頂戴。 崎田  は? たえ  休憩、もう終わってるはずなんですけど。 みつる そうか? たえ  そう、絶対そう。 みつる 良いじゃんか、クリスマスに休めるんだから。 たえ  それとこれとは別。     ほらほら、さっさと出る。 みつる はいよ。     って、たえちゃんは? たえ  あたしは休憩。   みつる、しぶしぶ出て行く。 たえ  で、どうしたの?     こんな時間に、 崎田  彼氏に呼び出された。 たえ  泥沼だねぇ、(と言って、笑う。) 崎田  笑い事じゃないわよ。   みつる、やってきて みつる ノーゲスじゃんか! たえ  そうよ、ノーゲスト。 みつる 俺、出る必要ないじゃん。 たえ  お客さんいなくても、仕事はあるのよ。     アンダスタン? みつる …はいはい。   みつる、しぶしぶ出て行く。 たえ  良いの?レーヨンは。 崎田  何が? たえ  彼氏と待ち合わせてんでしょ。 崎田  まだ、時間あるからいい。それより、あんたはいいの? たえ  何が? 崎田  忘れ物。見つかった? たえ  あ、忘れてた事、忘れてた。 崎田  ダメじゃん。 たえ  ダメだねぇ。本当にダメだねぇ。     レーヨンの恋も終わりだねぇ。 崎田  まだ終わってないでしょうが! たえ  「まだ」ね、 崎田  ちょっと! たえ  良いじゃないのよ。彼氏なんかいなくても、麻子ちん生きていけそうじゃん。 崎田  …あんたも、そんなこと言うんだね。 たえ  どうしたの? 崎田  何でもない。 たえ  何でもなかとですか。 崎田  何?その喋り方。 たえ  喋り方なんてどうでも良いことでしょうが、     それより、(と、酒のビンを取り出す。)どう? 崎田  いやいや、あたし飲めんし。     って言うか、あんた仕事中でしょ。 たえ  ノーゲスだから。 崎田  お客さんいなくても、仕事はあるんでしょ。 たえ  ちっ、そうだった。 崎田  何も、今、飲まなくても良いでしょうが、     後でゆっくり付き合ってあげるから。 たえ  崎田が彼氏と別れた後? 崎田  違うわよ。そんなにあたしを別れさせたいの? たえ  全然。からかうと面白いから。 崎田  ったく…     ほら、休憩終わり。 たえ  表一人で大丈夫っしょ。 崎田  じゃあ、事務でもやっとき、     ほら、日報。 たえ  はぁい。日報。コンニチハ、日報。 崎田  納品書、全部よこして。 たえ  全部? 崎田  原材料費出すから。あと、水道・ガス・電気の請求書。 たえ  仕事熱心ねぇ。     終わる? 崎田  終わるわよ。三十分もあったら充分。   と、崎田の携帯が鳴る。メールらしい。   崎田、メールの文面を見て、焦る。 たえ  どうしたの? 崎田  「待ち合わせ、六時にしねぇ?」って… たえ  彼氏から? 崎田  (うなずく)行かんと。 たえ  ちょい待ち!     (納品書や、請求書を手に)これ。 崎田  今日はパス。 たえ  まぁまぁ、クリスマスプレゼントだと思って、 崎田  思えないからパス。 たえ  三十分あれば余裕なんじゃないの? 崎田  自分に余裕が無いからパス。 たえ  なんで余裕が無いのよ。     いっつも、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で仕事やってんじゃん。 崎田  それとこれとは別。     じゃ、行ってくるからね。 たえ  いってらっさい。   崎田、荷物をまとめてあわただしく出て行く。   たえ、それを見送った後、紙っ切れの入っているはずの棚を開ける。   が、そこには目当てのものは無い。   たえ、必死で探すが、やっぱり無い。 たえ  無い。無いよ。 みつる 何が無いって? たえ  ん?たいしたものじゃないんだけど。 みつる それより、たえちゃん、     休憩、終わってるよ。 たえ  ごめん。すぐ出るから。 みつる あいよ。   みつる、出て行く。 たえ  …どうしよう。本当に無いよ。   暗転 4「December,22」   たえ、一人であの紙っ切れを探している。   