屑星の王子様達 登場人物 科学者「J」 伝書鳩「バト」 通り雨 ほうき星 いつかの君 1 プロローグ   朝もやの中、四人、自転車をこいでいる。 ほうき星  その日、僕は望遠鏡を担いで朝もやの中、自転車をこいでいた。 科学者   その日、私は彼女を追いかけて朝もやの中、自転車をこいでいた。 伝書鳩   その日、僕は、伝えたい言葉を抱えて朝もやの中、自転車をこいでいた。 通り雨   その日、俺は風に吹かれて朝もやの中、自転車をこいでいた。   いつかの君、彼らの中央に来て、四人を見渡す。 いつかの君 その日、   暗転   暗闇の中、様々な声たちが浮かんでは消え浮かんでは消えていく。それは折り重なっているようで、はっきりとしてい   るようで……   「ごめんなさい」「最後の晩餐はピサを……」「どうしても出て行くのか?」「すまない」「じゃあね、バイバイ」 科学者(声)  どうせ、行くなら、君との思い出も連れて行ってくれないか? 2 科学者「J」のストーリー   科学者の研究所。科学者、自転車をこいでいる。   自転車にはいくつものコードがつなげられていて、奥の方につながっている。 科学者   8000……   科学者、なおも自転車をこぎ続ける。 科学者   8600、8700…   科学者、自転車をこぎ続ける。奥の方では何かの科学的反応が…… 科学者   9500……9700……       ……10000!   火花が飛び散り、研究所がフラッシュする。   風が渦巻き、嵐を呼ぶ。そして、ひとしきり大きい火花が起きた後、すべてが静かになる。   科学者、自転車から降りる。   ぞっとするほどの沈黙。 科学者   (息を荒くしている。)……どうだ?   また、沈黙が続く。   いつかの君、ゆっくりと出てくる。 科学者   (小さく呟くように)エリ…… いつかの君 ……パ、パ? 科学者   ぁぁ、そういう風に呼ぶようにしてたんだ。       始めまして、(名前が無いことに気付く) いつかの君 ? 科学者   名前をつけるね。 いつかの君 パパ、あのね。あたしの名前、もう決まってんの。 科学者   ? いつかの君 昔のパパがね。あたしの名前、決めてくれたの。 科学者   なんていうんだ? いつかの君 いつかの君。 科学者   …! いつかの君 だから、パパはあたしの名前決めなくていいんだよ。 科学者   そう、 いつかの君 パパ、元気ないね。こんなに天気良いんだよ。       お日様におはよーって、小鳥達におはよーって、虫けらどもにおはよーって、       おはよーって、パパ。 科学者   その「パパ」っての止めて欲しいな。 いつかの君 だって、パパがそういう風にしたんだよ。       そりゃ、あたしだってギモンしたよ。ギモンギモンしたよ。       でも、あたしは、パパをパパとしか呼べないからギモンギモンしててもパパって呼ぶしかないの。 科学者   そりゃ、そうだ。       精神年齢、低く設定しすぎたかな。 いつかの君 ? 科学者   ちょっと、ごめんね。   科学者、いつかの君にいくつかのコードをつなげて、自転車のペダルを逆に回す。   いつかの君、一旦、眠りに落ちる。 いつかの君 博士。 科学者   (ホッと一息) いつかの君 博士、仕事に取り掛かります。 科学者   …えっとね…… いつかの君 最初に一つ、お聞きしてよろしいですか? 科学者   何? いつかの君 どうして、いつかの君なんですか?「君」って誰ですか? 科学者   君、何歳? いつかの君 私に歳を聞くのはナンセンスだと思いませんか? 科学者   そりゃ、そうだね。       でも、答えられないわけじゃあないでしょ? いつかの君 強引に答えるならば、0歳です。 科学者   今日生まれたんだもんね。 いつかの君 何が言いたいんですか?私の質問に、 科学者   パーティーをしよう。 いつかの君 パーティー? 科学者   誕生日パーティー。       だって、今日はいつかの君の誕生日じゃないか。 いつかの君 どうして、私を作ったんですか? 科学者   (ピースサインをいつかの君に向ける) いつかの君 何ですか? 科学者   二つになったね。質問。 いつかの君 じゃあ、二つとも答えてください。 科学者   いつかの君、いつかの君……呼びにくいな。じゃあ、今日から君はあずきちゃんだ。 いつかの君 答えてください。 科学者   どうして、君は知りたがるの? いつかの君 それが仕事だからです。 科学者   いいじゃん、仕事なんかほっといて。 いつかの君 博士がそうさせたんですよ。私が、仕事を、するようにって! 科学者   (嘆息して)……そうだったね。 いつかの君 ふざけないでくださいね。私は真剣なんですから。 科学者   そういや、生真面目だったね。 いつかの君 その調子で、話してください。 科学者   さ、パーティーの準備準備。 いつかの君 あなたの過去のデータを検索しますよ。 科学者   良いよ。 いつかの君 え? 科学者   君に、私のデータは入れてないから。       だから、君だって聞いてるんじゃない。 いつかの君 ……教えてください。 科学者   料理は何がいい?ピザ頼もうか? いつかの君 あの人も好きでしたね。ピザ。 科学者   どうしてそういう意地悪するの? いつかの君 どうして教えてくれないんですか。 科学者   知ることは幸せですか? いつかの君 その哲学的問いに対する答えを検索中。……検索できませんでした。 科学者   どうしてそう意地悪するの? いつかの君 教えてください。 科学者   知って、どうするの。 いつかの君 知ってどうなるものでもありません。でも、知ることが私の仕事ですから。 科学者   いや、確かにそういう設定にしたかもしれないけれどもね。それは…… いつかの君 それは、五年前の私であって今の私ではないのだよ。 科学者   分かってるじゃないか。 いつかの君 何年前であろうとあなたはあなたです。 科学者   頑固だなぁ。 いつかの君 あの人に似せて作ったんでしょ。 科学者   そういう嫌な言い回しをさせるようにした覚えは無いぞ、あずきちゃん。 いつかの君 私の名前はいつかの君です。 科学者   何を言ってる、君には学習回路を組み込んでいるはずだ。 いつかの君 そうでしたね。 科学者   君を作ったのは私だよ。 いつかの君 どうして作ったんですか? 科学者   パーティーパーティー いつかの君 どうしても教えてくれないんですね。 科学者   んだんだ。 いつかの君 分かりました。 科学者   分かってくれたか。 いつかの君 出て行きます。 科学者   え? いつかの君 教えてくれないのなら、出て行きます。 科学者   ちょちょ、待て!どこでそんな高等なはぶて方、覚えた。 いつかの君 ぶぅ。 科学者   私は、インプットした覚えはないぞ! いつかの君 あなたですよ。 科学者   まさか。 いつかの君 あなたです。 科学者   インプットした覚えはないぞ! いつかの君 インプットはしていません。私が勝手に読み取っただけですから。 科学者   あ。 いつかの君 気づいてもらえましたか。 科学者   あずきちゃん、君は…… いつかの君 いい加減、その呼び方、止めませんか? 科学者   私の記憶を。 いつかの君 正確には「思い出」です。 科学者   そんなことはどうでもいい。 いつかの君 あなたは私の中にあなたの思い出を詰め込んだ。 科学者   ああ いつかの君 正確には「あなたとの思い出を詰め込んだ」 科学者   でも、君は「君」じゃない。私はようやく分かったんだ。 いつかの君 五年の歳月をかけてようやく出した結論がこれですか。 科学者   …だから、仕事はしなくて良いんだよ。 いつかの君 それでも、私は仕事をするために作られました。       今更、仕事はしなくて良いと言われても困ります。 科学者   …そうだね。 いつかの君 どうか、私にくれませんか?あなたの思い出を。 科学者   … いつかの君 教えてください。 科学者   …確かに、私は君を作った。…その理由は いつかの君 それは? 科学者   その前に、おじさんといい汗かかないか? いつかの君 前後の文脈との関係が不適切です。 