英雄未満 章/レッド 彦次郎/ブルー みどり/イエロー 奈穂/お姉さん 英二/悪役 1   音楽。   ここは、総合デパートの屋上。ヒーローショウをやっている。   菜穂、音楽に合わせて登場。 菜穂   みんなー!元気かな?お姉さんは、そこそこ元気よ!今日は、何しに来たの?      …家族サービス。あ、そうですか。ごくろうさまです。      え?お母さんが、戦場で戦っている?……バーゲンですか。ごくろうさまです。      いつまで、こんなくだらない前座をするのかって?…作家の都合よ。   音楽、変わる。 菜穂   な、何?この不気味な音楽は…      ちょっと、花の日曜日なんだから、もっと景気の良い音流しなさいよ! 栄二(声) フハハハハ…それは無理な相談というものだ。 菜穂   そのちょっと上ずった声は!   栄二登場。 栄二   (スモークと爆発音)プシュー、ドカーン。 菜穂   悪役!あなた、悪役ね! 栄二   そういう言い方をされると、身も蓋もないんだが。いかにも、私が悪役だ。      名もなき悪役だ。だが、私をそんじょそこらの三流悪役と思うな!いでよ、戦闘員達よ!   栄二、自分で戦闘員達(複数名)をご丁寧に演じていく。 栄二   ヒー!ヒー!ヒー!ヒー!(最後に敬礼)ヒー!      …どうだ! 菜穂   間抜けよね。 栄二   仕方がなかろう!人件費削減の結果だ!      かかれっ!(と、菜穂を襲う) 菜穂   キャー!いやっ、馬鹿っ、変態っ、ひとでなし、非モテ、 栄二   ハハハハハ、そんな言葉、言われ慣れておるわ! 菜穂   いろいろあるのね。 栄二   (乾いた笑い)ハハハハハ。クソーっ! 菜穂   キャー! 声    そこまでだ!   なんだか格好よさげな音楽が鳴り響き、同時に章・彦次郎・みどりが登場。 章    飛んで火にいる夏の虫、光のほうへフラフラと。ピンスポ、SS、当たりたい。      明るいほうへ明るいほうへと、無意味な動きを繰り替えす! 彦次郎  おいしい台詞は独り占め、だけど長ゼリ覚えられない。出番は少なく、印象強く。      思いついた本番ネタも、考え無しに垂れ流し! みどり  死んで花実が咲くものか。だけど生きても花実は咲かぬ。美貌は少なめ、脂肪は多め。      毎日動き回るのに、やせる気配は依然なし! 三人   オンステージファイブ参上! 栄二   現われたか、オンステージファイブ。今日こそ、ケリをつけてくれよう! 彦次郎  望むところだ!   栄二と三人の戦い。どう考えても数で勝る三人のほうが有利なのに、なぜか劣勢の三人。 栄二   フハハハハ、弱いものだな人間は。 菜穂   ああ!オンステージファイブのピンチよ!さあ、みんなでチカラを送りましょう!      マハリクマハリタヤンバルクイナ…おぉぉぉぉ、はぁーっ! 三人   (なぜかパワーアップ) 栄二   ちいっ!こしゃくな真似を…!      しかし、三人しかいないオンステージファイブなど、私の敵ではない! 章    敵でないかどうか、やってみなけりゃ分からないだろう!   章の言葉を合図に、三人が栄二に立ち向かう。   章が凡ミスをして、章の武器が落ちる。 章    あ… 彦次郎  ちぃ!レッド、これを使え!(と、武器を手渡す) 章    どうも   章、律儀に彦次郎に頭を下げて栄二に向かう。   が、再び凡ミスをして、武器を落とす章。 彦次郎  (ったく)貸せ!   と、みどりの武器を奪い、栄二に立ち向かう彦次郎  。   きっちりと、殺陣をこなして栄二を倒す。   そして、颯爽と去っていく彦次郎。続くみどり。章は不恰好に去っていく。 菜穂   いつも助けてくれて有難うオンステージファイブ。      思えば、あなたと出会ったのは、17歳のときでした。      田舎から普通電車を乗り継いで、やってきました大都会。      あなたに会いたい一身で、思いを焦がしておりました。      有難うございます、真心込めて歌わせていただきます。曲目は、「狂い咲き」      ♪出会った、時から、あなたに惚れーたぁ。   栄二、無言で出てきて、菜穂を連れて行く。 菜穂   ちょっと、何すんのよ!もっと歌わせなさいよ!      馬鹿!ばーか!ば…モゴモゴ……(そして誰もいなくなった…)   舞台裏にある楽屋にて、章・彦次郎・みどりが疲れて出てくる。   奈穂が英二に連れられて出てくる。「馬鹿」だの「変態」だの言いながら出てくる。   楽屋に入った瞬間。 奈穂以外  はぁ… 英二   それでは反省会を始めます。   と、奈穂を放す。   舞台に行こうとする奈穂を、無言で止める、四人。 英二   それでは、反省会を始めます。それじゃあ、みどりちゃん。 みどり  お疲れ様です。ダメです…トンとダメです。でも頑張ります、お疲れ様でした。 英二   奈穂ちゃん。 奈穂   お疲れ様です。アドリブを途中で止められて、悔しいです。でも、懲りずにやっていこうと思います。      お疲れ様でした。 英二   彦次郎 彦次郎  名字で呼んでくださいよ、英二さん。 英二   ひこちゃん。 彦次郎  お疲れ様でした。ところで、いつものように聞きますが、 英二   聞かないでもらえる? 彦次郎  いつになったら、まともな公演するんですか? 英二   まともでしょ?「演劇戦隊オンステージファイブヒーローショウ」 彦次郎  そういう意味じゃありません。何で、こんな下手糞使うんですか。 英二   (困ったように)ひこちゃん… 彦次郎  一応、俺たちプロ志望なんですから、こんな裏方上がりの三流じゃなくて、もっといるでしょう? みどり  何のプロになろうっての?ヒーローショウやって。 章    … 彦次郎  次   章、黙りこくっている。 英二   はいはいはい。俺。      お疲れ様でした・      この小屋に入ってから、ぼちぼち経ちますが気を引き締めて残りの舞台、乗り切っていきましょう。      …解散。   めいめいに、衣装を着替えたり荷物をまとめたり。そんな中、章は一人黙りこくっている。 英二   おうおう、元気ないぞ。少年。 章    あの、英二さん。この後、大丈夫ですか? 英二   ん?ああ。 章    殺陣の練習。付き合ってもらえませんか。 英二   そうだな。どう?ひこちゃんも 彦次郎  よして下さい、下手が移ります。 英二   (やれやれ) 奈穂   神経質になってるだけだから。(と、去る。) みどり  お疲れさまー。 英二   章、やろうか。 章    …はい。   英二と章は殺陣の練習。動きを合わせながら会話していく。 章    どうしてですか? 英二   何が? 章    どうして、僕なんかを役者に? 英二   おいおい、役者でやりたいって希望出したのは自分だろ? 章    そうですけど。下手だからって裏方に回ってたのをわざわざ……そんな、才能無いのに。 英二   才能ってのは何? 章    才能は、才能ですよ。 英二   無かったら、ダメかなぁ? 章    それは みどり  ダメダメ。そんな、暗い顔してちゃ。      他人を楽しませるには、まず自分が楽しめないと。 章    自分から? 英二   そ、自分から。 みどり  あたしは楽しいよ、ヒーローショウ。 英二   そりゃ、良かった。 みどり  別の演目もやってみたいけど。 英二   ごもっともで… 章    でも、ひこさんは見世物って言ってる。 みどり  そんなの言い方一つでどうにでもなるじゃん。 英二   そうそう。 みどり  演劇、芝居、お遊戯、舞台。 英二   言っちゃえば、シェイクスピアも見世物って訳だ。 章    それは、失礼なんじゃ…… 英二   あくまで例えだよ。 みどり  ということ。 英二   見世物でも何でもかまわないじゃない。 章    そうですね。 