きみがせ 登場人物 村瀬ちひろ 藤本さなえ 西原卓朗   ココは某演劇部の部室。中央にテーブルと椅子が数脚。   台本置き場の棚なんてあったりする。もちろん、お約束のように漫画がおいてあったりする。   壁には、「目指せ上演!」とか書いてある紙が貼ってある。その他にも、いくつか情けない宣言を貼っ てある。   かなり散らかっている様子。   舞台上には二人の女子高生。村瀬ちひろと藤本さなえ。   さなえは参考書に目を通している。 ちひろ ねえ さなえ …… ちひろ ねえってば。 さなえ 駄目 ちひろ あたし、まだ何も言ってないんだけど さなえ 駄目 ちひろ 早合点は災いの元だよ? さなえ 駄目 ちひろ いいから聞くだけ聞いてよ。 さなえ 駄目 ちひろ 聞かないと損するよ。 さなえ 駄目 ちひろ でもあたし優しいから言ってあげるよ。 さなえ 駄目。 ちひろ 演劇しよ? さなえ 駄目 ちひろ 駄目駄目って、何でそんなにやる気無いの? さなえ 何でそんなにやる気なの? ちひろ 何でって演劇部でしょ、演劇しなくて何やるの! さなえ 勉強。 ちひろ 勉強勉強って、あんたは勉強の虫か! さなえ 駄目。 ちひろ 勉強なんていつでもどこでもできるでしょ! さなえ 駄目。 ちひろ 山大教育B判定 さなえ 駄目。 ちひろ 人の話、聞いてるの? さなえ 駄目。 ちひろ 「お前の国のおっかさんは、人の話を聞けって言ってるぞ」 さなえ 駄目。 ちひろ あー、そうですか。そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるんですからね。     後悔しても知らないからね。知らん振りするからね。     あー、んー、あー。(と、発声の準備。) さなえ うるさいなぁ。 ちひろ 生麦生米生ビール生ビール生ビール! さなえ うるさい。 ちひろ カエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこあわせて何ぴょこ! さなえ うるさい。 ちひろ 隣の客は良く食う! さなえ うるさいってば!  ちひろ 隣の客が怒鳴る。 さなえ あのね、こっちは勉強してんの。やるんだったら、他所でやってよ。 ちひろ あのね、ココは演劇部の部室なのね。やるんだったら、図書館があるんでそちらでどうぞ。 さなえ 遠いでしょうが。 ちひろ たった二駅先じゃない。 さなえ それを遠いって言ってるんですが。 ちひろ ねえ、さーちゃん。あたし等もう三年だよ。 さなえ そうね、だから勉強の真似事でもしとかないとね。 ちひろ 真似事でやってるくらいなら、演劇やろうよ。 さなえ 腐っても進学校なんだから、ちひろも勉強くらいしときなさいよ。 ちひろ 腐ってる。もう手遅れ。あたしんちの冷蔵庫のバナナくらい腐ってる。もうぐずぐずに黒ずんでふにゃふにゃになってる。 さなえ あんたの脳みその話してんじゃないのよ? ちひろ あたしの脳みそでも何でもいいから、しようよー。 さなえ 駄目、無理、絶対。そもそも、二人しかいないのに、何やろうってのよ。 ちひろ 目指せ、上演! さなえ 情けない目標ね。 ちひろ 目指せ、県大会の三歩手前! さなえ もっと、まともな目標はないわけ? ちひろ 目指せ、世界平和! 目指せ、環境保護! 目指せ、卒業式で一人「君が代」熱唱!  さなえ ちひろ、真面目にやってよ。 ちひろ あたしはいつも大真面目よ。 さなえ じゃあ、卒業式で一人君が代熱唱するのね? 国歌斉唱のアナウンスと一緒に生徒だけじゃなく先生たちもいっせいに座っても一人熱唱するのね。 ちひろ そこまで念を押されると考えちゃうけど、そのつもりよ。 さなえ じゃ、今、唄ってみて。 ちひろ 今、ここで? さなえ 今、ここで。 ちひろ どうしよっかな〜。 さなえ 唄えないんでしょ。 ちひろ どうしよっかな〜。 さなえ 唄えないのね。 ちひろ どうしよっかな〜。 さなえ 唄えないんだ。 ちひろ 唄えますよ、唄えますとも。人聞きの悪い。 さなえ じゃあ、唄ってみて。 ちひろ 歌詞、ど忘れしちゃったから。 さなえ (手近にあったプリントをだして)はい。君が代の歌詞。 ちひろ 何で持ってるの? あんた右の人? さなえ 昨日、日本史の授業でもらったでしょーが。ほら、唄ってみてよ。 ちひろ 唄うのね。あたしが、君が代を。 さなえ 唄うのよ。あんたが、君が代を。 ちひろ 後悔しない? さなえ その言葉だけで充分後悔できるから、大丈夫。 ちひろ そりゃ良かった。 さなえ そうやって、先延ばしにしても無駄だから、唄って。 ちひろ じゃあ、唄うからね。   ちひろ、何か意味不明なリズムを取り出す。「ヘイヨ!」とか言ってみたりする。明らかにラップっぽい感じ。さなえ、参考書に目を通し始める。 ちひろ (普通に唄ってみる)きーみーがーぁー、よーぉはー さなえ え〜!? ちひろ どしたの? 何かおかしかった? さなえ いや、唄自体はおかしくない所がおかしかったって言うか、そもそもその前の「ヘイヨ!」はナニ? ちひろ 景気付け? さなえ さいですか。 ちひろ ね、ね、ほらほら、唄ったでしょ。ネタの一つもとりたくなるところでちゃんと唄ったでしょ。だから、 さなえ それとコレとは話は別でしょ。 ちひろ 一緒に演劇やろうよ。たとえ一人きりでも、やろうと思えばできるよ。 さなえ じゃあちひろ一人でやったら? ちひろ でもやっぱ、一人じゃ難しいわけよね。一人より二人の方がやりやすいわけだし。 さなえ 無理でしょ。 ちひろ だよね。無理だよね。二人で演劇なんて出来るわけないよね。例え出来てもロクなもんじゃないよね。 さなえ そうね。 ちひろ だよね。出来ないよね。あたしも、ちょびっとそう思ったんだよ。だからね、助っ人呼んでみたの。 さなえ 助っ人? ちひろ そう! 聞いて驚け見て笑え! さ、どうぞ〜助っ人さ〜ん!   卓朗が入ってくる。途端に笑い出す二人。 卓朗  お約束だな…… さなえ 誰、この人 ちひろ 西原卓朗さん。で、こっちが藤本さなえ。 卓朗  始めまして。 さなえ だから、誰。 ちひろ 25歳、独身らしい。 卓朗  彼女の一人もいません。 さなえ 誰。 ちひろ 今流行のニート。 卓朗  アウトドアな引きこもりです。 さなえ 誰。 