きらきら 登場人物 市川ゆい 森下美穂   文化部共通の倉庫。演劇部の大道具があったり、新聞部の原稿の山があったり、   書道部の展示品が飾ってあったりする。   深夜。   懐中電灯を持った市川ゆいと森田美穂。 ゆい 友達の友達から聞いた話なんだけどね。    とある学校の体育館でね、夏休み前に一人の生徒が用具室で作業しててね、    めまい起こして気絶しちゃったわけ。    でも、用務員さんがそれを気づかずに用具室に鍵をしちゃったのね。 美穂 それ、落ち知ってるよ。 ゆい ……わたしの友達の知り合いのA子が、友達の家に泊まったときの事なんだけど。    いざ寝るときになってね、A子がベッドを譲ってもらったのよね。    なんか、悪いなーって思ったらしいんだけど、 美穂 それ、ベッドの下に殺人鬼がいる奴でしょ? ゆい ……もうぐっすり! コンビニとか行かない。殺人鬼なんて出ない!    ちょっとエッチな夢とかみちゃってるし! 美穂 うそー。 ゆい うそ。 美穂 ちょっと、ゆい。まじめに望遠鏡探しなよ。 ゆい 噂で聞いたんだけどさ、この学校の東校舎の三階で深夜2:17分に北北東の空に向かって「銀河鉄道さん出てきてください」ってお願いしたら、銀河鉄道が見れるらしいのよね。 美穂 適当に)あー、あの見れたらラッキー的なやつね。 ゆい 知ってるの? 美穂 そうなの? ゆい そうなのよ。銀河鉄道を見たって人は、福引が当たったり、学食でおまけしてもらったり、恋が叶ったりするんだって。 美穂 じゃあ、望遠鏡でも覗いてたら見れるかもよ。銀河鉄道。ったく、懐中電灯じゃ埒明かない。   と、美穂、部屋の電気をつける。   ゆい、それをあわてて消す。 ゆい 美穂ちゃん何やってんの。見つかっちゃうじゃん。 美穂 守衛さんもそんな熱心に見回ってこないって、 ゆい そうかなぁ。 美穂 そのためにちゃんとドアのところに暗幕張っておいたんだし、 ゆい でも窓側は何もしてないよ? 美穂 大丈夫、守衛さんそんなに熱心じゃないから、グラウンドまで出てこないって ゆい そうかな? 美穂 いざとなったら隠れたらいいんだし。ほら、こんな風に。   美穂、演劇部の置いてある道具の陰に隠れる。 ゆい 大丈夫かな? 美穂 大丈夫だよ。 ゆい 美穂ちゃんがそう言うなら?   ゆい、部屋の電気をつける。   改めて、懐中電灯を顔の下からあてながら ゆい あれは、今日のような小雨の降る夜のことでした。 美穂 仕切りなおさなくていい。めっさ晴れてる。降水確率0%だし、そもそも何しに来たって思ってる? ゆい 何しに来たんだろう。 美穂 「あたしら、天文部の癖に一回も星とか見たりしてないから、卒業前に一回それらしいことやっとく?」って言ったのはどこの誰よ。 ゆい あたし? 美穂 そう、あなた事3年1組出席番号2番市川ゆいさん ゆい そうなんだよ。相川くんがいなかったら1番だったんだよ。出席番号 美穂 そこ食いつかない。 ゆい はいはい、そうです、あたしが言いました。星を見ませんかって、月がきれいですねって 美穂 天文部が星見なくって何見るのよ。 ゆい ちょっとエッチな夢? 美穂 馬鹿なこと言ってないで、ほらほら望遠鏡探す。 ゆい だってさ、こんなにごっちゃになってちゃ何がなんだか。もー、演劇部の奴らなんなんだよー。 美穂 これとか何に使うんだろうね。 ゆい 意味分からんもん多すぎなんだよ。今度、村っちに言っといてやる。 美穂 なんて? ゆい おまえら部員二人だけなんだからもうちょっと物減らせって。 美穂 だったら、向こうも言ってるかもよ。 ゆい 部員は数じゃない! 美穂 活動してないけど? ゆい 向こうだってろくすっぽ演劇なんてやってないみたいだからいい勝負じゃん。 美穂 それ、勝負って言える? ゆい 言えない。 美穂 てか寒いな。寒くない? ゆい 大丈夫、この下に五枚着てるから 美穂 そんなに着てるの? ゆい 制服に、カーディガンにセーターにヒートテックに、ミートテック。 美穂 自分で言っててどうよ? ゆい 言うしか無いじゃん。他人から言われたら傷つくから自分から言うしか無いじゃん。    そういうのって美穂ちゃん無い? 美穂 実は友達の友達の話とかじゃなくてあたしの話なんだけど ゆい 回りくどいな。 美穂 あんたみたいにさらっと自虐出来ないのよ。 ゆい それでそれで 美穂 センターボロボロ。 ゆい それってあれよね。    あーっと打球はセンター方向へ、森田美穂追いかける森田美穂追いかける。    落下点にはいって、あーっと落球! 森田美穂今日7つ目のエラー!    ボロボロ? 美穂 何もいう気が起きない。 ゆい まあまあ、来年頑張れば良いんだし。 美穂 来年頑張りたくないから、ガックリきてるんじゃないの!    だからぱっと望遠鏡探して、ぱっと星見て、ぱっと帰りたいの。勉強するの! ゆい あ、文芸部の冊子だ。 美穂 だからさー、聞いてた?あたしの話。   ゆい、文芸部の冊子を読み始める。   しょうがないといった感じの美穂。   文芸部の冊子を手にとって 美穂 宮沢賢治特集? ゆい うん、文芸部の顧問仁美ちゃんだからね。こういうの好きなんじゃない? 美穂 確かにそうだけど、見事に銀河鉄道だらけって偏りすぎじゃない?    よだかの星とか注文の多い料理店とか無いわけ? ゆい なさげだねぇ。ほら、仁美ちゃん銀河鉄道の夜で卒論書いたって言ってたしそれじゃない? 