見つからない。どこにいったかも分からない。   散々探して散々途方に暮れていると、優司がやってくる。 たえ  あ、優司君。 優司  たえさん。探し物ですか? たえ  忘れ物が探し物になっちゃった。 優司  それは、難儀ですね。     探しましょうか? たえ  ん、いいや。     彼女さんにも、そうやって言ってんの? 優司  言ってませんよ。 たえ  そうね。言わなくても態度で示すもんね。 優司  態度でも示してません。 たえ  クリスマス。一緒に過ごすんでしょ? 優司  バイトがなくなりましたからね。 たえ  ケーキ買って、ツリー飾って、七面鳥焼いて、 優司  七面鳥なんて、どこで手に入れるんですか。 たえ  分けてあげるから、 優司  たえさんが? たえ  そ。サンタさんにお願いしてある。七面鳥くれって。かっさばくのはこっちでやるから。     さばいたら、おすそ分けしに行くね。 優司  期待しないで待ってます。 たえ  期待しないと。みんなの期待がサンタさんのエネルギーなんだから。 優司  期待が外れると落ち込みますから。 たえ  サンタさん、信じてないの? 優司  この歳にもなって? たえ  この歳ってね。あんた何歳よ。 優司  十九です。 たえ  まだ大丈夫でしょうが。 崎田  (入ってきて)いやー、終わっちゃった。 優司  崎田さん? たえ  どうしたん?こんな時間に。 崎田  こんな時間だから、来てんのよ。 優司  また、飲んでます? 崎田  飲んでるわけ無いでしょうが。 たえ  いや、飲んでるっしょ。 崎田  はい!飲んでます。 たえ  あら、振られちゃった? 優司  たえさん! 崎田  そう。あはははははははははははははは、 たえ  あははははははははは、 崎田  三分で終わっちゃった、別れ話。あはははははははあはは、 たえ  あははははあははあははあはは、 崎田  「おめぇ、一人でも大丈夫だろ?」って、(爆笑) たえ  (爆笑) 崎田  「おうよ。」って胸張って言ってやった。(爆笑) たえ  (爆笑)   崎田、たえ爆笑 優司  …もう止めにしません? 崎田  … たえ  はは… 優司  何か、飲みます? 崎田  いい。ありがと。 優司  たえさんは? たえ  じゃ、ビール。 優司  酒じゃないものを、 たえ  ビール。 優司  店ん中で飲む気ですか? たえ  三分以内に買ってきなよ。 優司  …行ってきます。 たえ  あら、珍しく素直ね。 優司  いつもの事です。   優司、出て行く。   黙りこくった崎田。 崎田  簡単に泣ける女だったら、楽なのにね… たえ  うえーん。うえーん。て? 崎田  誰かに依って生きる事が当然のように思えたら良いのにね。 たえ  依ってって? 崎田  すがるって意味… たえ  崎田、酔ってるっしょ。当然のように酔ってるっしょ。 崎田  肩肘張らない性格だったら良かったのに… たえ  あたし、肩幅そんなに無いけど。 崎田  …あんたみたいに、馬鹿なことばっか言ってられたら良いのに… たえ  そうそう、馬鹿どえーす。(笑う) 崎田  うるさいよ! たえ  …(歌う)ぼーくらはみんなーいーきているー     いきーているから…ふにゃらららー 崎田  何よ? たえ  (途中を端折って)ミミズだって、んんんだって、アメンボだーってみんなみんな生きているんだ友達なんだ。 崎田  能天気な… たえ  ミミズやアメンボなんて、ふんずけちゃえば一瞬なのにね。     ぷちって。 崎田  一寸の虫にも、 たえ  フラれたね、ぷちってフラれたねぇ。     もっと簡単に泣ける女だったら、もう少し粘ったろうにね。 崎田  …何が言いたいのよ。 たえ  簡単に泣きやがったら、麻子ちんじゃないじゃん。 崎田  … たえ  ま、そんな感じ。     ビールまだかなぁ。 崎田  …どうしろって言うのよ。 たえ  どうしろとも言って無いじゃん。 崎田  どうしろって言うのよ! たえ  ん、まぁ、ビール飲もうか。     優司君、帰って来たみたいやし。   優司、ビールを持って帰ってくる。 優司  ビール来ましたよ。 