花の境界線 登場人物 ひとかた1 ひとかた2 ひとかた3 宗教の人 作家 0   ひとかた達の日常。   短い暗転を加えて、ひとかたの生活を見せていく。   (実際の公演では、ひとかた1が掃除をしている。ひとかた2・3がサボっていて、ひとかた1がすねる。   それに気付いたひとかた2・3がひとかた1のご機嫌をとっている。というシーンと、   ひとかた達、食事を終わらせる。ひとかた1が食器を片付けてみんなでラジオ体操をする。   いわゆる、食後の運動という奴である。体操を軽く済ました後、ひとかた達、昼寝をする。   というシーンの二つをBGMを入れて無声でやりました。) 1   ここは、ひとかた達の家。   ひとかたとは、人間の形をしているが人間ではないもののこと。   舞台中央にテーブル。喫茶店のようなテーブルクロスがしてあり、ちょっとメルヘンチックなインテリア。   朝方。   ひとかた1、食事の準備をしている。皿を出したりスプーンを並べたり……   ひとかた2・3二人で新聞紙をなめている。(週刊誌でも可) ひとかた1  ひとかた。飯だぞ。 返事は無い。 ひとかた1  ひとかた。 返事はない。 ひとかた1  お前たちのことだよ。ひとかた。 ひとかた2  (3に)ひとかた。呼んでるぞ。 ひとかた3  (2に)ひとかた。呼んでるよ。 ひとかた1  飯だぞ。 ひとかた2  (3に)飯だって。 ひとかた3  (2に)そうみたいね。 ひとかた1  ひとかた。 ひとかた3  (2に)ひとかたって何? ひとかた2  やけに哲学的な質問だな。 ひとかた1  お前たちのことだよ。 ひとかた3  僕たちのことね。 ひとかた2  (3に)腹,減らない? ひとかた3  (2に)おなかすいたね。 ひとかた1  さっきから言ってるだろ。   ひとかた1・2・3、それぞれの席につく。 ひとかた3  ごはんごはんっと。ひとかた、今日のメニューは? ひとかた1  これ… ひとかた2  えー!また「こざとへん」かよ! ひとかた3  昨日も「こざとへん」 ひとかた2  おとといも「こざとへん」 ひとかた3  その前の日も「こざとへん」 ひとかた2・3  こざとへんー。 ひとかた1  こ・れ! ひとかた2  いくら俺たちでも、漢字の部首だけってのは少なすぎるぞ。 ひとかた3  もっと良いものなかったの?「愛」とかさ。 ひとかた1  生憎これしか… ひとかた3  しかもこれっぽっち…だんだん減ってるよ。 ひとかた1  なかなか難しくてね。 ひとかた2  (1に)ひとかた。非常に聞きにくいことなんだが。 ひとかた1  なら聞くな。 ひとかた2  どうしても聞いておかなきゃいけないことなんだが、 ひとかた1  何。 ひとかた2  俺たちの食いもんって、後どれくらい残ってる? ひとかた1  聞きたい?   ひとかた2・3、うなずく。 ひとかた1  本当に聞きたい?本当に本当に聞きたい?本当に本当に本当…… ひとかた2  早く言えよ! ひとかた1  ……言うぞ。 ひとかた3  これで最後なんて事はないよねー。   ひとかた1、固まる。 ひとかた2  ……最後なのか? ひとかた1  実は… ひとかた3  どーすんのさ。どーすんのさ! ひとかた2  お前は少し黙れ。 ひとかた3  だってさ。 ひとかた1  だからさ、俺、行こうと思うんだ。 ひとかた2  行くってどこへ? ひとかた1  食いもん,探しに。 ひとかた2  マジで?人間の世界へ?ホントに行くの?止めとけよ。 ひとかた3  外に出るんだよ、怖くないの? ひとかた1  大丈夫だって。 ひとかた2  本当か? ひとかた1  たぶん…… ひとかた3  でも探すって言っても、そう簡単には見つかんないよ。 ひとかた1  何もしないよりはましだろ。 ひとかた2  何もしないよりましな方法なら俺もあるぞ。 ひとかた1  何だ? ひとかた2  いや、前から疑問に思ってたんだけど、俺たちって、言葉食って生きてるよな。地名・人名なんでもありで。 ひとかた1  そうだ。 ひとかた2  あのさ、 ひとかた1  「作れないかな、食いもん。」なんて言うつもりなら止めとけ。 ひとかた2  どうして? ひとかた1  作れないから。 ひとかた2  どうして?人間は自分たちで食いもん作ってるじゃん。それに、俺たち言葉使ってるしさ。 ひとかた1  俺たちは、人間じゃない。 ひとかた2  分かってる。 ひとかた3  人間じゃないの? ひとかた1・2  分かってない……。 ひとかた3  じゃあ、何なの? ひとかた1  俺たちは、人間の形しているけど人間じゃないんだ。        だから、言葉のようなものを使うけど、それは言葉じゃないの。っていって分かる? ひとかた2  なんとか。 ひとかた3  さっぱり。 ひとかた1  あー。極端に言えば、偽者だって事だよ。 ひとかた3  なんの? ひとかた2  人間のだよ。少しは頭使え。 ひとかた1  だから、偽者の使う言葉は所詮偽者って事。 ひとかた2  そこだ! ひとかた3  どこ? ひとかた2  偽者だからって、食えないと決まったわけじゃあないだろ。 ひとかた1  だけど。 ひとかた2  お供え用の砂糖菓子だって鯛の形してる偽物だけど食えるしさ。 ひとかた1  それとこれとは、違う気もするけど。 ひとかた2  外に出るよりはましだろ。とりあえず、やってみよう。(3に)ひとかた!虫取り網と籠! ひとかた3  なんに使うの? ひとかた2  言葉を捕まえるんだよ! ひとかた3  ラジャー。   ひとかた3、虫取り網と籠を持ってくる。 ひとかた1  食えないと思うよ。 ひとかた2  (3に)ひとかた。何食いたい? ひとかた3  「愛しているといってくれ」! ひとかた2  よーし、じゃあ気持ちを込めて言うんだぞ。言葉が見えるくらい。はい! ひとかた3  「愛しているといってくれ」!   ひとかた2、虫取り網で言葉を捕まえる。 ひとかた3  どう。とれた? ひとかた2  だめ。長すぎるんだよ、言葉が。 ひとかた3  じゃあ、短い言葉にするよ。 ひとかた2  よし来い! ひとかた3  「愛」!   ひとかた2、虫取り網で言葉を捕まえる。 ひとかた2  よし。 ひとかた3  捕れた? ひとかた2  手ごたえはあったけど…… ひとかた3  これじゃない?   ひとかた3、「愛」を拾って食べる。 ひとかた1  食える? ひとかた3  うん。 ひとかた1  どう、味? ひとかた3  砂糖入れてない寒天みたいな味がする。 ひとかた2  味、ないって事? ひとかた3  それでいて、こってりとしたような ひとかた2  どっちだよ! ひとかた3  甘くもなく ひとかた1  辛くもない? ひとかた3  (うなずく)苦くもないし、酸っぱくもない。 ひとかた2  で、どういう味? ひとかた3  砂糖入れてない寒天みたいな味。 ひとかた2  結局味ないって事だろ。 ひとかた3  それでいて、こってりとしたような、甘くもなく……・ ひとかた2  あー!もういい。もう一回捕まえるぞ。 ひとかた3  分かった。 ひとかた2  さあ、来い! ひとかた3  「愛」!   ひとかた2、虫取り網で言葉を捕まえる。 ひとかた2  よし!   ひとかた2、「愛」を拾って食べる。 ひとかた1  どう? ひとかた2  うーん。 ひとかた1  やっぱり、味ない? ひとかた2  そういうわけでもなく。 ひとかた1  甘くもなく、辛くもなく。 ひとかた2  (うなずく) ひとかた3  だろ? ひとかた2  ただひとつだけ言える事は。 ひとかた1・3  何? ひとかた2  マズイ。 ひとかた3  そう? ひとかた2  すんげー、マズイ。 ひとかた1  だから、言っただろ? ひとかた3  じゃあ、ほかの言葉にしてみよう。 ひとかた1  止めとけ。 ひとかた3  「甘い」なんてどうかな? ひとかた1  だから、やめとけって、 ひとかた2  「甘い」か。やってみよう。 ひとかた3  いくよー。「甘い」!   ひとかた2、虫取り網で言葉を捕まえ、食べる。 ひとかた2  水!水水水水……・   ひとかた2、水を飲む。 ひとかた2  苦げぇ。 ひとかた3  苦いの?じゃあ、これは?        「砂糖」!   ひとかた2、虫取り網で言葉を捕まえ、食べる。 ひとかた2  水!水水水水……・   ひとかた2、水を飲む。 ひとかた2  しょっぺぇ。 ひとかた3  しょっぱいの? ひとかた1  逆のことを言えばいいんじゃないの? ひとかた2・3  え? ひとかた1  だから、甘いものが食べたかったら「甘い」じゃなくて「苦い」とか言えばいいんじゃないの? ひとかた2  あ、そうか。 