雨虹模様 登場人物 鹿山ひろし 千葉あい 山口しずお 1   病院の一室、医師の「鹿山ひろし」と看護婦の「千葉あい」がいる。   どうやらここは診察室らしい。   千葉が診察を終えた患者を見送っている。 千葉  お大事に。 鹿山  ふぅ。 千葉  お疲れ様です。 鹿山  うん。疲れた。これで終わり? 千葉  はい。 鹿山  千葉君。 千葉  なんですか? 鹿山  さっきの患者。どう? 千葉  …またですか。 鹿山  どうなの? 千葉  鹿山先生。 鹿山  ひろしでもいいよ。 千葉  鹿山先生。 鹿山  何… 千葉  男だったら誰でもいいって事ないんです。 鹿山  分かってるよ… 千葉  お願いですから。患者と結婚させようとするのは止めてください。 鹿山  そんな、結婚させようなんて… 千葉  してます。 鹿山  いや、ね。結婚はあくまで結果であって。 千葉  ほら。 鹿山  だってぇ。 千葉  お願いですから… 鹿山  千葉君。 千葉  なんですか。改まって。 鹿山  君はこの病院の創立当初からいるね。 千葉  10年ですけど。 鹿山  看護婦もたくさんいたね。 千葉  はい。 鹿山  何人いた? 千葉  えー、5人です。 鹿山  うむ。その看護婦たちも一人、また一人とやめてゆき、そしてとうとう君独りになった。 千葉  そうですね。 鹿山  看護婦たちが、何故この病院を去らなければならなかったのか? 千葉  結婚したからでしょ。 鹿山  そう!だから… 千葉  「君もそろそろ落ち着いても」ですか?結構です。 鹿山  いけず。 千葉  いけずって…だいたい、私がやめたらどうするつもりですか?看護婦いなくなりますよ。 鹿山  大丈夫。新しいの雇うから。 千葉  大丈夫じゃありません。薬品の管理なんかも私一人でやってるんですからね。 鹿山  まぁまぁ、難しい話は置いといて。 千葉  置いとかないで。 鹿山  さっきの患者、どう? 千葉  またそれですか? 鹿山  どう? 千葉  結構です。 鹿山  かっこよかったじゃない。 千葉  ええ、確かに。 鹿山  ほら。 千葉  子どもじゃないですか? 鹿山  実君。9歳だっけ。 千葉  鹿山先生。本気で結婚させようとするんでしたら、もう少しまともな相手を紹介してください。 鹿山  だって、ここ小児科だよ。 千葉  分かってます。 鹿山  千葉君。正直に答えてもらいたいんだが。 千葉  なんです。 鹿山  いい人いるの? 千葉  (即答)いません。 鹿山  でしょ?だからぁ。 千葉  だからといって、9歳はやりすぎです。 鹿山  じゃあ、何歳がいいの? 千葉  せめて18歳以上は…って、違います! 鹿山  18以上ね。 千葉  何言ってるんですか!私は結婚しませんよ、結婚しませんからね。 鹿山  わがままだなぁ。 千葉  私にも選ぶ権利があります。 鹿山  かろうじでね。…ちなみに、君、何歳? 千葉  そんな、レディーに年を聞くもんじゃありません。 鹿山  35 千葉  … 鹿山  あのね、もう後がないんだよ?分かってるの? 千葉  余計なお世話です。 鹿山  ほらほら、そろそろ幸せにならないと。 千葉  結婚したからといって幸せになれるとは限りません。 鹿山  結婚はいいぞー! 千葉  バツイチのくせに。 鹿山  …いぢわるだね。 千葉  事実です。 鹿山  親御さんも心配してらしてでしょ。 千葉  まぁ。 鹿山  見合い写真とか送ってくるでしょ。 千葉  まぁ。 鹿山  どんなの? 千葉  大学の教授とか、会社の社長とか… 鹿山  うそぅ…こんな顔にどんなコネが・・ 千葉  こんな顔で悪かったですね。 鹿山  いい相手じゃないか。 