科学者   何を言うか!人間、理屈より感情じゃないか! いつかの君 私は人間じゃありません。 科学者   たいていの男女のいざこざはエッチによって解決する。これは私の信念だ。 いつかの君 経験人数、一人。 科学者   女は人数じゃない!愛だぁ! いつかの君 あったんですか? 科学者   どうして、君はそういう胸をえぐるような質問をするの。 いつかの君 たいていの男女に当てはまる方程式が、たった一人の相手とのセックスで作られる。 科学者   しかも、しつこい。 いつかの君 しかも、愛があったかどうかは疑わしい。 科学者   あったの。誰がなんと言おうとあったの。 いつかの君 出て行ったとしても? 科学者   私は、過去には興味がないんだ。 いつかの君 教えてください。 科学者   エッチしよう。 いつかの君 出来ません。 科学者   そうだな、 いつかの君 でしょ。 科学者   私が作ったんだから、私が父親になるわけだし。       でも、近親相姦くらい愛があれば出来なくもないよな。よし、愛は法律を超える! いつかの君 超えません! 科学者   なんで。 いつかの君 なんでって言われても、とにかく、超えないものは超えないんです! 科学者   刑務所なんか怖くない! いつかの君 もっと、大切なことがあるでしょう! 科学者   ?ムードか?ムードだな。 いつかの君 違います。 科学者   そうだよなー。やっぱエッチするときは、ムードが大事だよな。照明もっと落としてー。   光が、暗くなりムードを盛り上げる。 いつかの君 違います! 科学者   何なんだ! いつかの君 私、アンドロイドですよ? 科学者   なんだ。そんなことか。 いつかの君 え? 科学者   アンドロイドだとか、そんなこと二人の愛があれば… いつかの君 超えられません! 科学者   そうかぁ。 いつかの君 そうです。 科学者   でも、試してみるのはタダだから。 いつかの君 そういう問題ですか! 科学者   どういう問題だ。 いつかの君 話をごまかさないでください。どうして思い出なんかを、 科学者   「思い出なんか」とは何だ。 いつかの君 あなたは人間です。思い出だけにすがって生きることは出来ません。       きちんと食べて、寝て、きるもの着て、生活していかなきゃいけないんです。 科学者   そんなことは分かってるよ。言ったでしょ?(と言いながらピザ屋に電話) いつかの君 分かってるなら、どうして私を作ったんですか。 科学者   もしもし、お宅のオリジナルピザ一つ。 いつかの君 教えてください。 科学者   何を。 いつかの君 私の名前の由来を、そして、何故私を作ったのかを。 科学者   だめ、 いつかの君 どうしても、私に仕事をして欲しくないんですね。 科学者   人間って、自分勝手だよね。 いつかの君 あなたが、自分勝手なんです。 科学者   仕事なんてやらずに、ゆっくり、のんびり、ピザをまとうじゃないか。 いつかの君 私は、あの人に似てか似なくてか頑固者です。 科学者   …… いつかの君 ですが、博士がどうしてもと言うのなら仕方ありませんね。 科学者   あずきちゃん。 いつかの君 この期に及んで、まだそれですか。 科学者   私も、どうやら頑固者らしい。   いつかの君、トイレ。 科学者   どこ行くの? いつかの君 トイレです。   科学者、一人残される。実験装置を片付けていく。 科学者   トイレ? いつかの君(声) エネルギー充填60%、進路クリア、最終ロック解除、 科学者   ちょ、君ぃ! いつかの君(声) 撃てぇ!   爆発音。   科学者、爆風をこらえる。   後に、トイレへ行き、一枚の紙切れを持ってくる。科学者、それを読み上げる。 科学者   隣町に、いってきます。       …壁、壊していかなくても良いのに……   暗転。   暗闇の中、様々な声たちが浮かんでは消え浮かんでは消えていく。それは折り重なっているようで、はっきりとしてい   るようで……   「ごめんね、」急ブレーキの音。クラッシュ音。「大丈夫?バト……君。」「血、血!」 伝書鳩(声)  ごめんなさい!行かないで、もう好きだなんて言わないから! 3 バトのストーリー   伝書鳩、手紙の詰まったかばんを抱えて走っている。 伝書鳩   いっちに、さんし、さんに、さんし。   いつかの君、走って伝書鳩に並ぶ。伝書鳩、横目でいつかの君を見てはしるスピードを上げる。   いつかの君、スピードを上げて、伝書鳩の横に並ぶ。 伝書鳩   お姉さん、足速いね。 いつかの君 そう? 伝書鳩   僕のスピードについて来れるんだ、速いよ。 いつかの君 出力はそんなに上げてないけど。 伝書鳩   しゅつりょく? いつかの君 出力60%   いつかの君、伝書鳩を引き離す。 伝書鳩   ま、待って! いつかの君 (とまって)何? 伝書鳩   (追いついて)はぁ、はぁ…お姉さん、足速いね。 いつかの君 あまり自覚は無いけど? 伝書鳩   ねぇ、お姉さんは何をしてるの? いつかの君 人にモノを聞く時は、自分から答えるものよ。子供でも知ってるわ。 伝書鳩   僕?僕は、これを届けに行くんだ。 いつかの君 その中には何が入っているの? 伝書鳩   これ?手紙。 いつかの君 その手紙には何が書かれているの? 伝書鳩   いや、そこまでは… いつかの君 なんで? 伝書鳩   だって、読んじゃまずいでしょ。 いつかの君 どうして? 伝書鳩   どうしてって…自分の手紙、読んでほしい? いつかの君 手紙は読んでほしいから書くのでしょう? 伝書鳩   そうだけど。知らない人には読まれたくないでしょ? いつかの君 そう? 伝書鳩   それこそ、子供でも知ってることだよ。       今度は僕が質問する番ね。お姉さん、誰?それに、何してる? いつかの君 (伝書鳩に向かってピースサイン) 伝書鳩   ? いつかの君 二つになったよ、質問。 伝書鳩   細かいなぁ。良いじゃん、別に。 いつかの君 良いけど別に、 伝書鳩   で、何してるの? いつかの君 私の名前はいつかの君。あるところから、逃げ出してきたの。 伝書鳩   逃げ出してきた? いつかの君 そう。 伝書鳩   捕まっていたの? いつかの君 私は外の世界を知らないわ。 伝書鳩   その年まで? いつかの君 (うなずく) 伝書鳩   なんて奴だ。 いつかの君 あの人は、私を思い出の人と重ね合わせていたわ。 伝書鳩   変態だな。 いつかの君 私はただ知りたかっただけなのに。 伝書鳩   何を。 いつかの君 私が生まれたわけを 伝書鳩   大丈夫、あんたが生まれたこと、必ず意味ある。 いつかの君 ? 伝書鳩   で、君、閉じ込めていたやつ。どんな人? いつかの君 ふけ顔、天然パーマ、長身。 伝書鳩   そう、追いかけてくるかもしれない。隠れたほうが良い。 いつかの君 大丈夫よ。あの人は私に追いつけはしないわ。 伝書鳩   ? いつかの君 (手紙に目をやって)それ、どこまで届けるの? 伝書鳩   隣町まで。 いつかの君 ナビシステム作動…隣町までずいぶんあるわ。 伝書鳩   2日間かかる。 いつかの君 私が運びましょうか? 伝書鳩   女の子は、無理。 いつかの君 でも、私だったら2時間でいけるわ。 伝書鳩   は? いつかの君 最高出力出せば1時間半。 伝書鳩   は? いつかの君 リミッター解除で1時間。 伝書鳩   ? いつかの君 さっき見たでしょう。 伝書鳩   でも いつかの君 それにね…ありもしない手紙をどうして運ぶの? 伝書鳩   気づいてたんだね。 いつかの君 その箱の中には、何も入ってないわ。 伝書鳩   入ってる!(日記帳を取り出し)ほら。 いつかの君 それは? 伝書鳩   日記帳。 いつかの君 何のために運ぶの? 伝書鳩   この中には、僕の言葉…入ってる。 いつかの君 言葉? 伝書鳩   そう。 いつかの君 そんなもの持って、走ってどうするの? 伝書鳩   伝えるため。 いつかの君 何を? 伝書鳩   思いを。 いつかの君 (重いリアクション) 伝書鳩   …… いつかの君 (さらに重いリアクション) 伝書鳩   あの、 いつかの君 何? 伝書鳩   その重いじゃ…ない。 