ひとかた3  どうして? ひとかた1  さっきのやり取り見てたら、そうだろ。        「甘い」っていったら苦い味。「砂糖」っていったらしょっぱい味。 ひとかた3  なるほど。(2に)ねぇ、どんな味がいい? ひとかた2  うーん。甘いのかな? ひとかた3  じゃあ「苦い」だね。いくよ!        「苦い」!   ひとかた2、虫取り網で…以下同文。 ひとかた3  どう?   ひとかた2、気分が悪くなって便所へ駆け込む。ひとしきり吐いて ひとかた2  (1に)ひとかた!騙したな! ひとかた3  どうだったの? ひとかた2  まずかった。 ひとかた3  そんなに? ひとかた2  食ってみろよ。 ひとかた3、言葉を食べて、ひとかた2と同じ行動をする。でてきて ひとかた3  (1に)ひとかた!騙したな! ひとかた2  だろ? ひとかた3  僕はこの言葉を食べるときに、どんなにうれしい気持ちだったかおまえには分かるか!        うれしくてうれしくて、飛んでしまいたい気持ちだったんだぞ!        それなのに、こんなマズイもんを食わせやがって、許せん! ひとかた2  いや、俺は何もそこまで…… ひとかた3  お前はいつから言葉に対してそんな態度をとるようになったんだ!        我々ひとかたはもっと言葉に対して、こう…真摯であるべきだろう!        それをなんだ!        こんなのは言葉じゃない。        こんなのは豚のえさ以下のものだ!        そんなものをお前は食わせやがったんだぞコンチクショウ!        ……というわけで、お前も食え。 ひとかた1  え?俺が? ひとかた3  嫌か? ひとかた1  マズイんでしょ? ひとかた3  豚のえさ以下だ。 ひとかた1  嫌だよ。 ひとかた3  (高圧的に)食えないのか。食えないんだな。 ひとかた1  分かった。分かったから。 ひとかた3  そうか……(通常のトーンで)じゃあ、どうぞ。   ひとかた1、言葉を食べる。ひとかた2と同じ行動を取る。でてきて ひとかた1  騙したな! ひとかた2  誰に言ってるんだ? ひとかた1  僕はこの言葉を食べるときに、どんなにうれしい気持ちだったかおまえには分かるか!        うれしくてうれしくて、飛んでしまいたい気持ちだったんだぞ!        それなのに、こんなマズイもんを食わせやがって、許せん! ひとかた3  それ、僕のせりふ。 ひとかた1  こんなマズイもん作ったやつは誰だ!   ひとかた3、おずおずと手を挙げる。 ひとかた1  よし、お前死刑。 ひとかた2・3  でえーっ!? ひとかた3  なになになに?なんでそうなるの? ひとかた1  マズイもん作ったから。 ひとかた2  だからって、死刑は…・ ひとかた1  問答無用!   ひとかた1、刀を抜いてひとかた3に襲い掛かる。ひとかた3、逃げ回る。 ひとかた2  じゃあさ、お前が作れば? ひとかた1  へ? ひとかた2  マズイもん作ったやつが許せないんだろ? ひとかた1  いや、その…… ひとかた2  怒って、切りかかるくらいだからな。さぞかし、うまいもん作れるんだろうな。 ひとかた1  これはね、その……日々の生活のエピソードとして… ひとかた3  腹減ったー。 ひとかた1  ……! ひとかた2  って言ってることだし。 ひとかた1  (やけくそ気味に)あーっ!分かったよ。作りますよ作ればいいんでしょう!何がいい? ひとかた3  「愛」! ひとかた2  味ないぞ。 ひとかた3  味のある「愛」! ひとかた1  飢えてるのか? ひとかた3  とりあえず「愛」! ひとかた2  だって ひとかた1  はいはい。いくよ。   ひとかた1、準備運動。 ひとかた2  よし来い! ひとかた1  「愛」!   ひとかた2、虫取り網で言葉を捕まえる。ひとかた3、「愛」を拾って食べる。 ひとかた2  どう? ひとかた3  …世知辛い。 ひとかた2  どういう味だ? ひとかた3  金銭関係のトラブルの味がする。 ひとかた2  (1に)だって。 ひとかた1  違う!断じて違うぞ!俺はそんな不幸な恋愛は一度もしたことがないんだ!        (3に)おい、適当なこと言うなよ。 ひとかた3  散々貢がされてポイ捨てされた味がする。 ひとかた1  どういう味だよ! ひとかた3  その腹いせに風俗に通いつめて貯金すっからかんにした味がする。 ひとかた1  違う! ひとかた3  「エッチビデオだったら一年は持ったのになー」って心底悔しがった味がする。 ひとかた1  違う!違うんだ!(3に)悪かった!死刑なんていった俺が悪かった! ひとかた3  (2に)ひとかたの「愛」はどんな味なの? ひとかた2  へ?俺? ひとかた3  ひとかたの「愛」はどんな味なの? ひとかた2  俺のは、食ってもいいことないぞ。 ひとかた3  食べたい。 ひとかた2  いいことないぞー。 ひとかた3  食べたい! ひとかた1  あきらめたほうがいい。 ひとかた2  はい……   ひとかた1、網を持って構える。ひとかた2、準備。 ひとかた2  (1に)お前、うれしそうだな。 ひとかた1  ん?そんなことないぞ。 ひとかた2  …… ひとかた1  いいか?始めるぞ。 ひとかた2  「愛」!   ひとかた1、虫取り網で言葉を捕まえる。ひとかた3、「愛」を拾って食べる。 ひとかた1  どう? ひとかた3  (2に)愛のないセックスはだめだよ。 ひとかた2  ななな、何言ってるんだよ!いきなり。 ひとかた3  セックスから始まる愛もあるけど、でもそんなにしょっちゅうしてると愛を忘れちゃうよ。 ひとかた1  (2に)しょっちゅうなのか? ひとかた2  違う違う! ひとかた3  僕たち人間じゃないかもしれないけど、獣じゃないんだからさ。 ひとかた1  獣だって。 ひとかた2  待って!いいから待って! ひとかた3  軽く3桁はいくよね。 ひとかた2  何の数だ! ひとかた3  かわいそうに… ひとかた1  同情してるよ。 ひとかた2  俺は同情されたくてそんな言葉を吐いたんじゃない! ひとかた3  抱けばいいと思ってるんだね…… ひとかた1  思ってるの? ひとかた2  思ってない! ひとかた3  自分を偽るのは止めなよ。 ひとかた2  どこでそんな言葉覚えたんだ! ひとかた3  最後は、怒鳴ればいいと思ってる… ひとかた1  最初から怒鳴ってるぞ。 ひとかた3  じゃあ、最初から。 ひとかた2  結局、どんな味なんだ! ひとかた3  うーん。 ひとかた1  砂糖入れてない寒天みたいな味? ひとかた3  分からないけど、ひとつだけ言える事がある。 ひとかた1  何? ひとかた3  (はっきりと)これは愛じゃない。 ひとかた2  違うんだー!   暗転 2   午前11時。   ひとかた達、いすに座っている。   嘗め尽くされた、新聞紙。 ひとかた1  (3に)ひとかた。結局どうなんだ? ひとかた3  何が? ひとかた1  俺達の「愛」の味は。 ひとかた3  こってりとしていて、まったりとしていて…… ひとかた2  マズイんだろ。 ひとかた3  多分そう。 ひとかた1  だから無理だって言ったんだよ。 ひとかた2  なんていいながら、結構楽しんでたじゃん。 ひとかた1  まあ…… ひとかた2  しかし…… ひとかた1・2  疲れたなあ。 ひとかた3  本当に疲れた人は「疲れた」なんて言葉も出ないほど疲れているもんだよ。 ひとかた2  ……(1に)ひとかた。こいつ、時々変なこと言い出すよな。 ひとかた1  ああ。 ひとかた2  人生、悟ったような言い方しやがって、 ひとかた3  僕達人間じゃないんだよね。 ひとかた2  ひとかた生、悟ったような言い方しやがって、 ひとかた1  しかし、腹減ったな。 ひとかた3  うん……   ひとかた2、席を立って、 ひとかた2  よし!食べよう! ひとかた3  何を、 ひとかた2  言葉に決まってるだろう。 ひとかた1  無いのにどうやって、 ひとかた2  想像して、 ひとかた3  想像して? ひとかた2  そう。「あのときの、こんな言葉はおいしかったなぁ」とか、想像して、 ひとかた1  それは、つまり食べた気になるってことか? ひとかた2  難しく言えば…… ひとかた1  また、おまえはどうして、いつもそうやって突飛な事を思いつくんだ…… ひとかた3  「とっぴ」って何? ひとかた1  「馬鹿げた」って事だ、 ひとかた2  馬鹿げたとは何だ! ひとかた1  そうだろ、いつもいつも、思いつきで行動して、 ひとかた2  よく考えてる。