「いつもいつも」をするために 登場人物 文藝部員1トミー=富田篤志(とみたあつし) 文藝部員2モノ=諸積規絵(もろづみのりえ) 文藝部員3リン=丹波京子(たんばきょうこ) 新入部員 ピーちゃん=城西幸子(しろにしゆきこ) 1   とある、高校の文藝部の部室。   雑誌、漫画、その他の駄文雑文が散乱している。   俗に言う汚い部室。   トミー、モノ、リン、何かの作業中。かなり忙しそうに見える。   どうやら大掃除らしい。 トミー  おい、モノ。それ取って モノ   何? トミー  それだよ。 モノ   だからそれって? リン   ホッチキス? トミー  そう、それ。 モノ   今何時? トミー  そうね、大体ね。 リン   12時32分 トミー  もうそんな時間? モノ   何時から? リン   一時半から モノ   ウッソ。後一時間? トミー  正確には、58分。 モノ   そんなこと分かってるわよ。ほらほら、急がないと。 リン   急いでます。 トミー  同じく。 モノ   そう、それなら良いんだ。(と、くつろぐ) 二人   お前が動け! モノ   分かってます。 リン   それ取って トミー  誰に言ってんの? リン   あんたしかいないでしょう。 トミー  はいはい、これ? リン   そうそう。 モノ   リンちゃん、これ、ここで良い? トミー  そりゃ、そっちだろ。 モノ   トミー君には聞いてません。 リン   そっちの棚に。 モノ   ありがと、リンちゃん。 トミー  うわ、汚い。 モノ   どしたの? トミー  ここの裏、凄い事になってる。 リン   どれどれ。ウァ…… モノ   みなかった事にしましょう。 トミー  そうだな。 リン   それはそうと、この液体は? モノ   トミー君の飲みくさしでしょ。 トミー  俺じゃないよ。 リン   あんた以外に誰がいるのよ。飲みくさし一号、ちゃんと始末してね。 トミー  一号って、何号まであるんだ? リン   四号まで。 モノ   何か浮いてるよ。 リン   最悪。 トミー  ひと夏の、思い出だな。 リン   意味が分からん。 トミー  ほら、こうやってキャップを開けると、夏の甘い匂いが鼻をついて      おえ……(と、キャップを締める) モノ   今、一瞬、夏みかんよりすっぱい臭いがしたけど? リン   夏みかんなんて甘いものじゃないわよね。 トミー  ほら、懐かしいだろ? モノ   その異臭で、何を思い出したの? トミー  いや、思い出すより先に、今日の朝飯が出そう。 リン   ちょっと、何やってるのよ。 トミー  気分悪い。 モノ   まあまあ、お茶でも飲んでゆっくりと(と、飲みくさし二号を渡す) トミー  ありがとう。って、これ違うじゃん!飲みくさしじゃん!      おえええええ…… リン   吐くんだったら、トイレにしてね。 トミー  鬼、悪魔! モノ   善意だって。 リン   トミー、そこのダンボールとって。 トミー  無理です。 リン   ったく、使えない。 モノ   まあまあ、リンちゃん。トミー君だって好きで役立たずなわけじゃないんだから。 トミー  モノ、お前が一番ひどい。 モノ   善意だって。 リン   ほら、窓開けてあげるから。これで少しは楽になるでしょ? トミー  ありがと。 モノ   リンちゃん、これそっち? リン   それ、あっち。 トミー  しかし、本当に文芸部なんかね? リン   文芸部でしょ? トミー  ほら、持ち物がね。野球ボールとか。 モノ   昔からあるもんね。 トミー  スコップ、帽子、帽子、帽子… リン   モノ、こんなに集めて、何に使うつもり? モノ   被るためでしょ? トミー  帽子、集めるのは良いけどさ、なんで部室に置くの? モノ   ほら、被ってくるでしょ。で、部室で脱いで、忘れちゃうのよ。 トミー  何か、ビニール傘と同じような扱いだな。 リン   ま、それ言ったら、トミーだって。      コントローラー、何に使うのよ。 トミー  ゲーム。 モノ   コントローラーだけで? リン   ちゃんと、仕分けしないと、じゃんじゃん捨てるからね。 モノ   そうそう、じゃんじゃん。 リン   ちょっと!何してんのよ! モノ   え? トミー  モノ、今おまいが捨ててるの、リンのだぞ。 モノ   このガラクタが? リン   ガラクタ言わないでよ。文芸部にあるものの中で一番まともなものでしょ。 トミー  70年前の広辞苑が? リン   おじいちゃんの形見よ! モノ   けったいな形見だね。 リン   捨てること無いでしょう! トミー  まあまあ、モノも悪気があって言ってるわけじゃないんだし。 リン   それは、分かってるけど。 モノ   善意でやってることですから。 二人   それは違う! モノ   ごめんね。「小学生にも分かることわざ辞典」とか、使わないと思ったから。 リン   それ、小学生の時の誕生日プレゼント。 モノ   けったいなプレゼントだね。 リン   事実だけど、はっきり言われるとむかつくわ…… トミー  このダンボール、リンの? リン   何で? トミー  いや、リンって書いてあるから。 モノ   中、開けてみれば? リン   ダメ、絶対ダメ! トミー  こんな事やってるから、片付かないんだよな。 リン   まあ、一時半になったらすぐに来るって分けじゃないだろうけど。 モノ   新入部員? トミー  ホントに来るの? リン   来ないんじゃない? トミー  そんなに酷かったの?クラブ発表。 モノ   ちゃんと、はっきり喋ったよ。 リン   それはよく出来ました。 トミー  ちょっと、やってみてよ。 モノ   「コンニチハ、私たち文芸部は本を読んだり書いたりしています」 トミー  うん、それで? モノ   おわり リン   文芸部の説明が一番文章捻ってなかった…… トミー  もっと、詳しい説明とかしなかったの? モノ   何?「私たち文芸部は、本をあまり読みません。読むのはもっぱら漫画です」って言えば良いわけ? トミー  ほら、嘘も方便って言うじゃん。 リン   嘘も方便って、どういう意味だっけ? モノ   はい、「小学生にも分かることわざ辞典」 リン   ありがと。 トミー  そんな調べものやってる場合じゃないだろ。 モノ   はいはい。 トミー  モノ、それ取って。 モノ   リンちゃん、それ取って。 リン   はい。 モノ   はい。 トミー  ありがと。 リン   製本テープってどこだっけ? トミー  そっちの、棚。 リン   そっちじゃ、分からんでしょう。 モノ   この棚の下から三段目。 トミー  モノ、今何時? モノ   リンちゃん、今何時? リン   1時35分。 トミー  早ッ! モノ   嘘、どうしてそんな時間立つの早いのよ! リン   ゴメンゴメン、間違ってた。12時35分。 モノ   ビックリしたー。 トミー  でも、こっちの時計は、1時35分だけど? リン   え? モノ   そっちの時計、壊れてるから。 トミー  秒針、元気に動いてるけど。 リン   え? モノ   ちょっと、時報聞いてみる。 リン   もし、1時だったら12時にしろって言っといて。 モノ   うん、分かった。…どうやって? トミー  自分で考えれば? モノ   (携帯で、時報を聞く) リン   多分、その時計、ちょっとおかしいのよ。 トミー  リンの時計が狂ってるってこともあるんじゃない? リン   天地天命に誓ってない。 モノ   あ、1時34分ですか。それなら、12時にしといてもらえますかね。 トミー  天地天命に誓ってないんじゃなかったの? リン   多少、狂うこともあるのよ。人間だからね。 モノ   あ、そうですか。無理ですか。      (笑って)リンちゃん、無理だった。 リン   (笑う)やっぱね、無理よね。 トミー  (笑う)時報と会話してどうにかなるんだったら、簡単なんだけどな。 リン   (笑う)ってか、時報に話しかける人始めてみた。 