英二   さ、楽しくやろう、楽しく。      音楽!   英二、みどり、音楽にあわせてむちゃくちゃに動き出す。 英二   どうしたんだ?ヘイヘイ!ベイベ! みどり  どうしたもこうしたもないよ、ベイベ! 英二   ベイベ!大丈夫かい? みどり  ベイベ!優しいのね。 英二   俺が優しいのは美人にだけさ!さあ、顔を良く見せておくれ! みどり  でも、あたしブスだから! 英二   だったら大丈夫だ! みどり  どうして大丈夫なの? 英二   本当に不細工な人は自分で申告できないほど深刻だ! みどり  なるほど、そうね! 英二   さらに本当に不細工な人は鏡で自分の顔を見たら石になる! みどり  本当? 英二   軽いお茶目だ。 みどり  あたしはとても真剣なのに。 英二   ベイベ、その真剣さがとても滑稽だよ。さ、顔を上げて!   みどり、目一杯不細工な顔をしている。 みどり  あたし、綺麗? 英二   現実とはつくづく残酷なものだと、 みどり  違うわ!残酷なのは現実じゃなくて現実を見すぎているあなたよ! 英二   だったら心の目で見てみるさ、ベイベ! みどり  あたし、綺麗? 英二   すまない!私には現実を捻じ曲げるだけの想像力が足りなかったんだ! みどり  違うわ!あなたに足りないのは優しさよ! 英二   嘘を言う優しさか? みどり  真実を言う優しさよ。 英二   ブス! みどり  ごふっ!(倒れる) 英二   ベイベ!ベイベ! みどり  … 英二   これが、優しさというのならば何故あなたは崩れ落ちるのか。 みどり  それは、目指す先にあるものが尊すぎるから。 英二   たとえば、太陽に触れられないのと同じように。 みどり  たとえば、手放せなくてどうしようもない努力目標のように。 英二   そうしてあなたは朽ちていく。 みどり  そうしてあたしは朽ちていく。 二人   朽ちていく…朽ちていく…   英二、みどり舞台を落ち着かせていく。   章、パチパチと拍手。英二とみどりはそれに答える。 章    やってて楽しいのと、見てて楽しいのは違うと思う。 二人   ごふっ! 英二   た、多分、こちらの楽しさが足らなかったせいだな。 みどり  じゃあ、アレ以上やれば良いわけね。 章    アレ以上やったら痛々しいんじゃないかな。 二人   ごふっ! 英二   現実という名のナイフをそれ以上突きつけるのは辞めたほうがいい。      その内、本当に胸をえぐり取るから。 みどり  あくまでも例えよ。そこまできわどいダメは必要ないから。楽しくやってみたらっていうこと。 章    楽しく? みどり  そうそう、作ってる方が面白くなかったら、見ている方だって面白くないって。それは確かでしょ? 章    そうだけど 英二   でもアドリブは勘弁してな。 みどり  今日の奈穂さん? 英二   そうそれ、ホントどうしようかと―― 章    アレですか?「思えば、あなたと最初に出会ったとき――」って   奈穂、ふらっと現われる。そして、何気に会話の中へ… 英二   そうそう。いきなり始めちゃったもんだから、参ったよ。 章    (奈穂を見つける)あ…… 英二   ってか、17歳は無いでしょう。どうサバ読んでそうなるの。 みどり  化粧も日増しに濃くなっていくし―― 英二   あれじゃ、子供にもばれる。 奈穂   (ひどく陽気に)やっぱ、ばれるかぁ、アレじゃあ。 英二   そりゃばれるよ。      って、どうおわぁおあぁおぁおあぉああ!! 奈穂   ども、忘れ物しました。 英二   いつからいました? 奈穂   そうそう。いきなり始めるから―― 英二   最初からじゃない! 奈穂   17歳はやっぱダメかな? みどり  ちょっちねー 奈穂   今日の化粧、そんなに濃かった? みどり  リアルに結構。 英二   章、あれ、黙らせて。 章    無理っス。 奈穂   もう、お姉さんって歳じゃない。 英二・章  言ってない。 みどり  頑張らないと厳しいかもね。 奈穂   はははは みどり  はははは 奈穂   どう殴ってやろう… 英二   奈穂ちゃん、落ち着いて。 奈穂   落ち着いてるわよ。落ち着いてるけど、ムカッと来てるだけ。 章    それを世間一般では怒ってると 奈穂   言わない言わない。      この位のことで怒ってるなんて、チャンチャラおかしいわ。      あ、あとごめんね。(英二に) 英二   何が? 奈穂   アドリブ。だってさ、だってさ、あたしの出番なんて、始めの5分と終わりの5分だけよ。      少しはおいしく持っていきたいじゃないのよ、役者としてはさ。      感動的な長ゼリ!スピード感溢れるアクション!華麗なステップ&ターン!      笑いなんて取れるだけとって、キュキュって締めてみたいじゃないのよう! みどり  そうそう。 奈穂   あたしだって変身してみたいわよ。こう、シャキーンってね。      …「袖で話すくらいの配慮があっても良いんじゃないか」って言いたそうね。 英二   ご名答 奈穂   ごめんねぇ 章    そこは素直なんですね。 奈穂   でもよ!でも! 章    呑んでるんですか? 奈穂   呑んでる訳無いでしょう!      さっきの今で、どうやったら呑めるのよ。 みどり  袖で一杯? 奈穂   馬鹿言ってんじゃないよ。あたし、お酒飲めないんだから 英二   呑めないくせに、馬鹿だな… 奈穂   はははは、呑めないくせに、馬鹿でぇす!   奈穂、出て行く。 奈穂(声)  あぁ、雨降ってらぁ!あははは… みどり  すごいね。 章    あんな、陽気な人だったんだ。 英二   …ちょっと、ふざけ過ぎたかな。俺、行くから。      出て行くときは、警備の人に一言。 みどり  了解。   英二、出て行く。   章、一人で殺陣の確認。みどりはそれを見ている。   別の空間に、奈穂が出てくる。ひどく陽気に振舞っていたが、やがて、溜め息。   そこへ、追いつく英二。 みどり  好きなんだね。 章    何が? みどり  役者。 章    下手だけど。 みどり  でも、好きなんでしょ。だったら―― 章    気持ちだけじゃ、乗り越えられない事がある。 みどり  金融会社のCMみたいな事言わないの。 章    こないだのオーディションも落ちたし。 みどり  ずっと裏方だったんだからしょうがないよ。また受ければ良いじゃない。 章    またまたまたまた、もう聞き飽きた…      後、何回「また」をやるんだろう。 みどり  それは、確立の問題ね。 章    確立? みどり  1%の確率だったら百回やったら何とかなると思うのよね。      0.1%だったら千回、0.01%だったら 章    んな無茶な、屁理屈だよ。 みどり  「屁理屈も立派な理屈だ」って英二さん言ってたよ。それに… 章    それに何? みどり  1%の確立は頑張ったら5%くらいにはなる 章    本当? みどり  そう、思う。 章・奈穂  …ありがと   この台詞をキッカケに場面は切り替わる。章とみどりは、荷物をまとめてこっそり出て行く。 英二   何? 奈穂   傘、持ってきてくれたんでしょ? 英二   持ってない。 奈穂   気が利かないわね。 英二   ひこちゃんなら持ってきてくれた? 奈穂   今日は持ってきてくれそうに無いわね。 英二   落ちたんだ。オーディション 奈穂   だからといって、八つ当たりする理由にはならないけどね。      あの子達なんてまだまだ良いわよ。      オーディションの一つや二つ落ちたって、また受ければ良いんだから。 英二   …そうだね。 奈穂   明後日ね、オーディション受けようと思うの。 英二   うん 奈穂   本当に何でもないようなオーディションなのよ。