ちひろ こう見えて実は女。 卓朗  こう見えて案外巨乳。 さなえ 誰。 ち・卓 無視かい。 さなえ 誰。 ちひろ だから、西原卓郎さん。 さなえ ナニ? この人。 ちひろ 外部指導員。 さなえ 外部指導員? ちひろ 知らない? さなえ 知ってる。よそ者が突然やってきてあれこれ難癖つけるあれでしょ? ちひろ よそ者って失礼でしょ。確かにあたしらとは何の縁もゆかりもないし、あれこれいる事からいらん事まで言うかもしれないけど、それじゃあんまりだよ。 卓朗  ちひろちゃんの言い草も結構あんまりだよ。 ちひろ ごめんなさい、悪気は無いんです。 さなえ で、その外部指導員がウチに何の用でしょうか。 ちひろ 指導してもらうに決まってるじゃん。 さなえ 何の? ちひろ 演劇に決まってるでしょ。卓郎さん、高校からずっと演劇続けてるんだってさ。 さなえ それで? ちひろ 台本も書いてたりするんだってさ。 さなえ それで? ちひろ 凄いじゃないの。 さなえ あー、はいはい、そりゃ凄い。 卓朗  あんま、歓迎されてないみたいだね。 さなえ そんなこと無いですよ。 卓郎  そりゃ良かった。 さなえ あんまりどころか、まったく歓迎していませんから。 卓朗  つれないなぁ。 さなえ 演劇やらない演劇部に外部指導員なんて必要アリマセンから。 卓朗  やればいいじゃない演劇。 ちひろ ほら、卓郎さんもこう言ってることだし。 さなえ やらない、絶対やらない。大体、こんなのどっから引っ張ってきたのよ。 ちひろ ネットで見っけてきた。 卓朗  そんな落し物みたいに言わないで欲しいんだけど。 さなえ ウチじゃ飼えないから元あった場所に戻してきなさい。 ちひろ あたし、ちゃんとお世話するから! 卓朗  こっちがお世話する側なんだけど。 さなえ 結構です。要りませんから。遠慮しときます。 ちひろ そんな三段構えで断らなくてもいいじゃないの! さなえ ごめん、勉強するから。 ちひろ 何でよ。そんな勉強勉強って躍起になってさ。 さなえ 受験生なんだから当然でしょ。あんたはともかくあたしは進学希望なんだから。 ちひろ 進学進学って馬鹿みたいに繰り返してさ、いい大学いい会社いい人生なんて古いんだよ。 さなえ 残念でした、あたし教員志望なんで。 ちひろ 教員志望でもおんなじことでしょ。いい大学いい先生教え子と結婚なんて古いんだよ! さなえ 誰もそこまでいってないでしょうが!どっから出てくるのよその妄想は! ちひろ 言っちゃうけどね。この卓郎さんだって大学出てるんだからね。 さなえ 出てるったってどっかの三流大学でしょうが。 ちひろ 国公立だって言ってたもんね。 さなえ 何をそんなでたらめ言ってんのよ。こんなのが国公立なんて無理でしょ。 卓朗  こんなの? ちひろ こんなのでもあんなのでも事実は事実なんだからしょうがないでしょうが。 さなえ じゃあ、どこの大学よ。 ちひろ 山口大学教育学部! さなえ 馬鹿言ってんじゃないわよ。教育学部卒業して何でニートなんかやってんのよ。 ちひろ 性根が腐ってるからに決まってるでしょう! 卓朗  をい。 さなえ あたしをこんなのと一緒にしないでよ。あたしはこんなに性根腐ってないんだから! ちひろ 初対面のあんたに何が解るって言うのよ! 卓朗  そうだ。 さなえ 一目見たら解るわよ。 ちひろ 人を見かけで判断しちゃいけないって教わったでしょ。 卓朗  そうだ。 ちひろ 4・5回会った、あたしならともかく。 さなえ 4・5回会って、何が解るってのよ。 ちひろ 駄目人間かそうじゃないかくらい4・5回会えば充分分かるでしょうが! 卓朗  まぢで? さなえ 確かに駄目人間かそうじゃないかなんてこの場合一発で解るわね。 ちひろ だから、あたし心に決めたの。こんな駄目人間にはならないようにしようって。 さなえ そうね、それがいいわ。 卓朗  どこで怒ってやろう…… さなえ だいたい、ニートなんて社会のゴミでしょ。そんなのが演劇指導したって何にもならないんじゃない。 ちひろ いないよりいたほうがマシってもんでしょ。 さなえ でも、ゴミよ。 ちひろ リサイクルすればいいじゃない。 卓朗  …… さなえ 世の中には煮ても焼いても食えない奴ってのがいるもんなのよ。 ちひろ 煮ても焼いても食えないからリサイクルしようって言ってんのよ! さなえ 無理でしょ。 ちひろ 無理って言ったら可哀想でしょうが。 さなえ あんたは好きにすればいいわよ。こんなのと演劇やって駄目人間になればいいわよ。でも、あたしを巻き込まないでよね。 ちひろ いいじゃんよ。演劇やって駄目人間になるなんて分からないんだから。 さなえ 実例一。 ちひろ これは、例外よ! 卓朗  いい加減、怒るぞ。 さなえ (ちひろに)怒りたきゃ勝手に怒ればいいでしょ。 ちひろ あたしは最初から怒ってるわよ! さなえ じゃあ、さっき宣言してたのは誰よ! ちひろ 知らないわよ! 卓朗  俺だよ!   さなえ、ちひろ、卓朗を見る。 さ・ち  あ… 卓朗  あ… ちひろ ごめんなさい、悪気は無かったんです。 卓朗  いや、こっちこそごめん。 ちひろ ナニに謝ってるんです? 卓朗  いや、駄目人間でごめん。 ちひろ そんな事無いですよ。もう、メチャクチャ良人間ですよ。良人間? さーちゃん、駄目の反対語ってナニ? さなえ メダ。 ちひろ メダ人間ですよ! 卓朗  いや、もういいから。 ちひろ ホントですってば。卓郎さんめっちゃメダ人間ですって。メダですって。メダメダメダ。 卓朗  そんなメダメダ繰り返さないでよ。駄目に聞こえるから。 ちひろ すみません。 卓朗  そんな、謝らないでよ。こっちが申し訳なくなるから。 ちひろ いや、そんな訳には。ほら、さーちゃんも謝って。 さなえ すみません。でも、あたし、演劇はやりませんから。 ちひろ まだそんなこと言ってるの? さなえ いつまでも言いますとも。 ちひろ 卓郎さんも何か言ってやってください。 卓朗  何かって何を? ちひろ 何かって何をって、何かですよ。 卓朗  演劇やらないの? さなえ やりません。 ちひろ もっと、やる気の起こさせる言い方で言ってください。 卓朗  演劇ヤラナイノ? さなえ やりません。 ちひろ もっと頑張ってください。 卓朗  どう頑張ればいいのよ。この場合。 