モノ   (笑う)じゃ、あたしが時報のパイオニアね。 三人   ハハハハ……      やべぇよ!   と、メチャクチャハイスピードで動く三人。 トミー  リン、それ。 モノ   リンちゃん、それ。 二人   それそれそれそれそれそれそれそれ…… リン   自分で取ってください。 モノ   机運ぼう。 トミー  おうよ。 リン   昔の冊子は? トミー  捨てとけば? リン   何言ってるのよ。 モノ   20年も前の冊子だからね。 リン   どんなに古くても、冊子は冊子。大事に保管しないと。 トミー  と言いながら、一番隅っこに追いやるのはどうだろう。 モノ   リストラ候補の扱いみたいだね。 リン   どうせ読み返したりしないんだから。 トミー  確かに。 リン   そろそろ、勧誘したほうがよくない? トミー  いつもの外回り? モノ   でも、それで来た為しがないじゃない。 トミー  去年は、三人で回ってもダメだったもんな。 モノ   ビラまで配ったのに。 リン   去年と今年は別でしょ。じゃ、あたし行って来る。 モノ   じゃあ、ついでに飲みくさし君も捨ててきて。 リン   何でよ。トミーにやらせればいいじゃん。 トミー  ついでだから、いいじゃん。 モノ   片づけがしんどいからって、抜けるんだからそのくらいはやってもらわないと。 リン   あ、モノ、あたしをそんな人だと思ってたの?なんかショック。      もう、それ捨てにいけない。 モノ   違わないんでしょ? リン   捨ててきますよ。捨ててくれば良いんでしょ。 トミー  待った! リン   まだ何かあるの? トミー  一度、臭いを嗅いでおいたほうがいい。 リン   嫌よ。 トミー  絶対、初めてじゃ吐くから。 モノ   そんなに凄いの? トミー  凄いなんてもんじゃない。 モノ   どんくらい? リン   聞かないでよ。 トミー  化学の実験でアンモニア使うでしょ? モノ   ああ、あのくさい奴。 リン   くさいっていうより、痛いわよね。 トミー  あれに、くさやと納豆と公園の仮設トイレの臭いを加えたような凄さ。 リン   脅かさないでよ。 トミー  ホントだって。悪い事言わないから、一旦臭ってた方が良いって。 リン   鼻つまんで捨てるから、大丈夫だって。      じゃ、行って来ます。 モノ   行ってらっしゃい。 トミー  無事に帰って来るんだぞ。 リン   大げさな。   リン、出て行く。 トミー  大げさじゃないのに。 モノ   (昔のプロットとそして一枚の手紙を見つける) トミー  どしたの? モノ   (手紙のほうを隠して)何でも。トミー君、それ取って。 トミー  これ? モノ   ありがと。 トミー  モノ、休んどきなよ。ずっと動きっぱなしだろ? モノ   それ言ったら、トミー君だって。 トミー  俺は、ちょっと休んだから。 モノ   じゃ、遠慮なく休ませて貰おうかな。 トミー  そうしなよ。 モノ   あ、そうそう、昔のプロット発見したんだけどね。 トミー  誰の? モノ   トミー君の。 トミー  タイトルは? モノ   きっとどこにでもある物語。 トミー  ちょっと、それ、一年のときのじゃん。どこ、どこ?   モノ、手にしたプロットをおもむろに読み始める。 モノ   登場人物、神崎樹。どこにでもいる普通の高校生。 トミー  何読んでるんだよ! モノ   善意ですから。 トミー  小さな親切大きなお世話って言葉知ってるか? モノ   登場人物、城西幸子。どこにでもいる普通のロバ。 トミー  だから、読むなって言ってるだろう! モノ   善意ですから。 トミー  悪意以外感じられないよ! モノ   そもそも、何なの?ロバって。 トミー  こうすることによって、ちょっとしたシュール感を演出しようと、      じゃなくて、そもそも読むな! モノ   神崎樹君、どうやら文芸部に所属しているようです。      城西幸子さん、どうやら沖ノ島大学の三回生みたいですね。 トミー  いいかげんにしないと、怒るぞ。 モノ   怒ったらリンちゃんに言いつけるよ。 トミー  …… モノ   物語の始まりは10月。紅葉の色づく頃二人は出会った。 トミー  幸子は、教育実習の実習生として。そして樹は教え子として。 モノ   幸子は、放課後になると決まって文芸部の部室に顔を出しました。 トミー  幸子も高校の頃は文芸部だったからです。 モノ   これ、増村先生の事? トミー  樹は幸子ににんじんを与えました。 モノ   違うね。 トミー  毎日毎日、樹は部室で幸子ににんじんを与えました。 モノ   ロバは樹によくなつきました。 トミー  ロバって言うなよ、ロバって。 モノ   だって、ロバでしょ? トミー  幸子って名前があるんだ。 モノ   楽しい日々はあっという間に過ぎていき、二人は別れました。 トミー  再会はまた10月。舞台は秋(安芸)の宮島! モノ   の地下500メートル。 トミー  それ、本当に俺が書いたのか? モノ   いや、あたしのアレンジ。 トミー  そっか、良かったー。って、良くねえ!勝手にアレンジするなよ! モノ   だって、続き書いてないんだもん。 トミー  嘘、書いてない? モノ   プロットくらい完成させとこうよ。 トミー  モノに言われたくないな。   リン、駆け込んでくる。 リン   ああああ! モノ   どしたの? リン   おおおお! トミー  「あ」と「お」じゃ何言ってるか分からないから。 リン   この馬鹿!あれ、何?将軍様の陰謀?北の脅威ってこのこと? モノ   飲みくさし君? リン   「くん」なんて生易しいものじゃないわよ。あれは、凶器ね。 トミー  だから、慣らした方が良いって。 リン   そういうことは先に言いなさいよ! トミー  先に言ったじゃん。 モノ   そんなに凄かったの? リン   まずね、キャップを外したところでふっと立ち上るスメル。 モノ   スメル。 リン   それから、脳みそを揺さぶるような衝撃と心臓を鷲掴みにされたようなショック! トミー  そして、湧き上がってくる吐き気! リン   直腸から逆流してくるかのような吐き気! モノ   リンちゃん、一応女の子自覚したほうが、 リン   モノもちょっと体験すれば分かるから! トミー  そうそう! リン   さあ、三階の女子トイレに直行! モノ   えー。 リン   帰ってきたらポッキーあげるから。 モノ   行ってきます!   モノ、ダッシュで出て行く。 トミー  帰ってきてポッキーなんて食べれるわけないのに。 リン   それがねらいよ。 トミー  最悪。 リン   で、片付いてないけど、これはどういうこと? トミー  これには、ちょっと、深い理由があってね。 リン   どうせ、昔の作品でも引っ張り出して読んでたんでしょう。 トミー  鋭い。どこかで覗いてた? リン   そんな訳ないでしょう。何々、ロバ? トミー  幸子って言うんだけど、 リン   でも、ロバって書いてるわよ? トミー  ちょっとした出来心で。 リン   樹君がロバと出会って、別れて……ここまでしか書いてないじゃない。 トミー  そうらしいんだけど。 リン   よし、続き書こう。 トミー  掃除は? リン   どうせ、文芸部なんて何やってるか分からないようなところに来ないわよ。 トミー  そんな、投げやりな。 リン   じゃ、もしトミーがピカピカのフレッシュ一年生だったら文芸部に入ろうと思う? トミー  入ったから、今こうしているんじゃないの。 リン   普通は入らないの!文芸部って言ったら「根暗」「オタク」「ブスの集まり」って決まってるのよ。 トミー  ブスの集まりって、自分で言ってて違和感感じない? リン   物事に例外はつき物よ! トミー  物は言いようってことか。 リン   さ、トミーはモノ呼んで来て。 トミー  どうせ、すぐ帰ってくるよ。 リン   それもそうね。   と、モノの叫び声がだんだん近くなってきて、 モノ   ああああ! トミー  お帰り。 