思い付きじゃない。 ひとかた3  うそぅ。 ひとかた1  言われてやんの。 ひとかた3  でも結局やるんでしょ? ひとかた2  言われてやんの。 ひとかた1  やらない。絶対にやらない。 ひとかた2  (3に)じゃあ、俺たちだけでやるか。 ひとかた3  うん!で、どうやって? ひとかた2  ひとかた、今まで食べた言葉の中で、どれが一番美味しかった? ひとかた3  「愛!」 ひとかた2  好きだなぁ……具体的には、どんな言葉? ひとかた3  うーん……多分、「好き」って言葉だったと思う。 ひとかた2  シンプルだな。 ひとかた3  素材の味が生きてるでしょ。 ひとかた2  いつ食べたんだ? ひとかた3  おととしの夏、辺りかな…なんかね、落ちてた。 ひとかた2  「好き」って? ひとかた3  うん。それ食べたら、美味しかった。 ひとかた1  拾い食いはいかんぞ。 ひとかた3  (2に)ひとかたは、何が一番美味しかったの? ひとかた2  んー。俺かぁ?俺は、「ありがとう」かな。        ほら、いつだったか、もらったろ。…あれくれたの誰だっけ? ひとかた1  ケイちゃん、 ひとかた2  そうそう、ケイちゃん。 ひとかた3  あー、ケイちゃん。 ひとかた2  あの子の「ありがとう」が一番美味しかったな。 ひとかた1  うん、うまかった。 ひとかた3  ついでにケイちゃんも食べてしまいたかった。 ひとかた2  うん、こう後から…言わせるなよ! ひとかた1  しかし、今頃何してるかな。 ひとかた3  でも、ぼろ雑巾みたいだったね。ケイちゃん。 ひとかた2  綺麗だったぞ。 ひとかた3  外見はね。中身はボロ雑巾… ひとかた1  確かに。 ひとかた3  …あれ? ひとかた2  どうした? ひとかた3  なんで、ケイちゃん、「ありがとう」って言ったんだろう? ひとかた1  そりゃ、俺たちがありがたい事、したからだろ。 ひとかた3  だから、僕たち何したの? ひとかた1  うーん。 ひとかた2  覚えてないの? ひとかた1・3  そうみたい…… ひとかた2  食べてあげただろ。 ひとかた1  何を? ひとかた2  ケイちゃんの言葉。 ひとかた3  思い出した!馬鹿みたいなことばかり言ってたよね。 ひとかた2  ほとんどが偽物の言葉で、 ひとかた3  でも、美味しかった。 ひとかた1  そんなはず無いだろ。偽者の言葉なんだから、 ひとかた3  偽者の言葉にくるまれた、本当の言葉だったから、 ひとかた1  つくづく分からん。 ひとかた2  「愚痴の一つでも聞いてやるぞ」って言ってる俺たち相手にどうでもいい事べらべら喋ってんの。 ひとかた1  ケイちゃん? ひとかた2  そう。メチャクチャ陽気に喋ってんのよ。 ひとかた3  今にも泣き出しそうな顔してたから、声かけたのに。 ひとかた2  ところがこれが、全然無理してる感じじゃないんだよ。 ひとかた3  普通なんだよね。 ひとかた1  普通ってどんなだ? ひとかた3  普通は普通でしょ。 ひとかた2  おまえ、本当に覚えてないの? ひとかた1  …覚えてない。 ひとかた2  散々馬鹿な事を話して、話して、話し疲れて「そろそろ終わり」ってムードの時に言ったんだ。 ひとかた1  ありがとうって? ひとかた2  ああ。そう言って、分かれたんだ。 ひとかた1  なんとなく思い出してきたぞ、 ひとかた3  本当? ひとかた1  確か、その日、雨が降ってたよな。 ひとかた2  そうそう、 ひとかた3  今頃、何してるんだろう? ひとかた1  ケイちゃん? ひとかた3  うん。生きてるかな? ひとかた2  体は丈夫そうだったけど…… ひとかた1  中身はボロボロだったんだろ? ひとかた2  ボロボロだったけど… ひとかた1  ボロボロな自分を無理して陽気に見せていたんだろ? ひとかた2  不毛だな。 ひとかた3  毛布? ひとかた1  今でも無理して陽気に振舞ってるんだろうか? ひとかた2  ボロボロになればなるほど、陽気に振舞ってるんだろうか?   ひとかた達、ケイちゃんに思いをはせる。 ひとかた2  あー、ヤメヤメ! ひとかた3  なんか湿っぽくなっちゃったね。 ひとかた2  とにかく、想像してみようか。 ひとかた3  そうだね、(1に)ね! ひとかた1  え?俺も? ひとかた3  やりたいんでしょ? ひとかた1  まあ、 ひとかた2  想像するぞ。「ありがとう」   ひとかた達、ありがとうの味を想像する。 ひとかた3  …おなかすかない? ひとかた2  すいたなぁ、 ひとかた1  何も無いぞ、 ひとかた3  おなかがすいた、   ひとかた1、席を立って。 ひとかた1  やっぱり拾ってくるよ。食いもん。 ひとかた2  だからぁ、やめとけって。それに、そうそう落ちてないぞ。 ひとかた3  特に最近はね。 ひとかた2  「近頃の若いもんは本気の会話をせん」って、嘆いてたぞ。 ひとかた3  誰が? ひとかた2  隣のひとかた。 ひとかた3  へえ。 ひとかた2  「昔は良かった」「昔は人間味あふれる社会だった」って、        「最近の言葉はまずくて食えん」だって。 ひとかた3  なるほど。 ひとかた1  何食って生活してるんだろ? ひとかた2  え? ひとかた1  隣のひとかた。何食って生活してるんだろ? ひとかた2  小言。親の小言。教師の小言。 ひとかた3  まずそう。 ひとかた2  俺なんか、そんなの食ったら下痢しちゃうけどね。 ひとかた1  俺達が作ったものよりかはましだろ。俺、行ってくる。 ひとかた2  気ぃつけてな。 ひとかた1  なんかリクエストある? ひとかた3  「愛」! ひとかた1  飢えてるのか?飢えてるんだな。 ひとかた2  そういや、こいつ。 ひとかた1  何? ひとかた2  こいつの「愛」って、味無かったなぁって思って、 ひとかた1  そういえば、 ひとかた3  とりあえず「愛」! ひとかた1  分かったよ。   ひとかた1、出て行く。玄関のドアを開けたところで。 ひとかた1(声)  どわーっ! ひとかた3  何々? ひとかた2  どうしたんだ?   ひとかた2・3、出て行く。 ひとかた2・3(声)  どわーっ! ひとかた2(声)  なな……何だ? ひとかた1(声)  ドア開けたらこれがあって。 ひとかた3(声)  よほど驚いたんだね。 ひとかた1(声)  しかし、 ひとかた2(声)  大きい「どわーっ」!だな。 ひとかた1(声)  ね。 ひとかた3(声)  どわー。 ひとかた2(声)  食えるかな? ひとかた1(声)  食えるかな? ひとかた3(声)  食ってみよう。   ひとかた達、「どわーっ」!を食べる。   ひとかた達、口を押さえて便所に駆け込む。そして吐く。   ひとかた達、げっそりとした顔で出てくる。 ひとかた1  まずかったな。 ひとかた2  驚くほど。 ひとかた3  どわーっ。 ひとかた1・2・3  はぁ…… ひとかた1  余計に腹減ったな。 ひとかた2  ああ ひとかた3  おなかすいた。 ひとかた1  拾ってこようか。 ひとかた2  元気だな。 ひとかた1  疲れてるよ。 ひとかた3  本当に疲れた人は「疲れた」なんて言葉も出ないほど疲れているもんだよ。 ひとかた2  こいつが一番元気そうだな。 ひとかた1  こいつに行ってもらうか。 ひとかた3  疲れたー。 ひとかた1・2  こいつ……・ ひとかた1  じゃあ、行ってくる。 ひとかた2  ああ   ひとかた1、出て行く。玄関を出たところで。 ひとかた1(声)  ぎゃー! ひとかた2  今度は何? ひとかた3  「ぎゃー」が落ちてたりして。   ひとかた2・3、出ていく。 ひとかた2・3(声)  ぎゃー! ひとかた2(声)  落ちてる。 ひとかた3(声)  殺されたんだね。 ひとかた1(声)  そうか? ひとかた3(声)  断末魔の叫びって感じがする。 ひとかた1(声)  どのへん? ひとかた3(声)  この、小さい「や」のあたりが ひとかた2(声)  食うか? ひとかた1(声)  明らかにまずそうだろ。 ひとかた2(声)  だな。 ひとかた3(声)  あ、(死体見つけちゃう) ひとかた2(声)  どうした? ひとかた3(声)  なんでもない。 ひとかた1(声)  食うべきか食わざるべきか ひとかた2(声)  それが問題だ・・ ひとかた3(声)  結構おいしいよ。 