映画の端役でね、女子大生Aとか通りがかりの人Cとか、      台詞もほとんど無いようなやつ。 英二   うん 奈穂   誰だって出来るような奴なのよ。募集人数もそこそこ多いし、落ちるほうが難しいわけね。 英二   うん。 奈穂   こないだのオーディションだって、本当は余裕綽々で受かってたわよ。そりゃ、伊達に歳食ってるわけじゃないからね。でも、どこにでも居るような馬鹿女が監督に体売って、それでオールオッケー。馬鹿女も馬鹿女だけど、監督も監督よ。女と寝たいのか映画作りたいのかどっちなんよ! 英二   で、何? 奈穂   何って? 英二   付き合いだけは、そこそこ長いから。       言わないと分からん事もあるよ、言ったって分からん奴だっているんだから。 奈穂   母親が食い倒れ、父親は倒れた母を担ごうとしてぎっくり腰。二人とも仲良く床に伏せってる。 英二   何、それ。 奈穂   たとえ話よ。 英二   …御飯、食べに行こうか。 奈穂   (うなずく) 英二   みどりちゃんが体売ったら、採用してもらえるかな? 奈穂   ダメよ、あの子は。 英二   性格美人だと思うけどなあ 奈穂   褒めてるの? 英二   もちろん。    英二、先に出て行く。 奈穂   もちろん、どっちよ。   暗転。 2   彦次郎、一人で練習している。台本を持って、個人練。   そこへ、菜穂がやってくる。 彦次郎  あたしからあなたへ、決して届く事の無い贈り物を、手紙を添えて、 菜穂   オーディションの練習? 彦次郎  練習。 菜穂   (台本を奪って)何これ、台詞ばっかじゃん。 彦次郎  大抵の台本は、台詞ばっかりだけど? 菜穂   そりゃそうだ。 彦次郎  何のよう? 菜穂   (おなかをさすりながら)今日ね、病院行って来たの。 彦次郎  …ちょっと、冗談にも程があるんじゃないの? 菜穂   三週間だって… 彦次郎  そんなに、早く分かるの? 菜穂   前々から、ちょっとおかしいとは思ってたんだけど。 彦次郎  前って、そんなに早くから? 菜穂   一週間くらいから、 彦次郎  早! 菜穂   どうしたらいい? 彦次郎  どうしたらって、聞かれても。 菜穂   無理やりにでも出したほうがいいかなぁ。 彦次郎  無理やりって、ダメ!絶対ダメ! 菜穂   自然に任せるのがいいって、お医者さんも言ってたんだけどね。 彦次郎  それがいい。いや、よくない。いや、いい。 菜穂   とりあえず、コーラック飲んではいるんだけど。 彦次郎  利くの?コーラック。 菜穂   気休め程度にね。 彦次郎  で、予定日は? 菜穂   は? 彦次郎  十月十日って言うから、来年の初めくらい? 菜穂   何言ってんの? 彦次郎  は? 菜穂   冗談よ。冗談。 彦次郎  たちの悪い冗談を…何の用? 菜穂   何、あせってんの? 彦次郎  何もあせってなんか、 菜穂   あせってるでしょ。      また、オーディション落ちた? 彦次郎  今回は、いけると思ってたんだけどな。 菜穂   だからと言って、八つ当たりは 彦次郎  母親みたいな事言うんだな。 菜穂   母親じゃないでしょ、彼女よ。 彦次郎  …練習。付き合ってくれる? 菜穂   いいですとも。   彦次郎、菜穂に台本を渡す。 菜穂   ひこちゃんの台本は? 彦次郎  覚えてるから、いい。   菜穂は台本に目を通し、彦次郎は軽く体を慣らす。 菜穂   あたしからあなたへ 彦次郎  あなたからあたしへ 菜穂   決して届く事のない贈り物を 彦次郎  決して受け取る事の無い贈り物を 菜穂   手紙を添えて 彦次郎  手紙を添えて 菜穂   前略、色々とお世話になったあなたお元気ですか? 彦次郎  色々とお世話したあなたお元気ですか? 菜穂   あなたを取り巻く人たちは元気ですか? 彦次郎  あたしを取り巻く人たちは元気です。 菜穂   あなたは未だにしがみついていますか? 彦次郎  それともあたしのようにしがみつく事を放棄しましたか? 菜穂   きっとあなたはしがみついているのだと思います。 彦次郎  果たしてそれは前進なのか後退なのかという疑問はさておき 菜穂   いまだにしがみついているあなたに祝福を 彦次郎  手放したものを必死にたぐり寄せようとするあたしに祝福を 菜穂   あなたは何がしたいの? 彦次郎  クイズ、あたしは何がしたいんでしょう? 菜穂   自分の事でも怪しいのに人のことなんて分かるわけないでしょう? 彦次郎  ブー! 菜穂   禅問答がやりたいんだったら相応の場所ってのがあるでしょう。 彦次郎  ブー! 菜穂   あのね―― 彦次郎  ブー! 菜穂   怒るわよ 彦次郎  怒って。 菜穂   はい? 彦次郎  怒ってください。しがみつく事を放棄したあたしを怒って下さい。 菜穂   怒る理由が見当たらないんだけど 彦次郎  理由なく怒って下さい 菜穂   そういう趣味もないんだけど 彦次郎  あたしにはそういう趣味があるの。だから怒って下さい 菜穂   怒るも何も、一つ聞いても良い? 彦次郎  はい。 菜穂   あなた男なのにどうしてそんな喋りかたなわけ? 彦次郎  ホリエモンは当選しそうですかね? 菜穂   無視かい… 彦次郎  どちらが正しいのでしょうか? 菜穂   は? 彦次郎  しがみついていたほうが良かったのでしょうか?      それとも、流れに身を任せたほうが良かったのでしょうか? 菜穂   そんなの分からないわよ。 彦次郎  あんたは強いんですね。 菜穂   何も考えてないだけ。 彦次郎  その分たくさん感じてるんですよ。 菜穂   …そろそろ、始まるけど? 彦次郎  そろそろ、始まりますね。 菜穂   何が始まるの? 彦次郎  「英雄になりたかった男の話」   ここで、終わり。カットをかけるということも無く、自然と終わる。 菜穂   凄い。ホントに台詞ばっかりだ。 彦次郎  そりゃ、女子社員15よりは台詞もあるよ。      大体、15って、女子社員15人も集めてどうするの? 菜穂   そりゃ、あたしに聞かないで頂戴。      でもさ、ちょっと思ったんだけど。 彦次郎  何? 菜穂   この役、あんたのキャラクターじゃないよね。 彦次郎  身も蓋もない事を。 菜穂   あ、ごめん。これからオーディション受けるってのにね。 彦次郎  いいよ。 菜穂   受かるといいね。 彦次郎  受かるといいな。 菜穂   他人事? 彦次郎  受かった自分が想像できないんだ。 菜穂   ダメじゃん。 彦次郎  ダメだと思う。 菜穂   まあ、そんなに思いつめなさんな。急がば回れっていうでしょ? 彦次郎  本当に急いでる人は、そんな余裕無いと思うぞ。 菜穂   確かに。   菜穂、笑いながら去ろうとする。去り際に。 菜穂   …なれるといいね。 彦次郎  何に? 菜穂   英雄。   菜穂、去っていく。 彦次郎  英雄か…      それがダメだとしたら、いっそ…   暗転 3   本番直前。   彦次郎が来ていない様子。奈穂が連絡を取っている。 英二   ダメ?ヒコちゃん 奈穂   まだ電話かけてないから。 英二   準備できてる。 みどり  バッチシ。 英二   そっちは?大丈夫ね。 章    ええ。 英二   ダメ? 奈穂   しつこい。 英二   だってね。こんな事初めてだから。 みどり  成る様になる。 英二   そうかな。 みどり  成らないこともある。 英二   ダメじゃないか。 章    本番三分前です。 英二   時間を言わないで頂戴。 章    すみません。 英二   あああああああああああああああああああああ 奈穂   うるさい。 英二   ごめん。 みどり  こいつも謝ってるんで、許してやってください。 英二   重々反省してます、って遊ばないでもらえる? みどり  後何分? 章    一分。 