モノ   ああああ! リン   ポッキー食べる? モノ   ポポポポ!ウップ! リン   トミー、バケツ! トミー  これで良いか? モノ   (バケツに顔を突っ込む) リン   やっちゃったわね。 トミー  女の子のこんなトコ、始めて見た。 リン   恥ずかしいんだから、あんま見ちゃダメよ。 トミー  あ、うん。 モノ   まだやってない!う…… リン   背中さすろうか? モノ   インドネシアが見える。 リン   え? モノ   インドネシアの石油王が笑ってる。 トミー  どしたの? リン   ちょっと刺激が強すぎたみたい。 モノ   インドネシアの石油王がガソリン一気飲み。 トミー  コレステロールたまりそうだな。 リン   ガソリンでコレステロールはたまらないんじゃない? モノ   おめでとうございます。ガソリン一年分が当選しました。 トミー  それはそれで、嬉しいかも。 リン   で、どうだった?三階女子トイレのスメルは。 モノ   (固まる) トミー  固まったけど? リン   トミーちょっとゆすってあげて、   トミー、ちょっとゆする。 モノ   おおおお!   モノ、バケツを抱えてトイレに行こうとするが、途中でぴたっと止まる。 モノ   (さわやかに)初恋って酸っぱかったんだね。 トミー  意味が分からない。 リン   さ、モノも復活したことだし、続き書くわよ。 モノ   何?続きって。 リン   きっとどこにでもある物語。 モノ   ああ、あの途中プロット。 リン   二度目の再会は、やっぱり10月。 トミー  場所は巡り巡って地元沖ノ島! モノ   の沖500メートル トミー・リン …… モノ   やっぱり、幸子はにんじんを食べている。 リン   やっぱり、樹君は通りがかるのよね。 モノ   徒歩で。 トミー  それは無理だろ! モノ   徒歩で! リン   …そして、一人と一匹は急速に恋に落ちていく。 モノ   いいの? リン   いいの! トミー  人の作品だと思って、 リン   完成させてないあんたが悪い。 モノ   夕日をバックに抱き合う二人。 リン   しかし、所詮はロバ畜生。樹を蹴り飛ばすロバ。 トミー  スローモーションで吹っ飛びながら涙を流す樹。 モノ   涙が夕日にハレーションをおこしてきらきらと光る。 リン   ついでに、ロバのよだれもきらきらと光る。 トミー  倒れる樹、逃げてく幸子。 リン   ロバの背中を見ながら、樹は思う。 トミー  「あの背中を見失いたくない」と。 リン   夕日に向かって走りながら、ロバは思う。 モノ   「あの夕日、食えねえかなぁ?」 トミー  夕日は答える。全てを真っ赤に染めて答える。 リン   「無理ッス」 トミー  そして、不毛な追いかけっこは続いていく。 モノ   今何時? リン   掃除掃除。   三人、片付け続ける。どんどん日が傾いて、やがて夕方になる。 モノ   今何時? リン   4時 トミー  もう来ないんじゃない? モノ   じゃあ、廃部決定かぁ。 リン   縁起でもないこと言わないでよ。 トミー  でも部員が入らないことには。 リン   そうよね。   と、あわただしい足音が近づいてきて、 ピー   あの!どうも、コンニチハ!ハローハロー!いや、あの、どうも! 三人   どうも。 ピー   文芸部はこちらでしょうか? 三人   はい。 ピー   (手近にあったバットを持って)文芸部は? 三人   ここですよ。 ピー   (バットをもてあそびながら)そういえば、この高校って文芸部ありませんでしたね。 三人   おい! ピー   失礼しました。 トミー  ねえ!君、新入生でしょ。 ピー   はい。 トミー  (何か言おうとするのを制して)いや、何も言わなくていい。君の言わんとすることはもっともな事だ。 ピー   どうして文芸部の部室にバット…… トミー  そうだよね。文芸部の部室にバットあるのは不思議だよね。      でもね、想像力一つ働かせるだけで、この問題は解決するんだよ。 ピー   想像力ですか。 リン   そうよ。「あ、この人たちは今熱血高校野球モノを書いているんだなぁ」とか。 ピー   書いてるんですか? モノ   書いてないんだけどね。 リン   ま、折角来たんだから見ていったら? ピー   本当に文芸部なんですね? モノ   あたし文芸部のクラブ発表してたでしょ? ピー   入部したいんですけど。 トミー  オッケーオッケー モノ   オッケー牧場。 ピー   本当ですか?入部届けどこですか?ペンお借りしてもいいですか?      うわ、原稿用紙! モノ   そんな、興奮しなくても。 リン   ちなみに、あなた名前は? ピー   城西幸子です。お城の城に、方角の西って字で、城西です。 モノ   あら。 リン   じゃあ、幸せの子と書いて幸子? ピー   そうですけど、どうして分かったんですか? リン   こいつの作品に、全くの同姓同名が出てくるもんだから。 モノ   しかも、漢字まで同じ。 ピー   凄い偶然ですね。 モノ   ちなみに、にんじん好き? ピー   え、嫌いじゃありませんが。 リン   だって。 ピー   あの、先輩方のお名前は。 トミー  ゴメンゴメン。俺は富田篤志、トミーって呼んで。 ピー   英語、得意そうなあだ名ですね。 リン   ダメダメ、こいつ英語万年赤点だもん。 モノ   あたしは、諸積規絵、だからモノです。 トミー  いつも、モノトーンの服着てるから、モノね。 モノ   嘘?モロヅミノリエだから、モノなんじゃなかったの? リン   はいはい、ウチは丹波京子。みんなはリンって呼んでるわね。 ピー   どうして、リン先輩はリン先輩なんですか? リン   キャー、先輩だなんて恥ずかしい。 トミー  丹波だからタンバリン略して、リン。 ピー   安易ですね。 モノ   文芸部らしからぬ安易さでしょ。 トミー  しかし、君、地声大きいね。 ピー   そうですかね、あたしは普通だと思うんですけど。 トミー  よし、決めた。 リン   何を? トミー  君のあだ名。 ピー   ピーチクパーチクうるさいから「ピーちゃん」なんて、 トミー  良く分かったね。 ピー   本当に、そうなんですか? トミー  不満? モノ   「不満はありません、ただ、やっぱり安易だなぁと」 リン   何? モノ   代弁 ピー   (うなずく) トミー  不満がないなら、決定! ピー   えー!? モノ   やっぱり不満なの? ピー   いや、安易だなぁと。 リン   今時小学生もそんなネーミングしないと ピー   そこまでは言ってません! リン   はっきりと言っといたほうがいいと思うよ。 ピー   何をですか? リン   この馬鹿!その程度のセンスで小説書けると思ってるのか。それでも文芸部員か? ピー   だー!いやいやいや… トミー  じゃあ、ピーちゃんに決定。 リン   決定したわよ。 ピー   はい… モノ   さて、と。とりあえず入部届けにサインして。 トミー  名前の欄にはあだ名で書くように。 ピー   まずいですよ。 リン   まずくないまずくない。先生に見せないんだから。 ピー   なるほど。 リン   しっかし、城西幸子さんねえ。 トミー  あれからどうなったのだか。 リン   自分で書いといて、無責任な。 トミー  まあ、贋作放り出すのは芸術家の常でして。 ピー   はい。書き終わりました。 モノ   ご苦労様。 ピー   あの、トミーさんの作品って、どんなのですか?私と同じ名前のキャラクターが出てくるって仰いましたけど。 モノ   読みたい? トミー  止めとけ、 ピー   読みたいです。 トミー  止めとけって。 リン   いいじゃん。      はい、プロット…構想の段階だけれども、これ。 ピー   有難うございます。 トミー  俺たちは、もうひとふんばりするから。 ピー   作業ですか?手伝いますよ。 