千葉  顔が… 鹿山  なーに言ってるんだ。男はハートだぞ。 千葉  第一印象も大切です。 鹿山  それを言うと君も相当なもんだったよ。 千葉  なんです。 鹿山  第一印象。 千葉  そうでしたっけ。 鹿山  そう!会うなりにらんでくる人は初めてだよ。 千葉  この目は生まれつきです。 鹿山  院長をにらむ看護婦なんてそうそういないよ。ましてや、初対面なのに。 千葉  生まれつきです! 鹿山  さらに! 千葉  なんですか? 鹿山  そのとき、君、僕になんていったか覚えてる? 千葉  さぁ… 鹿山  ムッチムッチ、プリンプリン。 千葉  はい? 鹿山  そう、ムッチムッチ、プリンプリンだ。     君は僕に向かってそう言った。この意味不明な発言。僕を不安にさせようと言う悪意の現われだろう。 千葉  プリンのCMですよ? 鹿山  何? 千葉  プリンのCMです。(歌う」「ムッチムッチ、プリンプリン♪」って、 鹿山  何故プリン? 千葉  プリンが食べたかっったんでしょうね。 鹿山  仮にそうだとしてもっ!それを僕に向かってつぶやく。この行為に悪意を感じる。 千葉  だから… 鹿山  さらにっ! 千葉  まだあるんですか? 鹿山  うーん。 千葉  考えないでください! 鹿山  ともかく、君に選択権はないということだ。 千葉  変な風にまとめないでください! 鹿山  いけずぅ。 千葉  鹿山先生。 鹿山  なんです。 千葉  気持ち悪いです。 鹿山  分かってます。 千葉  とにかく、私は結婚する気はありませんから。 鹿山  はいはい。分かりました。 千葉  本当に分かってるんでしょうね。   千葉、更衣室のほうへ行く。 鹿山  どこ行くの? 千葉  着替えてきます。…覗かないでくださいね。 鹿山  ええ、頼まれたって覗きませんよ。 千葉  何か?(いいました) 鹿山  何も…   千葉、更衣室へ行く。鹿山、仕事上の書類を方付ける。ふと、目に留まるひとつの書類…ため息をつく鹿山。そこへ… 千葉  きやあ! 鹿山  なんだ!   と、鹿山、更衣室へ飛び込む。と、ゆっくりと後ずさり、出てくる。   千葉、男にナイフを突きつけられながら出てくる。この男、「山口しずお」という。 鹿山  な、何なんですか。あなたは… 山口  山口 鹿山  え? 山口  「山口しずお」と申します 鹿山  あ、これはどうも。「鹿山ひろし」です。 山口  ご丁寧に… 千葉  ちょっと!何なんですか? 鹿山  どういったご用件で。 山口  ちょっと、 鹿山  ちょっと? 山口  立てこもりに… 鹿山  そうですか。 山口  そうですとも。   二人、互いに笑いあう。 鹿山  百十番…百十番… 山口  ちょっと! 鹿山  はい? 山口  この女がどうなってもいいんですか? 千葉  いいの!? 鹿山  … 山口  …よさそうですねぇ。 千葉  ちょっと! 鹿山  何が目的ですか? 山口  へ? 鹿山  目的ですよ。 山口  …立てこもりに。 千葉  それだけ? 山口  それだけ。 鹿山  何かあるでしょう。身代金目的とか、何とか。 山口  立てこもりって言ってるでしょう! 千葉  鹿山先生! 鹿山  わかった。立てこもるなら、好きなだけ立てこもってくれてかまわないから、彼女を放してくれないか? 山口  嫌だ。 鹿山  どうして。 山口  人質を放すと立てこもりじゃなくなる。 鹿山  そんなもんですか。 山口  そんなもんです。 千葉  納得しないでください! 鹿山  だってぇ… 千葉  山口…さん? 山口  はい。 千葉  お茶でもどうですか? 山口  いやいや、お構いなく… 鹿山  そういわずに 山口  そうですか?