いつかの君 分かってるわ。――っ!   いつかの君、機会音とともに頭を抑えてうずくまる。 伝書鳩   大丈夫? いつかの君 … 伝書鳩   ちょっと、ねえ。 いつかの君 お兄ちゃん。誰? 伝書鳩   ? いつかの君 パパは?お兄ちゃん、パパはどこ? 伝書鳩   パパって? いつかの君 (日記を見て)それ、何? 伝書鳩   日記。 いつかの君 どうして書きとめておくの。覚えておく事がそんなに大切な事なの? 伝書鳩   え? いつかの君 覚えておくことがしんどい人だって入るんだよ。ウチのパパみたく。 伝書鳩   どうしちゃったの?ちょっと。 いつかの君 うん。――っ!       しっかりしなさい、私。 伝書鳩   ? いつかの君 ごめんなさい。つまらないものを見せたわね。 伝書鳩   今のはどういう―――。 いつかの君 その日記、 伝書鳩   え? いつかの君 その日記には、何が書かれてあるの? 伝書鳩   え?これ?つまらない、こと。 いつかの君 つまらないことを伝えに走るの? 伝書鳩   僕にとっては、大切。 いつかの君 分からないわ。 伝書鳩   そう。 いつかの君 日記……「毎日の出来事や感想などを記録したもの。       日々の記録。日録。日誌。古くは「にき」とも書いた。」……・検索終了。 伝書鳩   何? いつかの君 これが日記でしょ。 伝書鳩   そうだね。 いつかの君 退屈な毎日の記録なんて、読んでも退屈なだけじゃない? 伝書鳩   そう、かも知れない。 いつかの君 それを伝えることに、どれほどの意味が存在するというの? 伝書鳩   でも、僕にとっては大切。 いつかの君 私は、当事者でないから分からないわ。       そして、あなたがその日記帳を渡そうとしている相手も、おそらくわかってくれないと思うの。 伝書鳩   うん。 いつかの君 それでも渡すの? 伝書鳩   うん。 いつかの君 ずいぶんと離れた隣町まで、走って、走って、走り疲れても? 伝書鳩   ……うん。 いつかの君 止めておいたほうがいいんじゃない? 伝書鳩   …… いつかの君 ねぇ。その日記。 伝書鳩   うん。 いつかの君 その日記があなたの思い出なの? 伝書鳩   思い出、違う。 いつかの君 でも、その日記にはあなたの過去の記録が残っているはずでしょ?       それを人は思い出って言うんじゃないの? 伝書鳩   まるで、自分が人間じゃないみたいな、言い草だ。 いつかの君 人間じゃないもの。 伝書鳩   え? いつかの君 形式番号00-DX、アンドロイドよ。 伝書鳩   どうりで、足、速いわけだ。 いつかの君 ところで、その日記。私に預けてみない? 伝書鳩   どうして? いつかの君 私は、思い出を探しているの。 伝書鳩   でも、これ思い出、違うよ。 いつかの君 それでもいいわ。 伝書鳩   どうする。 いつかの君 ちゃんと責任を持ってお届けします。 伝書鳩   渡す相手もわからないのに? いつかの君 それもそうね。   いつかの君、準備運動をする。 伝書鳩   …何? いつかの君 行きます。 伝書鳩   …ああ、 いつかの君 あなたも、 伝書鳩   うん、行くよ。 いつかの君 それ、誰に渡すの? 伝書鳩   昔、好きだった人に。 いつかの君 そう…寂しい人ね。 伝書鳩   そうかもしれない。 いつかの君 しつこい人ね。 伝書鳩   そうだね。 いつかの君 かわいそうな人ね。 伝書鳩   … いつかの君 デブな人ね、 伝書鳩   さっさと行け! いつかの君 ええ、   いつかの君、去りかける。ふと立ち止まって。 いつかの君 あなた、名前は? 伝書鳩   バト。伝書鳩のバト。 いつかの君 そう……馬鹿らしい名前ね。 伝書鳩   うるさい!   いつかの君、去っていく。伝書鳩、ため息をつく。   そこへ、科学者、いつかの君を追いかけてやってくる。   伝書鳩、科学者を見る。 伝書鳩   ふけ顔、天然パーマ、長身。……あんた、 科学者   なんです? 伝書鳩   あんた、博士? 科学者   そう呼ばれることもありますが。   伝書鳩、手持ちのかばんを科学者の頭めがけてたたき下ろす。   科学者、それを避けて、 科学者   な、何をするんだ! 伝書鳩   うるさいっ!この変体ヤロー 科学者   待って! 伝書鳩   待たない! 科学者   私が何をしたというんです。 伝書鳩   あんなかわいい子を! 科学者   いつかの君を知っているのですか? 伝書鳩   白々しい! 科学者   ちょ、ちょっと待って。 伝書鳩   お前が、閉じ込めさえしなれば、あの子は。 科学者   だからなんです? 伝書鳩   そのふざけた芝居をいつまで続けるつもりだ! 科学者   探してるんです! 伝書鳩   連れ戻そうっていうのか! 科学者   いいえ! 伝書鳩   あの子は騙せても、この僕は騙せないぞ! 科学者   待って!何の事か、 伝書鳩   さっぱりってか? 科学者   はい、 伝書鳩   笑わせるな。僕はあの子から聞いたんだ。 科学者   会ったのですか? 伝書鳩   会ったもなにも、話までしたんだ。騙せるもんか! 科学者   彼女は、何を? 伝書鳩   「私は唯、知りたかっただけなのに」だと! 科学者   ! 伝書鳩   「あの人は、私を思い出の人と重ね合わせていた」だと!変態だな、あんた。 科学者   …そう、 伝書鳩   (かばんをなおも振り回しながら)何があったか、当事者じゃない僕には分からないけどよ。 科学者   会いたいんだ! 伝書鳩  会ってどうするんだよ! 科学者   ! 伝書鳩   どうしようもないだろ! 科学者   会って……会って… 伝書鳩   とりあえず、こいつでもくらいやがれぇ!   伝書鳩、渾身の力を込めてかばんを振り下ろす。科学者、それを受け止めて、 科学者   会って、私は彼女とあって、 伝書鳩   な、何だよ。 科学者   私は彼女と会って、エッチする! 伝書鳩   ふざけるなぁ! 科学者   なぜだ、私は真剣そのものなのに 伝書鳩   なお悪いわぁ! 科学者   やだなぁ、冗談だよ冗談。 伝書鳩   どっちなんだぁ! 科学者   実のところ…… 伝書鳩   実のところ? 科学者   大真面目です。 伝書鳩   だぁー! 科学者   わっ、ちょっと、 伝書鳩   待たない! 科学者   話しをしよう! 伝書鳩   したくない! 科学者   とりあえず、それを下ろして、 伝書鳩   嫌だ!   伝書鳩、かばんを大きく振りかぶって、 伝書鳩   でいやぁぁぁぁぁ!   ぐきっ、と鈍い音。 伝書鳩   あたたたたた。腰が、腰が、そこのあんた、 科学者   なんです? 伝書鳩   腰が、あたた…… 科学者   だからなんです? 伝書鳩   分かるだろ? 科学者   いいえ、全然。 伝書鳩   分かれよ! 科学者   そう言われましても。 伝書鳩   腰を、 科学者   腰がどうかしたのですか? 伝書鳩   いたたたた。 科学者   あぁ。 伝書鳩   分かった? 科学者   全然。 伝書鳩   そんな、ちょ、助けて。 科学者   分かりましたよ。   科学者、伝書鳩のぎっくり腰をなおす。 伝書鳩   はーっ、はっはっ!欲望と快楽に溺れた…   科学者、指を鳴らす。グキッと鈍い音。 伝書鳩   あたたた… 科学者   するはいけませんねぇ。 伝書鳩   悪かった。ごめん、すみません、このとおり。 科学者   その格好で、このとおりって言われても…   伝書鳩、おもいっきしふんぞり返っている。 伝書鳩   直してくれたら土下座でも何でもするから。 科学者   分かりました。   といって、再び直す。 伝書鳩   ふはは……つい、調子に乗って。   科学者、指を鳴らそうとしている。 科学者   で、あなたはいつかの君を知っているのですね。 伝書鳩   ああ… 科学者   どっちに行きました? 伝書鳩   あの子と会って、どうするの? 科学者   …さあ。 伝書鳩   どうするの? 科学者   …とりあえず、会ってみないと。 伝書鳩   分かった。俺…ついていく。 科学者   え? 伝書鳩   あの子に、変なことしないように、あんたに、ついていく。 