トミー  いいのいいの、 ピー   すみません。   トミー・モノ・リン、大掃除再開。ピーは、いすに座ってプロットを読む。 リン   とりあえずそれ、 トミー  はいはい。 モノ   これは? ピー   城西幸子…あ、ほんとに同姓同名。 モノ   そうそう、同姓同名。 ピー   (突然笑い出す) リン   そりゃ、笑うわ。自分と同姓同名のロバ見たら。 ピー   何ですか?これ。 トミー  きっとどこにでもある物語 ピー   どこにもないですよ。 モノ   言われてるよ? リン   ほらほら、掃除掃除。 ピー   にんじん(笑う) トミー  モノ、これ何? モノ   帽子、 トミー  帽子?これが? ピー   にんじん(笑う) リン   モノの私物はこっちね。 モノ   あ、あたし専用ダンボール。 トミー  俺専用ダンボールは? リン   無い。 ピー   ニンジンオブジョイトイ(大笑い) トミー  それは、書いてないだろ! リン   そんなに面白い? ピー   面白いです。 トミー  どこが面白いのか、作者にも分からん。 リン   良いじゃん、楽しんでくれてるんだから。 モノ   読まない本どうする? リン   古本屋へ直行。 トミー  日誌は? リン   本棚へ。 ピー   読み終わりました。 モノ   ご苦労様。 リン   良くあれだけ笑えるもので。 ピー   面白いんですもん。      トミー先輩の他の作品も読んでみたいんですけど、いいですか? モノ   ごめんね、無いんだ。 リン   取っておいたのはおいたんだけど、全部捨てちゃってね。 モノ   リンちゃん。 ピー   残念ですね。じゃ、リン先輩やモノ先輩の作品は? トミー  無いよ。書いてないから。 ピー   だって、文芸部って小説を書いたり読んだり。 トミー  良いたい事は分かるよ。 ピー   読んだり書いたり。 モノ   読書はするよ。 リン   漫画じゃん。 モノ   本を読むのが読書なら、漫画も本。だから読書。 トミー  それで、漫画が多いと言うわけで、 ピー   冊子とかは、発行しないんですか? トミー  四年に一回。 ピー   オリンピックじゃないですか! リン   冊子のタイトルが「五輪」だもん。 モノ   ウチの高校の文芸部って、代々書くの遅いのね。 ピー   …… モノ   想像と違うでしょ。 ピー   はい。でも、作品がたまったら、冊子発行できるんですよね。 リン   そうね。目安は大体15作品。 ピー   今、たまってる作品は? トミー  二作品くらいかな。 ピー   後、13作品ですね。 モノ   書くつもり? ピー   ほしがりません、書くまでは! リン   やる気みたいよ。 ピー   まず、手始めに一作品。ね、先輩。 トミー  俺? ピー   「きっとどこにでもある物語」 モノ   あれ、書くんだ。 トミー  いやいやいやいや…… リン   幸子さんもといロバの運命はいかに。 ピー   樹くんはやっぱりにんじんを持ちながら リン   ロバに蹴られた胸を痛める。 トミー  だから書かないって。 モノ   そして、引きこもり生活に入る。 トミー  入らない! モノ   百歩譲って、冬眠生活。 トミー  譲ってないだろ! ピー   春の訪れを待ちながら、めぐり合えた奇跡に感謝する。 モノ   ロバは未だに夕日を追いかける。 トミー  書かないからな。 リン   樹君は、ロバを通じて幾人かの友人を持つ。 モノ   引きこもり生活は? リン   それだと話が進まないでしょうが。 ピー   ときどき衝突する事もある。 モノ   その結果、喧嘩別れしてしまう事もあるだろう。 リン   それでも動かせない事実がある。 ピー   確かに、みんなロバが好きで仕方が無い。 モノ   だから、出会えた奇跡に感謝する。 リン   こんなんでましたけど? トミー  かけない。 ピー   どうしてですか? トミー  面白くないから。 リン   面白くなかった? トミー  面白いと思った? リン   全然。 モノ   ピーちゃん、笑ってたじゃない。 ピー   やっぱり、ピーちゃんなんですね…… モノ   決定したからね。 トミー  自分の面白くないと思ったものは書けない。 ピー   面白いと思ったのに… トミー  ありがとね。 リン   さてと、掃除掃除。 ピー   あたし手伝いますよ。 トミー  あ、でもそんなに手伝ってもらう事なんて… モノ   じゃ、三階の女子トイレに行って来て。 リン   ちょっと。 ピー   はい、行ってきます!   ピーちゃん、出て行く。 リン   鬼、 トミー  悪魔、 モノ   善意ですから。 2   数日後。モノとリンはやっぱり片付けている。 モノ   ピーちゃんは? リン   今日もおやすみみたい。 モノ   風邪? リン   吐き気。 モノ   大変だねぇ。 リン   辞めたらあんたのせいね。 モノ   リンちゃんひどいなぁ。 リン   酷いのはモノでしょうが。 モノ   元はといえば、リンちゃんが女子トイレにアレぶちまけたのがいけないんでしょ? リン   異臭騒ぎになってるらしいね。 モノ   保健室大盛況してたよ。 リン   消臭スプレーも効かないみたい。 モノ   あれ、消臭力、紫の液体がなぜか黄色に変色するんだって。 リン   うわぁ。   と、そこへピーちゃんがやってくる。 ピー   お久しぶりです。 モノ   あ、久しぶり。 ピー   リン先輩、お久しぶりです。 モノ   嫌われちゃった。 ピー   モノ先輩、酷いですよ!あれから凄かったんですから! リン   一応、部室で休憩して帰ったじゃない。 ピー   あの後、服に染み付いた臭いでやられちゃって。 モノ   あら。 ピー   「あら」じゃないですよ!自転車洗車するハメになったんですから! リン   それはそれは。   ピーちゃん、作品を書こうとする。 リン   あ、早速書くんだね。 ピー   家でも、少しずつ書いていたんですけどね。 モノ   どう?出来は。 ピー   難しいです。 モノ   気楽にやれば?あたしらだってそうしてるんだし。 リン   そうそう、ウチらものんびりやってるから。 ピー   先輩たちは、書かないんですか? リン   ん。まあ、ぼちぼち。 モノ   そうそう、ぼちぼち。 リン   それより、お好み焼き食べに行こう! モノ   ラーメンがいい。 リン   ピーちゃんはどっち? ピー   どっち?って、私も行くって決定ですか? リン   ダメかな? ピー   ダメとかそういうんじゃないんですけど。 モノ   決定しちゃうよ。ラーメンに、 リン   お好み焼きに決まってるでしょ。今日はお好み焼きの日なの。 二人   で、どっち? ピー   決定なんですね…… 二人   で、どっち? ピー   どちらかというと…   そこへ、トミーがやってくる。 ピー   私、作品書いてます。今日のところは遠慮しておきます。 リン   そういうのは遠慮って言うんじゃないんだぞ! トミー  何? モノ   ラーメンとお好み焼きの熾烈な戦い。 ピー   じゃなくって、 リン   ピーが、あたし達のこと嫌いなんだって。 ピー   んな事言ってません! モノ   ま、作品書くんじゃ、仕方ないよね。 ピー   他の事だったら仕方なくないんですか? モノ   聞きたい? ピー   いいです。 モノ   トミー君は、ラーメンだよね。 トミー  腹減ってないし、いいや。 リン   じゃ、行こうか。   モノ・リン、ラーメンとお好み焼きの熾烈な戦いを続けたまま出て行く。   取り残される、トミーとピーちゃん。 トミー  何?作品? ピー   ええ。 トミー  頑張ってるね。 ピー   先輩は書かないんですか? トミー  ……   トミー、ラジオをつける。   ピーちゃん、作品を書き始める。 DJ(声)  ハロー、ハロー、ミュージックボンボン!この番組は、リクエストに答えちゃった上にプレゼントまでしちゃうっていうとってもお得な番組です!      