ちひろ 外部指導員先生、頑張ってください。 卓朗  エンゲキヤラナイノ? さなえ やりません。 ちひろ ココまで卓郎さんが体張ってるってのに、何でやってくれないのよ! さなえ すみませんが、同じ事をちひろに言ってもらえますか? 卓朗  エンゲキヤラナイノ? さなえ やる気になった? ちひろ 微妙かも。 卓朗  言い出しておいてそれはあんまりだ。 ちひろ いやいや、やる気出ました!メチャクチャやる気出ましたよ! もう、演劇やりたくて今にも爆発してしまいそうです! さなえ じゃ、爆発して。 ちひろ どっかーん! 卓郎  …ホントに弱小演劇部なんだね。 ちひろ そんなにしみじみ言わないで下さい! さなえ そうなんです。ウチ、ホントに弱小なんです。部員、二人しかいないんです。外部指導員なんて呼んでるガラじゃないんです。 ちひろ そうやってガラとか見た目とか、思い込みにとらわれるとろくな事無いよ? さなえ 今だって充分ろくな事ないから大丈夫。   さなえ、帰る支度を始める。 ちひろ 帰るの? 帰っちゃうの? 逃げか、逃げてしまわれるのかあなたは! さなえ 帰るわよ。 ちひろ ホントに? さなえ ホントに。 ちひろ 帰ったら爆発するよ? さなえ すれば? ちひろ 卓郎さんが爆発するよ? 卓朗  まぢで? さなえ どうぞご勝手に?(と言いつつ去っていく。) ちひろ あー、帰っちゃう帰っちゃう。卓郎さん、爆発して! 卓朗  だから、どうすれば良いのよこの場合! ちひろ 考えるよりもまず動いて! 卓朗  どっかーん!   さなえ、去っていく。 ちひろ …弱小…だったんですか? 2   某演劇部の部室。やっぱり雑然としている。   ちひろと卓朗がいる。 ちひろ 卓郎さん。 卓朗  無理。 ちひろ 卓郎さん? 卓郎  無理。 ちひろ あたしまだ何も言ってないですよ。 卓朗  無理。 ちひろ 早合点するとろくな事無いですよ。 卓朗  無理。 ちひろ 人の話は聞けってお母さんが 卓朗  無理。 ちひろ あたしと付き合ってください。 卓朗  (即答)無理。 ちひろ …… 卓朗  無理。 ちひろ 二回も言わなくて結構です。 卓朗  無理。 ちひろ ホントに聞いてます? 卓朗  無理。 ちひろ 聞くのが面倒くさいからとりあえず無理って言ってるんじゃないんです? 卓朗  無理。 ちひろ 卓郎さん! 卓朗  え? ちひろ あたしと付き合ってください。 卓朗  な、そ、こっちとしては願ったり叶ったり、何言ってんの!  ちひろ 冗談ですよ。あんまりまともに取らないでください。 卓朗  何だ、冗談か。冗談だよな。 ちひろ 冗談に決まってるじゃないですか。 卓朗  冗談に決まってるよな… ちひろ あんま寂しそうに言わないでください。 卓朗  ごめん。 ちひろ それで、どうですか? 卓朗  ナニが? ちひろ 昨日メモ渡したじゃないですか! 卓朗  あぁ…アレ、ホントにやるの? ちひろ やるに決まってるじゃないですか! 卓朗  どうやったら、ああいう発想になるわけ? ちひろ だって、こっちがいくらお願いしても、さーちゃん駄目の一点張りだから。     それなら、さーちゃんに駄目っていわせないような人間関係を作っちゃえばと。 卓朗  早い話が、彼氏彼女になれって? ちひろ その通り! 卓朗  上手くいくと思ってるの? ご丁寧に、こっちが言う台詞まで書き込んでくれて。 ちひろ 完璧です。 卓朗  台本書きには向いてないみたいだね。 ちひろ 卓郎さん読解力ないんですね。 卓朗  たくましく生きてはいけそうだね。 ちひろ ええ、もうたくましさ溢れる花の女子高生ですから。さ、やりますよ。 卓朗  はい? ちひろ リハですよ、リハ。まさかぶっつけ本番で行くつもりじゃないですよね? 卓朗  まさか、本気でやるつもりじゃないですよね? ちひろ 本気と書いて多分って読むくらい本気です。 卓朗  止めない? ね、ね、止めようよ。 ちひろ ココまでやっておいて何言ってるんですか。 卓朗  ココまでやっちゃったのはちひろちゃんだけじゃないの。 ちひろ とりあえず、段取りだけでも確認しておきますよ。はい、立ち居地立って。 卓朗  立ち居地? ちひろ そこにバミってます。 卓朗  いつの間に。 ちひろ はい、そこで卓郎さん、何かさわやかですがすがしい感じをかもし出してください。 卓朗  何でさわやか? ちひろ 恋ってのはそういうもんなんです。はい。   卓朗、ラジオ体操をする。 卓朗  あたーらしーいあーさがきたー、きーぼーうのあーさーだ ちひろ 何やってるんです? 卓朗  ラジオ体操。さわやかでしょ? ちひろ 全然。 卓朗  全然? ちひろ そんな健やかおじいちゃん的さわやかさで恋が始まると思ってるんですか。 卓朗  おじいちゃん的って ちひろ とにかく、ラジオ体操却下。もっと別な奴お願いします。はい。   卓朗、朝の劇場入り。 卓朗  おはようござーまーす。オハヨウございます。あ、照明さんおはようございまーす。 ちひろ 何やってるんです? 卓朗  朝の劇場入り。さわやかでしょ。 ちひろ 何か、後ろ暗いオーラが見えます。 卓郎  後ろ暗いって…… ちひろ 暗いですよー。そんなんで恋が始まるなんて絶望的です。卓郎さん、もっと真面目にやって下さい。 卓郎  真面目なんだけどなー。 ちひろ 真面目なら尚悪いですよ。 卓郎  やっぱりこの作戦、無理があるんじゃ無い?  ちひろ 完璧です! 卓郎  どっから出てくるのか、その自信は。 ちひろ 仕方アリマセン、奥の手を用意しましょう。(と、一枚の紙切れを渡す) 卓郎  ナニこれ? ちひろ さわやかすがすがしい感じの台本です。 卓郎  用意がいいことで。 ちひろ だから言ったじゃないですか、完璧だって。 卓郎  中身が伴ってればね。 ちひろ 一番の難点は役者ですかねー。あ、別に卓郎さんがどうって言うわけじゃないんですよ。     大丈夫です、この台本でバッチリ上手くいきますから。さあ、はい。 卓郎  ちょっとストップ。 ちひろ なんですか、往生際の悪い。 卓郎  この、河原土手を犬を連れて走るってト書きは? ちひろ その通りですよ? 卓郎  無理じゃん、河原も犬も無いじゃないの。 ちひろ なんだそんなことですか。