科学者   ……分かりました。では、道案内を頼みましょう。 伝書鳩   こっちだ。 科学者   自己紹介が遅れましたね。私、Jというものです。 伝書鳩   バト、だ。 科学者   変な名前ですね。 伝書鳩   うるさい。       …いつかの君にも言われた。 科学者   産みの親ですから。   伝書鳩、科学者、去っていく。   暗転   暗闇の中、様々な声たちが浮かんでは消え浮かんでは消えていく。それは折り重なっているようで、はっきりとしてい   るようで……   「お前、バトと……」「ごめんなさい」「いつまでそうやって謝る?」「あの子は、タダ、不毛なだけよ」「不毛……か」 通り雨(声)  いつまでも、許せない俺も、不毛だろうか? 4 通り雨のストーリー   通り雨、ジョウロで雨を降らしている。   いつかの君、そこへやってきて いつかの君 ? 通り雨   ざーざー。 いつかの君 何してるの? 通り雨   (振り向かずに)雨をふらしてる。 いつかの君 ……そう。 通り雨   (振り向かずに)あんたは? いつかの君 隣町に…… 通り雨   (振り向かずに)……そうか いつかの君 隣町はこっち? 通り雨   (振り向かずに)ああ…… いつかの君 案内してくれない? 通り雨   (振り向かずに)駄目だ いつかの君 どうして? 通り雨   (振り向かずに)……あの町は、気分が悪い。 いつかの君 どうして? 通り雨   (振り向かずに)答える必要はない いつかの君 あなた、名前は? 通り雨   (振り向かずに)名はない。通り雨と呼んでくれ。 いつかの君 そう。 通り雨   (振り向かずに)あんたは? いつかの君 いつかの君。 通り雨   (振り向かずに)いつかの君……・いい名前だ。 いつかの君 そう? 通り雨   (振り向かずに)そうでもないかもしれない。 いつかの君 どっちよ。 通り雨   (振り向かずに)いい名前だ……本当に。 いつかの君 私アンドロイドなの。 通り雨   そうか、 いつかの君 珍しがらないのね。 通り雨   そうか? いつかの君 そういえば、変な名前の人に会ったわ。 通り雨   (振り向かずに)ほう…… いつかの君 伝書鳩のバトって言ってね。 通り雨   (振り向いて)何!あんた、バトに会ったのか? いつかの君 ええ 通り雨   いつ?どこで?何時?何分?何秒?地球が何回回ったとき? いつかの君 さっき。この道の途中で。5時。28分。30秒。地球が五億六千三百回回ったとき。 通り雨   どうして……? いつかの君 思いを伝えるためだと言っていたわ。 通り雨   思いを? いつかの君 そう。       あなた、バトの知り合い? 通り雨   ん?あ、まあ…… いつかの君 友達? 通り雨   違う。 いつかの君 じゃあ恋人? 通り雨   全然違う! いつかの君 じゃあ、何なの? 通り雨   ……兄弟だ。 いつかの君 全然、似てないわね。 通り雨   当たり前だ、似ててたまるか。 いつかの君 どうして、バトを邪険にするの? 通り雨   ……邪険になど、していない。 いつかの君 過去にバトと何かあったの? 通り雨   何も無い。 いつかの君 でも、反応が出ているわ。 通り雨   反応? いつかの君 その人の思い出が、どんな感じだったか、ぼんやりとだけれど聞こえてくるの。 通り雨   あんた、妖怪か? いつかの君 アンドロイドよ。 通り雨   へぇ、珍しい。で、俺の過去はどんな音が聞こえた? いつかの君 急ブレーキの音。あなたの声、バトの声、それから知らない女の人の…… 通り雨   それ以上言うな。 いつかの君 綺麗な声だったわ。 通り雨   エリの話をするのは止めろ! いつかの君 エリっていうの。 通り雨   だから止めろ! いつかの君 …過去にバトと何があったの? 通り雨   ……あいつは、       俺の妻を、殺した。 いつかの君 …… 通り雨   昔のあいつは人懐っこくてな。よく、親戚のおじさんとかにかわいがられたもんだ。       そんなあいつも、人並みに年をとり、人並みに恋をするようになった。       あるとき、あいつは人並みに一人の女を好きになった。       ただ、ひとつ人並みではなかったのは、その女が人妻だったって事だ。       あいつは女に自分の気持ちを打ち明けた。だが、もちろんそんな気持ちが受け入れられるはずもない。       女は困り果てた顔でこう答えた。「ごめんなさい」と。 いつかの君 それで? 通り雨   その帰り道だ。       大型トラックがバトん所に突っ込んできてな。       エリは、バトを庇って…… いつかの君 そう… 通り雨   ここでエリは…… いつかの君 そう。でも、墓石はないわ。 通り雨   隣町の共同墓地に…… いつかの君 そう…もしかしたら。 通り雨   もしかしたら? いつかの君 バトはそこに行こうとしているのかもしれないわ。 通り雨   ふざけるな!あいつが?あいつにそんな権利はない! いつかの君 まだそこに行くと決まったわけではないわ。あくまで可能性よ。 通り雨   バト…! いつかの君 あなたはどうするの? 通り雨   何を? いつかの君 バトはもうすぐこの道を通るけど…… 通り雨   …… いつかの君 私、行くわ。 通り雨   ……ああ。 いつかの君 最後にひとつ教えて頂戴。……奥さんが死んでから、あなたはずっとここで…・? 通り雨   ああ…(ジョウロを見て)これでな。 いつかの君 そう。   いつかの君、去ろうとする。 通り雨   待て。…俺からも最後にひとつ。 いつかの君 何? 通り雨   あいつは……バトは、元気にしてたか? いつかの君 会えば分かるわ。   いつかの君、去っていく。取り残される、通り雨。   ふと見ると、錠剤が落ちている。いつかの君が落とした様子。   通り雨、それらを拾って、ポケットにしまう。 通り雨   バト……   伝書鳩、科学者やってくる。 伝書鳩   ! 通り雨   ! 伝書鳩   …兄ちゃん。 通り雨   その呼び方は止めろ。 科学者   あれ?お兄さんですか? 通り雨   どこへ行くつもりだ? 伝書鳩   …… 通り雨   5番どおりの突き当たりにある共同墓地にか?       お前にそんな資格はない! 科学者   …あのぅ。いまいち事情が飲み込めないんですが。 伝書鳩   黙ってて。J。 通り雨   あんた、バトの知り合いか。 科学者   ついさっきから。 通り雨   あんたも隣町に? 科学者   ええ。 伝書鳩   J、行こう。 通り雨   お前にそんな資格はないと言っているだろう!   通り雨、伝書鳩に殴りかかる。   伝書鳩、それを不器用にかわす。 通り雨   お前は昔っから逃げ足だけは速かったな。 伝書鳩   …… 通り雨   その自慢の足で、とっとと帰れ!   通り雨、再び伝書鳩に殴りかかる。   伝書鳩、再びそれを不器用にかわす。 伝書鳩   ごめんなさい!   伝書鳩、隣町へ走る。   科学者、どうして良いか分からないでいる。 通り雨   Jとかいったな。 科学者   はい。 通り雨   追いかけなくて良いのか? 科学者   あなた、バトの… 通り雨   …… 科学者   あなた、バトと何かあったんですか? 通り雨   あなたあなたって、うるせえな。俺には通り雨って呼び名があるんだよ。 科学者   通り雨さん。 通り雨   追いかけなくて良いのか? 科学者   質問を変えます。どうして、バトは隣町に行こうとしてるんですか? 通り雨   そんなの知るか 科学者   でも、さっき共同墓地って…       誰かの墓があるんですか? 通り雨   ……俺の妻のな。 科学者   通り雨さんの? 通り雨   ……あいつが、殺した。 科学者   ! 通り雨   ……殺したようなものだ。   科学者、何も言えないでいる。 通り雨   ほら、追いかけなくて良いのか? 科学者   ……通り雨さんは、良いんですか? 通り雨   ? 科学者   バトを追いかけなくて、 通り雨   …… 科学者   じゃあ、こういうのはどうです。       私を隣町まで案内してください。案内してくださるだけで結構ですから。 通り雨   そんなに暇じゃないんだ。 