パーソナリティーはおなじみ、西田章人がお届けします。ここ最近、寒くなってきたけど、リスナーのみんなは風邪なんか引いてないかな。西田は、ちょっと風邪気味です。      それでは、今日の一曲目。…一曲しか流さないんだけどね。      沖ノ島郡に在住の『ロバの幸子さん』   ピーちゃん、トミーをみる。   トミー、ピーちゃんを気にしている。 DJ(声) リクエスト曲は、「帰ってきたヨッパライ」(変な曲で)      いいねー。渋いねー。 ピー   渋いですかね。   ラジオから曲が流れる。   気まずい雰囲気の中、曲が流れる。 ピー   先輩? トミー  何? ピー   いえ… トミー  沖ノ島在住の「ロバの幸子さん」だって、誰が付けたんだろうね。 ピー   それは…… トミー  俺じゃないよ。 ピー   ホントですか? トミー  俺の目を見たらいい。   トミー、ピーちゃん、見詰め合う。   BGMは「帰ってきたヨッパライ」 DJ(声) いやー、渋いねー。      では、「ロバの幸子さん」にはコアラのマーチ一週間分が送られます。      早速電話してみましょう。   トミーの携帯が鳴る。 ピー   電話ですよ? トミー  …… ピー   電話ですよ? トミー  …… ピー   取らないんですか? DJ(声) 出ないようですね。それでは別の方に… トミー  (勢い良く電話に出て)はい、もしもし!   トミー、しまったと言う顔。   ピーちゃん、そんなトミーを凝視。 DJ(声) もしもし、「ロバの幸子さん」ですか? トミー  そのような気もするし、そうでない気もする。 DJ(声) はい?あ、とりあえずプレゼント当たりました。 トミー  アリガトウゴザイマス。 DJ(声) では、いきますよ。キュッキュボンボン… トミー  …… DJ(声) 合言葉ですよ。忘れちゃいましたか?キュッキュボンボン… ピー   何ですか? DJ(声) 仕方ありませんね、それでは別の人に… トミー  キュッキュボンボンいっしゅうかーん! DJ(声) はい、それではコアラのマーチ、送っておきますから。それではまた来週!      「ロバの幸子さん」最後に何かメッセージを! トミー  ……どうにでもしてください。 DJ(声) ありがとうございまーす。では、また来週!   トミー、ラジオのスイッチを切る。   ピーちゃん、全てをみている。市原悦子並に全てを見ている。 トミー  ……いやぁ、ラッキイだったなぁ。 ピー   良かったですね。 トミー  ホントホント。電話番号、間違えちゃったんだね。 ピー   そうですね。 トミー  作品出来そう? ピー   ボチボチです。 トミー  ああ、ボチボチかぁ。 ピー   声、かすれてますよ? トミー  …… ピー   一つ聞いてもいいですか? トミー  何? ピー   コアラのマーチ、そんなに欲しかったんですか? トミー  いや…なんでそんなこと聞くの? ピー   必死だったから。 トミー  …… ピー   あまりにも健気だったから。 トミー  …… ピー   かわいそうになって、 トミー  ごめんなさい、勘弁してください!アレ、俺です。白状します! ピー   先輩、 トミー  何? ピー   あたしも好きですよ。コアラのマーチ。 トミー  うん、あげないよ。 ピー   … トミー  さて、と。(片づけをはじめようとする) ピー   あたし、手伝います。 トミー  いいよ、作品書いてたらいい。 ピー   あの、先輩? トミー  何? ピー   入部した日に、あたしぐったりしてたじゃないですか。 トミー  モノがね、悪乗りするから。 ピー   それで、帰りも不安だったから、なんか紙袋でもってそこら辺のもの手にとって帰ったんですよ。 トミー  ここ、紙袋あったっけ? ピー   袋になってませんでした。 トミー  でしょ。 ピー   それで、こんなのが混じってたんですけど。   ピーちゃん、手紙をトミーに渡す。 トミー  …… ピー   増村って、他にも部員いたんですか? トミー  先生。 ピー   ああ、顧問の先生。だからですか、いや、文章うまいなぁって。手紙なのに、詩みたいな物が書かれてあって。さすが文芸部の顧問ですね。 トミー  うん。 ピー   どうしたんですか?先輩。 トミー  何でもない。 ピー   (トミーから、手紙を奪って)文芸部の皆さんへ。トミー君、モノちゃん、リンちゃん、離任式の時はあまり話せなくてごめんね。      離任式? トミー  非常勤の先生だったんだよ。 ピー   トミー君の書きかけのお話、読ませてもらいました。きっとどこにでもある物語。 トミー  もういいでしょ? ピー   面白かったです。もし、書き上げたらまた読みたいな。 トミー  …… ピー   先輩、書かないんですか?書き上げたら読みたいって、 トミー  面白くないからね。 ピー   面白くないと思ったものは書けませんか? トミー  ピーちゃん、書ける? ピー   分かりません。 トミー  そうだね、分からないね。 ピー   面白いものは… トミー  何? ピー   面白いものは、いつになったら出来るんですか? トミー  いつになったら出来るんだろうね。      明日かもしれないし、もしかすると一生出来ないかもしれない。 ピー   じゃあ、 トミー  (さえぎって)少なくとも昨日は出来なかったし、      でも、一年の時は書こうとしてたんだよな。 ピー   もう一度、書こうとしてみませんか? トミー  どうしても、俺に書かせたいんだね。 ピー   はい。 トミー  じゃあ、小学生の芥川賞作家が出たら考えてみよう。 ピー   頑張ります。 トミー  ピーちゃん、小学生? ピー   違います! トミー  確かにちっちゃいけど。 ピー   違うっていってるじゃないですか! トミー  うんうん。……頑張って。   トミー、出て行く。 ピー   あなたが書かなければ、わたしは…… 3   音楽。   ピーちゃん、作品を書き続けている。   どうやらスランプらしい、ってかはなっからスランプだ。   モノがやってくる。 ピー   コンニチハ。 モノ   コンチ!頑張ってるね。 ピー   先輩は、書かないんですか?作品。 モノ   まあ、ボチボチね。   リンがやってくる。 ピー   コンニチハ。 リン   コンチ!あ、モノ来てたんだ。 モノ   リンちゃんが呼び出したんでしょ。 ピー   リン先輩。作品、書かないんですか? リン   ウチは、ホラ、そういう役回りじゃないから。 モノ   ほらほら、行こう。 リン   あ、ピーちゃん。作品出来たら、そこの籠の中に入れといてね。 ピー   あ、はい。   ピーちゃん、日めくりカレンダーをめくる。(月めくりカレンダーでもいい。むしろそっちの方向で)   これで一日がたったという強引な設定。   トミーがやってくる。急いでラジオを点ける。 ピー   コンニチハ。 トミー  うん。 ピー   またラジオですか? トミー  うん。 ピー   また「ロバの幸子さん」ですか? トミー  うん。 ピー   先輩聞いてます? トミー  うん。 ピー   先輩カッコイイですよね。 トミー  うん。 ピー   ナルシストですね。 トミー  うん。 ピー   先輩、作品書きましょう! トミー  ヤダ。 ピー   最近、部活に来ませんね。 トミー  え? ピー   何でもありません。   ピーちゃん、ラジオを消す。   トミー、日めくりカレンダーをめくって去る。   書き続けるピーちゃん。やっぱりスランプ。   そこへ、モノとリンがやってくる。 ピー   作品書きましょ! 二人   頑張って! ピー   頑張ってますよ。でも、先輩たちも書いたほうが早く冊子発行できるじゃないですか。 モノ   どうして、そんなに冊子発行したいの? ピー   それは、ほら、自分のした事が形に残るというか。 リン   それなら、そんなにあせらなくても。ピーちゃん三年間あるんだし。 