美穂 いやいや、だからって文芸部としてそれはおかしいでしょ、全編銀河鉄道二次創作! ゆい どうして全編銀河鉄道の夜だって分かるの? 美穂 だってほら、「カムパネルラの消失」「ジョバジョバジョバンニ」「銀河鉄道とザネリと俺」    「お土産にラッコの上着を」「天気輪の柱の下で」 ゆい うわぁ 美穂 ひどい、文芸部とは思えないひどさだわ ゆい ところで美穂ちゃん、聞くんだけど銀河鉄道の夜ってこんな話だっけ? 美穂 どんな話よ、 ゆい ざっくり言って、ジョバンニとカムパネルラがラブラブ逃避行。 美穂 ラブラブは違うんじゃないの? ゆい くんずほぐれつ。 美穂 それも違う。 ゆい ラブミーテンダー 美穂 何言ってんの? ゆい 美穂ちゃんも見てみなって、ラブラブのくんずほぐれつ。 美穂 なになに?   美穂、ゆいの開いているページを見せてもらう。   1・2行読んで 美穂 ラブラブのくんずほぐれつだわ。 ゆい でしょ、 美穂 でも、これは銀河鉄道の夜じゃない。 ゆい うん、あたしもおかしいなって思ってたのよ。だってさ、カムパネルラがしゃぶってくれなんて言わないでしょ。 美穂 あーあーあーあーあー ゆい 美穂ちゃん声。 美穂 ごめん。 ゆい でさ、銀河鉄道の夜ってどんな話だっけ? 美穂 (小さい声で)まずね ゆい 美穂ちゃん、それだと聞こえない。 美穂 (声の調子を戻して)まずね、主人公はジョバンニという少年というのは知ってるよね。 ゆい それくらいは知ってますとも 美穂 じゃあ、ジョバンニってどんな人? ゆい ジョバンニはジョバンニですよ、それ以上でもそれ以下でもない。 美穂 じゃあ、ジョバンニの本名がジョルジョ=ジョバンニだって知ってる? ゆい もちろん知ってますとも。 美穂 うん、分かった。続けるね。 ゆい なんか引っかかる物言いだな。 美穂 この少年ジョバンニは、父親が漁で家にいない分、病弱の母親の世話を一人でこなしているのね。 ゆい あらできた子だ。 美穂 そのせいで朝も放課後も仕事で忙しくて、 ゆい やっべ、ファミマのバイトに遅刻だー。 美穂 バイト先、活版印刷書ね ゆい はい、カッパン!カッパン! カッパンて何? 美穂 続けていい? ゆい どうぞ 美穂 仕事が忙しくて学校の授業が眠くて集中できないわけよ。    ザネリを初めとするクラスメイトの多くはそんなジョバンニを馬鹿にしてからかうけど、 ゆい なんて? 美穂 お前の父さんラッコの上着を持ってくるぞ。 ゆい なにそれ、煽ってるの? 美穂 言っちゃえば、ジョバンニの父親がラッコの密猟をしているってからかってるのね。 ゆい やーい、お前の父ちゃん密猟者ー。ってこと? それでジョバンニ傷つくわけ?    え? ジョバって豆腐メンタル? 美穂 まあ、豆腐かどうかはさておいて、    カムパネルラだけはジョバンニに同情してからかうことはしなかったのね。 ゆい あれ? カムパネルラってもっと親友的ポジションって思ってたんだけど 美穂 んー、親友って感じはないかな。 ゆい ま、いいや続きは? 美穂 学校が終わってクラスメイトたちが銀河のお祭りに出かけるのを横目に、    ジョバンニはいつものように仕事場へ向かって、その後母親のために牛乳を受け取りに行くんだ。 ゆい でも牛乳屋さんが不在なのよね。 美穂 何でそこだけ知ってるのよ。 ゆい 何かで聞いたか読んだかで、それであたし思ったのよ。お前は何の乳を搾りに行ってるんだ!って 美穂 不在の牛乳屋さんを待つために、ジョバンニは ゆい さらっと流さないでよ。寂しいじゃん。 美穂 じゃあ流さない。 ゆい お前は何の乳を搾りに行ってるんだ! 美穂 牛ね。 ゆい 隣の奥さんの乳を搾りに行ってるんじゃないのか! 美穂 乳牛ね。 ゆい 隣の奥さんとくんずほぐれつしてるんじゃないのか! くーんずくんずくんずほぐれっつ。 美穂 満足した? ゆい 満足した。 美穂 続けていい? ゆい もうひとネタあるんだけど、 美穂 牛乳屋さんの帰りを待つために、ジョバンニは裏の陸に寝そべって星を眺めていたのね。そしたら ゆい 銀河鉄道、参上! 美穂 そう、気がつくと小さな列車の座席にカムパネルラと一緒に乗っていたんだ。 ゆい ん? ちょっと待って、 美穂 何? ゆい 気がつくと乗ってたの? 美穂 そうよ、 ゆい こう、目の前に銀河鉄道ババーンと出てきて、それに乗り込むんじゃなくて? 美穂 気がついたら座席に座ってる状態。 ゆい 何か迫力に欠けるなぁ。 美穂 そんなことあたしに言われても困るよ、宮沢賢治に言いなよ ゆい (宮沢賢治に)なんか迫力に欠けると思わない? 美穂 で、カムパネルラと列車に乗って夜の銀河を巡っていく中でジョバンニはほんとうの幸いを探すの    鳥取りのおじさんや燈台守、そしてさそりの火の話をしてくれた姉弟といろんな人に出会い、いろんな景色を見ながらね。    でも突然、そばにいたはずのカムパネルラがいなくなっているのに気づくのね。 ゆい なんか、突然多くない? 美穂 だからあたしに言わないで。 ゆい (宮沢賢治に)ご都合主義って言われない? 美穂 あたりの景色はいつの間にか元の丘の上に変わっていて、町のほうが騒がしい。    ジョバンニが町のほうへ降りていくと、カムパネルラがザネリを助けて川に落ちたことを聞かされるのであったとさ。 ゆい なんか、記憶と大分違う。 美穂 どういう話だと思ってたのよ。 ゆい なんか、メーテルとか出てきて 美穂 そりゃ、銀河鉄道違いだ。 