ひとかた1(声)  (食べてみて)うん。結構いける。 ひとかた2(声)  そう? ひとかた3(声)  殺された人に感謝しないとね。 ひとかた2(声)  そうだな。 ひとかた1(声)  家で食べない? ひとかた2(声)  そうだな。 ひとかた3(声)  これは? ひとかた1(声)  これは、もって入れないだろう。 ひとかた2(声)  そうだな。   ひとかた達、入ってくる。 ひとかた1  久しぶりにうまいもん食った。 ひとかた2  意外にね。 ひとかた3  死体あったけどね。 ひとかた2  本当か? ひとかた3  「ぎゃー」の下敷きになってた。 ひとかた1・2  げ! ひとかた3  いいじゃん。おいしいんだから。 ひとかた2  気持ち悪いだろ。 ひとかた1  しかし、意外だよな。 ひとかた2  (同意) ひとかた3  どうして? ひとかた1  だってさ、断末魔の叫びだぞ。 ひとかた2  死体付きで。 ひとかた3  でも、人間の言葉だし。 ひとかた2  でも、なあ…… ひとかた1  人間の言葉にも色々あるだろ。 ひとかた2  噂とか悪口とか、 ひとかた1  マズイもんだってあるだろ。 ひとかた2  そうそう。 ひとかた3  本当の言葉だからじゃないの? ひとかた2  悪口なんかも本当の言葉だぞ。 ひとかた3  違うと思う。 ひとかた1・2  どうして。 ひとかた3  だって、悪口って楽しいでしょ。 ひとかた2  うん。 ひとかた1  俺は、その気持ちわかんない。 ひとかた3  (無視して)でも、僕、本当に嫌いな人の悪口は言わないと思う。 ひとかた1  なるほど。 ひとかた3  本当に嫌いな人がいたら、多分僕はその存在を消してしまう。 ひとかた2  殺しはいかんぞ。 ひとかた1  無視するって事だろ? ひとかた3  (うなずく)だから悪口は本当の言葉じゃないと思う。 ひとかた2  ……・お前って、意外と頭よかったんだな。 ひとかた1  いや、待て。こいつの本当の姿はあくまでもこれだ。 ひとかた3  (ほけーっとした顔) ひとかた2  そうか。 ひとかた3  おなかすいた。   といって、席を立ち玄関口にある「ぎゃー」を食べに行く。   ひとかた1  どうしてだろ? ひとかた2  何が? ひとかた1  どうして「どわーっ」はまずかったんだろ? ひとかた2  そうか。そうだな。 ひとかた3(声)  後から見たら、大根役者が驚く練習してた。 ひとかた1  なるほど。 ひとかた2  その役者、絶対売れないな。 ひとかた1  あれだけマズイんだもんな。 ひとかた3  ふー。食った食った。 ひとかた1  腹減ったな、俺も食べよ。 ひとかた3  もう無いよ。 ひとかた2  えっ! ひとかた1  もう無いって? ひとかた3  食べた。 ひとかた1  食べたって、あの量を? ひとかた2  いくら食い意地張ってるからってあの量は…   ひとかた1、出て行く。(ひとかた2のせりふの間に) ひとかた1(声)  …無い。 ひとかた2  そんな、冗談でももっとましな冗談が…   ひとかた2も出て行く。 ひとかた2(声)  無い… ひとかた3  だから言ったでしょ? ひとかた1  「だから言ったでしょ」じゃなーい! ひとかた2  この、大馬鹿野郎! ひとかた1  ほんとに無いじゃんか! ひとかた2  俺たち、あれだけしか食ってないのに。 ひとかた1  「ぎゃー」はどこ行った!「ぎゃー」は! ひとかた3  だから、食べたって言ってるじゃない。人の話聞こうよ。 ひとかた1・2  馬鹿ぁー!   暗転 3   午後2時。   ひとかた1・2、座っている。かなり疲れている様子。新聞紙を手に握り、今にも死にそうな様子。   ひとかた3、おなかを満足そうにさすっている。 ひとかた1  腹、減った。 ひとかた2  同じく。 ひとかた3  満足満足。 ひとかた2  怒る気力もねぇ。 ひとかた1  同じく。 ひとかた3  満足満足。 ひとかた1  なあ、ひとかた。 ひとかた2  なんだい、ひとかた。 ひとかた1  俺、空腹で死んでもいいからこいつ殺してぇ。 ひとかた2  同感。 ひとかた1  今日はやけに気が合うじゃないか。ひとかた。 ひとかた2  ひょっとしたら、俺たちこのときのために生まれてきたのかもな。ひとかた。 ひとかた1・2  ふっふっふっ……・ ひとかた3  そんな、命かけてすることじゃないと思うよ… ひとかた1・2  ふっふっふっ……・ ひとかた3  ね、ちょっと落ち着こう。深呼吸して。    ひとかた1・2、深呼吸する。 ひとかた1  空気が腹にしみるなー。 ひとかた2  腹減ってるからなー。 ひとかた1・2  ふっふっふっ…… ひとかた3  悪かった。ごめん!謝るからさ! ひとかた1・2  ふっふっふっ…… ひとかた3  ね!   チャイムの音。 ひとかた3  はーい。 宗教の人(声)  どうもー。 ひとかた3(声) はい。 宗教の人(声)  私、聖イザベラ教会から来たものです。 ひとかた3(声) 宗教の方ですか。 宗教の人(声)  すこし、お話したい。良いですか? ひとかた3(声) 人間の方ですか? 宗教の人(声)  ハイ。人間やらしてもらってます。 ひとかた3(声) そうですか!どうぞ入ってください。 宗教の人  お邪魔します。 ひとかた1・2  ふっふっふっ…… 宗教の人   ……(流暢な日本語で)お邪魔しました。 ひとかた3  待って!行かないで! 宗教の人   あなた方には宗教より病院が必要みたいね。 ひとかた3  病院じゃなくて食べ物を! 宗教の人   ホワイ? ひとかた3  かくかくしかじか。 宗教の人   なるほど。で、言葉をしゃべれば良いのですか。 ひとかた3  そうです。 宗教の人   何をしゃべればいいのです? ひとかた1  「ぎゃー」が食べたい。 ひとかた3  いや、それは…… ひとかた2  「ぎゃー」が食いたい… ひとかた3  だから無理だって。 宗教の人   なんですか?「ぎゃー」とは。 ひとかた1・2  「ぎゃー」 ひとかた3  分かった。分かったから。        (宗教の人に)あの……非常に申し上げにくい事なんですが…あることをやって頂きたいのですが。 宗教の人   なんです?私に出来ることなら何でも。 ひとかた3  本当ですか!? 宗教の人   出来ることなら……出来そうですか? ひとかた3  …努力しだいで。 宗教の人   オウ。頑張ってみます。 ひとかた3  お願いです! 宗教の人   ハイ! ひとかた3  死んでください!   宗教の人、固まる。 ひとかた3  死んで、「ぎゃー」って言ってください! 宗教の人   ……さようなら。 ひとかた3  待って!「さようなら」なんて言わないで! 宗教の人   ツァイチェン(再見) ひとかた3  「ツァイチェン」もだめ! 宗教の人  グッバイ! ひとかた3  「グッバイ」もだめ! 宗教の人   じゃあ、何がいいですか? ひとかた3  なんでもいいからしゃべって! 宗教の人   何でもいいですか。 ひとかた3  (1・2に)なんでもいいだろ? ひとかた1・2  (うなずく)   宗教の人、話し始める。ひとかた1・2、言葉をつまみ食いする。 宗教の人   では、聖イザベラ様についてお話しします。        聖イザベラ様は、それはもう尊い方で、 ひとかた1  どのくらい? 宗教の人   えー、世界と同じくらい。 ひとかた2  基本的人権はみんな平等なんだぞ。 宗教の人   聖イザベラ様は神様ですから… ひとかた2  神様は日本の象徴になったんじゃなかったのかよ! 宗教の人   それは天皇でしょ。イザベラ様は違います。唯一無二の絶対神なのです。 ひとかた3  良くそんな日本語知ってるね。 宗教の人   もちろんです。イザベラ様は偉大ですから。 ひとかた1  面白くない。 宗教の人   これからです。これから面白くなります。 ひとかた2  腹減った。 宗教の人   だったら喋らせなさい。…イザベラ様はこの世界で唯一無二の絶対神なのです。        イザベラ様がこの世に現れたのは明治元年のこと、 ひとかた1  結構若いな。 宗教の人   シャラップ!…明治元年のこと。その当時、飢饉で農民は苦しんでいました。        ある村では、村人の10パーセントが飢えで死んだといいます。 ひとかた2  村人は全部で……? 宗教の人   10人です。 ひとかた2  一人しか死んでないの? 宗教の人   シャラップ!…一人とはいえ、飢えで人が死ぬことはとても悲しいことです。        