ピー   あたし、あせってません! モノ   もっと、ゆっくりやってもいいんじゃない? ピー   あたしは…… リン   あたしらも頑張るから。 ピー   ホントですか? リン   頑張って、製本したげる。 ピー   そういうことじゃなくって。 モノ   じゃあ、あたしは校正したげるね。 ピー   モノ先輩! リン   じゃ、頑張って原稿用紙書い足しにいきますかね。 モノ   ホント、久しぶりにまともな部費の使い方してる。 リン   言えてる言えてる。   モノ、リン、出て行く。   ピーちゃん、それを悲しげに見送って、日めくりカレンダーをめくる。   そして去る。   入れ違いに、トミーがやってくる。プロットを書いている様子。   ピーちゃんがやってきて、 ピー   先輩、何やってるんですか? トミー  何でも。 ピー   あ、これ、手紙持って帰っちゃったままで。 トミー  ああ、うん。 ピー   もしかして先輩、この先生の事…… トミー  ピーちゃん、ラーメン食べに行こう。 ピー   どうしたんですか?突然。 トミー  事態は自分の予想しないところで進むものです。 ピー   行きましょう!どこにします?学校近くの来来亭にします?商店街のみやちにします?ちょっと自転車飛ばして味龍ってのもいいですね。 トミー  どこでも好きなところに。 ピー   じゃあ、来来亭にしましょう!来来、来来。 トミー  じゃあ、ちょっと先行っててくれない? ピー   はい。あ、ラジオ聞いちゃ嫌ですよ。 トミー  大丈夫、すぐ行くから。   ピーちゃん、ウキウキしながら出て行く。   出て行く前に、日めくりカレンダーをめくって出て行く。   トミー、モノ、リン、物語を読んでいる。   どうやら、「きっとどこにでもある物語」らしい。 トミー  幸子さんはいつもいつもにんじんを食べている。 モノ   樹くんはいつもいつもにんじんを与えている。 リン   いつもいつもが愛しくて、いつもいつもをやっている。 トミー  沖ノ島の沖500メートルにある、透明な場所で。 モノ   どこ?それ。 トミー  誰にも分からない。でも、一等好きな人だけに見える幻の場所。 リン   それで書けるの? トミー  頑張る。 モノ   一等好きな人にだけ見える幻の場所ね。それなら、偽者もたくさんあるかもしれないね。 トミー  偽者にとらわれる人もいるだろう。      でも、目指す場所は一つであると信じていたい。 リン   それは、例えば無責任な妄信者のように。 モノ   それは、例えば単位を取りこぼしている芝居人のように。 トミー  幸子さんは逃げていく。 リン   遠ざけるの好きねー。 モノ   追いかける樹くん。 トミー  幻の場所も逃げていく。 リン   逃げると追いかけたくなるのが人の性ね。 モノ   追いかける夕日の下に、幻の場所はあるのでしょうか? トミー  誰にも分からない、そして、俺にもわからない。 リン   ちょっと、書く気あるの? トミー  …… モノ   あたし、校正したげるから。 リン   ウチ、製本したげるから。 トミー  うん。   モノ、リン、日めくりカレンダーをめくって去る。   トミー、ピーちゃんの作品を読んでいる。 トミー  わたしは、早く樹君に会いたい。      ……「長い長い手紙」か。   ピーちゃん、ロバの被り物をして出てくる。 ピー   読んでもらえました? トミー  どうしたの?それ。 ピー   わたしは、早く樹君に会いたい。   暗転。   そして、それから何日か後。   ピーちゃん、一人で部会をやっている。 ピー   それでは、部会を始めます。出席者、ピーちゃん。…はい。   トミー、やってくる。 トミー  出席者、トミー。 ピー   お久しぶりです。 トミー  どう?作品は。 ピー   ボチボチです。 トミー  そう。   トミー、漫画を読み始める。 ピー   出来ていないんですよ。 トミー  …… ピー   作品、出来ていないんですよ。 トミー  うん。 ピー   先輩、先輩はどうして書かないんですか? トミー  うん。 ピー   モノ先輩も、リン先輩だって。 トミー  そうだね。 ピー   どうしてですか!   モノ・リン、でてくる。 モノ   どしたの? ピー   …… リン   ピーちゃん? ピー   ……   ピー、出て行く。 モノ   ピーちゃん?どしたの? トミー  何でもない。ちょっと、トイレ。 モノ   じゃ、これ。(と、うまい棒を渡す) トミー  え? モノ   善意ですから。 リン   ほら、行ってらっしゃい。 トミー  ありがと。   トミー、出て行く。見送るモノ・リン。 リン   今、何作品? モノ   あたしは、2 リン   モノ、まだ2作品しか上げてないの? モノ   小説なんて書いたこと無いんだもん。 リン   あたしは、もう3つあげてるのに。 モノ   そりゃ、詩とかは簡単だよ。長くなくていいもん。 リン   何言ってるのよ。短いからこその難しさがあるんだからね。 モノ   長いほうが難しいに決まってるよ。 リン   そうやって、すぐ小説と詩を比べて優位に立とうとする。あー、嫌だね。 モノ   比べてなんか無いよ。 リン   比べてるでしょ。 モノ   あたしは、小説も大変だって…… リン   なんだか、ウチら、文芸部してるね。 モノ   うん。あと、6作品かぁ。 リン   トミーは、大丈夫かね。 モノ   分かんない。 リン   ま、あたしらはもうひとふんばりしますか! モノ   うん。   モノ・リン、出て行く。   別の空間にピーちゃん。 ピー   馬鹿野郎。馬鹿、馬鹿、脂性、ハゲ予備軍、阿呆、畜生。 トミー  ハゲ予備軍って酷いなぁ。 ピー   追ってきたんですか? トミー  趣味悪い? ピー   (うなずく) トミー  ははは… ピー   すみません。 トミー  いやいや、悪趣味だね。 ピー   …… トミー  プロット、一緒に考えてくれない? ピー   え? トミー  プロット、 ピー   どうしたんですか?突然。 トミー  事態は自分の予想しないところで進むものです。 ピー   ……やりましょう。 トミー  幸子さんは、誰かににんじんを与えられています。 ピー   (少し笑う)幸子さんは、満腹にならないんですか? トミー  ならない。だから、樹くんも他の誰かも与え続けている。 ピー   なんか、不毛ですね。 トミー  不毛だね。延々と続く追いかけっこみたいだ。でも、際限なく与え続ける。 ピー   空っぽになりますよ? トミー  そう、空っぽになるんだ。……俺はやっぱり空っぽだ。   別の空間に、モノ・リン モノ   大丈夫かな、ピーちゃん。 リン   行ってあげたら? モノ   トミー君に任せるよ。 リン   その方がいいかもね。 モノ   どうしてよ。 リン   なんとなく。 モノ   あたし、結構しっかりしてるんだからね。 リン   何でもかんでも「善意ですから」の一言で済まして、何がしっかりしてるんだか。 モノ   一言で済ましてないよ。 リン   とにかく、後6作品ね。 モノ   あたし達、この文芸部の歴史でまれに見るくらいハイペースで書いてるよね。 リン   今まで書かなかったのが不思議なくらい。 モノ   ピーちゃんのお陰かな。 リン   そうかもね。   リン、去る。何かどうしていいか分からない、モノ。   そして、別空間。トミーとピー。 トミー  俺はやっぱり空っぽだ。でも、空っぽであることは悲しいから、      俺は、空っぽだと思う自分とそうでないと思う自分の間にいる。      だから俺は時に物語を生み出し、時に無責任に放り出す。      放り出しながら、「たかが学校のクラブ活動じゃないか」と言い訳なんかしたりしてね。 ピー   先輩…… トミー  知ってる?モノは、誤字脱字見つけるのメチャクチャうまいんだ。表記ゆれにもうるさいの。いつも、あんなすっとぼけてるのに。      リンは、印刷上手くてね、どんな薄い字でもきっちり読めるようにしてくれる。