ではお言葉に甘えて。 千葉  では、私が用意してきますので…   と、用意してこようとする。が、つかまって話してくれない。 千葉  あの、放してもらえないでしょうか? 山口  駄目です。 鹿山  人質だから…? 山口  はい。 鹿山  代わりに私が人質になります。 山口  男は駄目。 鹿山  どうしてですか? 山口  力あるから。 鹿山  それだったら、なおのことです。     いやね、あなたが人質に取っている千葉君。強いよー。なっんたって、合気道三段だからね。 山口  え? 鹿山  それに比べて、僕なんか弱いよー。なんたって書道三段だからね。 山口  分かった。 鹿山  そう?男は駄目じゃないの? 山口  怪力女は違う。 千葉  ちょっと! 鹿山  はい。人質交代。千葉君、お茶。 千葉  …はい。(お茶をくみにいく) 鹿山  …あの 山口  はい。 鹿山  ナイフ…近すぎませんか? 山口  そんなことないですよ、ほら。 鹿山  ひやっ…   千葉、お茶を汲んでさしだす。   山口、それを飲む。と同時に眠気が襲ってきて。 山口  ぐぅ… 千葉  睡眠薬入り。 鹿山  ふぅ… 千葉  人質、ご苦労様でした。 鹿山  からかわないでもらえる? 千葉  楽しそうじゃなかったですか。 鹿山  結構、ひやひやしてたよ。 千葉  そうですかぁ? 鹿山  しかし、どうする? 千葉  やっぱり、警察ですかねぇ。 鹿山  実害は出てないけど… 千葉  立派な恐喝罪です! 鹿山  いいじゃないか。 千葉  名誉棄損… 鹿山  とにかく、警察は止めよう。 千葉  どうして!? 鹿山  警察…好き? 千葉  好きかと言われると… 鹿山  じゃ、決定。 千葉  しかし…どうします? 鹿山  眠らせちゃったからね… 千葉  あと、1時間は起きませんよ。 鹿山  …ねえ、千葉君。 千葉  はい? 鹿山  18歳以上だったよね? 千葉  ちょっと、待ってください。 鹿山  この際だから…・ 千葉  どの際ですか。 鹿山  どう!? 千葉  (即答)結構です! 鹿山  そんな、力いっぱい拒否しなくても… 千葉  馬鹿なことやってないで、鹿山先生も手伝ってください。 鹿山  何を? 千葉  この人の身元が分かるようなものを探してるんですけど… 鹿山  見つからない?(と、お茶をすする) 千葉  悠長にお茶なんかすすってないで、手伝ってください。…って、お茶!? 鹿山  ぐぅ…   鹿山、眠りこける。千葉、途方に暮れて、暗転。 2   それから数時間後。鹿山、山口、眠っている。鹿山を必死に起こそうとしている、千葉。 千葉  鹿山先生、起きてください。鹿山先生!鹿山ぁ!     起きてください!起きないと、起きないと…起こしますよ! 鹿山  (安眠) 千葉  疲れた… 山口  ん…   山口、起きる。千葉、戦闘態勢。 山口  ここはどこ? 千葉  は? 山口  あんた、誰?もしかして、ここ、老人ホーム? 千葉  はい? 山口  ああぁぁ。ホームだけは勘弁してください! 千葉  あの… 山口  死ぬならうちで死にたいんです! 千葉  あの… 山口  うちでぇぇぇぇぇぇ! 千葉  (おもむろに地面のナイフを手にして)あの… 山口  … 千葉  ここ、老人ホームじゃありませんよ。 山口  そうですか。 千葉  そうです。 山口  …… 千葉  …… 山口  ご勘弁をぉぉぉ! 千葉  ホームじゃないって言ってるでしょう! 山口  はい…ちなみに、ここ、どこでしょう? 千葉  鹿山小児科医院ですが、覚えてないんですか? 山口  はい?私、何かしましたか? 