英二   だーかーら、時間を―― 奈穂   あ、 英二   どう? 奈穂   切れた… 章    どうします? 英二   もう良い。行くぞ。それしかない! 奈穂   でも、ブルーは? 英二   奈穂ちゃん! 奈穂   お姉さんは? 英二   … 章    考えてなかったんですね。 奈穂   ほらほら、英二。      あなた、このチームのリーダーなんだから、ちょっとしっかりしてよ。 みどり  耳に入ってない。 章    リーダー! みどり  リーダー! 英二   (かっこよく頷いて)…私が、やろう。   英二、舞台に出ようとする。   それを止める三人。 章    無理ですって。 英二   キセキは起きるんじゃない。起こすんだ。 奈穂   んな無茶な。 英二   茶が無いと書いて無茶と読む みどり  その心は? 英二   無理を通せば道理が引っ込む!   英二、舞台へ。 英二   はぁい?みんな、元気にしてた?      お姉さんは、チョー元気。      元気、でね、元気… みどり  間が持たなくなってきたみたい。 奈穂   だから無理だって…   英二、奇妙な動きを始める。 章    何ですか?アレ 奈穂   知る分けないでしょ。 章    前衛ですかね。 奈穂   死ぬまで認められないわよ。 みどり  あ、 章    何? みどり  前の子供泣いてる。 章    そりゃ、ね。 英二   ハハハ、ポンポンポコポコ……ピー!   英二、笑いながら奇妙なステップを踏む。 奈穂   不気味よね。 章    この土壇場で良く笑えますよね。 みどり  土壇場だから笑えるんじゃない? 章    なるほど。 英二   (ギブアップ)だめだぁ! みどり  言わんこっちゃ無い。 英二   結構難しいな、会場のお姉さん。 奈穂   (突っ込み) 英二   いてててて 奈穂   さ、二ラウンド目。   奈穂、英二を舞台上に押し出す。   と、すぐに自分も登場。 奈穂   いやあぁぁぁぁ!何?あたしの偽者?      (英二に)合わせなさいよ。 英二   そ、そうだ。 奈穂   あたしに化けて、この会場の人間をどうこうするつもりだったのね。 英二   どうこうするつもりだったんだ! 奈穂   勝手にテンパって飛び出したわけじゃないのね。 英二   当たり前じゃないか。 奈穂   許せないわ! 英二   許せ! 奈穂   無理!      助けて、オンステージファイブ!   のこのこと、章とみどりが出てくる。 英二   今日は一段と少ないな。ブルーはどうした。 奈穂   知るわけ無いでしょ! 英二   ブルーのいないオンステージファイブなど、水気の無い豆腐みたいなものよ。 三人   は? 英二   ボロボロ。 奈穂   やっておしまい! 章・みどり  ラジャー! 英二   おい!   章(レッド)・みどり(イエロー)と英二(悪役)が戦っている。   段取りどおり、オンステージファイブの劣勢。 奈穂   あぁ!オンステージファイブの大ピンチ!      (会場の)みんな!オンステージファイブにパワーをおくれ!      マハリクマハリタヤンバルクイナ…      おおおお…おうらぁ!   と、奈穂が戦闘の輪の中に入る。そしてたちまち栄二を倒してしまう。   唖然となる、章とみどり。   奈穂、倒した後も英二を踏んだりけったり、 英二   助けて、助けてください… 奈穂   仕様がねえな。      (客に向かって)みんな、悪い奴はオンステージファイブが退治してくれたからもう安心。      それにしても恐ろしい奴だったわ、魔人「本番アドリブ役者」――      演出殺す気? 英二   (お前も同じだろうが!) 奈穂   あん? 英二   ヘルプミー?   英二、連れ去られていく。章とみどりは「大丈夫?」などと声かけてやったりしている。 奈穂   じゃあね、みんな!      オンステージファイブに明日もパワーを頂戴!   奈穂、お客さんに愛想を振りまきながら退場。   そして楽屋、   ぞろぞろと、出てくる役者達。一際険悪な雰囲気を漂わせている奈穂。 英二   (溜め息) 奈穂   (英二に)ちょっと、ここ座りなさい。 英二   はい… 奈穂   (章とみどりに)あんた等も! 章・みどり  はい? 奈穂   いいから!      …ちょっと、みんな聞いて。 三人   何でしょう? 奈穂   いいから聞いて! 三人   はい… 奈穂   あぁ、もう、ウチめっちゃ怖かったぁ! 三人   はい? 奈穂   ホンマどうしようかと思うたんよ!もう、英二ちゃんの馬鹿!      いきなり飛び出しよって!      間が持たんの分かっとろうに! 章    呑んでます? 奈穂   呑んどるわけなかろうね、このバカチンが! みどり  バカチン? 奈穂   そうよ、みんなバカチンよ!      あんたも、あんたも、(英二に)特にあんた! 英二   すんません。 奈穂   ホンマ、ビックリしたんじゃけえ。   と、そこへ彦次郎が帰ってくる。 奈穂   あんたが一番大バカチンよ! 彦次郎  は? 奈穂   ホンマ、ビックリしたんじゃけえ。急に休むだなんて、 彦次郎  すんません。オーディション行ってたんですよ。 英二   だったらだったで、どうして一言連絡しなかったの? 彦次郎  すみません。 英二   まぁ、何とかなったから別にいいけど。 奈穂   何とかなったの?あれで? みどり  何とかなってないね。あれは。 章    (うなずく) 英二   あのな。例えば、袖で面白いネタを思いついた役者が、思わずやってしまうと言うような。      そういう気持ちが分かるか? 奈穂   みどりちゃん、訳して。 みどり  テンパった挙句に、無駄な行動力を発揮して痛い目をみるような。 英二   受けてたぞ。 章    引いてましたよ。 彦次郎  どうしてですか? 英二   何が? 彦次郎  怒ってないんですか?      そんなものなんですか?笑って流せる程度のことですか? 英二   笑って流せない程度のことだって、分かってるんならいいじゃない。 彦次郎  それで済むんですか。怒らないんですか? 英二   そういう趣味だっけ? 彦次郎  茶化さないでください!      いつまで、こんな見世物みたいなことやってるんですか。 英二   見世物って――青木君ね、みんな一生懸命―― 彦次郎  一生懸命やってこの程度なら、辞めたほうが良いんじゃないですか? 英二   ちょっと、言って良い事と悪い事があるもんでしょう! 彦次郎  英二さん、貴方はいったい何がしたいんですか? 英二   ? 彦次郎  バイトまがいのヒーローショウに、へぼ役者を使って…… みどり  へぼ役者ってねぇ、あんた―― 彦次郎  あいつの演技一つで馬鹿みたいに芝居が崩れていくんですよ。      英二さん、あなた演出家でしょう?それを黙って見過ごして、      客に見せて良い演技と悪い演技ってものがあるんじゃないですか! 英二   今はそんな話を――   みどり、彦次郎の横っ面をひっぱたく。 彦次郎  クソ女―― みどり  客に見せて良い演技とか、悪い演技だとか      自分が誰より上手いだとか、下手は舞台に立つなだとか      そんな事言ってるから、オーデション落ちんじゃないのよ! 彦次郎  ! みどり  そんなこという暇あったら、練習すりゃあ良いじゃないのよ。 奈穂   みどりちゃん… みどり  そりゃ、下手でも良いなんて思ってないわよ。      これでも一応、プロ志望なんだから。      でもね!…それでもオーディション落ちまくるような大根役者は、練習するしかないじゃないのよう! 彦次郎 それで、オーディションに受かったかよ! みどり  それは…… 彦次郎  どんなに、努力したところでいくら練習したって、上手くならない奴は上手くならないんだよ。      