ゆい そっかぁ、銀河鉄道違いかぁ。「あれ、この列車サザンクロス行きじゃない?」    銀河鉄道違いかぁ。 美穂 何その茶番。 ゆい んでさ、ジョバンニは見つけたの? 美穂 何を? ゆい ほんとうの幸い 美穂 どうだろうね。 ゆい 結局親友であるカムパネルラは死んじゃってるわけでしょ? 美穂 でもお父さんが帰ってくるよ? ゆい ラッコの上着を持って? いや、それ嬉しいか? 美穂 嬉しくない? ゆい カムパネルラの死を差し引いて有り余るほど? 美穂 そこまで言われると違うかな ゆい ほんとうの幸いってなんだろうね。 美穂 ウィキには「他者への自己犠牲の精神」って書いてるけど。 ゆい あれでしょ、「いい事したー。気持ち良いー」でしょ。それってそんなに幸せ?    あたしがジョバンニだったら他の何を差し置いてもカムパネルラには生きてほしいと思うけどな。    ごみ屑みたいなザネリなんか助けないでさ、自分のために生きててほしいって思う。 美穂 まあそうかもしれないけど、カムパネルラはその気持ち知らないわけだし。 ゆい もし、そういうの知ってたら、ジョバンニが言ってたらどうだったかな? 美穂 やっぱり助けたんじゃない? 人が目の前で沈んじゃったら。助けちゃう人は助けちゃうと思うな。    カムパネルラってそういう人でしょ? ゆい いや、あたし友達とかじゃないし。わかんないけど。 美穂 あんたがチョコレートを目の前にしたら、何があっても食べちゃうくらいにはそういう人でしょ。 ゆい 説得力あるんだか無いんだか。 美穂 ほらほら望遠鏡探すよ。 ゆい ほーい。   美穂、ゆい、あたりをガサゴソ。   ゆい、鉄道模型を取り出して。 ゆい じゃじゃーん、銀河鉄道! 美穂 銀河鉄道って普通蒸気機関車みたいな感じじゃない? ゆい 空飛ぶ通勤電車! 企業戦士を乗せて今日も走る! 美穂 それ、どこの備品? 鉄道模型部なんてウチにないけど。 ゆい 演劇部って書いてる。 美穂 うん、村っちに言っとこう。 ゆい 物が多すぎるって? 美穂 おまけに整理整頓できてないって。 ゆい いいなぁ、演劇部は「公演でつかうから」っていろんなもの揃えて。うちらなんて、もう星関連だけよ? 美穂 その星関連でベイスターズのグッズ買ったのは誰よ。 ゆい よく稟議通ったよねー。 美穂 まあ、部費五千円だったら稟議もゆるくなるか。 ゆい でも星野源のCDは駄目だったなぁ。 美穂 当たり前っちゃ当たり前だけど。 ゆい だって、ベイスたんのぬいぐるみがオッケーだったら期待するじゃん。 美穂 あと、スターウォーズのライトセイバーも稟議バツだったね。あれ、なんに使うつもりだったの? ゆい だってさ、ぶおーんってしたいじゃん。したくない? 美穂 したくない。 ゆい うそー、ぶおーんよ。ぶおーん、しゅこーしゅこーしゅこー、ぶおん、ぶおーん 美穂 意味分からんし。馬鹿なことやってないで、真面目に探さないと帰るよ。 ゆい 真面目にやってるよ、チョー真面目。 美穂 どうだか。   ゆい、手近な双眼鏡を持ち出して。 ゆい この際だからこれで良しとしない? 美穂 マジで言ってんの? ゆい ほら、結構見える。うわ、あの家とかすごくね? 美穂 何なのよ。 ゆい すっげーピンク。林家ぺーみたい。 美穂 普通じゃない? ゆい 熊のぷーさんがいっぱいいる。羽生結弦みたい。 美穂 普通じゃない? ゆい 氷川きよし、好きなのかなぁ。 美穂 おい、人の部屋のぞくな! ゆい カーテンくらい閉めなよ。いろいろ物騒だよ。 美穂 ほっといてよ。 ゆい あと、電気つけっぱ。お母さんに怒られるよ。 美穂 その発言がすでに母親っぽいわ。 ゆい でも、ピンクの部屋に熊のぷーさんて案外乙女なんだなー。 美穂 案外って何よ、 ゆい でさ、あたしすごい気になるもの見つけたんだけど。 美穂 何? ゆい 氷川きよしの消火器って、あれ、グッズ? 美穂 グッズ。 ゆい あるの? そんで買う人いるの? 美穂 いるんだよ、買ったからあるんだよ。9800円だよ。 ゆい けっこうしたんだね。 美穂 けっこうしたんだよ。 ゆい 中身はあれ? 氷川きよし的な何か? 美穂 なんだよ、氷川きよし的な何かって。 ゆい レバーを引くと氷川きよしの白いのがぶわーって 美穂 意味わかんない。そもそもその双眼鏡どこの備品よ。ウチの学校日本野鳥の会的な部活ないからね。 ゆい 演劇部。だって。 美穂 うん、分かった。望遠鏡探そう、いい加減にしないとあたし帰るから。 ゆい それは困る。探す、探します。   ゆい、美穂あたりをガサゴソ。   ゆい演劇の台本を手に取り ゆい カムパネルラ、またボクたち二人だけになってしまったね。 美穂 おい秒で遊ぶな。 ゆい カムパネルラ、僕らどこまでも行こうね。 美穂 おーい ゆい どこまでも、どこまでも行こうね。はい、美穂ちゃん(と、台本を渡す) 美穂 ったく。何ページ? ゆい 結局付き合ってくれるんだね。 美穂 はいはいえーと、12ページね。 ゆい 白鳥座を追い越して、さそり座の横を通り抜けて、サザンクロスのそのまた向こうまで 美穂 そうだな、ジョバンニ。 ゆい 石炭袋の空の穴に捕らわれることになっても、一緒に行こうね。 美穂 そうだな、ジョバンニ。 ゆい ずーっと、ずーっと一緒に行こうね。 美穂 そうだな、そしてほんとうの幸いを見つけよう。 ゆい サザンクロスのその先の信号を右に曲がるとうまいラーメン屋があるんだよ。 美穂 ジョバンニ? ゆい 麺屋「石炭袋」、ここのあぶりチャーシューが絶品でね。