千葉  立てこもりを… 山口  …そうですか。また… 千葉  また? 山口  前にも何回かやってるらしいんですよ。自分は記憶にないんですけどね。 千葉  … 山口  アルツハイマーってやつですかね? 千葉  (呟く)違うと思う… 山口  はい? 千葉  いえ、何でも… 山口  なんにしても、おかしいことだけは確かですよ。 千葉  自覚症状があるうちはまだ大丈夫ですよ。多分。 山口  ご迷惑をお掛けしました。 千葉  本当に、悪気はないんですね。 山口  記憶にないものですから。 千葉  …ふぅ 山口  本当に、すいませんでした。 千葉  いえいえ。 鹿山  …ラーメン、 山口  …この人 千葉  仮眠中なんですよ。いつになったら起きるのか知らないけど。 山口  そうですか。 千葉  ちょっと、起きてください。 鹿山  ん… 山口  …起こさなくても。   鹿山、起きる。山口の顔を見て… 鹿山  ああ、そう。人質でしたね。さあ、どうぞ。煮るなり焼くなり好きなように… 千葉  好きなように、ですって。 山口  結構です…・ 鹿山  ありゃ?…千葉君、どうなってるの? 千葉  実は、かくかくしかじかで。 鹿山  なるほど。 山口  そういうことです。 鹿山  で?どういうことなの? 千葉  だからぁ、かくかくしかじかで。 鹿山  ふむ。 山口  です。 鹿山  で、どういうこと? 千葉  かくかくしかじか… 鹿山  「かくかくしかじか」で分かるわけないでしょう。 千葉  だったら、最初っから言ってください! 鹿山  はいはい。で? 千葉  今は立てこもり中じゃないって事。 鹿山  …なるほど。 山口  あの、あなたは? 鹿山  私、当病院の院長をしている鹿山と申します。 山口  山口です。 鹿山  千葉君。   と、千葉を隅に連れて行き、話しはじめる鹿山 鹿山  どういうことなんだ?詳しく説明してくれ。 千葉  本人はアルツハイマーじゃないかといっています。 鹿山  つまり、ボケてるってことか。 千葉  あたしは違うと思うんですけど。 鹿山  で、身元は? 千葉  不明です。 鹿山  そうか…・ 山口  あの、お忙しいようなので私帰らせていただきます。 鹿山・千葉  そうですか! 山口  どうも、ご迷惑をお掛けしました。 千葉  お気をつけて。   山口、出て行く。 鹿山・千葉  ふぅ… 鹿山  大丈夫かな、さっきの人。 千葉  さあ。 鹿山  とてもボケてるようには見えなかったけどな。 千葉  立てこもった記憶がないそうです。 鹿山  そうか… 千葉  鹿山先生。何とかなりませんか? 鹿山  何とかと言われてもねぇ… 千葉  そうですよね。小児科医にそんなこと頼んだ私が馬鹿でした。 鹿山  しかし、大丈夫かなぁ… 千葉  どうでしょう。  山口  あの… 鹿山・千葉  はい! 山口  私のうち…ご存知、ないですよね? 鹿山・千葉  …はい。   暗転 3   千葉・山口、お茶をすすっている。 山口  いやー。困りましたねぇ。 千葉  「困りましたねぇ」じゃないでしょう。…警察に行きますよ。 山口  警察はご勘弁を… 千葉  どうしてですか? 山口  今度、警察にお世話になったらホームに入れられるんです。 千葉  ご家族がそう? 山口  はい… 千葉  病院に世話になるのはいいんですか? 山口  おそらく… 千葉  いま、鹿山先生が何か考えてくれていますから、気長に待ちましょう。お茶、熱いの入れてきますね。 山口  すみません。   千葉、お茶を入れてくる。鹿山、帰ってくる。 鹿山  ただいま。 山口  お帰りなさい。 鹿山  どうも、お待たせしました。 