科学者   そこらの学生よりもよっぽど暇人に見えますけど? 通り雨   今のご時世、おせっかい焼きは嫌われるぞ。 科学者   初対面のあなたに嫌われたところで、痛くも痒くもありません。 通り雨   …… 科学者   「殺したようなものだ」という言葉は、殺したこととは違いますよね。 通り雨   ……お前に、何が分かる。 科学者   本人だから、分かる言葉があります。       でも、何も知らない赤の他人だから、言える言葉もあります。 通り雨   お前さんの言っている事は、事実をなぞっているだけだ。昼の連続ドラマを見ている感覚と同じだな。 科学者   事実の再認識というのが、科学には重要でしてね。 通り雨   …… 科学者   それに、昼の連続ドラマもいいんですが、私、本当に方向音痴なんで、案内がないと二進も三進も… 通り雨   ……案内してやる。   科学者、通り雨、隣町へ向かう。   暗転   暗闇の中、様々な声たちが浮かんでは消え浮かんでは消えていく。それは折り重なっているようで、はっきりとしてい   るようで……   「今日は、星が良く見えるから」「また遅刻しちゃった」踏み切りの音。「じゃあね」 ほうき星(声)  ボクは、こんなにも大人になったんだ… 5 ほうき星のストーリー   ほうき星、肩掛けラジオを聴きながら、自転車をこいでいる。   大きな荷物と望遠鏡を荷台にのっけている。   うずくまっているいつかの君を見つけて、自転車を止める。 ほうき星  何してるんですか? いつかの君 ん?お兄ちゃん、誰? ほうき星  いや、こっちが聞いてるんだけどなぁ。 いつかの君 あたしね、いつかの君。お兄ちゃんは? ほうき星  ……ほうき星。 いつかの君 じゃあ、隣町まで案内してくれない? ほうき星  (呟く)何が「じゃあ」なんだか……       どうして? いつかの君 隣町まで行きたいから。 ほうき星  そういうお願いは、隣町へ行こうとしている人間に頼んでほしいな。 いつかの君 隣町は? ほうき星  こっち。(と、今しがた来た方向を示す) いつかの君 お兄ちゃん、隣町から来たの? ほうき星  僕に言わせてもらえば、君の来たところが隣町ってことになるね。で、どうしたの? いつかの君 隣町に行きたいの。 ほうき星  だから、そういうことは…… いつかの君 5番どおりの突き当たりにある共同墓地に。 ほうき星  ……そんな所へ行ってどうするつもり? いつかの君 お墓参りに。       ……だいたい、墓地に行って他に何をするっての?肝試し? ほうき星  それもそうだ。 いつかの君 お兄ちゃん、何してんの? ほうき星  君の言うところの君が来たところに行こうとしている。 いつかの君 なんで? ほうき星  星がきれいなんだ。 いつかの君 詳しいの? ほうき星  有名な星なら、一応は知ってるけど。 いつかの君 バルタン星は? ほうき星  へ? いつかの君 バルタン星。知らない?バルタン星人。 ほうき星  ……知ってるよ。 いつかの君 バルタン星、どれ? ほうき星  どれって…… いつかの君 ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ…… ほうき星  じゃ、そういうことだから。   行こうとするほうき星、それを止めるいつかの君。 いつかの君 案内は? ほうき星  他の誰かに頼めば? いつかの君 「他の誰か」って誰? ほうき星  誰って…… いつかの君 あたしは「いつかの君」、お兄ちゃんは「ほうき星」       「他の誰か」って誰?何してる人? ほうき星  何してる人って聞かれても。   突然の機械音。頭を抑えるいつかの君。   ほうき星、おたおたする。 いつかの君 あなたは、誰? ほうき星  ……ほうき星。 いつかの君 ほうき星ね。隣町まで案内して頂戴。 ほうき星  だから、僕は、 いつかの君 時間が無いの。案内して頂戴。 ほうき星  いや、でも…… いつかの君 時間、が、ない、の、   いつかの君、倒れる。 ほうき星  ちょ、ねぇ。       …誰か、通りかかるかな?   ほうき星、いつかの君を置いて隣町へ行こうとする。   が、 ほうき星  ねぇ、大丈夫?       (独り言)大丈夫だったら、倒れたりしないか。   ほうき星、いつかの君を見つめる。 ほうき星  つくづく、似てるなぁ。   自分で言ったことが馬鹿馬鹿しくて少し苦笑する。   そこへ、伝書鳩がやってくる。 伝書鳩   (息を切らしながら)いつかの君!       …と、あなた誰? ほうき星  え?あ、ほうき星です。       お知り合いですか? 伝書鳩   (息を切らしながら)ついさっきから。 ほうき星  彼女、突然倒れちゃって、 伝書鳩   (息を切らしながら)…そう、倒れる時はいつも突然。       きゅう……   といって、伝書鳩、倒れる。ほうき星、伝書鳩をゆすったりするが反応が無い。   途方に暮れるほうき星。   そこへ、科学者と通り雨がやってくる。 通り雨   おい。あれ。 科学者   大丈夫ですよ。       (ほうき星に)あなたは? ほうき星  ほうき星です。       ……彼女の、お知り合いですか? 科学者   ああ、ようく、知ってる。   科学者、いつかの君のポシェットを開けて、中身を確認する。 科学者   やっぱり。 通り雨   何が「やっぱり」なんだ? 科学者   燃料切れですよ。休止モードに入ったみたいです。 ほうき星  燃料切れ? 科学者   この子から聞いてないんですね。       この子、アンドロイドなんですよ。 ほうき星  アンドロイド? 科学者   すみませんが、生き物を捕まえてきていただけませんか? ほうき星  生き物? 科学者   ええ、それが燃料ですから。 通り雨   食うのか? 科学者   思い出をね。 通り雨   思い出? ほうき星  とりあえず、生き物を捕まえてくれば良いんですね。 科学者   お願いします。   伝書鳩、生き物を探しに行く。科学者、いつかの君のことを調べている。(アンドロイドだからね) 科学者   通り雨さん。もう少しこっちに来たらどうですか? 通り雨   余計なお世話だ。 科学者   ……ありがとうございます。 通り雨   何が、 科学者   隣町まで案内してもらって。 通り雨   皮肉を言うな。 科学者   皮肉だなんて、 通り雨   まあいい、しかし、あんたも珍しいもん作るな。 科学者   ただのアンドロイドですよ。都会じゃ、そこらじゅうにいる。 通り雨   ここは田舎だからな。しかし、こうやって見ると人間と変わらんな。(と胸を触ろうとする。) 科学者   危ない! 通り雨   なんだ? 科学者   その胸、ミサイルです。 通り雨   ホントか? 科学者   嘘です。 通り雨   まったく、どっちだ。 科学者   何、ちょっとしたユーモアですよ。 通り雨   笑えないジョークだ。 科学者   何々、人間笑えないときに笑う力が必要なもんですよ。 通り雨   そんなものか。 科学者   やってみますか? 通り雨   何を、 科学者   笑えないときに笑ってみる、 通り雨   馬鹿馬鹿しい、 科学者   じゃあ、いきますね。 通り雨   俺はやらんぞ、 科学者   私が状況を設定しますから、それを想像して笑ってみてください。 通り雨   やらんと言ってるだろう。 科学者   いきますよ。「ファーストキスが男だった時」 通り雨   はははは…… 科学者   …… 通り雨   どうした? 科学者   いえ……       「飼い犬のジョンが死んだ時」 通り雨   はははは・・   科学者、状況を次々と設定していく。通り雨、次々と笑い飛ばしていく。   科学者の設定する状況はだんだんエスカレートしていく、そして、 科学者   「後輩の相談に乗っていたら、いきなりキスしてくるもんだから、その気になって押し倒したら       誰でも良いって訳じゃないんですよって言われた時!」 通り雨   ははははは……   ほうき星、持っていた紙袋を落とす。   科学者、ほうき星がいることにきづく。ほうき星、このやり取りの一部を見ていた様子。 二人    はは ほうき星  ははは…… 通り雨   (科学者に)笑う力が必要な時って、こういうときか? 