これこそほんとうの幸い! 美穂 うちら銀河鉄道乗ってんだよね? ゆい こっから二つ先の銀河ステーションの駅そばがまた素晴らしいんだわ。 美穂 無理やり設定引っ張らなくても ゆい 次は、サザンクロス、サザンクロス、銘菓銀河饅頭の十字屋へはこちらが便利です。    ピンポーン次ぎ止まります。お降りの際は車内にお忘れ物ございませんようお確かめください。    ってバスじゃん! 美穂 真面目にやりなよ。 ゆい 美穂ちゃん、あたしすっごく真面目よ。 美穂 あんた、それすっごく性質悪いよ? ゆい 何でかな、深夜テンションのせい? 美穂 ついていけんわ。 ゆい ヘイベイベ、テンション上げていこうぜ。上がってきなよ。あたしと一緒にパーリナイしようぜ。 美穂 よっしゃ、ツゲザー、パーリナイ! って、なるかアホ。 ゆい えー、パリナイは? 美穂 これだって十分本筋から外れてるんだからさ、ほら、続きするよ。 ゆい なんだかんだ付き合ってくれる美穂ちゃん大好き。 美穂 気持ち悪。 ゆい ……。 美穂 ボクはね、ほんとうの幸いのためならこの身を犠牲にしたってかまわないと思ってるんだ。 ゆい ボクだって同じだよカムパネルラ。 美穂 でも、それでお母様はボクを許してくださるだろうか。 ゆい どうしてそんなこと気にするんだい?    君が良き事と思ってやったことだ、きっとお母様も許してくださるよ。 美穂 罪深きことをしたと叱られないだろうか。 ゆい 大丈夫だよ、君のお母様は寛容じゃないか。 美穂 許してくれるだろうか。 ゆい 許してくれると思うよ。 美穂 夜中にカップラーメンを二杯食べてしまったことを。 ゆい カムパネルラ? 美穂 深夜に食べるカップラーメン。至福のひと時。ほんとうの幸いとはまさにこの事。 ゆい 美穂ちゃん、深夜テンション? 美穂 立ち上る湯気、コクのあるしょうゆスープの香り。ひとたび麺をすすればそれはまさにパーリナイ! ゆい パーリナイ! 美穂 カップヌードルパーリナイ! ゆい カップヌードルパーリナイ! 二人 パーリナイ! パーリナイ! パーリナーイ! ゆい (冷静になって)美穂ちゃん、声。 美穂 ごめん、ってかあんたも相当だったよ。 ゆい ごめん。でさ、カムパネルラ、 美穂 なんだいジョバンニ。 ゆい そのカップヌードルパーリナイをお母様は許してくださった? 美穂 がっつり怒られた。夜中にこんなもの二個も食うもんじゃないって。しかも、その日の昼ごはんも ゆい まさか、美穂ちゃん。やっちゃったの? 美穂 そのまさかよ。 ゆい いけないわ美穂ちゃん。 美穂 後悔は後になってしたわ。日清焼きそばUFOとエースコックスーパーカップ1.5倍濃く旨しょうゆとんこつのコラボ。 ゆい あー、よりにもよってガッツリ系を二つも! 美穂 UFO食べて、スーパーカップ食べて、UFO食べて、スーパーカップ食べて ゆい まるで反復横とびのように! 美穂 食のアスリートと呼んで頂戴。 ゆい おいしかった? 美穂 おいしかったなあ。 ゆい おいしかったろうねえ。 美穂 おいしかったんだよ。 ゆい ……お腹すかない? 美穂 お腹すいたね。 ゆい 美穂ちゃん何か食べるもの持ってないの? 美穂 持ってないよ。 ゆい 準備悪いなー 美穂 あんただって同じでしょ。 ゆい はっはーん 美穂 何かあるの? ゆい はっはーん 美穂 何も無いのね。 ゆい 待ってよ、たしか制服のポケットに   ゆい、制服のポケットからいつの物かわからないチョコレートを取り出す。 美穂 それ、いつのやつよ。 ゆい いつのだろう? 美穂 何か溶けてるし、 ゆい 人肌で暖めておきました 美穂 もうちょっとましな物が無かったの? ゆい それじゃあ、これはあたしが食べるとして 美穂 ちょっと待った。 ゆい いや、これ、あたしのだし。 美穂 そうは言ってもね、一人で食べちゃうのって罪悪感がなくない? ゆい まったく。 美穂 自己犠牲の精神がほんとうの幸いだって宮沢賢治さんが ゆい あたし宮沢賢治違うし。 美穂 見損なったぞジョバンニ! ゆい どうしたんだいカムパネルラ。君はザネリを助けようと川に飛び込むほどいいやつじゃないか。    チョコレート一つくらいボクにくれてもいいだろう? 美穂 それとこれとは話が別だよ。君だって言ってたじゃないか、    あのさそりのようにみんなのほんとうの幸いのためならボクの体なんか百ぺん焼いたってかまわないって ゆい 焼いたってかまわないさ、でもチョコレートは食べるよ。 美穂 みんなのほんとうの幸いのために譲ろうって気はないのかい? ゆい その言葉、そっくりそのままお返しするよ。 美穂 ああ言えばこう言う。 ゆい カムパネルラが沈んでいくザネリを助けずにはいられないように、あたしは目の前のチョコレートを食べずにはいられないんだ。だって、あたしはそういう人間だから。 美穂 ジョバンニ、君の詭弁なんてもう聞き飽きたんだよ。 ゆい カムパネルラ 美穂 黙ってくれないか。 ゆい じゃなくて美穂ちゃん、今気づいたんだけど。 美穂 何よ ゆい 後ろ、見てみて。   美穂、振り返る。そこには「おやつボックス」と書かれた箱が。 美穂 おやつボックス? ゆい 中、見てみたら? 美穂 何か、すげえ埃かぶってるよ。 ゆい なかなか年季の入ってる箱だね。 美穂 ちょっと開けるのに勇気いるよね。 ゆい じゃあ、あたし見てみる。   ゆい、おやつボックスの蓋をあけてみて 美穂 入ってる? ゆい 入ってる。 