山口  いえ、こちらこそご迷惑をお掛けして… 鹿山  いえいえ。 千葉  どうです? 鹿山  何とかなりそうだよ。 千葉  本当ですか? 鹿山  言ってみただけ。 千葉  鹿山先生… 山口  どうなるんでしょう。 鹿山  すいません、お力になれなくて。 山口  いえいえ、それならば   山口、おもむろにナイフに手を伸ばし。 山口  もう少し立てこもらせていただきますから。 千葉  え? 鹿山  千葉君。人質。 千葉  嫌ですよ。鹿山先生がやってください。 山口  人質、要りません。 鹿山  そうですか。 山口  やっぱり要ります。 千葉  どっちですか! 山口  うーん。 鹿山  千葉君、ちょっと。 千葉  何です? 鹿山  とりあえず、外に出したほうがいいんじゃないか? 千葉  ですね。 鹿山  ピクニックに行くぞ。 千葉  そういうことですね。 鹿山  山口さん。ピクニックに行きましょう。 山口  でも、立てこもりが 千葉  楽しいですよ、お花畑でお弁当広げて、 山口  お花畑? 千葉  そう、お花畑。 山口  そういうことですか。     ああ、そうですか! 鹿山  そうですよ。 山口  じゃあ、早速行きましょうか。     私、準備してきます。   山口、給湯室のほうへ 鹿山  はあ、一苦労だな。 千葉  ですね。 鹿山  どう、あんな危ない雰囲気の男は。 千葉  まだ言いますか。   山口戻ってくる 山口  準備、してきました。 鹿山  どうも、お手数かけまして、 千葉  行きましょうか。 山口  ここで十分ですよ。 鹿山  何言ってるんです? 山口  ここで十分お花畑が見れますよ。 千葉  どこに? 山口  もうすぐです。 鹿山  ん?なんだ? 千葉  何か、臭いますね。 山口  お弁当、どうします? 鹿山  ガスだ!千葉君、給湯室! 千葉  はい!   千葉、給湯室へ…疲れて戻ってくる。 山口  あら、残念。 千葉  残念じゃないですよ! 山口  怒らんで、私、怒られるの駄目ですから。 千葉  怒ります! 鹿山  まあまあ、 千葉  だってぇ、鹿山先生。 鹿山  そんな可愛らしい声出しても駄目です。元が元なんですから。 山口  おろ、おろろろ… 千葉  何です? 鹿山  僕に聞かれてもねえ… 山口  ん?この臭い…駄目ですよ自殺なんかしちゃあ、それに、私も巻き込む気ですか? 千葉  鹿山先生。説明。 鹿山  僕が? 山口  ひょっとして、また何かやりました?       まさか… 鹿山  御察しのとおりです。 山口  どうか警察だけは… 千葉  しかし、これだけ色々とされると 山口  そこを何とか。 鹿山  分かりました。その代わり、 山口  何です?できることなら何でも、 鹿山  千葉君と結婚してやってくれないか。 千葉  鹿山先生! 山口  選択肢が他にないということであれば、 千葉  ちょっと! 鹿山  決まりですね。 千葉  決まってない! 山口  本人を前にして言うのもなんですが、もう少し何とかならなかったんですか? 千葉  失礼!おもいっきし失礼! 鹿山  当病院ではこれが限界で。 千葉  鹿山先生! 鹿山  いいじゃないか、これで幸せになれるんだから。 千葉  バツイチ、 鹿山  山口さん、失礼ですがお年は? 山口  76になります。 鹿山  ほら、18歳以上、 千葉  31歳差のカップルがどこにいるんですか! 鹿山  いたよ。テレビで見た。 千葉  日本で? 鹿山  ブルネイ・ダルサラーム。 千葉  日本じゃあ、いないんでしょ? 鹿山  愛は年の差を越える! 山口  仲良くやりましょう。 千葉  仲良くとか、そういう問題じゃなくって! 