ゼロの掛け算って知ってるか? みどり  少しは可能性あると思ってるから、やってるんでしょうが。 彦次郎  1パーセントくらいか? みどり  だったら、百回やったら何とかなるでしょうが。 彦次郎  その百回が難しいから脱落していく人間だって出てくるんだろ。 みどり  … 彦次郎  俺は、学生ん時から芝居とかやってたから、そんな類の人間はゴマンと見てきた。      田舎の二流大学だから、「芝居で飯を食おう」なんて大それた事を言うような奴はほとんどいない。      ただ、どうにかして芝居を続けようって、ささやかな願いみたいなもんだ。 英二   でも、無理だったんだね。 彦次郎  (頷く)もっと現実的に考えようじゃないの。いいか、俺たちには百回チャレンジするほどのスタミナは無い      んだよ。少なくとも、俺にはない。残り時間がないってのが自分でも良くわかってるんだ。      だから、下手な役者のお守りして実力の半分も出せないのは納得がいかないんだよ! 章    … 英二   現実を見ていないのは、ヒコちゃんのほうじゃないの? 彦次郎  何言って… 英二   それとヒコちゃんね。 彦次郎  何スか? 英二   残り時間が無いのは、何も君だけじゃあないんだよ。 彦次郎  …お疲れ様でした。   彦次郎、去る。 みどり  あたしは、向こう見ずなただの夢追い人なんかな。 奈穂   珍しく弱気ね。 みどり  あたしは、頭空っぽなただの馬鹿なんかなぁ。 奈穂   大丈夫よ。若いんだから、馬鹿でもいいの。女は馬鹿奈穂うが男受けはいいの。 みどり  本当? 奈穂   本当よ、ね。(と英二に振る) 英二   そ、そうそう。馬鹿女大好き!ね、章君? 章    へ?あ、その… みどり  (もじもじと)馬鹿なお姉さんは、好きですか? 英二   きっと、「だいちゅうきです」って答えてくれるはずだから。 みどり  ホント? 奈穂   ホントホント。 みどり  (再び章に)馬鹿なお姉さんは、好きですか? 章    だ、だいちゅきですぅ! みどり  やだぁ、章君馬鹿みたい! 章    なんか知らんけど、負けた気分だ。 奈穂   馬鹿馬鹿言ってて思い出したんだけど、今度受けるオーディションの練習、付き合ってよ。 英二   いいけど。 みどり  やるやる。 栄二   どんな役なの? 奈穂   馬鹿女A 三人   …なんですか?それ。 奈穂   馬鹿な女よ。馬鹿女。 英二   それだったら、奈穂ちゃん楽勝…(睨まれて)じゃないね、猛練習しないと… 奈穂   ちゃんと台詞だってあるんだから。 みどり  凄いじゃないですか! 英二   どんな台詞なの? 奈穂   やだぁ〜。 みどり  それから? 奈穂   エッチィ〜 みどり  それから? 奈穂   それだけ… みどり  それだけ… 英二   まあ、やってみることだな。奈穂ちゃん準備できたらいくよ!よーい、はい!   英二、映画監督気取り。章はカメラマン気取り。みどりは音声気取り。それぞれそれっぽく構えている。 奈穂   やだぁ! 英二   次いってみよう! 奈穂   エッチィ! 英二   もう一回! 奈穂   やだぁ! 英二   次! 奈穂   エッチィ! 英二   もう一回!    すごく不毛な雰囲気をかもし出しながら、それでも奈穂は演じ続ける。   そして暗転。 奈穂(声)  不毛だわ… 4   章とみどりが会話している。 みどり  で、どうしたの?こんなところに呼び出して。 章    うん。 みどり  え?まさか、あれ? 章    うん。 みどり  あれって、あれ!? 章    うん。 みどり  やだ、ちょっと、こっちにも心の準備ってモノがあるんだから。 章    うん。 みどり  体の準備はいいのよ。でも、心の準備がね…って何言わせんのよ馬鹿! 章    うん。 みどり  …呼び出しておいて、その反応はあんまりだ。 章    ごめん。 みどり  いいわよ。で、何? 章    何って、何? みどり  何も無いのに呼び出したわけ? 章    話があるんだ。 みどり  話って? 章    昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。 みどり  その回りくどさは、いかがなものかと思うけど? 章    ある日、森の中、熊さんに出会いました。 みどり  聞いてるの? 章    春はあけぼの、ようよう兄ちゃん金くれや。 みどり  それで、本題に繋がるなら続けていいけど? 章    …辞めようと思うんだ。 みどり  え?どうして?あいつのせい? 章    違うよ。      キッカケは、ついこないだかな。高校時代の友達と偶然会ってね。      分かるでしょ?こういうときに意識する、普通の生活ってやつ。 みどり  だからって、 章    それに、向いてないって分かったんだ。      いや、始めからそんなの分かってたんだよ。それを無理やりごまかしていただけなんだよ。 みどり  そんなこと 章    無くは無いだろう? みどり  だけど、諦めなかったらチャンスは―― 章    あるかもしれない。 みどり  だったら 章    でも、そのチャンスを待っている間、他のチャンスを逃してるのかもしれない。 みどり  … 章    ほらさ、芝居やって食っていくって夢みたいなこと言ってるとさ。隣り合わせに見ちゃうんだよな。      普通の幸せって奴がさ。顔覗かせてきやがるの。 みどり  でも、その普通の幸せって奴じゃ、あんた満足できないでしょう? 章    みんなどっか折り合いをつけてやってるんだよ。ボクだけじゃない。 みどり  そうやって自分に言い聞かせてやっていける様な人間は、はなっからこんな世界に飛び込まないでしょうう? 章    それでも、折り合いをつけてやっていかなくちゃならない。 みどり  自分に嘘をついてまで? 章    熱い気持ちだけで乗り越えられない事が、やっぱりあるんだ。 みどり  そんな、きれいに折り合いがつくとまで思わないけど? 章    ごめん。 みどり  謝ったってどうしようもないとは思うけど? 章    うん。 みどり  だいたい、物事一つ諦めるのに、こんなに深刻ぶってるヤツがそうそう簡単にあきらめられるわけ無いっての。 章    うん。 みどり  どうせ辞めるなら「イチ抜けた!」ってな風に、あっさりとやめちゃえばいいのに。      それが出来ないんだったら、辞めなけりゃいいのよ。どうせ後悔するんだから。 章    うん。 みどり  ホントに、辞めるの? 章    うん。 みどり  そっかぁ、即答かぁ。 章    ごめん。 みどり  仕方ないかな、あんたにはあんたの考えがあることだし。      …でも、ホントに、辞めるの? 章    うん。 みどり  ホントは止めてほしいから、あたしに話したとか? 章    違うよ。 みどり  だって、自殺志願者とかよく止めて欲しいからとる行動ってのがあるでしょう。      それと違うの?      違わないんだったら、あたし全力で止めるよ。どんくらい全力かって言うとね。スーパーマンが暴走した電車を止める勢いで、止めるからね。ほら、全力でしょ? 章    全力だね。 みどり  …馬鹿。   みどり、走り去る。   章、溜め息一つついて、去る。   物陰から、すっと現われる、菜穂と栄二。 菜穂   聞いちゃったね。 栄二   不可抗力だけどね。 菜穂   練習場の近くでこんな話しなくてもね。 栄二   全くだ。 菜穂   どうする? 栄二   どうするって、どうする? 菜穂   全く、お守りの必要な子達が多くて大変ねぇ。 栄二   母親みたいなこと言って…… 菜穂   仕方ないでしょう。なんだかんだいって年食ってるんだから。 栄二   どう? 菜穂   何が? 