美穂 マジで?何入ってた? ゆい ガム。 美穂 ガム。 ゆい ガム。 美穂 ガム。 ゆい ガム。 美穂 ガム。 ゆい ふーせん 美穂 ガム。   ゆい、美穂、箱の中から次々ガムを取り出す。 美穂 ガムばっかりじゃん。おなか膨れないよ。 ゆい あ、ぷっちょ 美穂 まじで?ぷっちょなら食う。 ゆい ぷっちょもお腹膨れないと思うけど 美穂 細かいことはいいんだよ。 ゆい でも待って。 美穂 待たなくていいじゃん、食べようよ、 ゆい 消費期限とか見ないと 美穂 ダメダメ、そういうのん見たら食べられなくなるじゃん。 ゆい 細かいことはいいんじゃないの? 美穂 人間は常に矛盾を孕んでいる生き物だよジョバンニ君。 ゆい 消費期限2010年10月だって 美穂 ほら鈍ったー、決心鈍ったー ゆい まーぷっちょだし、大丈夫じゃない? 美穂 じゃあ、あんた食べてみなよ。 ゆい とりあえず空けてみるよ。 美穂 そーっとね。 ゆい 爆発するといけないからね。 美穂 爆発はしないと思うけど。 ゆい (空けてみて)大丈夫そう。 美穂 一つ頂戴。 ゆい 決心鈍ったんじゃなかったの? 美穂 背に腹は変えられんよ。 ゆい そこまでお腹すいてたの。 美穂 夜中って無駄にお腹すくんだよ。 ゆい カップラーメン二つ食べちゃうほど? 美穂 そうそう。(と、ぷっちょを食べてみて)うん、大丈夫そう。 ゆい 長年熟成された味がする? 美穂 気持ちすっぱい。 ゆい それほんとうに大丈夫? 美穂 あんたも食ってみなって。   美穂、ゆい二人でぷっちょを食べる。   ゆいは、演劇の台本を眺める。 ゆい カムパネルラ、ボクは君が好きだ。    ずっと、ずっと一緒にどこまでも行きたかったんだ。    なのにお別れだなんて、あまりに悲しすぎるじゃないか。 美穂 何、続き?(とそのページをめくる) ゆい 一体全体、みんなにとってのほんとうの幸いだなんてボクにはどうでも良かったんだ。    ボクは、ボクにとっての幸いの方が、君が生きていることの方が    すっと、ずっと大事だったのに。 美穂 カムパネルラの台詞無いじゃん。 ゆい あーあ、もう少しだけ、一緒にいたかったなぁ。 美穂 どした? 悪いもんでも食った?  ゆい 10年物のぷっちょ? 美穂 なんとも言えないな。 ゆい ねえ美穂ちゃん、 美穂 何? ゆい 望遠鏡、探そうか。 美穂 あたしは始めからそうしてます。   美穂、ゆい、再びあたりをガサゴソ。   美穂新聞部の機関紙を手にとって読み始める。 美穂 学校の七不思議特集だってさ。えーと本館二階、 ゆい 本館二階女子トイレの花子さん、体育館に現われる幻のバスケチーム。    理科準備室の踊る骨格標本、武道場の落ち武者の霊。    正門脇にある井戸から出る白い手、そして東館三階から見える銀河鉄道。 美穂 すごい、良く知ってるね。 ゆい こういうの好きだから。 美穂 でも六つしかないけど? ゆい そこがポイントなのよね。幻の七つ目の不思議。    もともと七不思議あったらしいんだけど、これが実際本当にやばいやつらしくて 美穂 知ってるの? ゆい 話したら呪いにかかっちゃう系とだけは 美穂 そういうのって、結局何も無いってパターンじゃない? ゆい と思うでしょ? 違ったのよね。    ちょっと貸して、(と、機関紙を手に取り)    ほら、あった七つ目の不思議についての記事。 美穂 えーと、七つ目の不思議についての呪いについて。 ゆい ここに、うちの学校の卒業生とその五年以内に事件事故に巻き込まれた人数があるでしょ、 美穂 良く調べたなーそんなこと。 ゆい ほら、ここ見て。 美穂 なんか2010年を境にパタッと少なくなってる。 ゆい タブーになったのよ。 美穂 タブー? ゆい 噂の域を出ないんだけどね、七つ目の不思議についてはもともとコアな人間しか知らなかったみたいなのね。 美穂 だから調査対象人数が15人なんだ。 ゆい はいしょぼいとか言わない。 美穂 何も言ってないのに ゆい だからこの数字は、七つ目の不思議が限られた人にのみ語られる事となっていたという裏づけよ。 美穂 物は言い様ね。それで、 ゆい 後は簡単な話よ。卒業生が風の噂で事件事故に巻き込まれたとかよからぬ噂が立ち始める。 美穂 それを検証して、七つ目の不思議を封印したって事? ゆい ほら、この新聞も2010年発行になってる。 美穂 ちょっと待って、でもさ、この「事件事故」ってのがちょっとおかしくない? ゆい どこが? 美穂 たとえば、飼い猫が逃げる。 ゆい 事件のにおいがする! 美穂 自転車が盗まれる。 ゆい 窃盗事件です! 美穂 一言も喋ったことの無い男子にコクられる。 ゆい ストーカーよ! 美穂 これって、事件って言える? 新聞とかに載っているわけじゃないだろうし。 ゆい でもほら、2010年のこれとか。 美穂 電車に飛び込み自殺。 ゆい ほらー。 美穂 うん、だからね。出典のあるものって、全部2010年以降なんだよね。 ゆい それで? 美穂 なんか、統計の取り方に意図的なものを感じるんだけど。 ゆい あのね、美穂ちゃんぶっちゃけて言うよ。 美穂 改まって何? ゆい 意図的なの、七不思議は七つあるのがちょうどいいの。細かいこと言ってたら成り立たないの。    たとえば、本館二階女子トイレの花子さん。これくらいは美穂ちゃん知ってるよね。 美穂 左から二番目のトイレで夜中に花子さん遊びましょって言うあれよね。 