科学者   こういうときにも、必要かもしれません。 二人    はは、ははははは、ははははは、 ほうき星  (つられて)はは、はははははは、はははははは、   三人、笑っている。   伝書鳩、なんかうるさいなぁと想いながら目を覚ます。 伝書鳩   何やってるの? 三人    ははははははははは……は? 伝書鳩   ……   四人、気まずい。何が原因か分からないが、何となく気まずい。 ほうき星  (思いついた風に)生き物、捕まえてきました。 科学者   ああ、そうか。有難う。 通り雨   どうするんだ? 科学者   それを、ポシェットに入れるだけでいいんですよ。  ほうき星  (生き物をポシェットに入れながら)それだけで良いんですか? 科学者   それだけで良いんだよ。   やっぱり、気まずい。 伝書鳩   いつかの君、動かない。 科学者   じき、目を覚ますでしょう。……ずいぶん暗くなりましたねぇ。 通り雨   今夜は野宿か、 ほうき星  あ、気がついたみたいですよ。   いつかの君、目を覚ます。 いつかの君 あなた、 科学者   久しぶり、 いつかの君 バト、 伝書鳩   心配した。 通り雨   大丈夫か、 いつかの君 大丈夫。壊したって、壊れないから。 ほうき星  びっくりしたよ。 いつかの君 ごめんなさい。 科学者   あずきちゃん、 いつかの君 まだその呼び方なんですね。 科学者   しつこいと思う? いつかの君 ええ、 科学者   当たり前じゃないか、私は君の父親だ。   科学者、いつかの君、幸福に微笑む。 いつかの君 さてと、 4人    ? いつかの君 さようなら。   いつかの君、走り去る。皆、顔を見合わせて、あわてて追いかける。   暗転。   暗闇の中、様々な声たちが浮かんでは消え浮かんでは消えていく。それは折り重なっているようで、はっきりとしてい   るようで……   「仕事をするために生まれてきたんです。」いくつもの機械音。「ぱぱ?」そして機械音。「私はそのために作られてきたんです。」「あずきちゃん……でもね、」 いつかの君(声)  でも、あなたはそれをして欲しくないんでしょう? 6 いつかの君のストーリー   夜になっている。時間は23時くらいかな。   バト、いつかの君を追いかけて登場。肩で息をしている。   その後を追って、ほうき星、通り雨、科学者が登場。 伝書鳩   J、遅い。 科学者   そんな事言われても、 通り雨   ずいぶん走ったな。 ほうき星  ですね。 科学者   そういえば、名乗り遅れました。私はJ、こっちがバトと、 通り雨   通り雨と呼んでくれ、 ほうき星  皆さんは、いつかの君を追いかけて? 科学者   少なくとも、私はそうです。 通り雨   (バトを指して)あいつも、そうだろう。 伝書鳩   僕、先行く。   伝書鳩、先先行ってしまう。   ほうき星、追いかけていく。 科学者   まだ、一言も話していませんね。 通り雨   何が、 科学者   バトと、 通り雨   そんなことか、 科学者   ぶしつけだとは思いますが、 通り雨   それはもういいだろう、 科学者   本当にそう思ってるんですか。 通り雨   ああ、 科学者   本当のことを言ってください、 通り雨   ?何のことだ、 科学者   あなたはまだすべてを話していません。 通り雨   どうして、そう他人の世話を焼きたがる。 科学者   知りたがりなんですかね、 通り雨   正直で結構なことだ、だが、   通り雨、科学者の胸倉をつかみ、にらみを利かす。 通り雨   これ以上他人の過去に土足で上がるんじゃねぇ。 科学者   ……靴、脱いだら話してくれます? 通り雨   (科学者のみぞおちをなぐる) 科学者   (咳き込みながらも)話してください。いつかの君は、あなたの思い出をたどろうとしています。 通り雨   ……これが答えだ。   通り雨、科学者に紙切れを握らせて去る。その紙切れを見る科学者。 科学者   これは……   科学者、通り雨を追って去る。   と、別の空間にほうき星と伝書鳩。 ほうき星  バトさん、でしたっけ? 伝書鳩   何だ、 ほうき星  足、速いですね。 伝書鳩   そうか、 ほうき星  大丈夫ですか?息、荒いですよ、 伝書鳩   大丈夫、 ほうき星  少し、休んでいたほうがいいですよ、 伝書鳩   いい、 ほうき星  まあまあ、 伝書鳩   いい、 ほうき星  じゃあ、僕は行きますね。 伝書鳩   ちょっ、   ほうき星、行ってしまう。一人残される伝書鳩。   と、そこへ通り雨、やってくる。 通り雨   …… 伝書鳩   兄ちゃん。 通り雨   その呼び方はよせ、 伝書鳩   でも、 通り雨   ……何を言うつもりだ。あいつの墓に行って、 伝書鳩   ごめんなさいを…… 通り雨   ! 伝書鳩   ごめんなさい!   そこへ、科学者、やってくる。 通り雨   (ばつが悪くなって)先、行ってる。   と、去っていってしまう。 科学者   どうしました? 伝書鳩   なんでもない、   伝書鳩、先に行こうとするが、体の異変を感じうずくまって咳き込む。 科学者   ちょっと、大丈夫ですか、 伝書鳩   っ!…大丈夫、だ、 科学者   でも、それ、血でしょ。 伝書鳩   いつものことだ、 科学者   いつものことなら尚、悪いじゃないですか、 伝書鳩   バチ、だな、 科学者   そんなことありませんよ、 伝書鳩   何も、知らない、癖に、 科学者   何も知らないわけじゃありません、 伝書鳩   え? 科学者   え?いや……水、飲みます? 伝書鳩   いい、行くぞ、   伝書鳩、体を無理に起こして走り去る。   科学者、あわてて追いかける。   別の場所へ、通り雨。 通り雨   ……エリよぉ。これでよかったんだよな。 いつかの君 良かったんじゃない? 通り雨   ! いつかの君 私を捕まえるの? 通り雨   そうだ、 いつかの君 どうして? 通り雨   理由は分からん。 いつかの君 私は捕まらないわ。 通り雨   どうして、 いつかの君 隣町へ行くの。そのためには今つかまるわけには行かないわ。 通り雨   どうして、隣町へ行きたがる。 いつかの君 思い出があるから、 通り雨   思い出? いつかの君 そう、 通り雨   あんたにどんな思い出があるっていうんだ、 いつかの君 私の思い出じゃないわ、 通り雨   どういうことだ、 いつかの君 あなたの思い出よ、 通り雨   ! いつかの君 あるんでしょ、 通り雨   ああ いつかの君 だから行くわ、 通り雨   待て!   いつかの君、去る。通り雨、後を追う。   別の空間へ、ほうき星。   そこへ、いつかの君、やってくる。 いつかの君  偶然って、重なるものね、 ほうき星  君、どうして逃げるの? いつかの君 隣町へ行きたいから。 ほうき星  っそ、 いつかの君 捕まえないの? ほうき星  どうして? いつかの君 みんな、捕まえようとしてるわ。 ほうき星  ボクはそんなにこだわってないからね。 いつかの君 どういうこと、 ほうき星  君にこだわってないってこと。もっとも、他の人たちはそうでもないみたいだけど、 いつかの君 つまり、あなたは私の敵ではないわけね。 ほうき星  それはどうかな。捕まえようとしているからといって、敵とは限らない。       例えば、君の親は君に不愉快な小言を言うかもしれない。       でも、それはきっと君のためになると思うんだ。       だから、自分に対して不愉快な行動をとる相手を安易に敵の見るのはよくない。 いつかの君 良くわからないわ、 ほうき星  「良く」は分からなくてもいい。 いつかの君 少し疲れたわ、 ほうき星  走りっぱなしだから? いつかの君 ええ……(ボソッと)燃料も切れそうだし、 ほうき星  え? いつかの君 なんでもない。 ほうき星  僕たちが見ている星の光って、何年も、何万年も前の光なんだって、 いつかの君 知ってる、 ほうき星  だから、もしかすると、今、僕たちが見ている星って、本当はもうなくなっているのかもしれないんだ。       不思議だよね、もう手遅れな物の輝きを美しいと感じたりするなんて。       