栄二   オーディション。 菜穂   結果待ち。 栄二   どうするの? 菜穂   何が? 栄二   落ちたら。 菜穂   実家帰って花嫁修業。 栄二   歌って踊れる専業主婦か、 菜穂   息子をジャニーズに入れて、大ブレイク。      …あなたは? 栄二   ん? 菜穂   あなたは、このままこうやってうだつの上がらない三流役者続けていくの? 栄二   さあ、どうかな。 菜穂   いつまでそうやってはぐらかし続けるの? 栄二   何のこと? 菜穂   ヒコちゃんが言ってたよ。「エイジさんは本当にプロになりたいのか分からない」って 栄二   そりゃ、なれるもんならなりたいよ。 菜穂   その割にはオーディションの類、全く受けてないじゃない。 栄二   そりゃ、何かと忙しくて、 菜穂   エイちゃん、この仕事何年目? 栄二   どうしたの、突然。 菜穂   あたしが入る一年前からだから、もう7年か、 栄二   7年になるね。 菜穂   あたしが入って、その半年後にヒコちゃんが入って、で、しばらくしてヒトエちゃんとミノル君が入って、 栄二   かれこれ二年になる。 菜穂   ね、これはあたしの勘なんだけど 栄二   何? 菜穂   エイちゃんさ、プロになるの、どっかで諦めてない? 栄二   それは、女の勘ってやつ?それとも、役者の勘? 菜穂   両方かな。 栄二   その勘、鈍ってない? 菜穂   鈍ってないと思うけど? 栄二   ナホちゃん、オーディション、受かりそう? 菜穂   エイちゃん(今はそんな話を)―― 栄二   受かりそうなの? 菜穂   分からないな。 栄二   確立は? 菜穂   だから分からないって言ってるでしょう。 栄二   手ごたえとか、無かったの? 菜穂   情けない事に、全然無かった。 栄二   ヒコちゃんは何て? 菜穂   はぐらかさないの。 栄二   何て? 菜穂   そっちが言ったら、言う。 栄二   そっちが言ったら、言う。 菜穂   ホントに? 栄二   ホントに。 菜穂   じゃあ言う。 栄二   じゃあ言って。 菜穂   「次がある。」って。あたしが「次が無かったら?」って聞いたら、「俺がいる」って、 栄二   … 菜穂   背水の陣で覚悟決めてやってんのに、甘やかすから…人の気も知らないで…      馬鹿言ってんじゃないわよ。      「現実を見ようじゃないの」って言ってる人間が、肝心な時に甘いんだから。 栄二   ふーん 菜穂   何嬉しそうにしてんの? 栄二   嬉しそうにしてんのはナホちゃんでしょ? 菜穂   (嬉しそうに)あたしは、別に、嬉しそうになんか、していませんよ。 栄二   じゃあ、何なのよ、その目じりの小じわは? 菜穂   うっさいわね。      ほら、あたしは白状したんだから、そっちも白状してよ。 栄二   へいへい。白状しますとも。      …で、何の話だっけ? 菜穂   ホントやる気あんの? 栄二   はいはい、ありますとも。ボクがプロを諦めてるんじゃないかってことだよね。 菜穂   そうよ。 栄二   諦めてるわけ無いじゃん。 菜穂   ホントに? 栄二   ここで嘘言ってどうなるのよ。 菜穂   どうもならないところでくだらない嘘をつくのがエイちゃんじゃない? 栄二   くだらないって、あんまりだな。 菜穂   本当に本当? 栄二   嘘の連続の中に真実があると言った人の言葉を借りればそうなる。 菜穂   エイちゃん。 栄二   そういうことよ。 菜穂   どうして? 栄二   何が? 菜穂   どうして諦めるの? 栄二   何かを諦めるのに理由が要るかな? 菜穂   …要らない。 栄二   こうやって、ノスタルジーに浸ってる時間が長くなったからだよ。      作らなくなったら、エンターテイナーにしても芸術家にしても、町工場の職人だって終わりだってね。 菜穂   だったら作ればいいじゃない。 栄二   それに、そろそろバトンを受け渡す時かなとも思ってね。      こっちはこっちで、社会の歯車として獅子奮迅、高速回転、テンテコマイ。 菜穂   … 栄二   老兵はただ消え去るのみ。 菜穂   じゃあ、あたしも、社会の歯車として獅子奮迅。 栄二   ナホちゃんは、若手。 菜穂   でも、 栄二   そんな悲しい顔をするもんじゃないよ。世の中はそうやって回っているんだから      誰かが誰かに何かを受け渡しながら回っているんだから      川の流れだって滞ったら濁るだろ?それと同じだよ。 菜穂   エイちゃんは、誰に何を受け渡すの? 栄二   んー、まだ決まってない。 菜穂   じゃあ言っておく。あたしには受け渡さないでね。 栄二   何で? 菜穂   背水の陣よ?これ以上、甘っちょろくなったら困るでしょう? 栄二   悪くないと思うけど?甘っちょろいのも、 菜穂   今のあたしには、必要ないものだから。 栄二   そっか、 菜穂   ここは、どうするの? 栄二   ここは、ここのままだよ。ボク一人がいなくなったってどうなるものでもない。      相も変わらず安っぽいヒーローショウやるんじゃない? 菜穂   エイちゃんは、それでいいの? 栄二   そうやってその場所だったり空間だったりは流れていくんだよ。 菜穂   (苦笑) 栄二   なんで笑うの? 菜穂   こないだまで「芝居で食っていくんだ」って子供みたいな事いってた人が、大人ぶった言い方するから。 栄二   ボクなんかよりももっと笑ってやらなきゃいけない奴がいるでしょ? 菜穂   …そうね。 栄二   あの子達は、どうしたものやら。    暗転。 5   ラストステージ直前。彦次郎、みどり、菜穂、栄二、準備が出来ている。章だけがいない様子。 栄二   みどりちゃん、準備できた? みどり  オッケー 栄二   菜穂ちゃん。 菜穂   そうやって聞くの六回目。 栄二   ヒコちゃん―― 彦次郎  オッケーです。 栄二   章君。      あれ、章君は? みどり  トイレかな、ちょっと見てくる。   みどり、章を探しに行く。 菜穂   ちょっと、トイレならあなたが行っても意味無いんじゃ…ヒコちゃん、見てきて。 彦次郎  最後の最後まで面倒な奴だ。 菜穂   珍しく素直に… 栄二   今日は雨か、 菜穂   いやいや、嵐かもよ。 彦次郎  (無視して)行ってきます。   彦次郎、章を探しに行く。栄二と菜穂それを見て苦笑。   栄二は衣装らしいセーターをもてあそんでいる。それをばらしている。 菜穂   あれも、良いところあるでしょ? 栄二   そこに惚れたの? 菜穂   んー、どうかな? 栄二   本番まで後何分? 菜穂   十分。今日は珍しく落ち着いてるのね。 栄二   ん。まあね。 菜穂   (ばらされて行くセーターを見て)ねえ、エイちゃん。 栄二   何? 菜穂   それ、何? 栄二   セーターだねぇ、 菜穂   衣装で使う奴よね? 栄二   衣装で使う奴だね。 菜穂   ちょっと、何してんのよ。この馬鹿!全然落ち着いてないじゃないのよう! 栄二   落ち着いてるって言ってないだろう! 菜穂   こんな面倒な事するくらいなら、もっと普通にあわててよ!もう!(去ろうとする) 栄二   どこ行くの? 菜穂   直すしかないでしょう? 栄二   あ、ちょ、待って。    菜穂、栄二、去る。   別の空間に章。やりきれない気持ちをもてあましている。そして、そのまま去っていく。   探し回る、みどりと彦次郎。   栄二と菜穂はというと、セーターを直していた。 菜穂   ほら、これで完成。 栄二   器用なもんだね。被服屋で働けるよ。 菜穂   そう?これであたしも社会の歯車として獅子奮迅。 栄二   どうせなら、ここで獅子奮迅してくれると助かるんだけど。 菜穂   してるでしょ? 