河原は無理かもしれませんが、ちゃんと犬なら用意してるんですから。 卓郎  うわ、すっげえ嫌な予感。   ちひろ、カバンの中から犬のぬいぐるみを取り出す。   そのぬいぐるみの首には紐が巻かれており、ちょうどリードのような感じになっている。   そのリードもどきの端っこを卓郎に渡して。 ちひろ これでバッチシです。 卓郎  的中。 ちひろ なんですか? 卓郎  なんでもないです。 ちひろ じゃあ、問題点も解決したことですし、やって見ましょう! さん、はい! 卓郎  ああ、なんて爽やかなんだ。吹き抜ける風がこんなに気持ちいいなんて、ははっ。     なんだってジョン? オマエも気持ちいいのかい? よーし、さあ競争だ!     無理だよ! 絶対無理だってば! ちひろ ヒヨらないで下さい! 卓郎  ヒヨるよ!  ちひろ やっぱ、ニートは根性無いなあ。 卓郎  ニート関係ないでしょう! ちひろ いいですか? 河原で犬と戯れている爽やか青年ってのがポイントなんです。     想像してみて下さいよ、この上なく爽やかだとおもいませんか? 恋とか始まりそうじゃないですか? 卓郎  逆に想像してみてよ。きったない部室で、犬のぬいぐるみと戯れてる、むっさい兄ちゃん。     これで恋が始まると思う? 無理でしょ? ちひろ 無理ですね。 卓郎  だから始めっから無理があったんだってば。 ちひろ でも、ココまでやり通したからには最後までやり遂げましょうよ! 卓郎  いや、その初志貫徹はいらないなー。 ちひろ 我々はもう後戻りできないところまで来てるのだよ。 卓郎  充分戻れると思うけど? ちひろ さ、あたしは隠れていますから、さーちゃん来たらお願いしますよ! 卓郎  ちょっと、人の話は聞きなさいってお母さんが ちひろ かえるの子はかえるですから!   ちひろ、適当に掃除用具入れの中とかに入る。 卓郎  ……お父さん、大変だろうな。   卓郎、訴えるような視線を犬のぬいぐるみ(ジョン)に向ける。   そこへ、さなえがやってくる。 卓郎  あ、どうも。 さなえ どうも。 卓郎  (視線をロッカーに向ける) さなえ お一人ですか? 卓郎  あ、うん。まあね。 さなえ …… 卓郎  ……暑いね。 さなえ 夏ですからね。 卓郎  さっさと秋になればいいのにね。 さなえ そうですね。 卓郎  …… さなえ …… 卓郎  (視線を台本に落とす)……今日も勉強? さなえ そうですね。 卓郎  得意科目は? さなえ 数学です。 卓郎  うわ、数学だって。あれでしょ、サイン、コサイン、タンジェント。 さなえ まあ、そうです。 卓郎  ……だねー。コサイン、だねー。 さなえ …… 卓郎  (再び、台本に目を落とす)……ああ。     ああ、なんて爽やかなんだ! 吹き抜ける風がこんなに気持ちいいなんて、ははっ!     なんだってジョン? オマエも気持ちいいのかい? よーし、さあ競争だ!     (一通り走ってみて)ぜーは、ぜーは、早いなぁジョンは! あはは、よしよし! さなえ (きょとん) 卓郎  よーし、このボールをとって来るんだぞ、そーれ!(ボールを投げるけど、動かないジョン)     なんだよ、ボールは気に入らないのかいジョン? さなえ 西原さん? 卓郎  ははは、どうだい爽やかだろう? これでもかって言うくらい爽やかだろう!     どうだよ見たかコンチクショウ! さなえ 西原さん? 卓郎  さなえちゃん。あのね? さなえ しーっ! 卓郎  え?   さなえ、辺りをぐるッと見回して、ちひろの隠れ場所の見当を付ける。   卓郎にジェスチャーで指示をして、机をロッカーの前に移動する。 卓郎  さなえちゃん、結構酷いね。 さなえ 何言ってるんですか、このくらい当然です。それで? 卓郎  え? さなえ 西原さん、さっき何か言おうとしたじゃないですか。 卓郎  ああ、いやね。これってのが、全部ちひろちゃんの…… ちひろ 言っちゃダメー! (と、出てこようとするが扉が開かず)開かないー! さなえ (机をどかそうとする卓郎を制して)自業自得ですから、開けないで下さい。 卓郎  でもね。 さなえ あと一時間くらいは放って置いても死んだりしませんから。 ちひろ 死ぬ死なないでは図れない問題ってのがあるでしょうが! さなえ よし、まだまだ元気! (と、勉強の支度) 卓郎  よくこんな状況で勉強出来るねぇ。 さなえ いつもちひろに邪魔されてますから、こういうのは慣れてるんです。 卓郎  成る程。 ちひろ 納得してないで助けてください! 卓郎  でも。 さなえ しばらくそうやって反省したらいいじゃない。 卓郎  って言ってることだし。 ちひろ ごめんなさい出してくださいお願いします、この通り。 さなえ この通りって言われても、見えないからねぇ。 ちひろ 鬼、悪魔! 人でなし。 卓郎  散々言われてるよ? さなえ それも慣れちゃいましたから。 卓郎  どんな日常会話してるのよ。 ちひろ ホントお願いします、出してくださいってば。卓郎さーん。 さなえ ご指名ですよ? 西原さん。 卓郎  そのコンパスの先をコッチに向けながら言うのはどうだろう? ちひろ 漏れる! 漏れちゃうってば! 卓郎  って言ってるけど? さなえ 漏れても死んだりしないでしょう? ちひろ 死ぬよりも大事な物だってあるでしょうが! そういうのん守りたくて飛行機に爆弾のっけて突っ込むヤツだって居たんでしょうが! さなえ じゃあ、ロッカーの中で爆弾のっけて爆発すればいいじゃない。 ちひろ あー、何か尿瓶的なもの! 何か尿瓶的なもの! 卓郎  ここに空き缶ならあるけど、どう? ちひろ あ、それならバッチシですね! じゃなくて、開けてよ!  卓郎  さすがに開けてあげてもいいんじゃない? さなえ しゃーない、西原さんがそう言うなら今日のところはこの辺で。 ちひろ まってー、今開けたらちょっと大変なことになるからちょっと待ってー! さなえ ダメダメ、車は急には止まれないって言葉があるじゃないの。 ちひろ 関係ないじゃん! 車関係ないじゃん! さなえ 尿意は急には止まらないって言葉があるじゃないの。 ちひろ うわー、もうダメ、ホントもうダメ。お父さんお母さんごめんなさい。 卓郎  修羅場だね。 さなえ もう覚悟決めちゃってそこでやっちゃったら? ちひろ この冷血女、性悪。