たえ  お待ちしましたー! 崎田  … 優司  …崎田、さん。 たえ  ほらほら、麻子ちん。 崎田  …どうしろって言うのよ。 たえ  ビール飲めって、 優司  たえさん。 たえ  何よ。 優司  つまみ買ってくるの忘れました。 たえ  じゃ、買ってきて。 優司  それが、お金が無くて、 たえ  (財布を差し出して)じゃ、これで 優司  (受け取らずに)たえさん、お願いします。 たえ  …はいはい、買ってきますよ。   たえ、つまみを買ってくる。   それを見送り、息を吐く優司。 崎田  ありがと。 優司  ビール。飲みましょうか? 崎田  (頷く)   二人、ビールをあおる。そして、息をつく。 崎田  ちょっと、どう思う?     別れ話、三分だよ?あんまりじゃない? 優司  そうですね。 崎田  ホント、ぷちっと振られたよ。まったくもう。     仕方ねぇな。次の男捜すか。ねぇ、良い男紹介してよ。 優司  …どうでしょう。 崎田  もうすぐクリスマスだよ。せっかく休みとってたのに、暇んなちゃったよ。     ここで、働こうかな。 優司  店休日みたいです。 崎田  ここも休みかぁ。そりゃそうだよねぇ。みんなそれぞれ予定があるもんねぇ。     ホント何して過ごそうかな。 優司  … 崎田  ケーキ作って全部一人で食べるとか。     でも、あたし甘いもんダメなんだよね。優司君、食べる? 優司  … 崎田  あっちゃあ、無視されちゃった。     そりゃそうだよね、彼女がケーキ作ってくれるんだもんね。 優司  コンビニで買います。 崎田  味気ない事、言うもんじゃないよ。     クリスマスって言えばケーキは必需品だからね。もっと、ちゃんとしないと。   優司、たまりかねて崎田を凝視する。 崎田  何よ。 優司  何でも、無いです。 崎田  だから、何よ。 優司  だから、何でもないです。 崎田  …分かった。   といって、ビールを一気に飲み干しそのままトイレへ。   汚らしく吐き続ける。   優司、メモ帳に走り書きをして、出る。 崎田(声) 真っ赤な、おっ鼻のー、トナカイさんはー   汚らしく吐く。 崎田(声) クソッタレ…   暗転 5「December,22,23:00」   夜。誰もいない事務所。   みつるが一人でいる。 みつる ずいぶんと、減ったな。ここにいた人間も…     と、感傷に浸ってる暇も無いが、   と、書類棚をあさる。一枚の紙切れを取り出して。 みつる どうするんだろうね。たえちゃんは…   と、しばし紙切れを眺め続ける。 みつる いやいや、こんな事してる暇も無いんだ。     (メモを見つけ)ん?「お先に失礼します。少し早いですけど、メリークリスマス。優司。」     何だ?これ。   みつる、その下にあるメモを見つける。 みつる 「てん、てん、てん、メリークリスマス。麻子」   もう一枚めくってみる。案の定メモ書きが みつる 「いねえし。って言うか、いねえし。」     (めくって)「うわ、このサキイカしけってるし。」     (めくって)「ビール、一ダース買ってきたのに。」     飲んでたのか…   みつる、メモをめくっていく。 みつる 「一人で一ダースはきついなぁ」     (めくって)「一ダースじゃ物足らないなぁ」     飲むの早っ!   みつる、以下同文。 みつる 「ばっかどえーす」     馬鹿だ…     「酔ってないってー」     誰に言ってるんだ?って言うか酔ってるだろ。   みつる、メモをめくる。 みつる 「二者択一で答えを求められると言う事は、正解があるということなのでしょうか?     ここで言うところの正解っていうのは、多分、幸せに生きられるかどうかと言う事なんでしょうが     あたしが考えるに、どちらに転んでも幸せにはなれそうです。     でも、同時にどちらに転んでも後悔してしまいそうなのです。     それは、あたしの杞憂なのでしょうか?かっこ、杞憂ってどういう意味?」     (めくって)「これで良いのかという疑惑が次から次へと浮かんでは消え     その疑惑を打ち消すには決断するしかないのでしょうが、     あたしはそれほど優柔不断ではないにしろ、人並みには優柔不断らしいので、なかなか上手くいきません     タイムリミットは迫ってくるばかりで、うっとおしくて仕方ありません。     サンタさん、七面鳥は無しの方向で。代わりといってはなんですが、時間をください。」   みつる、少し紙切れのほうに目をやって、メモをめくる。 みつる 「なんちって」   みつる、苦笑。そして、この一連のメモを破いて捨てる。   すると、最後のメモ書きが、 みつる 「メリークリスマス。たえ」     …メリークリスマス。   みつる、書類棚から退職願を出して、書き始める。 みつる もうすぐ、か。   みつる、退職願を書いている。   暗転 6「December,23」   朝、崎田と優司のシフト。   崎田、一人でいる。そこへ、優司が入ってくる。 優司  オハヨウ、ございます。 崎田  昨日、勝手に帰りやがって、 優司  すみません。 崎田  いいのいいの。 優司  あの、     …何でもないです。 崎田  何? 優司  ホントに何でもないですから。 崎田  ホントに? 優司  すみません、嘘です。 崎田  何よ。   優司、黙って、手紙を崎田に渡す。 優司  読んで、ください。 崎田  (手紙を開いて)「昨日は、すみませんでした。 優司  出来れば黙読で、 崎田  それは、ちょっと無理かな。 優司  黙読で、 崎田  「昨日は、 優司  トイレで耳ふさいでますから。   優司、トイレの中に入る。 崎田  (わざと大きな声で)     「昨日は、すみませんでした。勝手に帰っちゃって…     何から書けば良いのか、とりあえず先に謝っておきます。ごめんなさい。     やっぱり、崎田さんは、強いです。何がって、まず見た目が」     (トイレに)おいこら! 優司(声) ―聞こえてません! 崎田  (普通のトーンで)     「何はともあれ、もうすぐクリスマスです。     一年で一・二を争うくらい特別な日です。     幸せそうな恋人達と、ヤケクソ交じりのハイテンションな一人身たち     サンタさんにプレゼントを願う子供と、それを見つめるお父さんお母さん。     町中がクリスマスです。老若男女がクリスマスです。     きっと、どんなに不幸な人にも、どんなに幸せな人にもクリスマスはやってきます。     プレゼントがもらえる子供にも、プレゼントがもらえない大人にも、崎田さんにも…     クリスマスは否応無しにやってくるんですよ。     だから、メリークリスマス。」 優司(声) ―終わりました? 崎田  聞いてなかった割にはタイミングいいよね。 優司(声) ―野生の勘です。 崎田  うん、優しい言葉だね。 優司(声) ―甘っちょろい言葉って言うんですよ。 崎田  こんなケーキだったら、食べれそうだ。 優司(声) ―それは、良かったです。 優司、出てくる。 崎田、手紙を渡そうとして、もう一枚あることに気付く。 崎田  PS。 優司  (あわてて耳をふさぐ) 崎田  彼女と別れました。     別れたの? 優司  (耳をふさいだまま)はい。 崎田  どうして? 優司  (耳をふさいだまま)向こうに好きな男が出来たからです。 崎田  嘘う。 優司  (耳をふさいだまま)というのは建前で、やっぱり僕は良い人どまりだったみたいです。 崎田  … 優司  (耳をふさいだまま)優しいだけで、それ以上でもそれ以下でもないみたいです。     要するに、物足りなかったわけですね。 崎田  耳栓、とりなよ。 優司  (耳をふさいだまま)…なんなんでしょうね。 崎田  ほら、耳栓とりなって。   崎田、優司の耳栓を外す。 崎田  優しくて、良い人間で、     そうじゃなかったら、優司君じゃないじゃん。 優司  ! 崎田  昨日ね、あたしも言われた。     たえちゃんにね。「簡単に泣きやがったら、あたしじゃない」って 優司  … 崎田  もうね、何が良いのか悪いのか、     どれがホントの自分なんだか、     ひっちゃかめっちゃか、 優司  崎田さんの部屋くらいですか? 