ゆい 左から二番目のトイレって、向かって左から二番目? それとも内側から見て左から二番目? 美穂 普通に考えて向かってじゃない? ゆい それがね、内側から見てっ左から二番目だろうって人も一定数いるのよ。 美穂 まあ、そりゃ見方は人それぞれだからね。 ゆい そこよ、そこ。向かってだろうが内側から見てだろうが、左から二番目のトイレに花子さんがいるって事実が大事なのよ。ほら、やって 美穂 何を? ゆい 察し悪いなぁ、トイレのドア開けていってよ。 美穂 一つずつドアを開けていく)ガチャ、ガチャ ゆい 花子です。 美穂 ガチャ、ガチャ。 ゆい 分かった? 美穂 分かんねえよ。 ゆい ほら、逆から 美穂 一つずつドアを開けていく)ガチャ、ガチャ ゆい 奥華子です。 美穂 ガチャ、ガチャ。 ゆい ね? 美穂 は? ゆい もー、察し悪いなあ。今、向かって左側二番目にも花子さんいたし、内側から見て左側二番目にも花子さんいたじゃん。 美穂 奥華子とか聞こえたけど。 ゆい いいの、どっちにいてもいいの。花子さん双子なの。 美穂 それはちょっと違う気が。 ゆい 細かいことはいいんだよ。楽しければいいの、エンターテイメントなの。 美穂 そういうものですか? ゆい そういうものです。 美穂 あ、でも銀河鉄道は見れるかもね。ほら、ここ東館三階だし ゆい どうだろうね。 美穂 何、つれない返事。楽しむもんじゃないの? ゆい そこはエンターテイメントじゃなくてノンフィクションでお願いしたいな。 美穂 叶えたい願い事でもあるわけ? ゆい そら物欲性欲睡眠欲、あらゆる欲求を満たしてもらいたいですよ。 美穂 今ちょうど2時。あと17分か。 ゆい じゃあ、あと17分以内に望遠鏡探そう。 美穂 銀河鉄道見れるかも? ゆい 星、見よう。うちら天文部だし。 美穂 どうしたの、急にやる気出して。 ゆい あたしは始めっからやる気満々ですよ? 美穂 どうだか。 ゆい 何なら肉眼でも天体観測しますよ。 美穂 それ、天文部じゃなくてもよくない? ゆい うん、天文部じゃなくても良かったんだよね。 美穂 ゆい? ゆい しかし、いるんだかいらないんだか分からない物がいっぱいだね。 美穂 本当に望遠鏡あるの? ゆい と、思う。 美穂 思う? ゆい だって一回も出したこと無いんだもん。 美穂 違いない。 ゆい 自慢じゃないけど天文部の癖にあたし星座とかぜんぜん分からないから。 美穂 自慢じゃないね。 ゆい 美穂ちゃんは? 美穂 あたしは多少は ゆい ほんとうの幸いってのは自分の心に嘘をつかなくてもいい事を言うんだろうね。 美穂 さっぱりです。 ゆい ほらー、 美穂 でもオリオン座くらいは分かるよ。オリオン座、こんな奴。 ゆい あたしカシオペア座分かる。こんな奴。 美穂 オリオン座、オリオン座 ゆい カシオペア座、カシオペア座   美穂、ゆい各々星座を探す。 美穂・ゆい あった。 美穂 あった、こんなの。 ゆい あったよ、こんなの。 美穂 すごい天文部っぽい ゆい 天文部ですし。 美穂 じゃあさ、じゃあさ、あたしね北斗七星分かる。 ゆい あたしだって、あたしだってね、おおいぬ座分かる。 美穂 それはいくらなんでも見栄張りすぎでしょ。 ゆい どうして見栄なんて言うのよ。 美穂 じゃあ、おおいぬ座ってどんな奴よ。 ゆい それは、ほら、複雑だから。カシオペアとかオリオンみたいに簡単じゃないから。 美穂 そこにホワイトボードとマグネットがあります。 ゆい ちょっとマグネットの数が足りないかなぁ 美穂 (携帯見ながら)大丈夫足りてる。 ゆい 美穂ちゃんさっきから何見て、あー、カンニング! 美穂 事実確認ですー。 ゆい じゃあさ、北斗七星やってみてよ。 美穂 いいけど。 ゆい 事実確認なしで。 美穂 えー、 ゆい ほら 美穂 分かったやればいいんでしょやれば    北斗七星はね、こんな奴。 ゆい 何か動き小さくなくない? 美穂 こんな奴! ゆい ほら、そこにホワイトボードとマグネットがあるから。 美穂 あんた、女の腐ったような性格って言われない? ゆい 腐ってるかどうかはともかく、女の子ですから。   美穂、ホワイトボードにマグネットで北斗七星と思われる図を作る。   たとえばカタカナでホワタとか、マジックでマグネット同士を線で結んでみる。 ゆい それ、何? 美穂 北斗七星。 ゆい にーしーろーはーとー(マグネットの数を数える)    もっかい聞くけど、それ何? 美穂 北斗七星? ゆい にーしーろーはーとー    えっと、美穂ちゃんそれ何? 美穂 あははは ゆい 笑って誤魔化せると思ってる? 美穂 あれじゃない、北斗七星って北斗の拳と関係 ゆい ない、まったく無い。 美穂 ほら、ケンシロウの胸の傷の数がね ゆい 関係ないし、胸の傷の数も七つだし。 美穂 え?マジで? ゆい マジで。北斗七星って、こう、ひしゃく型の   ゆい、ホワイトボードにマグネットで(以下略 美穂 何かそれで合ってるっぽい。 ゆい 合ってるっぽいんじゃなくて合ってるんです。 美穂 あー、あたし地学選択してないから。物理だし。 ゆい あたしだって生物選択だよ。 美穂 まあ、その物理も散々だったんだけど。 ゆい センター? 美穂 自己採点35点。 ゆい なかなか酷いね。 美穂 でもいいんだ、化学使うんだ。 ゆい ちなみに化学は何点だったの? 美穂 それ聞いちゃう? ゆい 気になるじゃん。 美穂 52点。 ゆい うわ、すげえ微妙。 