ブサイク! 卓郎  最後のひとつ関係なくね? さなえ (ロッカーを小さく開いて)はい、尿瓶的な何か。 ちひろ ありがとう! 出来れば何かBGM的な何かを流してくれると助かるんだけど。 さなえ そうね、音が聞こえちゃったら恥ずかしいからね。 ちひろ 流石、良くわかってる! さなえ 長い付き合いだからね。じゃ、西原さんお願いします。歌ってください! 卓郎  ナニをよ? さなえ 君が代でもなんでもいいですから。 ちひろ もう限界、隊長、水門突破は間も無くです! さなえ そうか。さあ、西原さん、時間がありません。早く! 卓郎  はい! きーみーがーあー、よーおーはー、     あれ、この後の歌詞ってなんだったっけ? ちひろ 歌うのやめないで下さいってばー!      ちょろちょろと情け無い音が流れて(演出によっては無視しても構わない) 3   某演劇部の部室。片付く気配はない。   ちひろと卓郎がいる。 卓郎  ちひろちゃん。 ちひろ 最悪。 卓郎  最悪なのは尤もなんですけど、 ちひろ 最低。 卓郎  その件については悪かったよ。 ちひろ 最なんたら。 卓郎  ごめんよ。 ちひろ 許しませんから。 卓郎  だってさ、いきなり君が代歌えなんてさ。無理だって。 ちひろ そんなの関係アリマセン。 卓郎  歌えないよー。だって俺、広島出身だもん。 ちひろ 知りません。 卓郎  あのさ、俺の先輩にいたんだけど、本番の最中に舞台袖でペットボトルに小便した人がいるんだけど ちひろ フォローになってません。 卓郎  だよねー。 ちひろ もうめっちゃ傷付いたんですから。 卓郎  ごめんねー。でも、俺何も聞いて無いから。 ちひろ 何もって何をですか? 卓郎  ほら、音とか。 ちひろ 聞いてるでしょ。 卓郎  聞いてないよ。 ちひろ 聞いてる、絶対聞いてる。 卓郎  聞いてないってば。 ちひろ 聞いてるでしょ。ちょろちょろって聞いてるでしょ! 卓郎  ちょろちょろなんて可愛らしい音でもなかったよ! ちひろ うわ。 卓郎  うわ。 ちひろ 最悪。 卓郎  ゴメンってば。   そこへ、さなえがやってくる。 さなえ よ、チョロチョロ娘。 ちひろ うわ、酷い。 さなえ 事実なんだからしょうがないでしょ。 ちひろ しょうがなくても言っていいことと悪いことがあるでしょうが。 さなえ はいはい。 ちひろ …… 卓郎  どこ行くの? ちひろ トイレです。   ちひろ、出て行く。 卓郎  さなえちゃん、あれは酷くない? さなえ あのくらい普通ですよ。 卓郎  でも、 さなえ あーいうのは下手に出たら付け上がるんですって。 卓郎  だからって、上手に出ればいいってモンじゃないでしょう。 さなえ そんなに気になるんですか? 卓郎  そりゃ、やっぱりね。 さなえ 西原さん。 卓郎  ん? 何? さなえ ちひろの事好きなんですか? 卓郎  ぐほぁ! 何言ってんの! さなえ もしそうならどん引きなんですけど。 卓郎  違うよ、違うってば。 さなえ ざざざざざ 卓郎  何? さなえ どん引き。 卓郎  ホント、違うって! さなえ 犯罪ですよね。 卓郎  なに言ってんの! 俺はあくまで外部指導員としてね? さなえ そこまで慌てなくてもいいですってば。ま、そこまで気になるならやってみましょうか。 卓郎  何を? さなえ ま、見ててください。   タイミングよく、ちひろが戻ってくる。 さなえ ちひろ。 ちひろ …… さなえ ちひろってば。 ちひろ ん。 さなえ ごめんね、さっきは。 ちひろ 許さない。 さなえ だからゴメンってば。 ちひろ 絶対に許さない。もう、一緒に演劇やってくれるまで許さない。 さなえ 分かった、分かったから。 ちひろ ホントに? さなえ ホントに。 ちひろ ホントにホントに? さなえ ホントにホントに。 ちひろ よっしゃあ! 卓郎さんやりましたよ! ついに、ついに悲願達成です。さ、台本何やろうっかな。二人芝居だし、ネットで落としてきてもいいしな。あ、あたしの書いたやつにも二人芝居あるんだよ? ちょっと読んでみようよ。感動しちゃうよー。 さなえ だれが演劇するって? ちひろ え? さーちゃんが。 さなえ しないよ。 ちひろ え? だってさっきするって。 さなえ 言ってません。だれも演劇するなんて一言も言ってないでしょ? ちひろ だって、さっきの話の流れじゃ…… さなえ そりゃちひろの勘違いじゃないの? ちひろ うわ、酷い。もてあそんだのね。 さなえ (卓郎に)という感じです。 卓郎  よく分かりました。 ちひろ え? 卓郎さんもグルなわけ? グルグルなわけ?     あーもう、くやしー。卓郎さん! 卓郎  はい! ちひろ 作戦ナンバー13、発動です! むー、ミュージックスタート!   音楽!   踊りだす卓郎とちひろ 卓郎  E ちひろ E 卓郎  N ちひろ N 卓郎  G ちひろ G 卓郎  A ちひろ A 卓郎  I ちひろ I 卓郎  ENGAI。エ・ン・ゲ・キ! ちひろ エ・ン・ゲ・キ! 卓郎  演劇やろうぜ! ちひろ 演劇やろうぜ! 卓郎  爆発しようぜ! ちひろ どっかーん! 卓郎  演劇やらない? ちひろ 演劇やらない? さなえ やりません。 卓郎  ENGAI。演劇最高! ちひろ 演劇最高! 卓郎  演劇最高! ちひろ 演劇最高! さなえ うるさい! 卓・ち はい…… さなえ それから、ENGAIって、演劇じゃなくてエンガキだから。 ちひろ あう。 ちひろ 作戦ナンバー5!   大会まであと53日。     雑然とした部室に、三人が居る。さなえは勉強している様子。   その脇をちひろと卓郎が固めている。ふたりはぼそぼそと喋っている。 ちひろ サインコサイン 卓郎  寺山修司 ちひろ いい国作ろう 卓郎  寺山修司 ちひろ ありおりはべり 卓郎  寺山修司 ちひろ ハチ公最後の恋人 卓郎  寺山修司 ちひろ スイヘーリーベー 卓郎  寺山修司 ちひろ ケニアの首都は 卓郎  寺山修司 ちひろ 鳴くよウグイス 卓郎  寺山修司 ちひろ ダーリンは 卓郎  寺山修司 ちひろ 世界の変態 卓郎  寺山修司 ちひろ 世界の奇才 卓郎  寺山修司 ちひろ 二つ名は鋼 卓郎  寺山修司 ちひろ 二本で千円 卓郎  寺山修司 ちひろ 萌えの伝道師 卓郎  寺山修司 ちひろ 石油大国 卓郎  寺山修司 さなえ ブルネイダルサラーム…… ちひろ ブルネイダルサラームの首都は さなえ ハンダルスリプガワン ちひろ 寺山修司って言ってよう!   