栄二   してないとは言わないね。 彦次郎  クソッタレ! 菜穂   どうしたの? 彦次郎  見つかりません。 栄二   章君が? 彦次郎  ほかに誰がいるんですか? 栄二   本番まで後? 菜穂   誰かさんが面倒かけたせいで後二分。 栄二   開演、五分押しでいこう。その間に、ボクが章君連れ戻すから。 彦次郎  間に合わなかったら、どうするんです。 栄二   その時は、菜穂ちゃんと彦ちゃんで頑張って。 彦次郎  そんな 栄二   無茶かもしれないけど、無理じゃないでしょ?看板役者。 彦次郎  … 栄二   じゃ、行ってくる。(去る) 菜穂   さ、気合入れて行くよ。看板役者。 彦次郎  …(うなずく)   別の空間にて、   章、出てくる。そしてそのまま去っていく。   その後を、追ってみどり。   その後を、おって栄二。立ち止まって… 栄二   逃げ出すくらい本気なのか、それとも中途半端なのか。      どっちだろね。   栄二、去る。   そして、菜穂と彦次郎はというと… 菜穂   五分、経ったわね、 彦次郎  本当に、二人で始めるのか? 菜穂   やるっきゃないでしょう? 彦次郎  ブルーとお姉さんで何やるんだよ。無理がないか? 菜穂   エイちゃん言ってたでしょ。「無茶かもしれないけど、無理じゃない」って 彦次郎  どうせ無茶するなら、考えがあるんだ。 菜穂   何? 彦次郎  これ、(と、台本を渡す。) 菜穂   これ、あんたのオーディション用の台本でしょ? 彦次郎  これなら、少しは間を持たせれる。 菜穂   分かった。      じゃあ、あたし台詞入れるから、あなた引っ張ってきて。 彦次郎  え? 菜穂   つべこべ言わずに、とっととでる!   菜穂、彦次郎を突き出して、去る。 彦次郎  どうもー。始めまして元気かな?      今日は、何しに来たのかな?      何?おじいさんを老人ホームに叩き込んだ帰り?…ご苦労様です。      それでは、冗談を言います。      「隣の家に囲いが出来たってね」「あ、そう。」      あぁぁぁぁっ!   彦次郎、不毛な雰囲気に耐えられず去る。   別の空間に章。やりきれない気持ちをもてあましている。そこへ、みどりがやってくる。 みどり  章。 章    ! みどり  もうすぐ本番だから、戻ってきな。 章    無理だよ。 みどり  無理じゃないでしょうが、 章    無理だって、 みどり  無理を通せば道理がひっこむ。 章    ほら、やっぱり無理じゃんか。 みどり  ああ言えばこう言う…あんた、役者でしょう? 章    違う。 みどり  のっけから否定して…あなたはね、役者なの。誰が何と言おうと役者なの。 章    違うよ。 みどり  じゃあ、何?あんた今までなにやって来たの。 章    … みどり  あんたはあんたの事を下手な役者だと思ってるかもしれないけどね。      でも、あんたはレッド役で代役はきかないの。   追いつく、栄二。 栄二   章君。 章    栄二さん… 栄二   ほら、ヒーローやりに行こう。 章    (うなずく)   三人、舞台へと向かい走り去る。   揉めながら出てくる、菜穂と彦次郎。 菜穂   どうしたの? 彦次郎  だめです、間が持ちません。 菜穂   あたしがいつもやってる事よ。 彦次郎  俺はいつもやってませんから。 菜穂   ったく。 彦次郎  台詞、入りました? 菜穂   入って無くても、やるしかないでしょ? 彦次郎  やるしかないですね。 菜穂   これで、あんたが台詞ミスったら怒るからね。 彦次郎  すんません。 菜穂   今更謝っても遅い。さあ、行くよ。      音楽!   辺りが暗くなり、音楽がなり始める。   と、二人。舞台であろう場所にでる。   明かりがつく。 菜穂   あたしからあなたへ 彦次郎  あなたからあたしへ 菜穂   決して届く事のない贈り物を 彦次郎  決して受け取る事の無い贈り物を 菜穂   手紙を添えて 彦次郎  手紙を添えて 菜穂   前略、色々とお世話になったあなたお元気ですか? 彦次郎  色々とお世話したあなたお元気ですか? 菜穂   あなたを取り巻く人たちは元気ですか? 彦次郎  あたしを取り巻く人たちは元気です。 菜穂   あなたは未だにしがみついていますか? 彦次郎  それともあたしのようにしがみつく事を放棄しましたか? 菜穂   きっとあなたはしがみついているのだと思います。 彦次郎  果たしてそれは前進なのか後退なのかという疑問はさておき 菜穂   いまだにしがみついているあなたに祝福を 彦次郎  手放したものを必死にたぐり寄せようとするあたしに祝福を 菜穂   あなたは何がしたいの? 彦次郎  クイズ、あたしは何がしたいんでしょう? 菜穂   自分の事でも怪しいのに人のことなんて分かるわけないでしょう? 彦次郎  ブー! 菜穂   禅問答がやりたいんだったら相応の場所ってのがあるでしょう。 彦次郎  ブー! 菜穂   あのね―― 彦次郎  ブー! 菜穂   怒るわよ 彦次郎  怒って。 菜穂   はい? 彦次郎  怒ってください。しがみつく事を放棄したあたしを怒って下さい。 菜穂   怒る理由が見当たらないんだけど 彦次郎  理由なく怒って下さい 菜穂   そういう趣味もないんだけど 彦次郎  あたしにはそういう趣味があるの。だから怒って下さい 菜穂   怒るも何も、一つ聞いても良い? 彦次郎  はい。 菜穂   あなた男なのにどうしてそんな喋りかたなわけ? 彦次郎  ホリエモンは当選しそうですかね? 菜穂   無視かい… 彦次郎  どちらが正しいのでしょうか? 菜穂   は? 彦次郎  しがみついていたほうが良かったのでしょうか?      それとも、流れに身を任せたほうが良かったのでしょうか? 菜穂   そんなの分からないわよ。 彦次郎  あんたは強いんですね。 菜穂   何も考えてないだけ。 彦次郎  その分たくさん感じてるんですよ。 菜穂   …そろそろ、始まるけど? 彦次郎  そろそろ、始まりますね。 菜穂   何が始まるの? 彦次郎  「英雄になりたかった男の話」   別の空間にて、   章、みどり、栄二の三人が、出てくる。 栄二   あれ?あの二人、何やってんの? みどり  どれどれ? 章    どういう流れなんでしょうかね? 栄二   とりあえず、様子だけ見てくるよ。      タイミングはかって、現われて頂戴。 二人   ラジャー!   栄二、舞台へと向かい一旦去る。   みどり、章も舞台へと去る。   舞台ではというと… 菜穂   英雄になりたかった男の話? 彦次郎  そう。 菜穂   だって、あんたヒーローでしょ?オンステージ彦次郎  。 彦次郎  違う。 菜穂   違わないでしょう。 彦次郎  違うんだ。 栄二(声)  どう違うというのだ? 菜穂   その声は!   栄二、登場。 彦次郎  誰だ! 栄二   誰だと名乗るほどのものではない。もとい、名乗る名前が無い、しがない悪役よ。 彦次郎  どうして現われた。 栄二   それは、俺が悪役でおまえがヒーロだからだろう。 彦次郎  違う。 栄二   名探偵の行くところに殺人があるのと同じ事だ。何が違うって言うんだ。      お前がヒーローで無いというのなら、お前はなんなんだ? 彦次郎  俺は… みどり(声)  ヒーローに決まってるでしょうがね!   章、みどり、颯爽と登場。 彦次郎  お前等… 章    飛んで火にいる夏の虫、光のほうへフラフラと。ピンスポ、SS、当たりたい。      明るいほうへ明るいほうへと、無意味な動きを繰り替えす! みどり  死んで花実が咲くものか。だけど生きても花実は咲かぬ。美貌は少なめ、脂肪は多め。      毎日動き回るのに、やせる気配は依然なし! 二人   オンステージファイブ、参上! 