そのとき、彗星のように登場したのが、イザベラ様でした。……われながら陳腐なせりふです。 ひとかた1  この人、勧誘する気あるのか? 宗教の人   イザベラ様は、奇跡の力で、イナゴを佃煮に変えました。もう、アンビリーバボーです! ひとかた2  そうか? 宗教の人   村人は、イザベラ様の作ったイナゴの佃煮を「これ、味ないぞ?」と言いながら、おいしそうに食べました。 ひとかた3  おいしいかな? 宗教の人   こうして、村は救われ、村人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。…どうでしたか、私の話? ひとかた1・2  どうって…めでたいか、それ? 宗教の人   めでたいでしょう。 ひとかた3  漫談と思えば、いい出来だったと思うけど…… 宗教の人   漫談とは何ですか!…(改めて)漫談って何? ひとかた2  面白い話って事だよ。 宗教の人   私の話、おもろいですか。 ひとかた1  あなたの意図しているものとは別の意味で…… 宗教の人   オーケー!イザベラ様、信じてみたくなったでしょう? ひとかた2  あんた、 宗教の人   オーケーベイベ!これ入信書です。 ひとかた2  じゃなくて、 宗教の人   印鑑、ノーサンキューね。サインでオッケーよ。 ひとかた2  人の話を聞け! 宗教の人   オー、イエス。 ひとかた2  腹減った。 宗教の人   私の話、満たされませんでしたか? ひとかた1  味は悪くないんだけど。 ひとかた2  そう? ひとかた1  聞き心地はすっげー悪い。 ひとかた2  とにかく、食った気がしないんだよ。 ひとかた3  本当の言葉じゃないんだね。 宗教の人   ノー!イザベラ様本当の言葉ね。 ひとかた1  信じている限りはな。 宗教の人   信じてください。 ひとかた3  ねえ、どうしてあなたは信じているの? 宗教の人   ワタシ、希望がほしい。 ひとかた1  希望? 宗教の人   聖書にこのような記述があります。        「この世界には果てがあって、そこには一本の花で出来た道があるのです。        その道をたどると、希望に満ちた世界が広がる」……と、        私たちは、この道のことをフラワーロードと呼んでいます。 ひとかた2  フラワーロード? ひとかた3  わかんない。 宗教の人   わかんないですか? ひとかた1  今までの中では、一番まともな話だったけど、 宗教の人   イザベラ様、素敵ね。 ひとかた3  残念でした。イザベラ様食べた気がしないんだって。 宗教の人   待ってください。私からも聞きたいです。 ひとかた1  何? 宗教の人   あなた方、外の世界を知っていますか? ひとかた3  外の世界?人間の世界のこと? 宗教の人   そうです。外の世界に出てみたくありませんか? ひとかた2  外?めんどくせー。 ひとかた1  色々大変みたいだしな。 ひとかた3  宮本君見てたらね。 宗教の人   いいえ。イザベラ様にかかれば、外の世界は素敵です。そのための取って置きの話あります。        これを聞けば、外に出たくなりますよ。 ひとかた1  どんなの? 宗教の人   「最後の晩餐」 ひとかた2  なに食ったの? 宗教の人   冷やし中華。 ひとかた1・2  却下! 宗教の人   ちょっと、食べ物で判断するのはマチガイだと思います。もっと、重要な部分を聞いてから、判断してください。 ひとかた1  まあ、一応聞いてから、 ひとかた2  判断してやるよ。 宗教の人   オー、ガラ悪い。 ひとかた1・2  とっとと、喋れ。 宗教の人   「最後の晩餐」とは、イザベル様が死ぬ間際に開いた晩餐会のことです。        そこで、イザベラ様は重大な予言をなさったのです。 ひとかた3  なんて? 宗教の人   明日は、西高東低の気圧配置により、晴れ… ひとかた1・2  ちょっと、 宗教の人   オー、ジョークです。あまり本気にしちゃ駄目です。 ひとかた1・2  で、 宗教の人   「私は三日後に再び地上に現われるだろう」と、イザベラ様は言いました。 ひとかた3  つまり、よみがえるってこと? 宗教の人   そうです!そして、イザベラ様は三日後に現われました。 ひとかた1・2  ほう、 宗教の人   墓荒らしに荒らされて、見るも無残な御姿のイザベラ様が、 ひとかた1・2  をい、 宗教の人   どうやら、イザベラ様の棺には高価な金品が、わずかながら入っていたみたいなんです。        それを弟子たちが奪い合ったんでしょうネ。オー、人間怖いです。 ひとかた1  帰ってください。 宗教の人   オー!待って待って、これはちょっと感動します!ホントに取って置きの話。 ひとかた1  何? 宗教の人   「イザベルの復活」 ひとかた3  死んだはずのイザベルが枕元に、 ひとかた2  幽霊じゃないんだから。 宗教の人   どうして分かるのです! ひとかた1  そうなのか? 宗教の人   イザベル様の弟子が夜中に起きると、髪をたらしたイザベル様が枕元に立って「呪ってやる」と言う、イザベル様の執念深さを表す感動的なエピソードです。 ひとかた1  感動的か? 宗教の人   そーです!このエピソードに恐れおののき、イザベル様への信仰心を高めざるを得なくなった信者は数知れず… ひとかた2  ただの恐怖心じゃないの? 宗教の人   シャラップ!それが宗教と言うものです。 ひとかた1  と、くだらない会話をしていても、俺たちの腹は満たされないわけで。 ひとかた2  イザベル様はおなかを満たしてくれないわけで、 ひとかた1  まだここにいるつもりなら、 ひとかた2  「ぎゃー」の一言でも言って俺たちの腹を満たしてもらいたいんだけど、 宗教の人   ノー。この人たち目がマジです。 ひとかた3  (すべてを包み込むような笑顔で)大丈夫。 宗教の人   オー、神よ!あなたは神です。 ひとかた3  いっぺん死ぬだけだから。 宗教の人   ユーはノーゴッドね!イザベル様ー!   宗教の人走り去る。   ひとかた1・2、息を抜いていすに座る。   ひとかた3は宗教の人が去ったほうを見ている。 ひとかた1  余計疲れた。 ひとかた2  ほんとに。 ひとかた1  外、か。どんな世界だろう。 ひとかた2  外、ね。考えるのもめんどくせー。 ひとかた3  ひとかたー。 ひとかた1・2  んー? ひとかた3  これいる? ひとかた2  食いもんじゃん! ひとかた3  見っけてきた。   ひとかた1・2、言葉をむさぼる。 ひとかた2  よく見つかったな。 ひとかた3  さっきの人が落としていった。 ひとかた1  ちなみに、なんて言葉だ? ひとかた3  「イザベル様―」ってやつ。 ひとかた1・2  ああ…… ひとかた3  何?どんな味? ひとかた2  イナゴの味がする。   暗転 4   夕暮れ時。   ひとかた達、なぜか元気にラジオ体操をする。 ひとかた1・2  いっち、に ひとかた3  さん、し ひとかた1  なあ、ひとかた。 ひとかた2  なんだい、ひとかた。 ひとかた1  案外食ってみるもんだな。 ひとかた2  案外食ってみるもんだ。 ひとかた3  おいしかったの? ひとかた1  いや、 ひとかた2  イナゴはどうごまかしてもイナゴだ。 ひとかた1  しかし、腹はふくれる。 ひとかた2  妙な言葉だった。 ひとかた3  イナゴ味の言葉だもんね。 ひとかた2  いや、味付けはしょうゆ味だった。 ひとかた3  何がイナゴだったの? ひとかた1  食感が…… ひとかた3  食感? ひとかた1  よく煮含められていて、しっとりホッコリのはずなのに、ぱりぱりしてるんだ。 ひとかた3  ぱりぱり? ひとかた2  イナゴの足がぱりぱり…… ひとかた3  うへぇ。   ひとかた1・2・3、ラジオ体操を止め、いすに座る。   三人、思い思いの行動をとる。   チャイムの音。 ひとかた1  はーい。 ひとかた2  誰だ? ひとかた3  誰? 作家(声)     ごめんください。 ひとかた1(声)  はい、 作家(声)     物語はいかがですか? ひとかた1(声)  は? 作家(声)     私作家なんです。物語はいかがですか? ひとかた1(声)  物語の? 作家(声)     はい。お話だけでもさせていただけないでしょうか? ひとかた1(声)  あなた、人間? 作家(声)     そうですが…… ひとかた1(声)  そうですか!ま、立ち話もなんですから中で。   作家、「お邪魔しまーす」といいながら入ってくる。 