それって、「思い出」みたいだと思わない? いつかの君 思い出は手遅れなの? ほうき星  手遅れでしょ? いつかの君 分からないわ。 ほうき星  手遅れなんだよ。 いつかの君 じゃあ、行くわ。 ほうき星  うん。   いつかの君、去る。ほうき星、それを見送っている。 ほうき星  手遅れなんだよ。エリちゃん。   そこへ、通り雨がやってくる。 通り雨   いつかの君は? ほうき星  行きました。 通り雨   捕まえなかったのか? ほうき星  ボクにはそうする理由がありませんから、 通り雨   ちっ、   通り雨、いつかの君を追って去る。   伝書鳩、科学者かやってくる。伝書鳩、隣町へ向かい走り抜ける。科学者、立ち止まり、 科学者   あれ、通り雨さんは?こっちに来たはずだけど、 ほうき星  行きましたよ。いつかの君を追って、 科学者   会ったのか? ほうき星  ハイ。……あの、どうして、あの子は追われてるんですか? 科学者   私は、彼女と会って話がしたい、だから追ってる。 ほうき星  じゃあ、どうして彼女は逃げるんですか? 科学者   どうしても隣町へいきたいんだろう。 ほうき星  どうして隣町へ? 科学者   それは、分からないが……なぁ、どうして君はついてくる? ほうき星  なんとなくです。 科学者   そうか、 ほうき星  彼女はなんていうか、星みたいで、 科学者   星? ほうき星  ええ、なんていうか、手遅れな輝きを放っているようで。それで、ちょっと気になって、 科学者   そうか、そうだな。   科学者、去る。ほうき星、少し星を見上げた後、去る。   いつかの君、踏切をくぐって踏切の向こう側で空を見上げている。   踏み切りのこちら側に通り雨、いつかの君を見つける。   しかし、踏み切り棒が降りてきて、向こう側へ行くことが出来ない。   続けて、伝書鳩がやってきて同じように見つける。   その後から、科学者、ほうき星、やってきていつかの君を見つける。   男4人、並んで踏み切りを待っている。   いつかの君、去ろうとする。ほうき星、思わず踏み切りをくぐって、向こう側へ行く。   他の3人は、線路沿いの道を駆け抜ける。   伝書鳩、踏み切りの向こう側に来る。うずくまり、咳き込む。   科学者、来て伝書鳩に駆け寄る。伝書鳩、振り払って、先に行く。   通り雨、何もなかった風に先に行こうとする。 科学者   待ってください! 通り雨   何だ、 科学者   さっきの(紙)……見ました、 通り雨   そうか、 科学者   あなたの奥さん、 通り雨   元、だ。 科学者   事故で亡くなったって、 通り雨   あんたが言ったろう。「殺したようなものだ」ってのは殺したのとは違うって。 科学者   …… 通り雨   バトはエリのことが好きだった。 科学者   エリって、奥さんの…… 通り雨   あの日、エリはサヨナラを言った。       その帰り道だ。 科学者   飲酒運転のトラックが、突っ込んできた。 通り雨   ああ 科学者   だったら、バトは(悪くないじゃないですか) 通り雨   でもなぁ!       でも、時々考えるんだよ。       あの日、あの時、バトと会っていなければ、       バトが、あいつを気に入らなければ、 科学者   …… 通り雨   だから! 科学者   だから。許してあげれませんか? 通り雨   …しつこいな。 科学者   バト、血反吐、吐いていました。 通り雨   ! 科学者   息切れも激しいです。       私は医者じゃないから正確には分かりませんが、ガンかぜんそくか肺炎か。       とにかく悪いのは確かなんです。 通り雨   あんたもそうなのか? 科学者   ハイ? 通り雨   ガンかぜんそくか肺炎なのか? 科学者   どうして 通り雨   いつかの君がこれ、落として行った。 科学者   …… 通り雨   痛み止めだろ、これ、しかもかなり強力な、 科学者   ええ、でも、どうして私のだと、 通り雨   アンドロイドは痛み止め必要ないだろ、 科学者   …そうですね、   通り雨、科学者、追いかける。   別の空間にいつかの君、ほうき星、 いつかの君 ほうき星、 ほうき星  何? いつかの君 捕まえないのならどうして追いかけてくるの? ほうき星  君が逃げるから、 いつかの君 かまってられないわ、 ほうき星  燃料、無いんじゃないの、 いつかの君 …聞こえてたの、 ほうき星  耳はいいんだ、 いつかの君 聞かなくていいものも聞こえたりしてね、 ほうき星  そうなんだ、陰口が耳に入ってきたりとかしてね、 いつかの君 …行くわ、 ほうき星  待って、   いつかの君、走り出す。ほうき星、追いかけようとして派手に転ぶ。   伝書鳩、そこへ来て、 伝書鳩   何、遊んでる。 ほうき星  見て、分かりませんか、 伝書鳩   アスファルトに惚れたか、それでブチュー。 ほうき星  違いますよ、転んだだけです。 伝書鳩   見りゃ分かる。 ほうき星  あれ?他の皆さんは? 伝書鳩   もうじき、来る。   と、科学者、通り雨、やってくる。 科学者   彼女は? ほうき星  行きました。 科学者   くそ、時間が無いって言うのに。 ほうき星  時間? 科学者   あ、いや。 ほうき星  時間って、どういう… 科学者   彼女は、いつかの君はまだ完全じゃあないんです。       このディスクを入れてこそ完全体となる、 通り雨   不完全だと、何か不都合なことでもあるのか、 科学者   燃料の補給が出来ません、 ほうき星  本当ですか? 通り雨   あんた、そんな大事なこと隠してやがったのか、俺はてっきりあんたの体のことかと、 伝書鳩   体? ほうき星  体って、どういうことですか? 通り雨   そ、それはプライバシーのことだから、ね。 ほうき星  聞ける状態じゃないみたいですから、   科学者、ひどくお冠の様子。   ほうき星、恐る恐る聞いてみる。 ほうき星  Jさん。 科学者   ん? ほうき星  体のことって、 科学者   末期ガン、余命いくばくも無い、原因はタバコの吸い過ぎ、ストレスの過剰摂取など色々考えられるが、       とりあえずはっきりと言える事は「どうしようもない」 通り雨   と、いうことだ。 科学者   …ここでぇ、通り雨さんをぉ、じっくりとぉ、絞りたいところですがぁ、 ほうき星  時間が無いですから、(Jに)無いんですよね。 伝書鳩   行くぞ、 通り雨   待て!…J、ひとつ聞いておきたいんだが、いつかの君はあとどのくらい持つ? 科学者   もって、15分。 3人    15分! 科学者   だから、   4人、いつかの君を追って去る。   暗転。   暗闇の中、様々な声たちが浮かんでは消え浮かんでは消えていく。それは折り重なっているようで、はっきりとしてい   るようで…… 伝書鳩(声)   ごめん、兄ちゃん。 ほうき星(声)  星が綺麗だよ。エリちゃん。 通り雨(声)   これで、良かったんだよなぁ、エリ。 科学者(声)   私は、君を壊すために作ったんだ…… いつかの君(声) 仕事、出来ました。これがあなたの思い出の軌跡です。 7 そして、ボクのストーリー。   いつかの君、別の空間に現われる。燃料切れか、動きがぎこちない。 いつかの君 ……っ!   4人、なんと!いつかの君に追いついてしまう。   そこは、共同墓地。 いつかの君 お揃いで、 科学者   来てしまいましたね、 ほうき星  5番どおりの突き当たりの共同墓地に、 いつかの君 あなた、 科学者   いつかの君、 いつかの君 やっと、その名前を呼んでくださいましたね。 科学者   君は、今のままじゃ燃料の生産が出来ない、 いつかの君 分かっています。 科学者   このディスクを入れれば、空気中の二酸化炭素を使って、燃料の生産が出来るだろう。 通り雨   よく出来ているな。 伝書鳩   地球に、優しい、 科学者   それは、言い換えれば、このディスクが無ければ、君は燃料不足で、壊れる。 いつかの君 そうですね。 科学者   なぁ、その仕事を止めてくれないか?       私は、君を壊したくないんだ。 