本番まで23日。   雑然とした部室にちひろと卓郎。 卓郎  ちひろちゃん ちひろ 何も言わないで下さい 卓郎  ちひろちゃん ちひろ だから何も言わないで下さい。 卓郎  もうさすがに大会出場って無理でしょ? ちひろ 言わないでって言ってるのに。 卓郎  書類提出もままならないのに、ココまで引っ張って。 ちひろ 大丈夫ですってば。 卓郎  その自信はどっからくるのやら。 ちひろ ここ最近どこの演劇部も部員不足で、書類提出に多少の不備があっても保留ってことで通るんです。 卓郎  通るって言ったって限度があるでしょう。参加しますの一言でよくココまで引っ張ってこれたと思うよ。 ちひろ 無理を通せば道理が引っ込む。 卓郎  でもそろそろはっきりさせないと、地区大会の運営だって混乱しちゃうしね。 ちひろ 何ですかその大人の対応は。 卓郎  事務局から言われてるんだよ。出るか出ないかはっきりしてくれって。 ちひろ 出ます出ます出ますとも! 卓郎  でもさなえちゃんがねえ…… ちひろ 事後承諾で行きます! 卓郎  それで承諾取れなかったら悲惨なことになるけど? ちひろ とりあえず先のことは考えないようにします。 卓郎  考えておいたほうがいいんじゃないかな? ちひろ 大丈夫です! さーちゃんだって、この爆発しそうな情熱に心動かされるはずですから! 卓郎  じゃあ、爆発して。 ちひろ どっかーん! 卓郎  やっぱり無理だと思うんだけど。 ちひろ 何言ってるんですか、弱腰な。もっと強気でいかなきゃだめですよ。 卓郎  あのね、ちひろちゃんが演劇好きなのは良く分かったからさ。 ちひろ 分かってるなら一緒にさーちゃん説得してください。 卓郎  それもそうなんだけどね。好きだから考えなきゃいけないこともあるんじゃないのかな? ちひろ ……もう少し、待ってもらっていいですか? 卓郎  もう大分待ってる気がするけど、 ちひろ 地区大会当日まで、待ってもらっていいですか? 卓郎  ちひろちゃん(もっと真剣に……) ちひろ 分かってます。分かってますから……   地区大会まであと7日   さなえを挟んでちひろと卓郎。   卓郎はなんだか意味のないハミング。ちひろはさなえを説得。 ちひろ さーちゃん、覚えてる? さなえ 全然。 ちひろ あんなことこんなことあったでしょ? さなえ 全然。 ちひろ 公演もいっぱい打ったよね。 さなえ 二回だけね。 ちひろ 凄い密度の高い二回だったのね。 さなえ 一回はやる気のない先輩方とグダグダの地区大会。 ちひろ あたしもさーちゃんも初舞台だったのよねー。 さなえ その台本が救いようのないくらいの駄作で。 ちひろ 駄作とまではいかないんじゃないかなー。 さなえ しかもネット台本。 ちひろ 先輩が持ってきたんだよね、あれ。 さなえ 天使と死神とアンドロイドが出るお話ね。 ちひろ あれはあれで面白かったと思うけど…… さなえ 二回目はお客のいない文化祭公演。 ちひろ 一人いたじゃん! さなえ 顧問までカウントしてりゃ世話ないわね。 ちひろ あたしとさーちゃんだけで作った芝居じゃん。そんな悪く言うことないじゃん。 さなえ 作・演出・出演・舞台監督・その他もろもろあんた。 ちひろ あの時はがんばってたなー、あたし。 さなえ そして自滅。 ちひろ ……率直に言おう。 さなえ 演劇はしません。 ちひろ なんでよう。そんだけいろいろ覚えてるのに何でしてくれないのよう! ホントはやりたいんでしょ? さなえ 全然。 ちひろ 全然? さなえ 全く。 ちひろ 全く?   さなえは机に向かう。ため息をつくちひろ。   卓郎のハミングが間抜けに響く。 4   地区大会終了日。さなえは、一人で勉強している。   そこへ、ちひろがやってくる。 ちひろ また勉強? さなえ そっちこそ、まだ演劇? ちひろ うん。 さなえ 地区大会観に行ったの? ちひろ うん。 さなえ 県大出場はやっぱり○○高校? ちひろ うん。二人芝居だった。 さなえ そっか。あたしらも出てたら可能性あったかもね。 ちひろ うん。 さなえ でも、あそことウチじゃ、レベルが違うか。 ちひろ うん。 さなえ 西原さんと一緒に行ったの? ちひろ うん。 さなえ 何か言ってた? ちひろ うん。 さなえ 何て言ってた? ちひろ うん。 さなえ ちひろ? ちひろ 出てって。 さなえ え? ちひろ 出てって。今すぐこっから出てって! 勉強するなら図書館行ってやりゃいいじゃないの! 何でココなのよ! さなえ だから、図書館遠いし。 ちひろ (財布を机にたたきつけて)はいコレ電車賃。コレ上げるから出てって! 今すぐ、直ちに、五秒以内で! さなえ ちひろ? ちひろ さーちゃんがそんなだから、あたしが馬鹿みたいじゃない。何でここにいるのよ。何で、どうして? さなえ いや、勉強。 ちひろ そんな勉強が好きなら、勉強と結婚すればいいじゃない! さなえ 好きとかそういうもんじゃないでしょうが。 ちひろ 出てってよ! さなえ どしたの? ちひろ さーちゃんなんていなけりゃ良かった! 馬鹿、馬鹿、山大B判定! さなえ あんた、子供かい。 ちひろ そうやって大人ぶってるさーちゃんには、あたしの気持ちなんて解らないんだから! さなえ あー、解りませんよ。解りませんとも。 ちひろ だから出て行って! さなえ あんたのその言い分も解らないけど。   さなえ、荷物をまとめて出て行こうとする。 ちひろ きっと、きっとだよ。あたし一人だけだったら、諦めもついたと思うんだ。 さなえ …… ちひろ でもさ、違うじゃん。さーちゃんいるじゃん。一人じゃ駄目でも二人なら何とかなると思うじゃん。 さなえ ちひろ。 ちひろ ○○高校の二人芝居、メチャクチャ面白かったんだよ。もう、そりゃ、悔しいくらいに。     あたし、30回くらい笑って、50回くらい泣いたよ。 さなえ 多すぎない? ちひろ 中には酷い高校もいたよ。始まって十分くらいで飽きちゃうような奴とかあったよ。     でもさ、 さなえ でもナニ? 