美穂 微妙とか言うな。 だから、こんなことしてないで勉強しなきゃなんだからね。 ゆい お付き合いくださり誠にありがとうございます。 美穂 いいなー、あんたはAOで早々に決めちゃってさ。 ゆい いいじゃん、その分早めに準備してたんだから。 美穂 AOって何やるんだっけ? ゆい グループ面接と個人面接があってね。 美穂 どんな事聞かれるの? ゆい 「あなたの特技を見せてください」って言われてね。キャベツの千切りをした。 美穂 は? ゆい あたしすっごく早くて綺麗なの。キャベツの千切り。もうスライサーも真っ青。    とんかつ屋で出しても遜色ないレベル。 美穂 まって、試験会場にキャベツと包丁持って行ったの? ゆい 簡単な机とまな板も 美穂 そういうの聞いてるんじゃなくて。    それで受かったの? ゆい 受かったね。 美穂 なんか受験に希望が持てそうだわ。うん、化学52点でも何とかなる! ゆい あたし生物96点だった。 美穂 なにサラッとすごい点数たたき出してんだよ。てか、何でセンター受けてんだよ。 ゆい だって、みんなセンター受けてるし。 美穂 あんた必要ないじゃん。 ゆい だって、センター受けない人は学校で自習だったし、みんなセンターなのにあたし自習って寂しいじゃん。 美穂 寂しいじゃんって ゆい 寂しいでしょ? カムパネルラがいなくなったときのジョバンニくらい寂しいでしょ? 美穂 その例えわかんないし。そのためだけにセンターの願書出したわけ? ゆい 出したね。 美穂 よくもまあ親が受験料出したもんだ。 ゆい 出してくれたね。 美穂 ちなみにセンター5教科合計何点だった? ゆい 693点。 美穂 何で無駄にちょっといい点数なんだよ。ちょっとくれよ。一割でいいからくれよ。 ゆい 無理だよ? 美穂 無理だって分かってるの、そんなの分かってるの、分かって言ってるの。 ゆい 美穂ちゃん深夜テンション? 美穂 あーなんかすげえ疲れたし、そろそろお開きにする? 望遠鏡も見つからないし。 ゆい もうちょっと待ってよ。 美穂 もしかしてあれ? 2時17分の銀河鉄道? ゆい おかしい? 美穂 いや、あんたらしい。 ゆい 何それ、 美穂 だって、あんたいつもおかしいじゃん。 ゆい おかしく無いじゃん、北斗七星知ってたじゃん。    ほら、望遠鏡探そう。 美穂 そうだね。探しますか。   ゆい、美穂あたりをガサゴソ。 ゆい 卒業だね、 美穂 卒業しちゃうね。 ゆい 卒業、したくないなぁ。 美穂 もっと高校生やりたかった? ゆい 美穂ちゃんともっと一緒にいたかったよ。 美穂 あら、うれしいこと言ってくれるね。 ゆい 茶化さないでよ、 美穂 だって恥ずいじゃん。 ゆい ほんとうだよ。 美穂 どうしたのさ、急に。 ゆい 急じゃないよ。 美穂 いやいや、急だよ? おかしいよ? ゆい あのね、美穂ちゃん。 美穂 何? ゆい あのね、美穂ちゃんの事が好きだなぁ。なんて言ったら気持ち悪いかな。 美穂 それってlikeの方? じゃないよね。 ゆい ごめん、loveの方。 美穂 ラブラドールレトリバーのラブの方? ゆい 違うね。 美穂 ラブクランチのラブの方? ゆい 多分違う。茶化さないで。 美穂 ごめん。 ゆい なーんちゃって、なんちゃって。ごめんごめん、忘れて。 美穂 ちょっと衝撃的過ぎて無理だなぁ。 ゆい ごめんね、ホントごめんね、気持ち悪いよね。    昔もね、一回だけあったんだよ。気持ち悪いって、先輩に。    もう、玉砕もいいところ。まあ玉砕するだろうなぁとは思ってたんだけど。 美穂 あんた、 ゆい えっとね、黙ってようと思ってたんだよ、ホントに。    もう一分前くらいまでは結構マジで、このまま何も言わずにバイバイするつもりだったんだよ。    楽しく卒業して分かんないけどそのうち疎遠になっちゃったりとかして    美穂ちゃん好きになったなんて無かったことになったまんまおばあちゃんになる予定だったんだよ。 美穂 ゆい。 ゆい でもね、美穂ちゃんと一緒に星とか見てたらさ、無理だった。    すげえ楽しくて、何も言わずにバイバイなんてもったいないって思っちゃった。    絶対黙ってようって思ってたのに、loveじゃないよlikeの方だよって顔してたのに。 美穂 分かったから、ちゃんと分かったから。 ゆい ……ごめんね。 美穂 ほら、望遠鏡、探そう。   ゆい、美穂、あたりをガサゴソ。   美穂、星のモチーフを取り出して 美穂 じゃじゃーん北斗七星。 ゆい 星、六つしかない。 美穂 ホントだ、さっき教えてもらったばっかなのに。   美穂、でっかいぬいぐるみとか取り出して 美穂 じゃじゃーん、ボクブーさん。友達になろうよ。 ゆい あたしが太ってるって言いたいわけ? 美穂 えっと、いや、そういう訳じゃなくって。 ゆい ありがとね。気、使ってくれて。 美穂 えっとさ、それでその、結局あたしってば ゆい 何? 美穂 こうなし崩しになっちゃってるけど、告白、されたんだよね。 ゆい うん。 美穂 返事とかしたほうが ゆい しなくていいよ。 美穂 そっか。 ゆい なし崩しにしたまんまでよかったのに。 美穂 何かそういうのって気持ち悪くってさ。 ゆい うん。 美穂 これも演劇部の備品だ。 ゆい なんに使うんだろうね。 美穂 (備品を振りかざしながら演劇部の台本を読む)ジョバンニ、ボクだってほんとうは君と一緒にどこまでも行きたかったんだよ。 ゆい 美穂ちゃん? 