崎田  あたしんちは、すこぶる綺麗よ。 優司  はは、 崎田  嘘だけど。 優司  だと思いました。   崎田、「ちぇっ」と優司を見る。   優司、少しだけ笑う。   そこへ、みつるがやってくる。 みつる ういー。 優司  みつるさん。お疲れ様です。 みつる お疲れさん。 崎田  あたし等は、これから疲れるんだけどね。 みつる じゃ、とっとと疲れて来い。 優司  眠そうですね。 みつる ねみぃ。むっちゃねみぃ。     ほら、時間だぞ。 優司  あ、はい。     じゃ、ボク掃除行ってきます。   優司、出て行く。 崎田  別れた。 みつる そうか。 崎田  驚かないんだね。 みつる なるべくしてそうなったからな。 崎田  正論だね。     味気ないけど。 みつる どうもすいませんね。味気なくて。 崎田  何のよう? みつる 野暮用。     ほら、行けよ。 崎田  はいはい。冷たい男。   崎田、出ようとするとたえがやってくる。 たえ  おっはー 崎田  あれ?たえちゃん、今日。 たえ  入ってないよ。みっちゃんに呼び出された。 崎田  え?(と、みつるを見る。) みつる 早く行けよ。 崎田  あ、ああ!ああああああ!あーあ…ああ!     そういうことね。 たえ  どういうこと? 崎田  邪魔よねぇ。あたしがいたら、邪魔よねぇ! みつる うるさい! 崎田  みつる。こっち、 みつる あん?(行く) 崎田  (耳打ち)助平。 みつる 早く行け!   崎田、面白がりながら出て行く。 みつる ったく。 たえ  もしかして、勘違いされた? みつる ああ。     まぁ、いてもらったら少し困るんだけど。 たえ  何? みつる 話がある。 たえ  え、嘘。 みつる いや、嘘じゃなくて。 たえ  エッチ。 みつる どうしてそうなる?おまえはどうしてそうなる! たえ  どうして?聞くの?     男が女を呼び出す。男が真面目腐って「話がある」と言う。     何の話くらい想像付かないほど馬鹿じゃないわよ。 みつる いや、多分たえちゃんの思ってるのとは違うよ。 たえ  思った以上の… みつる もういい…     本題に移ろう。   みつる、書類棚から一枚の紙切れを出す。 たえ  あ… みつる ごめん。 たえ  謝るっていう事は、見たわけね。 みつる こんなところに「ひょこ」ってあるから たえ  … みつる その話。な、違っただろ? たえ  …違ったね。 みつる どうするの?   たえ、おもむろにメモ帳を取り出し、めくり始める。   自分の書いたつれづれごとを読ませるつもりらしい。 みつる 読んだよ。 たえ  はは、悪趣味。 みつる で、どうするの? たえ  … みつる 向こうはいつまで待ってくれるの? たえ  クリスマス。 みつる 明後日か、 たえ  イブ。 みつる 明日じゃん。 たえ  本当にね、どうするんだろうね。 みつる しなよ。 たえ  分からない。 みつる 幸せにしてくれるって、 たえ  努力はしてくれると思う。 みつる じゃあ、いいじゃない。 たえ  努力だけじゃ、怖い。 みつる でも、断定は多分出来ないよ。 たえ  嘘でも良いから、はっきり言って欲しい。 みつる それ、言ったら? たえ  言えない。 みつる 言ったって分からないやつだっているんだ。     言わないと、分からんぞ。 たえ  正論だね。 みつる まぁな、     とりあえず、飛び込んでみろよ。そんなに悪い人じゃないと思うぞ。 たえ  良い人! みつる うん、良い人だ。めっちゃ良い人だ!     …こんなんで良いか? たえ  よろしい。 みつる そんなに良い人なら、いいじゃない。 たえ  それでも良くない。 みつる そんなに信頼無い? たえ  ある!めっちゃある!     でも、決定的に何かが足りない。それも、あたしに…     あたしに何か足りないの。 みつる じゃあ、止めれば? たえ  嫌よ! みつる そう言うと思った。 たえ  そう言っちゃう位好きだから困ってるんじゃないの。 