山口  みんな仲良く手を取りましょう、そうすれば世界平和が… 千葉  何言ってるんですか! 山口  世界平和、嫌いですか? 千葉  嫌いとか、この際どうでもいいです! 山口  世界平和、嫌い。 千葉  何メモ取ってるんですか! 鹿山  230 千葉  血圧取らない! 鹿山  だってここ病院だよ。     それに、千葉君、血圧高いね。 千葉  上げさせてるのは誰ですか! 山口  おろ?ろろろろろ… 鹿山  何か様子がおかしい、 千葉  また、何かやるんですか? 鹿山  かもしれないね。 千葉  何とかしてください。 鹿山  何とかって、 山口  逃げましょう! 二人  へ? 山口  空襲警報が、     うーーー。うーーーー。   と言って、山口走り回る。 千葉  どうしたんですか? 鹿山  どうやら戦時中らしいな。 山口  防空壕、防空壕     あった。さあ!早く。   山口、机の下に逃げ込む。 山口  あなた方も、 鹿山  お誘いだよ、千葉君。 千葉  鹿山先生もですよ。 山口  うーーーー。うーーーー。     早く! 鹿山  付き合いますか? 千葉  お茶、どうです? 鹿山  眠らせても、問題先送りするだけ、 千葉  ただ、付き合うのもそうだと思いますけど。 山口  早く! 鹿山  はい!さ、千葉君! 千葉  …分かりました。 三人  うーーーー。うーーーー。 山口  ろろろ… 千葉・鹿山  うーーーー。 山口  何をされているんですか? 鹿山  戦争ごっこ… 千葉  山口さんの、 山口  私そんな事をしていたんですか? 鹿山  でも、一番害はなかったですから。 山口  その言われ方はどうでしょうか。 千葉  どうにかなりませんか? 鹿山  だから、小児科医に言わないでもらえる。 山口  ご迷惑をお掛けします。このお詫びは、千葉さんにこの身を差し出すことで… 千葉  いりません! 山口  たしかに、しわしわのよぼよぼの身ですが、噛めばするめの様に味わい深く。 鹿山  噛んでみれば? 千葉  噛みません! 山口  お年寄りを大切にしよう。 鹿山  そうだよ、千葉君。 千葉  何言ってるんです! 山口  怒らんで、まあ、お茶でも飲んで。 千葉  言われなくても飲みます。(と、一気にお茶を飲み干す) 鹿山  千葉君、それ。 千葉  ぐう。 山口  ろろ…寝ちゃいましたよ。 鹿山  大丈夫ですよ、ほっといても、   鹿山、ある書類を引っ張り出す。山口、棚から薬ビンをとり、お茶に入れる。 山口  お茶、飲みます? 鹿山  今、何か入れませんでした? 山口  (薬品のラベルを見ながら)シトロドトキシン? 鹿山  毒です! 山口  ああ、毒ですか。(と、お茶を飲もうとする。) 鹿山  ちょっと! 山口  どうして止めるんです。 鹿山  どうしたもこうしたも、 山口  ろろ… 鹿山  やれやれ、 山口  ん…     あ、私。 鹿山  今度は毒です。 山口  そうですか、ここまで多様な事をやってると、次は何なのか楽しみですね。 鹿山  勘弁してください。 山口  何ですか?それ 鹿山  ああ、役所に出す書類ですよ。 山口  (覗き込んで)業務閉鎖願い。     閉鎖するんですか? 鹿山  お恥ずかしい話ですが、 山口  恥ずかしくないですよ。始まれば必ず終わるものです。 鹿山  そうですね。 山口  昔、本か何かで読んだんですが、星と言うのは消える前にひときわ輝いて消えるそうなんですよ。     雨だって、終わりにはきれいな虹が出るじゃないですか。終わりはいつも、ひときわ美しいものですよ。     私もひときわ輝いて終われますかね。 鹿山  終わるだなんて、まだまだ先のことですよ。 