上演したかったって? だったら、ちひろ一人でもやれたんじゃないの。 ちひろ 解ってるよ! そんな事は解ってるよ。 さなえ あんたいつもそう。肝心な所で度胸がない。やりたかったら一人でもやりゃいいじゃないの。 ちひろ …… さなえ 大体、演劇やりたかったら何も高校のクラブでやる必要なんてないでしょ。こんな片田舎にだって、劇団の一つくらいはあるんだから ちひろ でも さなえ 「でも、あそこは合わないから」って、どっかで逃げ道作って、 ちひろ でもそれはさーちゃんだって。 さなえ あたしだってナニよ。 ちひろ さーちゃんだって、同じじゃん。一応進学校だから、一応大学行こうとしてるだけじゃん。ウチの学校、進学校だけど、そんなに頭よく無いじゃん。     だから、山大なんでしょ。広大じゃなくて山大なんでしょ? さなえ それとコレとは違うでしょうが。 ちひろ 同じだよ。たまたま演劇部入って、たまたま好きになっちゃったから、そこで一生懸命やりたいのとどう違うの。 さなえ …… ちひろ あたし、やっぱり上演したかったよ。さーちゃんと、二人で。一緒に舞台に立ちたかったよ。     大会の順位とか、お客さんとか関係なくて、一緒にやりたかったよ。     ただ、それだけなんだよ。 さなえ …… ちひろ 解ってるよ。何が解ってるか解らないけど解ってるよ。でもさ、やっぱ欲しいもんは欲しいし、やりたい事はやりたいじゃん。 さなえ …… ちひろ そういうことだよ。   ちひろ、出て行く。取り残されるさなえ。カバンを置いてはみるけど、どうも落ち着かない。   そこへ、卓朗が入ってくる。 卓朗  やっぽー。いや、すごいねすごいね。高校演劇の地区大会って侮れないね。さなえちゃんは観に行かなかったの? さなえ はい。 卓朗  観に行けばよかったのに。いい気分転換になったと思うよ。 さなえ はい。 卓朗  今度、ちひろちゃんと三人で県大会行こうか? さなえ はい。 卓朗  …… さなえ はい。 卓朗  何も言ってないんだけど。 さなえ はい。 卓朗  どしたの? さなえ はい。 卓朗  ちひろちゃんと喧嘩でもした? さなえ …… 卓朗  へ〜、さなえちゃんでも喧嘩する事あるんだね。 さなえ 聞いてたんですか? 卓朗  そんな睨まなくってもいいじゃないの。 さなえ 悪趣味。 卓朗  だから、聞いてないって。 さなえ 外に、人の気配がしてたんですけど。 卓朗  気のせいじゃない? さなえ そういうことにしておきましょう。 卓朗  そうしてくれると助かる。 さなえ 助かる? 卓朗  え、いや、言葉の綾って奴だよ。 さなえ ちひろと一緒に行ったんですよね。 卓朗  地区大会? さなえ 何か、言ってましたか? 卓朗  気になるの? さなえ 全然。 卓朗  じゃ、教えてあげない。 さなえ 教えてくれなくても結構です。 卓朗  代わりに、俺のパンツの色とか教えてもいいんだけど。 さなえ 結構です。 卓朗  だよねぇ。さなえちゃんのパンツの色なら教えてもらってもいいんだけど、俺のはねぇ。 さなえ 当たり前です。 卓朗  で、何色? さなえ 履いてません。 卓朗  ひゃっほう! さなえ 馬鹿ですか? 卓朗  解ってるよ、そんなこと。   卓朗、地区大会のパンフを見始める。さなえ、相変わらずどうしていいかわからない様子。 卓朗  ……何も言わないんだよ。 さなえ え? 卓朗  ちひろちゃん、何も言わないんだよ。俺の隣で見てたんだけどね。休憩時間になっても、昼休憩になっても、演劇の事なんて一切言わないんだよ。 さなえ あの演劇馬鹿が? 卓朗  ただね。とても楽しそうに観ていたよ。ホント、馬鹿って言っちゃ悪いんだろうけど、馬鹿みたいにね。 さなえ そうですか。 卓朗  仕方ないよね。部員が少ない弱小演劇部なんだから。演劇やらずに卒業する演劇部員なんて日本中にゴロゴロいるんだから。んな事より、やらなくちゃいけないことってのもあるよね。 さなえ 西原さんまでそんな事言うんですか。 卓朗  仕方ないって踏ん切りつけるのもいい経験じゃない。それを子供みたく駄々こねたってしょうがないでしょ。 さなえ それを駄々こねるのがちひろなんですよ。 卓朗  さなえちゃん、何熱くなってんの? さなえ 熱くなんかなってません。 卓朗  ちひろちゃんは、さなえちゃんと演劇がしたかった。さなえちゃんは、それをするだけの時間と余裕が無かった。コレだけのことでしょ。 さなえ でも! でも、それを言ったら味気ないって…… 卓朗  さなえちゃんがいつも言ってるじゃないの。その味気ないこと。 さなえ でも 卓朗  でもナニ? さなえ 西原さんがそれを言ったら、誰がちひろの味方してあげるんですか? 卓朗  ん。 さなえ 馬鹿言わないでください。 卓朗  馬鹿言ってないよ、尊いんだよ。ただただ、尊いんだよ。その向こう見ずな真直ぐさとか、頭でっかちな背伸びとか、なんも知らないから言える事とか。な? 尊いだろ? さなえ わかりません。 卓郎  解らなきゃ解らないでいいんだ。今解る事じゃあないんだから。 さなえ …… 卓郎  ほら、さなえちゃんはさなえちゃんで自分の事やってた方がいいんじゃないの? 山大B判定なんでしょ? さなえ ほっといてください。 卓郎  大丈夫。全部ウマくなる様になってんだから。 さなえ 西原さん、ときどき先生みたいですね。 卓郎  悪かった? これでも昔は教師の卵だったんだから。 さなえ どうして、教師にならなかったんですか? 卓郎  ならなかったんじゃなくて、なれなかったんだよ。そ、性根が腐ってるからね。 さなえ 諦めちゃったんですか? 卓朗  どうかな。 さなえ 諦めちゃっていいんですか? 卓朗  それは、ちひろちゃんに言ってあげた方がいいんじゃない? さなえ 大人って都合の悪い事はみんなはぐらかすんですね。 卓朗  違うね。俺がまだまだ子供だからはぐらかすんだよ。 さなえ またはぐらかしてます。 卓朗  そうだね。解っててやってるからね。 さなえ 高校生の頃からそんなだったんですか? 卓朗  高校生の頃は、そりゃ、生真面目だったよ。猪突猛進、直線でアクセル全開、カーブで事故る。 さなえ 駄目じゃないですか。 卓朗  駄目なのがいいときもある。 さなえ やっぱり解りません。 