あれよ、テスト前なんか重宝するよ。ノートのコピーとか、ね?      みんな、好きなんだ。分かってやってくれない? ピー   ……分かりません。これ、作品です。読まれましたよね。 トミー  「長い長い手紙」でしょ。 ピー   読んだんですよね。……なのに、 トミー  え? ピー   なのに、どうして先輩は立ち止まっているんですか?      好きなら、どうして書こうとしないんですか? トミー  …… ピー   わたしは、早く樹くんに会いたい…   ピー、作品をトミーに渡して去る。   モノのいる空間にピー。 ピー   モノ先輩。 モノ   ピーちゃん。 ピー   ……校正、してもらえますか?   と、ピーちゃんの渡したのは、例の手紙。 モノ   これは、ちょっと…… ピー   それ、なんですか? モノ   何なんだろうね。 ピー   はぐらかさないで下さい。それ見たときのトミー先輩の反応、ちょっとおかしかったですから。 モノ   もう、トミー君の馬鹿。 ピー   それ、何なんですか? モノ   手紙。 ピー   それは分かってます。 モノ   あたしら宛ての手紙。 ピー   いつまではぐらかすつもりですか? モノ   善意でやってる事なんだけど。 ピー   教えてください。 モノ   どう?書けてる? ピー   いろんなものが、欠けてます。 モノ   トミー君みたいなこと言うね。 ピー   ええ。 モノ   ピーちゃんがこれもってるって事は、当然読んでるって事だよね。 ピー   ええ。 モノ   人の手紙を勝手に読むなんて酷いなぁ。 ピー   ええ。 モノ   もー、可愛いやつだなぁ。 ピー   ええ。 モノ   ホント、ますますトミー君みたいだね。 ピー   ええ。 モノ   (溜め息)……誰かのために、物語を書こうと思った事は無い?      物語の力を信じて、この文字の羅列が何かの力を持つと信じて、物語を書いたことは無い? ピー   …… モノ   あたしらが一年の頃、その増村先生にね、お話書こうって言ってね。      ま、結局離任式には間に合わなかったんだけどね。 ピー   それで? モノ   ホント良くしてくれた先生だったんだよね。毎日、放課後遅くまでくだらないおしゃべりに付き合ってもらったりしてね。 ピー   じゃあ、どうして書き上げないんですか? モノ   書き上げても渡す相手がいないからね。 ピー   離任したからでしょう?でも、手紙が来たんなら、返信先だって書いてるはずですよ。送ればいいじゃないですか。 モノ   うん、返信先書いてあったよ。 ピー   じゃあ、 モノ   風が強かったんだね。 ピー   ええ、 モノ   前の晩には雪も降ってたしね。ほら、おととしの大寒波。 ピー   話が見えません。 モノ   離任式の日。電車が遅れるって、車で来ちゃって。 ピー   それで? モノ   何でだろうね。出会えた奇跡に感謝するって、そんな話を書いてたのにね。 ピー   …… モノ   なにも大型トラックと出会わなくてもいいのにね……   モノ、たまらなくなってピーちゃんの袖を強く握る。   (これ以外のアクションでも、たまらなくなった時にするアクションがあるでしょう。ボクは大抵、ぎゅってします) ピー   …… モノ   それから、トミー君、全く書かなくなってね。ま、それまでも全く書いてなかったんだけどね。 ピー   そうなんですか。 モノ   これ。折角、適当なトコに隠してたのに。大掃除なんてしなきゃ良かった。 ピー   先輩。 モノ   何が先輩だろうね。ホント、みっともないったらありゃしないね。 ピー   先輩。それでも、あたしは先輩に書いて欲しいです。 モノ   あたしじゃなくて、トミー君に書いて欲しいんでしょ? ピー   先輩もですよ。 モノ   取って付けたように言わなくても分かるよ。 ピー   …… モノ   ありがと。   別の空間に、リン。自分の書いた詩を読んでいる。 リン   今日はあなたとお別れね。      バイバイあなたまた明日。      明日が来るのが当然で、      あなたと会うのが当然で、      だからバイバイまた明日。      そうして別れた昨日なのに。      どうしてあなたは昨日にいるの?      どうして今日に来てないの?      あたしはあなたに呼びかけます。      来たらあたしはあなたに言うね。      バイバイあなたまた明日って。   リン、精一杯の悲しい笑顔をして、去る。 4   ピーちゃん、やっぱり作品を書いている。   いろんなものが欠けたまま、作品を書いている。   ラジオからは「ミュージックボンボン」が流れている。 DJ(声) ホント、最近物騒な事件が多いからね、みんなも気をつけてね。      それでは、今日も「ロバの幸子さん」からのリクエスト。      毎週毎週有難うございます。      リクエスト曲は、「きっとどこにでもある物語」 ピー   え? DJ(声) どちらかというと、詩のリクエストですね。いや、手紙かな。      「前略、一文だけの『長い長い手紙』読みました。      世界には、摩訶不思議なことがあるもので、あなたがこの世界にいることに驚きすら感じません。      あなたは、幻の場所で待っていてくれさえすればいいのです。      そうすれば、あなたの待つべき人は、きっといつもいつもを繰り返しにやってくるに違いありません」      なんでしょうねー。ラブレターですか?それでは今日の一曲は西田がセレクトしちゃいます……   ピーちゃん、ラジオを消してあわててどこかへ行こうとする。   モノとはちあわせる。 モノ   どしたの? ピー   漏れそうなんです! モノ   ピーちゃん。 ピー   何ですか? モノ   ありがと。きっと、どっかで繋がってるよね。 ピー   先輩。 モノ   何? ピー   あたし、退部します! モノ   うん。 ピー   それじゃ!(去る) モノ   退部かぁ、若いなぁ。って退部?え?ちょっと!   モノ、追いかけようとして止める。「長い長い手紙」を読む。 モノ   わたしは、早く樹くんに会いたい。   リン、やってくる。 リン   ピーちゃん、すごい勢いで走って行ったけど。 モノ   トミー君の言った通りみたい。 リン   何が? モノ   これ、(と、長い長い手紙をわたす。) リン   わたしは、早く樹くんに会いたい。 モノ   それと、退部するんだって。 リン   え?ピーちゃんが?嘘、え、何それ。どうして止めなかったの? モノ   止める間もなく走り抜けちゃって。速い速い、風より速い。 リン   樹君に、会いに行ったのかな。 モノ   うん。 リン   後は、樹君が追いかけるだけね。 モノ   うん。   トミー、やってくる。 モノ   待ってました! リン   さ、行くよ! トミー  何?二人して。 モノ   「きっとどこにでもある物語」! リン   ロバの幸子さんは、幻の場所に行ったよ。 トミー  そう…… モノ   追いかけて走る樹くん。 トミー  ……時速3メートルで リン   あのね。 トミー  さらに、見つかるのは偽者の場所ばかりで、 リン   そんなものは無視! モノ   そして、加速していく樹くん トミー  時速5メートル! リン   もっと! トミー  いくら走っても幻の場所は見つからない。 モノ   あたしは見つけました。 リン   ウチも見つけました。 トミー  え? モノ   沖ノ島の沖500メートルにある透明な場所を! リン   そこに沈む夕日の向こうにある、風が吹き抜ける町を! モノ   後は、樹君が行くだけね。 リン   ほらほら、走った走った!   音楽   物語の中、トミーであるところの樹が走っている。 