ひとかた3  作家の人? 作家     はい。 ひとかた3  どんなの作っているの? 作家     たとえば……こんなのがあります。        ある家に、食いしん坊の妖精がいました。        その妖精は何をすることもなく、ただ毎日食べて、寝て、そうやって毎日を過ごしていたの。        そんな生活が、数年、数十年続いたとき、妖精は旅に出ることにしたの。 ひとかた2  ちょ、ちょ、待って。それ、俺たちのことか? 作家     何が? ひとかた2  その物語。 作家     え? ひとかた2  俺たち食ってばっかしだし、 ひとかた1  妖精じゃないけど、人間じゃないし、 ひとかた3  寝てばっかりだし。 ひとかた1・2  それはお前だけ。 作家     どうです?こんな物語。 ひとかた3  ほしい! ひとかた1  あなた、名前は? 作家     申し遅れました、私、こういうものです。   と、名刺を渡す。ひとかた1・2・3、名詞を読んで。 ひとかた1・2・3  「ドリーム・オンリー」 ひとかた2  これ名前? ひとかた3  日本人だよね。 ひとかた1  ペンネーム? 作家     はい。 ひとかた1  どうしてこうなったの? 作家     私、本名が「梅田ケイ」なんです。で、それを崩していくと…… ひとかた2  ウメダケイ…… ひとかた1  ウメダケ ひとかた3  夢だけ…… ひとかた1・2・3  ドリーム・オンリー! 作家     と、言うことです。 ひとかた2  無理がないか? ひとかた3  安易なネーミングだね。 作家     …… ひとかた1  気にしないで、こいつら口悪いから。 作家     はい……あなた方は? ひとかた2  俺はひとかた。 ひとかた1  俺もひとかた。 ひとかた3  僕もひとかた。 作家     へ?みんなひとかた? ひとかた1  みんな、ひとかた。 作家     (1に)ひとかた。(2に)ひとかた。(3に)ひとかた。 ひとかた3  そう。 ひとかた2  みんな、ひとかた。 作家     なかなか呼びにくいですね。 ひとかた1  そう思う。 ひとかた2  まあ、そうだな。 ひとかた3  ほかの名前つける? ひとかた2  たとえば? ひとかた1  ピン・ポン・パンってどうだ? ひとかた2  なんだ?その卓球みたいな名前は。 ひとかた3  いいじゃん。僕、ピンとった! ひとかた1  俺、パン。 ひとかた2  (不満げに)俺、ポンか? 作家     (3に)ピン。(2に)ポン。(1に)パン。 ひとかた1  チャン・リン・シャンでもいいぞ。 ひとかた2  ポンでいい…… 作家     ピンポンパンは、普段、何しているの? ひとかた1  普段、 ひとかた3  食べて、 ひとかた2  寝てる。 作家     だけ? ひとかた1  だけ。 作家     ホントに? ひとかた3  ホントに。 作家     珍しいですね。 ひとかた1  よく言われます。 作家     物語はいかがですか? ひとかた3  おいしかったら買う。 作家     おいしい? ひとかた3  かくかくしかじかで、言葉を食べるの。 作家     おっしゃっている意味がよく分からないのですが。 ひとかた1  俺たち、人間じゃないんだ。   作家、自分なりに今の状況を理解しようとする。   ひとかた達、新聞や、雑誌をなめている。ひとかた2は、エロ本をなめていたりする。   ふいに、ひとかた2と目が合う。 作家     化け物、化け物、(2に)ケダモノ ひとかた2  なんで俺だけ? 作家     ……里に帰らせていただきます。   作家、出て行こうとするが、ひとかた達に止められる。 作家     きゃー、拉致よ。拉致! ひとかた1  ちょっと、落ち着いて。深呼吸、深呼吸。 作家     (深呼吸して)化け物、化け物、(2に)ケダモノ ひとかた1  俺たち、そんなに怪しいかな? 作家     東京は恐ろしい…… ひとかた2  自分でも何言ってるのか分からないんじゃない? ひとかた1  いい?あなたは、物語を売りに来たの。それ以上でもそれ以下でもないの。        相手が人間だろうが、人間じゃなかろうが関係ないの。分かった? 作家     ……はい。 ひとかた3  大体、こんくらいの事で驚くなんて、想像力ないね。 作家     で、私は何をしたらいいんでしょうか。 ひとかた1  物語を売っていただけると嬉しいんですが。 ひとかた3  お腹すいたー。 ひとかた1  って言ってることだし、 作家     え?そうですね。 ひとかた2  そうそう。 作家     では、私が一番初めに作った物語を話しましょうか。 ひとかた3  早く、早く ひとかた2  せかすなって。 ひとかた1  話して、   作家、話し始める。ひとかた達、言葉を食べる。 作家     ある所に、絶望の淵に立って微笑んでいる女の子がいました。        僕は、その女の子の笑顔を見るのが楽しみで、        毎日毎日、絶望の淵に足を運びました。        毎日、女の子の笑顔を見るたびに、        やがて僕は、彼女が1分間笑うたびに、家に帰って1時間泣いていることを知りました。        それでも、僕は毎日、彼女の笑顔を見に行きます。        彼女が家で1時間泣いていたとしても、        彼女が与えてくれる1分間の幸福な時間を感じるために、        今日も、僕はあの場所へ行きます。……おしまい。 ひとかた3  女の子はどうなったの? 作家     微笑んでいると思いますよ。 ひとかた1  今も? 作家     今も。そして、たぶんこれからもずっと……        いかがでした?私の話は。 ひとかた2  おいしい。 ひとかた3  けど、悲しい。 作家     そう…… ひとかた1  ねえ、ドリーム・オンリー、 作家     呼びにくかったら、ドリームでいいですよ。何です? ひとかた1  俺ね、その女の子、嫌い。 作家     どうして? ひとかた1  救いがないから、 作家     そうですね、 ひとかた2  ちょっと、その「ですね」っての止めてくれない?        なんか肩こっちゃうんだよね。もっと普通にしゃべれないの? 作家     どういう風にです…… ひとかた2  そこだ!「どういう風に?」これだけでいいんだよ。 作家     わ、分かりました。 ひとかた3  ねぇ、ドリーム。この話って、本当にあったの? 作家     どうしてそんなこと聞くの? ひとかた3  よくあるでしょ、「本当にあった怖い話」とか、 ひとかた2  それとこれとは別だろ、 作家     ……一部、本当の話かな。 ひとかた1  へえ、どの辺りが? 作家     秘密、 ひとかた3  ドリーム、他には? 作家     他? ひとかた3  ばかばかしい話がいい。 作家     うーん。 ひとかた3  ない? 作家     難しいわね。 ひとかた2  他には?ばかばかしくなくてもいいからさ。 作家     色々あるけど。 ひとかた2  全部聞きたい。 作家     全部?何日もかかるけど。 ひとかた2  何日もかかっていいから、全部聞きたい。 ひとかた3  全部! ひとかた2  うまいしな。   短い暗転。   ひとかた1にスポット。 ひとかた1  こうして彼女は、家にとどまることになりました。   光。音楽。   スクリーンに「エイプリル」と映る。 ひとかた1・2・3  食える食える食えるぞー、飯が食えるぞー♪ 作家     今日は、なんにする? ひとかた3  何があるの? 作家     何って、色々あるけど。 ひとかた2  何でも? ひとかた1  ホントに? 作家     多分。 ひとかた3  飯だ! ひとかた2  飯だ! ひとかた2・3  とりあえず。「こざとへん」意外のものを! 作家     ?   スクリーンに「メイ」と映る。   作家が、言葉を運び、皿に盛っていく。 ひとかた3  まだ? 作家     もうすぐよ。 ひとかた2  メーシ。メーシ。 ひとかた3  今日のメニューは? 作家     今日のメニューは、ピンのリクエストで、「愛しているといってくれ」 ひとかた2  ほぉー。 ひとかた1  さすが人間。 ひとかた3  はやくはやく。 作家     はいはい。 ひとかた1・2・3  いっただっきまーす! 作家     ……どう? ひとかた3  (作家に)愛してほしいの?   スクリーンに「ジューン」と映る   ひとかた3、庭を見ている。 