みつる たえちゃん見てると、困ってるようには見えない。 たえ  めっちゃ困ってんの! みつる その「めっちゃ」ってのがダメだな。 たえ  困ってんの。 みつる 本当に困っている人は「困っている」って言葉も出ないほど困っているもんじゃない? たえ  … みつる たえちゃん、ここに入りたてのころ覚えてる? たえ  何? みつる 「どんな人がいるんだろう」とか、「仕事、覚えられるかな」とか、     最初は不安で不安で、もう毎日ここに来るのが嫌でね。     俺の話だけど。 たえ  あー、まぁね。 みつる でも、やっぱ慣れるよ。     逃げ出したくなる時もあるけど、慣れるよ。     だから、ここに、こうしている。 たえ  … みつる 言いたい事、分かる? たえ  分かりすぎるくらい。     …正論ね。 みつる 第三者からは正論しか出てこないよ。 たえ  なんか、味気ないなぁ。 みつる 味のあるような事を言って欲しかったら優司にでも相談してみたら? たえ  もともと、誰かに相談するつもりなんて無かったの!     みっちゃんが勝手に見るから… みつる ごめん。   そこへ、優司が入ってくる。 優司  すいません。ボールペンありますか? みつる あ、ああ。(優司にボールペンを渡す) 優司  有難うございます。     ついでに、休憩です。 みつる あ、ああ。(と、いすを差し出す。) 優司  有難うございます。     何、話してたんですか? みつる ん? 優司  (紙切れを見つけて)それ、何です? みつる 大した物じゃないんだ。 優司  (見て)ちょ、これ、その、あの、何ていうか、こ、こ、婚姻(届け)     (二人を見て)ああ!あーあ、あああああ、あーあー。     (みつるに)結婚するんですね。 みつる しねぇよ! 優司  え? たえ  プロポーズ、されたのね。 優司  みつるさんにですか? みつる 違う!     マスターにだよ!(と、勢いで言ってしまう。) たえ  あ… みつる あ… 優司  マスター?マスターってあのマスターですか?この店の… たえ  …馬鹿。 みつる 悪い… 優司  え、いや、ホント。おめでとうございます。 たえ  何が? 優司  何がって、プロ、プロ、プロ、 みつる プロポーズ? 優司  そう!それです! たえ  あのね、優司君 優司  (表に向かいながら)ちょっと!崎田さーん!   優司、行ってしまう。 たえ  どうするのよ。 みつる どうしよう… たえ  ま、いづれ言わないといけなかったんだろうし。 みつる 怒ってる? たえ  めっちゃ、 みつる だから、「めっちゃ」って使っちゃあ たえ  怒ってる風にして欲しい? みつる 結構です。   と、そこへ、崎田がウエディングマーチを高らかに鼻歌いながら入ってくる。   優司も後から付いてくる。 崎田  ぱぱぱーぱ、ぱぱぱーぱー。     (ためて)ぱぱぱーぱーぱーーーぱーーーーーーーーーーーーーーーーーー! たえ  気が早すぎだってば、 崎田  マスターと結婚でしょ? みつる (優司に)何て言ったんだ? 優司  あのままを。 たえ  はは、ははは、ははははははははははは、   たえ、馬鹿笑い。   優司と崎田ははやし立てる。 たえ  じゃあ、書くよ。   たえ、婚姻届にサインして捺印する。   崎田と優司は盛り上がる。   みつるは微妙な感じ。 たえ  出来ました! 崎田・優司  (大きな拍手)   たえ、それをおもむろに破く。破く、破く。めっちゃ笑顔で、   それを見ている三人。 たえ  破りました! 崎田  …え? 優司  たえ、さん。 たえ  拍手は? 崎田・優司  … たえ  拍手は? みつる (拍手) たえ  ありがと。 崎田  「ありがと」じゃないでしょうが、     (みつるに)あんたもいつまで拍手してんのよ! たえ  決めたの! 優司  決めた? たえ  結婚は、「まだ」いい。 崎田  …贅沢者。     一人くらいよこせ、 たえ  一人しかいないから、よこせません。   たえ、崎田笑う。つられて優司も笑う。   