山口  そうなるといいですね。     おろろ… 鹿山  な、千葉君が眠っているときに限って…     千葉君、千葉! 千葉  酒持ってこーい。 鹿山  だめだぁ。 山口  酒、ありましたよ。 鹿山  それ、ウォッカじゃないですか!     …ちなみに、度数は? 山口  96     さ、千葉さんお酒です。 鹿山  ダメ!絶対ダメ! 山口  鹿山先生、飲まれます? 鹿山  いや、私は遠慮しときます。 山口  じゃあ、こっちですか?(と、シトロドトキシンのびんを差し出す) 鹿山  どちらも結構です! 山口  どちらかといえば? 鹿山  こっち、(と、ウォッカを指名) 山口  こっちですね。 鹿山  違います! 山口  まあ、お茶でも飲んで、 鹿山  それ、毒入り!     危ないんで捨ててきます。何もしないでくださいね。 山口  息を止めて待っております。 鹿山  呼吸はオッケー! 山口  …待っております。   鹿山、給湯室へ 山口  千葉さん、お酒持って来ましたよ。 鹿山  ダメ! 山口  どうしたんです、そんなに慌てて。 鹿山  これも持って行きます。 山口  自分で飲みますから、 鹿山  持って行きます。 千葉  モスコミュール… 山口  千葉さんもそう言っていることだし、   鹿山、無視して酒とお茶を捨てに行く。 山口  千葉さん、お酒なくなりました。     すみませんね、     ろろろ… 千葉  ろろろ… 鹿山  何もしていませんね。 山口  私、何もしていませんよね。 鹿山  毒死と急性アルコール中毒死の選択を迫られました。 山口  すみません。 鹿山  もう、なんだか慣れました。 山口  千葉さんはまだ? 鹿山  夢の中です。 山口  そうですか。大変ですね。 鹿山  大変です。 山口  どうされるんですか?病院やめて、 鹿山  やめっ放しです。 山口  千葉さんは? 鹿山  どうするんでしょうね。 山口  もしかして、まだ話していないんですか? 鹿山  無責任ながら。 山口  ボケ老人が言うのもなんですが、言っておいたほうがいいと思います。 鹿山  言おうと思っています。ただ、タイミングがなくて… 山口  タイミングですか。 千葉  あふん。 山口  どんな夢を見てるんでしょうね。 鹿山  私達も眠りますか。     これで、(と、お茶を差し出す。) 山口  お茶、ですか? 鹿山  睡眠薬入りです、 山口  なるほど、そういうことなら。   二人、お茶を飲む 二人  ぐう。   暗転。 4   ぐっすりと寝ている三人。 千葉  ん、あー。     あれ?鹿山先生?…寝ちゃったのか。   と、そこへ。電話。千葉の携帯電話ね。 千葉  もしもし、…ああ、何?…暇だけど。話すったって、何を話すのよ?     これからの事って…仕事中だから、じゃあ。   千葉、半ば強引に電話を切るが、再びなる電話。 千葉  もしもし、…これからの事っていうのは、あたしのこれからの事?あなたのこれからの事?それともあたしとあなたの関係のこれからの事?     …違うでしょう?あなたが心配してるのはあなたの事だけでしょう?     …別れるなんて、気休め言わないで。…とにかく会おうって…日曜?日曜は家族サービスじゃないの?     馬鹿ね。回りくどく言わないで単刀直入に言ったら?あたし、見かけ以上にたくましいのよ。     …うん。考える。…じゃあ。   静かに電話を切る。しばらく呆然としている。 山口  う、ん。私? 千葉  あ、起きましたか。 山口  私、何かしましたか? 千葉  私も、今起きたばかりですから。 山口  鹿山先生はまだ? 千葉  寝ていますね。 