卓朗  さなえちゃんも山大教育へ猪突猛進、アクセル全開してるじゃないの。 さなえ カーブで事故るって言いたいんですか? 卓朗  そんなんじゃないよ。そんなんじゃない。 さなえ そうですか? 卓郎  それよりも、追いかけなくていいの? さなえ あたしですか?まさか。 卓郎  こういうとき大抵ベタな展開として追いかけちゃうってのが筋だと思うんだけど。 さなえ 演劇の見すぎじゃないですか? 卓郎  だね、現実じゃそう都合よく行かないよね。 さなえ 行きませんよ。 卓郎  そうだよね。 さなえ そうですよ。 卓郎  だよね。 さなえ 勉強しますから。 卓郎  そうそう、勉強した方がいい、勉強の方が大事だよね。そうだよね、そっちの方がリアルだよね。     思わず追いかけちゃうって選択肢は今時の高校生には無いよね。 さなえ 無くは無いですけど。 卓郎  無いことは無いよね。そうだよね、選択肢くらいはあるよね。幾らなんでもそこまでドライじゃないよね。     ただ、実際追いかけちゃう自分を想像するとありえないって思っちゃうだけだよね。 さなえ 用が無いなら出て言ってもらえませんか?勉強するんで。 卓郎  勉強するなら他所でやってもらえるかな。ここ、演劇部の部室だから。 さなえ 西原さん、ココだから勉強していられるんですよ? 卓郎  …… さなえ ココ以外の場所だと手に付かないんです。可笑しな話ですよね。     図書館とか教室とか、それらしい場所だってあるのに。     ダメなんですよね。勉強しなきゃいけないはずなのに、勉強できる場所がダメなんて。 卓郎  別に場所で勉強するわけじゃないでしょ? さなえ そうなんですよ、そうなんですけど。少し、 卓郎  少し、 さなえ ちひろに悪いじゃないですか。 卓郎  悪くないんじゃない? それだけ演劇が好きって事じゃないの。 さなえ 違いますよ。ここが好きなだけです。 卓郎  それもまた、いいんじゃない? 演劇が好きなのも演劇部が好きなのも大して変わりないんじゃない?     少なくとも弱小演劇部にとっちゃ、そこまで違いないと思うけど?     ねえ、さなえちゃん。 さなえ 何ですか? 卓郎  そういうのんをちひろちゃんに言ってあげたらどう? 下手な演劇よりもよっぽど感動できるよ? さなえ 感動するために小芝居やるなんて不毛ですから。 卓郎  そうだね。小芝居なら不毛だね。小芝居ならね。 さなえ 何が言いたいんですか? 卓郎  何も。   卓郎、ぶらりと出て行く。取り残されるさなえ。   勉強しようと机に向かうが集中できない。   ふと、目に入った台本を何でもいいから取ってみる。   ぱらぱらと目を通すでもなくページをめくる。   それを置いて、部室を出て行く。 5   相変わらずきったない部室。   さなえが一人でいる。勉強している風でもなく、誰かを待っている様子。   ちひろがやってくる。 さなえ よ。 ちひろ …… さなえ 無視するなんて酷いね。 ちひろ (無愛想に)よ。 さなえ よ。 ちひろ 今日は勉強しないの? さなえ 心配しなくてもこれからするところよ。 ちひろ 別に心配してないけど。   さなえ、鼻歌を歌いながらノートやら教科書やらノートやらを出していく。 ちひろ 機嫌よさそうだね。 さなえ まあね。 ちひろ 鬱陶しいのがいなくなったからね。 さなえ どうかな。 ちひろ 鬱陶しかったでしょ? さなえ 慣れたもんよ。   さなえ、鼻歌で君が代を歌ってみる。 さなえ 君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて ちひろ どしたの? さなえ あんたの世界がずっとずっと続けばいいのに。 ちひろ (きょとん) さなえ 君が代の意味。こういう感じでしょ? ちひろ (きょとん) さなえ あんたの世界がずっとずっと続けばいいのにね。このままずっと続けばいいのにね。 ちひろ どしたの? さなえ 後輩入らなかったから、つぶれちゃうよねー。 ちひろ え? 世界って演劇部のことなの? え? あたしの世界結構みみっちい? さなえ 違った? ちひろ ……違わない。多分。 さなえ ごめんね。 ちひろ え? さなえ ごめん。 ちひろ え、何? どうしたの? さなえ ごめんなさい。 ちひろ 分からないよ。どうしたの。 さなえ 昨日……ごめん。 ちひろ どしたのさ。いきなり。え、泣いてる? さなえ なんかいろいろごめん。 ちひろ え、いいよ。そんな謝らなくたって、むしろあたしの方こそごめんだし。 さなえ …… ちひろ さーちゃん? さなえ あー畜生! 結構感動できちゃうもんだなぁ! もう、腹立つったらありゃしない! ちひろ いやいや、泣いたり怒ったり訳わかんないよ。どうしたのさ。 さなえ 口でうまく説明できないから泣いたり怒ったりするんでしょ? ちひろ そりゃそうだけど。 さなえ あー、あー、あー、生麦生米生ビール! かえるぴょこぴょこ合わせて何ぴょこ! 隣の客は良く食う! ちひろ どしたの、さーちゃん。 さなえ 見れば分かるでしょ、ストレス解消。 ちひろ 演劇やるの? 発声なんかしちゃって。 さなえ 勉強しますよ、これから。 ちひろ じゃ、問題集貸して。 さなえ 何よ、パクって逃げるつもりじゃないでしょうね。 ちひろ そんな人道に外れたことはしませんよーだ。 さなえ したよね。三回。 ちひろ いいから貸してってば。   ちひろ、さなえの問題集をパクって勉強し始める。 さなえ あんたこそ何やってんの? ちひろ 見れば分かると思うけど? ストレス貯蓄。 さなえ 意味がわかんない。 ちひろ 山大ってさ、何学部があるんだっけ? さなえ 一通りあるけど、それがどしたの? ちひろ よし。さーちゃん、あたし山大受けるね。 さなえ はぁ? ちひろ そしたら、また一緒に演劇しよう。 さなえ そういうことは受かってから考えたら? ちひろ まずは手始めにこの問題集からね。よーし、 さなえ (苦笑) ちひろ ブルネイダルサラームの首都はっと、 さなえ ちょっと、問題集に直接書き込んだら後が使えないじゃないの。寺山修司って書くな!   さなえ、問題集を奪い返そうとする。ちひろはそれに抵抗。   卓郎がやってくる。二人はそれぞれ卓郎に加勢を求める。   雑然とした部室がにぎやかさに包まれ。 幕