モノ   もっと速く! リン   もっと速く! モノ   音の速さを超え リン   光の速さを超えて モノ   沖ノ島の沖500メートルにある透明な場所へ リン   一等好きな人たちだけが見える幻の場所へ モノ   走れ、走れ、樹くん リン   本命穴馬、かき分けて トミー  疲れるなぁ、走り続けるのは。 モノ   先生に書くんじゃなかったの? トミー  たかが、文章の羅列に何の力も無いんだよ。 リン   じゃあ、あの手紙の最後の言葉に心動かされたりしなかったの? トミー  それは、 モノ   僕らはやっぱり、これが好きで。 トミー  僕らはやっぱりこれが好きで、その可能性の光の下に集まる。      眩しすぎて、僕は一歩二歩あとずさってみるんだ。      トナリの彼女は目をつぶってどんどん進んでいくし      そのトナリの彼と彼女はサングラスなんかかけたりして      ……やがて、みんな別れ別れになるだろう。      それでも、やっぱりこれが好きで。 モノ   ほらほら、好きなら好きでやってみれば? リン   好きでい続けるだけでやってみれば? トミー  何かを求められたとしても、俺はやっぱり空っぽだから。 モノ   それでいいじゃない。 リン   空っぽなんだからさ。 トミー  空っぽな俺を、その光は満たしてくれるだろうか。 モノ   大丈夫だから リン   考える前に、走ってみたら? モノ   大怪我するまで、走ってみたら?   トミー、どんどん加速していく。   つまづいたり、壁にぶち当たったりしながらどんどん加速していく。 リン   走って! モノ   走って! トミー  頑張ってます! リン   もっと速く! モノ   もっと速く! トミー  音の速さは超えられない、光の速さは超えられない! リン   いつもいつもがしたいんでしょ! トミー  したい! モノ   いつもいつもは待ってるんだ! トミー  分かってる! リン   ほらほら、走って走って!   トミー、なおも加速していく。 モノ   沖に沈む夕日の向こうに、 リン   風が吹き抜ける町の真ん中に、 モノ   海を渡って、山を越えて、 リン   ビルを抜けて、雲を突き抜けて、 モノ   地球を二週半くらいすれば、見えるものもあるかもよ。 モノ   見えた? リン   見えた? トミー  見えた!一等好きな人だけが見える幻の場所!   そこには、ピーちゃんがいる。 ピー   樹くん。待っていました。 トミー  遅くなってごめん。 ピー   二時間も待ったのに。 トミー  いつもいつもをするために来ました。 ピー   いつもいつもを待ちわびてました。 トミー  でも、にんじんが無いんだ。 ピー   わたしも、食欲が無いのよ。 トミー  だったら、どうすればいい? ピー   だったら、どうすればいい? モノ・リン  そんな時は、心温まるお話を。 ピー   心温まるお話。……樹くん。 トミー  何? ピー   あなた昔、「俺は空っぽだ」って言ったよね トミー  うん。 ピー   あなたは空っぽじゃないよ。わたしがいるんだから。 トミー  そうかもしれない。 ピー   あなたが空っぽだったら、わたしはもっと空っぽになっちゃうよ。 トミー  うん… ピー   産みの親なんだから、もっとしっかりしてくれないと困るな。 トミー  ごめん。 ピー   でも、ごめんはわたしのほうかもしれない。      わたし、遠いところに行かないといけない。      いつだって、あなたが来る度に遠いところに行かないといけない。 トミー  大丈夫、その度に追いかけるから。 ピー   ありがとう。 トミー  陳腐で幼稚な言葉で、俺は追いかけるから。 ピー   わたしは、難解で複雑な世界をすり抜けるのよ? トミー  そんな時はどうしよう。 リン   そんな時はどうしよう。 モノ   そんな時は、きっと大丈夫だと信じていればいい。 リン   無責任な妄信者のように、 モノ   単位を取り損ねてあえいでいる芝居人のように。 トミー  そんな時は、信じることにするよ。 ピー   何を? トミー  君の存在を。幻の場所の存在を。そして、そこに向かっている誰かの存在を。 モノ   みんなやっぱりこれが好きだっていう事を リン   無責任な妄信者であろうとする自分の事を ピー   だったら、わたしはあなた達の向かうべき場所であり続けようとします。      ありがとう、そして、さようなら。   ピーちゃん、幻の場所から去っていく。   暗転 5   トミー・モノ・リン、やっぱり片付けをしている。   きれい好きでもないくせに。 リン   トミー、それ取って トミー  あいよ。 リン   ついでにそれも、 トミー  ホッチキス? リン   そう! モノ   何かさ。 リン   何? モノ   ピーちゃん退部したじゃん? トミー  したね。 モノ   潰れるかな? リン   どうだろうね。 トミー  潰れないでしょ。 リン   どうだろうね。 トミー  何だよ、曖昧な。 モノ   潰れないといいな。 リン   潰れるかもしれないわね。 トミー  どうしてリンはそういうこと言うかなぁ! リン   事実を客観的に分析して言ってるんでしょう! モノ   善意? リン   善意ですから。 トミー  何が、善意だか。 リン   なるようにしかならないでしょ。 トミー  そりゃ、そうだけど。 モノ   あ。それから、トミー君。 トミー  何? モノ   ノルマ、後二作品 トミー  だから、空っぽなんだって。 リン   でも、信じていようとするんでしょ。 トミー  だから、それは作品の中の… モノ   トミー君が書けば冊子出せるんだから。 リン   そうそう。 トミー  口動かす前に、手を動かせよ。 二人   動かしてます。 トミー  今何時? リン   5時くらいじゃない? トミー  ラジオラジオ! モノ   掃除は? トミー  後でやるから。(ラジオのスイッチを入れる。) DJ(声) 今週もやってきました「ミュージックボンボン」!      パーソナリティはおなじみ西田章人でーす。      もうすぐ、夏休みだね。みんなには夏休み、どれくらいありますか?ちなみに西田は夏休みありません…… モノ   今週も、「ロバの幸子さん」? トミー  今週、出してないんだよ。 リン   ありゃ、あんなにまめまめしくリクエストしてたのに。 DJ(声) ……休みください。あて先はこちらまで、ってテロップでないよね。      さて、今日もおなじみ「ロバの幸子さん」からのリクエストです。 モノ   出してんじゃん。 トミー  いや、まさか。 リン   本当に、出してないの? DJ(声) えーと、今週も手紙ですね。「ロバの幸子さん」、この番組の趣旨、勘違いしてない?      勘違いしてるでしょ。でも、毎週毎週ありがたいことです。      それでは、読まさせていただいちゃうね。   三人、ラジオに聞き入る。 DJ(声) 「もう一度、樹くんに会いたい」   三人、顔を見合わせる。 DJ(声) なんでしょうね。またまた、ラブレターですか?      じゃあ、今日も西田がリクエストしちゃいますよ!      今日は、これだぁ!   音楽! モノ   もう一度、樹くんに会いたい リン   だって、 トミー  何だよ? リン   会いに行ってあげれば? モノ   陳腐で幼稚な言葉に乗って。 トミー  お前ら、簡単に言うけどな。簡単じゃないんだぞ。 リン   分かってます。 モノ   今度は、便乗させてもらうから。 トミー  じゃあ、リレー小説? リン   それもいいんじゃない? モノ   樹くんは、走っています! トミー  いつまでも走っています! リン   ロバは待っています! トミー  だから、幸子さん! リン   ロバ! トミー  ダメ! リン   ロバでいいじゃん。 トミー  なんでそう投げやりなんだよ。 モノ   三度目の再会は、今度は月! リン   また突拍子も無い。 モノ   樹君、歩いて通りかかります。 トミー  無理だろ!   などとやり取りをしながら、楽しんでいる。   ピーちゃん、三人が来るのをずっと待っている。 幕