それを見ている。みつる。 みつる (退社届けをたえに渡して)メリークリスマス。 たえ  はい? 崎田  ちょっと、これ… 優司  たい、しゃ、     みつるさん、 みつる おお、辞めるぞ。 たえ  はは、ははは     やだなぁ、もう、ははははははははは   たえ、おもむろに退社届けを破る、 たえ  破りました! みつる おい! 優司  まずいですよ! 崎田  馬鹿! たえ  あーあ、これでみっちゃん退社できないねぇ。 みつる まぁ、もう一枚あるんだが。 三人  … 崎田  どうして? みつる いや、アフガニスタンの難民キャンプにボランティアで… 優司  アフガニスタンですか… たえ  どこ? みつる というのは嘘なんだが、     まぁ、な。東京に行こうと思って。 崎田  東京? みつる 何しに行くわけでもないんだけどな。     とりあえず、東京。 優司  …この店は? みつる 多分、大丈夫。     (たえに)マスター、帰ってくるんだろ? 崎田  中国で失踪中じゃなかったの? たえ  誰が失踪中って? 崎田  優司、君? 優司  僕は知りませんよ! みつる そういうことだ。     今日渡しとかないと、渡せないからな。 三人  ?(疑問に思い、シフト表を見る。) みつる 明日は、俺以外が休み。そして、次の日からは、俺が休み。ずっとな。 三人  ホントだ。 みつる じゃあな、 たえ  お土産、待ってるから。 みつる そうそう帰ってこねぇぞ。 たえ  東京饅頭で良い。 みつる (嘆息して)じゃあ、な。   みつる、出て行く。 崎田  ちょっと! たえ  レーヨン。 崎田  麻子です。 たえ  麻子ちん。     表、 崎田・優司  あ、   崎田と優司、表にでる。   たえもそれについていく。   暗転。 7「December,24」   みつる、一人営業。   やっぱりクリスマスは暇だ。事務所にこもって、暇つぶし。 みつる あー、休憩終わるなぁ。ま、お客さんもいないし、     あー、暇だ。   そこへ、優司がやってくる。 みつる お、優司。     いいのか?彼女… 優司  振られました。 みつる お、そうか。     …一緒に働く(か?) 優司  嫌です。 みつる 何するんだ?一人で。 優司  御飯食べて、お風呂入って、寝ます。 みつる いつも通りじゃねぇか。 優司  まぁ、サンタさんが来てくれたら、少し救われます。     じゃあ、メリークリスマス。(去る) みつる (優司の背中に向かって)メリークリスマス!   トイレから、崎田が出てくる。   驚くみつる。 みつる いつの間に? 崎田  あんたが表に出てる間に、 みつる 今の今までずっと、トイレで? 崎田  そ、粘ってた。 みつる で、俺と働くと、 崎田  馬鹿なこと言ってんじゃないよ。     こっちは忙しいんだからね。 みつる そっか、 崎田  女友達とカラオケ行って、女友達とボーリングして、女友達と飲むんだから。 みつる 寂しい女だな。 崎田  うるさいよ。     たまには、こんなんもありでしょ? みつる そだな、 崎田  メリクリ!(去ろうとする) みつる は? 崎田  メリー、クリスマス。   崎田、去る。 みつる メリークリスマス。     …メリクリ?ねぇ…   そこへ、たえがやってくる。 たえ  おっはー。 みつる たえちゃん。     今日は、マスターと? たえ  そうよー。 みつる 幸せだね。 たえ  そうよー。 みつる 婚姻届、破ったけどね。 たえ  そうよー。 みつる 俺の退社届けも破ったけどね。 たえ  そうよー。 みつる …何しに来たの? たえ  メリークリスマス! みつる メリークリスマス。   たえ、サンタの帽子をだして、みつるにかぶせる。 たえ  プレゼントよん。   たえ、少し笑って、そそくさと去る。 みつる なんだ?ありゃ。   その時、ドアのカランコロンって音が、   お客さんが来たらしい。   みつる、サンタの帽子をしたまま表に出る。 みつる(声) いらっしゃませ!        ……あ、この帽子は、違うんですよ。 幕。