ひとかた2  アメアメアメアメ、鬱陶しい…… ひとかた3  ドリ―ムぅ 作家     何? ひとかた3  エスカルゴ食べたい。 ひとかた1  なんでまた、エスカルゴなんだよ。 ひとかた2  そうそう。 ひとかた3  庭のカタツムリ見てたら急に… ひとかた1・2  げ… ひとかた3  (作家に)ね、いいでしょ?エスカルゴー! ひとかた1・2  却下!   スクリーンに「ジュライ」と映る。   食事中。 ひとかた3  んー。さっぱりとしてこくが無く…… ひとかた2  要するに、あっさり味って事だろ。 ひとかた1  しかし、夏にはこういう…… ひとかた2  どうした? ひとかた1  ドリーム。 作家     何? ひとかた1  非常に聞きにくいことなんだが…… 作家     え? ひとかた1  俺たちが食ってるこれ、何? 作家  聞きたい? ひとかた1  ……やめとく。   スクリーンに「オーガスト」と映る。   ひとかた2、腹をすかせている。 ひとかた2  ドリーム。今日の晩飯は? 作家     ……何がいい? ひとかた3  「ちょこっとだけ悲しくて、心が温まるお話!」 作家     ごめんね、無いんだ。 ひとかた3  じゃあ、「愛!」 ひとかた2  またぁ? ひとかた1  いいじゃん、美味しいんだから。 ひとかた2  かっこいい話がいい! ひとかた1  どんなの? ひとかた2  ドラゴン倒すやつとか……無いの? 作家     探してみる。        ……だから、今日は「愛」で我慢して。 ひとかた2  ……うん。   スクリーンに「セプテンバー」と映る。   ひとかた達、月見をしている。 ひとかた1  満月だな。 ひとかた2  満月だ。 作家     きれいね。 ひとかた3  つきより団子! ひとかた1  風情の無いやつだな。 ひとかた3  腹が減っては、月見は出来ぬ。 ひとかた2  いいから、月見ろ! ひとかた3  はーい……あ!流れ星! ひとかた1  金、金、金…… ひとかた2  女、女、女…… ひとかた3  愛、愛、愛…… 作家     幸せ、幸せ、幸せ…… ひとかた1・2・3  (作家に)え?   スクリーンに「オクトーバー」と映る。 ひとかた2  秋だな。ひとかた。 ひとかた1  秋だな。ひとかた。 ひとかた3  まつたけー。 作家     無いわよ。 ひとかた1  秋刀魚も良いな。 ひとかた2  秋茄子もな。 作家     だからあ、無いって。 ひとかた3  じゃあ、愛! 作家     それは、 ひとかた3  なくなったの? 作家     あるわよ……少しは。   スクリーンに「ノベンバー」と映る。   作家、物語を読んでいる。 作家     …終わり。 ひとかた3  えー。もう!? ひとかた2  腹減った。 ひとかた1  …… 作家     さ、もう寝よ。 ひとかた3  ドリームぅ。 作家     何? ひとかた3  お話。 作家     (寝たふり) ひとかた2  ぐぅ。 ひとかた3  おなかすいたぁ。   スクリーンに「そして、ディセンバー」と映る。 作家     ある所に、表層を滑り続ける男がいました。        滑り続けて、ある日、小さな男の子に出会いました。        男の子は聞きました。「滑り続けると、どこへ行くの?」         男は答えました。「世界の果てだよ。」   以下、ひとかた1=男、ひとかた3=男の子となり話は進んでいく。 ひとかた3  世界の果て?果てなんてあるの? ひとかた1  あるさ。 ひとかた3  世界は丸いんじゃないの? ひとかた1  それでも、確実に「果て」はあるんだよ。 ひとかた3  世界の中心へは行かないの? ひとかた1  世界の中心は深いからね。 ひとかた3  行きたくても行けないの? ひとかた1  ああ。 ひとかた3  分からない。 ひとかた1  坊やにはまだ分からないさ。 作家     などと、トンチンカンな会話をして二人は分かれ、男はまた滑り続けました。        そして、世界の果てに着きました。 ひとかた1  ここが、「果て」か…… ひとかた2  そういうことだ。 ひとかた1  誰? ひとかた2  君だよ。 ひとかた1  ……そうか。 ひとかた2  私に聞きたいことがあるんだろう。 ひとかた1  ああ。 ひとかた2  何? ひとかた1  私はここで、道を作った。その道は今でもあるかい? ひとかた2  ああ。        私からも聞きたい、 ひとかた1  何だ? ひとかた2  どうして、君は道を作った?この何も無い荒野の真ん中に、 ひとかた1  ……強いて言うならば、寂しかったから。 ひとかた2  そうか、 ひとかた1  もう、いいだろ。私は行かなくちゃならないんだ。        どうしてか分からないけど、行かなくちゃならないんだ。 ひとかた2  ああ、元気で。 作家     そうして、男はまた滑り続けるのでした。……めでたしめでたし。   ぱちぱちと拍手。 ひとかた1  うーん。 作家     どう? ひとかた2  うまくも無く。 ひとかた3  まずくも無く。 ひとかた2  不思議な味だった。 ひとかた1  うん。 ひとかた3  ねぇ、次! 作家     …… ひとかた3  次。 ひとかた1  無いの? ひとかた2  まさか。 作家     無くなっちゃった。 ひとかた3  ホントに?   作家、立って身支度をする。 ひとかた3  いくの? 作家     もう、物語も無いしね。 ひとかた2  いれば? 作家     物語が無いのに? ひとかた3  いてほしい。 ひとかた1  せめて今晩だけでも。 作家     ……そうね。そうするわ。        ……さ、寝ましょ。   ひとかた2・3、寝る。 ひとかた1  ねえ、どうして? 作家     何が? ひとかた1  どうして出ていくの? 作家     物語がなくなったからね。 ひとかた1  本当に? 作家     ……ええ。 ひとかた1  嘘でしょ。 作家     どうしてそう思うの? ひとかた1  俺たち、こう見えても言葉に関しては「プロ」だよ。 作家     食べれば分かる? ひとかた1  そういうこと。        ……ねぇ、どうして出て行くの? 作家     パン。旅に出たことある? ひとかた1  どうしたの? 作家     あるの? ひとかた1  ……ないけど。 作家     私はあるわ。 ひとかた1  それがどうかしたの? 作家     ……私ね、世界の果てにいったことがあるのよ。 ひとかた1  で? 作家     世界の果てには何も無かったわ。        あまりにも何も無くて、寂しかったから、私は私の中身を世界の果てに植えていったの。        私は空っぽになってね、空っぽになると悲しくて、でも空っぽだから涙も出ないの。それがまた悲しくてね、        空っぽになってたたずんでいたら、        植えていった私の中身が花をつけて一本の線ができたの……        その線の向こうには、とても魅力的な世界があったわ。        そこには、いくつもの物語があり、私を満たしてくれたの。 ひとかた1  …… 作家     そうよ、私は線を越えてしまったの。        向こうの世界とこちらの世界を隔てる境界線を越えてしまったの。 ひとかた1  ドリーム。 作家     私ね、もう一度世界の果てに行ってみようと思うの。 ひとかた1  帰るの? 作家     そういうことね。 ひとかた1  どうして?愛されに行くの? 作家     愛してくれる人はいないわ。 ひとかた1  でも、ドリームの「愛」はあんなに美味しかったのに、 作家     ……愛してくれる人はいないわ。 ひとかた1  どうして? 作家     君はもう少し頭のいいやつだと思ってたな。 ひとかた1  ……どうして。 作家     言っちゃえば、ここは気持ちよすぎるのよ。 ひとかた1  だったら……(いればいいじゃない) 作家     だから、よ。 ひとかた1  言ってることが分からない。 作家     あなた、分かっていってるでしょ。 ひとかた1  耳が聞こえない。 作家     耳栓してれば、そりゃ聞こえないわよ。        ……あのね、私、こう見えても言葉のプロよ。 ひとかた1  ねぇ、いつ頃出るの? 作家     朝。 ひとかた1  っそ。寝ようか?   作家、寝る準備。途中で、 作家     あなた達は出て行かないの? ひとかた1  寝よっか? 作家     ……   暗転 5   明け方、午前五時。   