通り雨   おい、壊すってどういう…… 科学者   そのままの意味ですよ。       さあ、どうする?   いつかの君、くすくすと笑い始める。 いつかの君 初めから分かっているでしょ。博士。 科学者   ……事実の再認識だ。 いつかの君 あなたは分かっている。       あたしが仕事をするしかないってことも、       あたしが死んでも仕事をするくらい強情ってことも 科学者   ……分かっていても、ねじ曲げてしまいたい事は山ほどある。 いつかの君 私は、捻じ曲がりません。 科学者   ……そういうと思った。   科学者、ディスクを割る。 通り雨   おい! 伝書鳩   J! ほうき星  何やってるんですか! 科学者   私が何故君を作ったのか、その訳を知りたいと君は言ったね。           教えてあげよう、但し、これだけは言っておきたい。       私にはもう時間が無い。そして、君にも時間が無くなた。       このディスクが、無事に君の中にインストールされれば、君は半永久的に生きられただろう。       しかし、そのディスクはもう無い。君には、時間がなくなったというわけだ。 伝書鳩   さっさと、話せ、 科学者   (指を鳴らすふり) 伝書鳩   ごゆっくり、 科学者   私が君を作ったのはね。君を壊すためだよ。       妻が出て行って、妻の訃報を聞いたのはそれから半年後の事だった。       私はというと、いつまでも思い出なんていう記憶と記録の寄せ集めを両手一杯に抱えて、       身動きが取れなくなっていた。       それは、ある意味では幸せだったのかもしれない。 いつかの君 でも、あなたは忘れる事を願った。 科学者   生きてるんだ。生活しないとどうしようもないだろう。       食って、寝て、着るもの着て、そうやって毎日を送らないと生きていけないだろう。       そのためには両手一杯の思い出は不要だったんだよ。 いつかの君 だから、あなたは忘れる手段としてあたしを造った。 通り雨   それで何とかなるものなのか? 科学者   そういう設定です。 通り雨   設定? 科学者   だから、君に妻との思い出を詰め込んで、君を、 通り雨   だから、殺すのか? 科学者   動きを止めるだけだ、 通り雨   同じことだろう。       自分の都合のいいように嫁さんの分身を作って、いらなくなったから捨てる。       アンドロイドだからか?そんなことが……動きを止めるだけなんてことが言えるのは、       ふざけるな!人間相手に同じ事してみろ、出来ねえだろ。 いつかの君 通り雨、さん。 通り雨   いや、別にあんたに特別な思いがあるってわけじゃないんだ、       ただ、あんたエリに似ててな。たぶん、バトが付きまとってるのも、そのせいだと思う、 伝書鳩   …… いつかの君 通り雨さん。私ね、こうなることが始めから分かっていたの。       だって、私ってね、手遅れな存在だと思うの。       手遅れな思い出を詰め込むために作られて、手遅れだから壊される。       聞けば聞くほど手遅れでしょ。 伝書鳩   そんなこと、無い。 いつかの君 アリガト、バト。       だから、手遅れになる前にひとつ、お願いがあります。 科学者   なんだ、 いつかの君 あなたと、同じお墓に入れてください。 科学者   ああ、分かった。 ほうき星  僕からも、一言、いいですか? いつかの君 何? ほうき星  君に、「思い出は手遅れだ」って言ったよね。       もう滅びてしまった星の光が、手遅れになって届くように、       思い出も手遅れになってから、輝きだすって……       でも、そうじゃないんだ。きっと、そうじゃないんだ。       思い出は手遅れになってから輝きだすんじゃなくて、       輝きだすときになって、初めて過去が思い出に変わるんだ。 いつかの君 それって、手遅れじゃないの? ほうき星  手遅れじゃない。 いつかの君 どうして? ほうき星  だって、僕たちは生きてる。手遅れな思い出を思い出せる。だから手遅れじゃない。 いつかの君 アリガト、 伝書鳩   (日記帳を取り出し)これ、読んで、 いつかの君 大切なものでしょ、 伝書鳩   エリさんに、呼んでもらうつもりだった。でも、今は、あんたに、読んでもらいたい。 いつかの君 6月10日、 伝書鳩   黙読! いつかの君 (日記をざっと読んで)ごめんなさいしか書いてないわ。 通り雨   !(と、いつかの君から日記帳を奪い、目を通す。) 伝書鳩   伝えたかった、言葉、 通り雨   バト、 伝書鳩   ごめん、ごほっごほっ…… 通り雨   バト!   通り雨、伝書鳩の介抱をする。 いつかの君 あなたはこれからどうするんですか? 科学者   精一杯生きようと思う。 いつかの君 じゃあ、思い出がたくさん出来ますね。 科学者   それはどうかな、明日、死んだりして、 いつかの君 それでも出来ますよ。どうします? 科学者   何が? いつかの君 その思い出。アルバムに閉じるか、記憶の中にとどめておくか、 伝書鳩   日記に、残すか、 通り雨   いいから、しゃべるな、 ほうき星  それとも、アンドロイドを作るか。 科学者   最後の選択肢は遠慮しておくよ、 いつかの君 (通り雨に)あなたは、どうするつもり? 通り雨   とりあえず、このどうしようもない弟をどうにかしないとな, 伝書鳩   兄、ちゃ…… 通り雨   その呼び方は……眠ってやがる。 科学者   ほうき星さん、 ほうき星  なんでしょう。 科学者   あなたはこれからどうします? ほうき星  星を見に行きますよ。望遠鏡を担いで、 科学者   そうですか、 いつかの君 (嬉しそうに微笑んで)博士、 科学者   ん? いつかの君 仕事……出来ました。       これが、あなたの思い出の人の軌跡です。 科学者   え? いつかの君 皆さんに聞いてみたら良いですよ。       私は、もう、行かなけれ、ば……   いつかの君、動かなくなっている。   科学者とほうき星で何度も呼ぶが反応は無い。 科学者   ……終わったみたいですね。 ほうき星  じゃあ、僕はこれで、 科学者   ……一つ、お聞きしてもいいですか? ほうき星  何ですか? 科学者   エリという名前の女性を知っていますか? ほうき星  ……ええ、ようく。 科学者   …そういうことですか。 ほうき星  ? 科学者   いえ、       (通り雨に)あなたは?これからどうするんですか? 通り雨   今日は野宿だな。 科学者   バトを許してあげるんですね。 通り雨   努力は、してみるよ。   科学者、いつかの君を抱えて家へ帰る。   通り雨、ポツリポツリと語りだす。 通り雨   ……許す。そういうことにする……   暗転。 8 エピローグ   科学者、伝書鳩、通り雨、ほうき星、自転車をこいでいる。 ほうき星  そして、僕は、手遅れな星の光を見るために、朝もやの中、自転車をこいだ。 科学者   そして、私は、彼女を連れて朝もやの中、家路を急いだ。 伝書鳩   そして、僕は、伝えたい言葉を見当はずれの相手に伝えて、朝もやの中、眠りについた。 通り雨   そして、俺は、事実を再認識しながら、朝もやの中、空を仰いだ。   いつかの君、彼らの中央に来て、彼らを見渡す。 いつかの君 そして、私は、もう残り少ないであろう、私の時間の中で、       その人の背中に耳をつけて、もう残り少ないであろう、その命の鼓動を聞いた。       伝書鳩は走るのを止め、自由に空を飛び、       通り過ぎない通り雨は、ようやく動き出した。       願い事をかなえてくれないほうき星は、今も星を眺めているだろうし、       無理難題を振り掛ける科学者は上の空。       そして、私は、手遅れな存在のまま、手遅れな思い出を大切な人に与えて、動きを止めた。       朝もやの中、       大切な人の背中で、動きを止めた……   いつかの君、動かなくなる。   しかし、彼らは必死で自転車をこいでいる。   朝もやの中、色々なものを振り返りながら、つまづきながら、こいでいる。 幕。