美穂 でもね、君が君であるようにボクはボクなんだ。    ボクとどこまでも行きたいっていう君のリクエストには答えられないけど。    君の目が覚めて、生ぬるい風と一緒にボクがいなくなったことを知って、    君はきっと泣いてしまうだろう。 ゆい うん。 美穂 でも、時の奔流が君を押し流してしまって、やがて君は大人になる。    大人になった君はボクの事を忘れてしまっていて、それをボクは幸せに思う。 ゆい うん。 美穂 ほんとうの幸いというのはそういう事なんだと思うな。ほら(と、演劇部の台本を渡す) ゆい そうだね、カムパネルラ。ボクはきっと忘れるよ。そして時々思い出す。    祭りの明かりと遠い喧騒。星降る夜と銀河鉄道。    銀河鉄道よ星を越えて、銀河鉄道よ光になって、銀河鉄道降りて来い。    銀河鉄道降りて来い。銀河鉄道、降りて来い。    もう一度、降りて来い。降りて来てボクを連れて行っておくれ。連れて行けよ! 美穂 途中からだから、どんな話かさっぱりだ。 ゆい そうだね。 美穂 じゃあ、次は歌でも歌いますか? レッツパーリナイ! ずん、ずんずん、ずんどこ ゆい いいよ。なんか無理させちゃってごめんね。 美穂 無理とか違うし、深夜テンションだし。 ゆい ありがとうね。あたしが天文部入ろうって誘ったとき、二つ返事でオッケーしてくれて。 美穂 何よ急に。 ゆい あたし天文部入ろうって思ったのは、たぶん、美穂ちゃんが入ってくれそうだったからなんだよ。    何の根拠も無いんだけどね。 美穂 いいじゃん。 ゆい え? 美穂 根拠なんか無くたっていいじゃん。だから、七不思議にあやかってこんな時間までごそごそしてたんでしょ? ゆい いや、そっちの方は根拠があって 美穂 あるんかい! ゆい もうそろそろだと思うんだけど、ほら美穂ちゃん見て。 美穂 あれって、 ゆい この時間帯だと省エネ対策かなんかで高架橋の明かりが落ちるから、橋の上を電車が通ったら 美穂 銀河鉄道? 銀河鉄道だよ、ゆい。ほらさっき願ったから。 ゆい みたいに見えるでしょ? 美穂 「みたい」とか言っちゃったら味気ないんじゃない? こういうのは楽しむもんなんでしょ? ゆい そうだね。 美穂 でもホント空を電車が走ってるみたい。 ゆい 所詮偽者だけどさ、偽者だけど、ちょっとだけ願い事叶えてくれないかなって 美穂 何願ったの? ゆい そこ聞いちゃう? 美穂 この際何聞いても驚かない自信あるし。 ゆい ちょっとだけ、勇気をくださいって。 美穂 そっか。 ゆい あとお金。 美穂 そっか。 ゆい あとファミチキ食べたいなぁ。 美穂 欲の権化か! ゆい はははは。 美穂 やっと笑った。   ゆい、ひとしきり笑い、そして静かに泣く。   黙ってハンカチを差し出す美穂、ゆいそれを受け取って鼻をかむ。   ちょっと待てよと思う美穂だが、黙ってその様子を見ている。 ゆい (ハンカチを返しながら)ごめん。すぐ泣き止む。 美穂 自分の感情のままに生きるのがほんとうの幸いだって ゆい 宮沢賢治さんは言ってないよ。 美穂 あたしが言うよ。泣けるときは泣いた方がいいし、笑えるときは笑った方がいい。 ゆい やさしいね。 美穂 それが取り柄ですから。 ゆい 大好きだ。 美穂 そっか、ごめんね。 ゆい はっきり言うんだね。 美穂 それも取り柄ですから。 ゆい うん、分かってるよ。分かってた。美穂ちゃんが食い意地張ってて男好きで凄く優しいって 美穂 すげえいくつか訂正したいんだけど ゆい おまけに物理35点で、まっピンクの部屋に住んでて、氷川きよしの消火器持ってる。 美穂 えっとさ、好意、あるんだよね。 ゆい あたしのわがままに付き合ってくれてこんな時間までこんなところで 美穂 うん ゆい 森田美穂様におかれましては、ご多忙中にもかかわらず、お足元の悪い中お集まりくださり、あり難く厚く御礼申し上げます。 美穂 深夜テンション? ゆい あー、町の明かりがきらきらしてる。 美穂 それはあんたが泣いて ゆい (美穂の台詞をさえぎって)きらきらして星みたい。 美穂 うん、 ゆい (美穂の家の方を指差しながら)多分あれが一等星。 美穂 そう? ゆい すげえ明るいもん 美穂 電気つけっぱだからね。 ゆい あーあー、ちくしょう、銀河鉄道こねえかなぁ! 美穂 ゆい、声。 ゆい あーあー、銀河鉄道に乗ってどこまでも行けねぇかな! 美穂 ゆい、声。 ゆい ファミチキ、食いてえなぁ! 美穂 ゆい? ゆい あなたとコンビにファミリーマー……ファミチキ食いてぇなぁ!    美穂ちゃんも食べる? おごるけど。 美穂 え、いや、食べるけど。 ゆい 行こうか。うん、行こうよ。 美穂 でもこの時間帯だったらホットスナックって空なんじゃない? ゆい 揚げてもらう、断固として揚げてもらう。 美穂 だったらほら、拭いて行きなよ(と、ハンカチを差し出す) ゆい え、だってそれ鼻かんでるし。 美穂 あんたがかんだんでしょうが! ゆい いいのいいの、気にしないの、こんな時間にファミチキ買いに行くような子は顔なんて気にしないの。   ゆい、美穂、部屋から出て行く。   ゆい、すぐ戻ってきて ゆい やべえやべえ、電気消し忘れた。   ゆい、電気を消して懐中電灯をつける。 ゆい (小さい声で叫ぶ)好きだー! 大好きだー! 美穂(声) ゆいー、早くしないとファミチキ逃げちゃうよー。 ゆい 逃げたら美穂ちゃん捕まえといてー。   ゆい、すっきりしたひどい顔。少し決心して部屋から出て行く。 幕