栄二   現われたなオンステージファイブ。今度こそ… 彦次郎  今度こそ、決着をつけようじゃないか! 栄二   へ? 章    ブルー、どうして? 彦次郎  俺は英雄になりたかった。 みどり  なってるじゃん。 彦次郎  かりそめの英雄じゃなくて本物の英雄になりたかった。      でも、その願いが叶わないのも分かっていた。だから俺は考えた。      どうあがいたところで、英雄になれないのならばいっそ、悪役になってしまいたいと。 菜穂   … 彦次郎  そうだ、俺は悪役になりたかったんだ。      英雄になれない男が、一番英雄に近づける場所にいるために… 栄二   ならば、悪役をやればいい。俺が英雄になる。 彦次郎  あんた… 栄二   せっかく夢のあることやってるんだから、もう少し向こう見ずでも良いんじゃないかい?      そうそうできるもんあないぞ、正義の味方なんて。 彦次郎  そして俺は一人か…まあいい、始めるとしようか。 栄二   (章とみどりに)手出しは、無用だ。      さ、いくぞ!   悪役(栄二)とブルー(彦次郎)との戦い。 彦次郎  ずっと思ってた、あんたはどこへ行きたいのかって 栄二   心配してくれてありがたいね。 彦次郎  あんたの向かう先は俺の向かう先と同じだと思ってた、      でも、少しずつ違い始めてきた。 栄二   いや、始めから違ったんだよ。きっと。 彦次郎  そして、こいつ等とも違う。 栄二   … 彦次郎  もしかしたら、その先はこいつ等とも同じなのかもしれない。      でも、あんたはそこへ向かう事をやめた。 栄二   (菜穂を見る) 彦次郎  表舞台から降りた人間に用は無い!   彦次郎、栄二に一撃を食らわせる。 栄二   …そう、そうやって君たちは舞台の上に立ち続ければいい… みどり  名無しの権兵衛! 栄二   調子狂うな。 みどり  名前、無いのが悪い。 栄二   君たちも、そうやって、立ち続ければ良い。 章    … 彦次郎  甘えた事を!(と、一撃) 栄二   ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! みどり  名無しの権兵衛! 栄二   レッド…手を 章    ? 栄二   バトンタッチだ… 章    エイジさん… 栄二   確かに、渡したよ。…ガクッ(死亡) 彦次郎  次は、お前等の番だ。   彦次郎、章とみどりと対峙する。 章    ショートケーキとモンブランとおはぎと杏仁豆腐をガムシロップで流し込んで、胸焼けを起こしながら考える。そ      れは正しいのかどうか、後々振り返れば笑い飛ばせるような事を考える。でも、答えは出ない。 みどり  考えたってしょうがないでしょ。この頭でっかち! 彦次郎  ほら、決着をつけよう。   彦次郎、ゆっくりと構える。章、それに対応してゆっくりと構える。 彦次郎  それで良いんだよ。 みどり  ちょっと、合わせてないんじゃあ。   章、すかさず一撃をくりだす。それをかわす彦次郎  。 章    1%の可能性だって、百回やれば何とかなるという人がいる。 彦次郎  それは幻想だ 章    スタミナ切れをおこして、脱落するのが関の山だという人がいる。 みどり  そんなの、根性なしが言う台詞じゃん! 章    ボクは想像する、一%の可能性を何回できるかを、   章、再び一撃をくりだす。それをかわす彦次郎   彦次郎  その考え方がおかしいって言ってるんだ! 章    じゃあ、何が正しいんだ! みどり  全てが正しいとも言えるし、全て間違いとも言える。 彦次郎  そんなに簡単に正解があると思うな!(攻撃) 章    グハッ! みどり  レッド! 章    イエロー、奴に勝てる確立は? みどり  ピピピピ…ピロ…天文学的数字ってあるものね。 彦次郎  どうする?勝つまで続けるか?      しかし、そう何度もチャレンジできるわけではないぞ。 章    せっかく夢のあることやってるんだから、もう少し向こう見ずでも良いんじゃないかい?      そうそうできるもんあないぞ、正義の味方なんて。 みどり  スタミナ切れたら切れた時。 章    やるだけやってみることにしたんだ。 彦次郎  そんなに簡単に通用すると思うな!   章と彦次郎の戦い。   二人の攻撃が一閃して、その後に膝をつく彦次郎。 彦次郎  そうやって、わき目も振らずに走れるお前がうらやましかったのかもしれないな。   崩れ落ちる彦次郎、しっかりと勝利のポーズをとる章とみどり。   暗転 6   栄二、一人で舞台上にいる。愛しそうに舞台に触れている。 栄二   お世話になりました。      …さ、行くか。 章    エイジさん。 栄二   オッス。 章    本当に行っちゃうんですか? 栄二   本当に行っちゃうね。      ヒコちゃんの言った通りだ。現実は、厳しいね。 章    … 栄二   章君は? 章    精一杯、やってみようと思います。 栄二   そりゃ良かった、 章    散々、ごねてすみません。 栄二   全くだよ。(笑う) 章    (笑う) 栄二   手、出して。 章    何ですか? 栄二   いいから、手   章、訝しがりながら、手をさしだす。 栄二   バトン、タッチ。 章    … 栄二   さあ、行こうか? 章    …頑張ります。絶対、頑張りますから。 栄二   うん。   そこへ、菜穂がやってきて、 菜穂   何やってんの?みんな待ってるよ。 栄二   そうそう、ナホちゃん。 菜穂   何? 栄二   僕いなくなるから、当分の間菜穂ちゃんが悪役ね。 菜穂   へ?お姉さんは? 栄二   お姉さんは、音声のみでやってもらうから。 章    頑張ってください。(去っていく) 菜穂   ちょっと、ねえ! 栄二   ほらほら、待ってるんでしょう?    栄二逃げる。菜穂、追いかける。   菜穂の携帯がなる。 栄二   とったら? 菜穂   とりますとも。      もしもし…   菜穂、急に緊張。それを不思議がる栄二。 菜穂   はい、そうですが。…え?もう一度―― 栄二   どうしたの? 菜穂   (無視)はい…はい…はい?…はい…      本当ですか!ありがとうございます。…はい、では。失礼します   菜穂、律儀に相手方が切るのを待ってから丁寧に電話を切る。   とたんにこらえていた喜びがあふれ出す。奇声をあげだす菜穂。 栄二   菜穂ちゃん? 菜穂   エイちゃん!ももももう! 栄二   どしたの? 菜穂   おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお 栄二   お? 菜穂   オーディション! 栄二   オーディション!      受かったんだ! 菜穂   補欠だけど、 栄二   なんだって良いよ。合格は合格だ!     菜穂、栄二小躍りする。   そこへ、再び菜穂へ電話。 菜穂   はい!はい!はいはいはい!      …はい?…………そうですか…失礼します。   菜穂、電話を切る。明らかに落胆した様子。 菜穂   エイちゃん 栄二   どしたの? 菜穂   お…お… 栄二   オーディション? 菜穂   落ちた、 栄二   はい? 菜穂   さっきの電話は手違いですって。 栄二   はい? 菜穂   何だろうね、ハハハハ 栄二   (つられて)ハハハハ 菜穂   (突然)笑ってんじゃねえよ! 栄二   はいっ! 菜穂   はあ(溜息) 栄二   …どうするの? 菜穂   何が? 栄二   落ちたら、辞めるって。 菜穂   あ、そういえば 栄二   …忘れてたの? 菜穂   そうね、呑んでから、考える事にする。     栄二笑い出す。つられて菜穂も笑い出す。   いつまでも笑い声が響いて、 幕