作家、荷物をまとめている。一つ一つ丁寧に、最後に、手紙をテーブルの上におく。 ひとかた1  出て行くの? 作家     見つかっちゃったか…… ひとかた1  今から?まだ五時じゃない? 作家     ……出て行くわ。 ひとかた1  だったら止めといたほうがいい。 作家     どうして? ひとかた1  朝は、朝日がまぶしすぎるから。寝不足の目にはしみるよ。 作家     じゃあ、夜に出て行くわ。 ひとかた1  夜は、暗闇が世界を覆うから。右も左も分からないよ。 作家     だったら、夕方に出て行くわ。 ひとかた1  夕方は、夕焼けが物悲しくさせるから。泪で前が見えなくなるよ。 作家     昼間に出て行くわ。 ひとかた1  昼間は…昼間は… ひとかた2  昼間は、人ごみがうるさいだろ。 作家     なら、丑三つ時に出て行くから。 ひとかた3  お化けが出るよ。 作家     みんな…… ひとかた2  それにしてもパン。 ひとかた1  何? ひとかた2  くさい。すんげーくさい。 ひとかた1  何もそこまで言うこと無いだろ! ひとかた2  でも、今はくさくないんだ。 ひとかた3  うん。 ひとかた2  それは、例えば…… ひとかた3  自分の足の匂いのように。 ひとかた1・2  それは違う。   みんな、幸福に微笑む。 作家     ……でも、私は出て行くわ。 ひとかた3  どうして? 作家     言わなくちゃ駄目? ひとかた3  駄目、 作家     物語がなくなったからよ。 ひとかた3  嘘でしょ。 作家     嘘よ。 ひとかた2  どうして? 作家     ……眠たくて眠たくて、そのまどろみの中に落ちてしまいたいときってあるでしょ? ひとかた3  どうしたの?突然。 作家     まどろみの中に落ちたいんだけど、ちょうどその日は用事があって、どうしても起きなきゃいけないの。        …あなた達なら、どうする? ひとかた3  寝ちゃう。 ひとかた2  起きろよ。 作家     私も起きるわ、 ひとかた2  だから? 作家     だから出て行くの。 ひとかた3  分からないよ。 作家     (3に)布団の中は気持ちいいでしょ? ひとかた3  うん。 作家     でもね、いつまでも布団の中で丸まってるわけにはいかないの。 ひとかた3  そうだね、ご飯食べないと、 作家     そうね…… ひとかた1  あのさ、俺ね、あれから考えたんだ、色々なこと。  作家     それで? ひとかた1  …それで、俺、分かったんだ。ドリームのやろうとしていること。 ひとかた2  何だよ。 ひとかた1  布団から出る。 ひとかた2  (ドリームを指差して)出てるじゃん。 ひとかた3  …どうしても行くの? 作家     うん。 ひとかた3  また、眠たくなったらおいで、待ってるから。 ひとかた1  (2に)ピンは理解したみたいだぞ。 ひとかた2  ? 作家     ありがとう、絶対忘れないから。…って、陳腐よね。 ひとかた2  陳腐だな。 ひとかた1  ああ、 ひとかた3  陳腐。とても作家の言葉とは思えないね、 作家     …… ひとかた1  大体、「絶対」って言うやつに限って、「絶対」じゃないんだよな。 ひとかた2  そうそう。 作家     …あなた達、ホント、口悪いわよ。 ひとかた3  そうだぞ、ポン・パン。 ひとかた1  おまえが一番、口悪い。 作家     …そろそろ、(行くわ) ひとかた3  じゃあ、ね。 作家     うん。楽しかったよ、ピン。 ひとかた3  バイバイ。 ひとかた2  なんか、他の二人は納得してるみたいだから、 作家     ありがとう。 ひとかた1  あのね。 作家     どうしたの? ひとかた1  昔、絶望の淵から逃げ出してきた、女の子がいました。        そこは、とても魅力的な世界で、彼女は3人の人ではない者たちに会いました。 作家     彼女は、3人の人ではない者たちに名前をつけ、一緒に暮らしました。        しかし、彼女はある日、彼らの元を出て行くことを決意するのでした。 ひとかた2  (3に)おまえ、何食ってんだよ。 ひとかた3  小腹すいちゃって、 ひとかた1  最後だからな。 ひとかた3  ねぇ、続き。 作家     あのね、 ひとかた2  どんな言葉でもいいからさ。 作家     ……どんな言葉でも? ひとかた2  うん。 作家     ……バイバイ。   ひとかた達、バイバイ争奪戦。ひとかた3、あっさりと平らげる。 ひとかた2  あ、こいつ。 ひとかた3  …… ひとかた1  どうした? ひとかた3  ドリーム、 作家     何? ひとかた3  ここは、梅田ケイって読んだほうがいいのかな。 作家     久しぶりね、その名前で呼ばれるのは…… ひとかた3  陽気なフリが疲れたら、愚痴の一つでも聞いてあげるから。 作家     …… ひとかた3  僕たち、こう見えても言葉の「プロ」だよ。   作家、ひとかた1、それを見て少し笑う。 ひとかた1  ……ねえ、ドリーム。布団から出たら、君は何をするの? 作家     とりあえず、今は何も考えれてないな。   作家、荷物を持って出て行く。   ひとかた達、長い間それを見送る。ひとかた2・3は玄関を出てまで見送りに行く。   ひとかた1、テーブルにある手紙に目を留める。   ひとかた2・3、戻ってくる。 ひとかた1  ピン、ポン……これ。 ひとかた2  何? ひとかた1  手紙。 ひとかた3  ドリームから? ひとかた1  そうみたい。 ひとかた2・3  !   ひとかた2・3、ひとかた1から手紙を奪い封を切る。 作家     ある所に、絶望の淵に立って微笑んでいる女の子がいました。        僕は、その女の子の笑顔を見るのが楽しみで、毎日毎日、絶望の淵に足を運びました。        毎日、女の子の笑顔を見るたびに、        やがて僕は、彼女が1分間笑うたびに、        家に帰って1時間泣いていることを知りました。        それでも、僕は毎日、彼女の笑顔を見に行きます。        彼女が家で1時間泣いていたとしても、        彼女が与えてくれる1分間の幸福な時間を感じるために、        今日も、僕はあの場所へ行きます。        ……ですが、その日はなぜか彼女はいませんでした。        その次の日もそのまた次の日も、彼女はいませんでした。        ……風のうわさで、僕は彼女が今幸せであると聞きました。        彼女は、1分間笑い1時間泣く生活ではなくて、1時間笑い1分間泣く生活を選んだのです。        僕は、そのうわさを聞いてうれしくなりました。        嬉しくて笑っていると、僕の立っていた場所一面に綺麗な白い花が咲き、        はるか向こう側で彼女が笑っているのが見えました。        僕は彼女に手を振り、彼女は僕に手を振り、        彼女と僕は出会いました。……めでたしめでたし。 ひとかた2  めでたしめでたし……か。 ひとかた1  そうかもしれない。 ひとかた2  なあ、パン。 ひとかた1  何? ひとかた2  これも、「一部事実を交えて制作しております」ってやつかな。 ひとかた1  そうだと思う。 ひとかた2  どれが、その「一部の事実」かな? ひとかた3  これじゃない?「彼女と僕は出会いました。」 ひとかた2  そりゃあいい! ひとかた1  まだある! 作家     P.S.ばかばかしい物語があまりなくて不満な様子でしたので、        私なりにばかばかしい言葉を考えてみました。どうぞ受け取ってください。 ひとかた2  なんて書いてあるんだ? 作家     眉毛ボーン。   ひとかた達、固まる。そしてどこからともなく笑いが起こる。 ひとかた1  「眉毛ボーン」だって。 ひとかた2  ああ。 ひとかた3  眉毛ボーン!   ひとかた達、ひとしきり笑う。 ひとかた1  飯にするか。 ひとかた3  メニューは? ひとかた2  「眉毛ボーン」   ひとかた達笑い、泣き、ひとかた1が提案する。 ひとかた1  みんなで一緒に馬鹿笑いするもの良くないか? ひとかた2  そういうことなら ひとかた3  どういうこと? ひとかた1  行こう!世界の果てへ!   ひとかた2・3、うなずき、リュックを持ち出して、「眉毛ボーン」の言葉と最後の物語を詰め込む。   そして、三人出かけていく。   ひとかた達の旅は、今、始まったばかりなのだ。 幕