山口  どうかされました? 千葉  え? 山口  すこし、疲れているようですが。 千葉  寝起きですから。 山口  …そうですか。 鹿山  う、 山口  起きますかね。 千葉  鹿山先生。 山口  起こさなくても。 鹿山  う、ん。 山口  おろ?ろろろ… 千葉  え?鹿山先生。鹿山! 山口  君江さん!(と言って、千葉に襲いかかる) 千葉  な、何をするんですか! 鹿山  ん、何? 山口  小生は! 千葉  何時の人ですか!明治? 山口  昭和。 千葉  鹿山先生! 鹿山  ついに、千葉君も決断してくれたと言うわけだ。 千葉  嫌がってるのが分かりませんか! 山口  君江さん!あ、あ、愛して、て、 鹿山  愛されてるねえ。千葉君。 千葉  もう、先生には頼りません! 山口  ろろ、ろろ。 鹿山  お、千葉君。 山口  私、また何か…ぼへ、(千葉に殴られる。) 千葉  あ 鹿山  あーあ。 山口  何かしたみたいですね。 千葉  どうやら、私は君江さんらしいです。 山口  !君江さん… 鹿山  君江さんと言うのは、 山口  昔のことですよ。     昔好きだった女性の一人、ただそれだけです。 千葉  … 鹿山  ちょっと、千葉君 千葉  何ですか? 鹿山  前から言おうと思っていたんだが、山口さん、アルツハイマーじゃないだろ。 千葉  どうやら、そうみたいですね。 鹿山  このままだと老人ホームどころじゃないな。 千葉  何とかなりませんか? 鹿山  そこは小児科医ってことで勘弁してくれない? 千葉  まったく… 鹿山  山口さん。山口さん。 山口  何です? 鹿山  ご自宅はどの辺りですか? 山口  歩いてきたようなので、この近所だと思うんですが、 鹿山  よし、千葉君。タウンページ。 千葉  何をするんですか? 鹿山  とにかくこの近くの山口さんに電話をかけていこうかなと、 千葉  時間、かかりますよ。 山口  そうですよ。 鹿山  確実だよ。ほら、千葉君。 千葉  分かりました。   千葉、給湯室へ。 山口  何とかなりますかね。 鹿山  どうでしょう。 千葉  タウンページです。 鹿山  はいはい、じゃ、向こうでやってるから。   鹿山、去る。いつの間にか外は雨。 千葉  雨、降ってますね。 山口  天気予報で言ってましたよ。降水確率80%って。 千葉  雨は、嫌ですね。 山口  そうでもないですよ。 千葉  そうですか? 山口  おろ、ろろろ… 千葉  鹿山先生! 山口  雨です。 千葉  へ? 山口  雨の臭いがします。雨は降り積もり、私の体を満たすのです。     千葉さん、あなたも満たされましょう。 千葉  はい? 山口  雨の臭いは、なんだか赤ん坊のとき、いや生まれてくる前に記憶しているような臭いのよ     うです。それはきっと羊水の臭いなんでしょうね。     だからとても落ち着くんですよ。 千葉  そうですか? 山口  さ、千葉さんも生まれてくる前の安寧を一緒に感じましょう。     生まれたままの姿になって、 千葉  え? 山口  君江さん! 千葉  結局それですか! 山口  生まれてくる前の記憶は、きっと死んだ後の記憶につながるのです! 千葉  何わけわからないこと言ってるんですか! 山口  雨は死んだ後の記憶につながっているのです!     ろろろろ…ん。私? 千葉  また君江さんです。 山口  またですか。 千葉  君江さんって… 山口  雨は、きっと死んだ後の記憶につながっているんでしょうね。     雨の日にはいつも同じ記憶の断片が繰り返されるものです。     君江さんは、死にました。 千葉  そうですか。 山口  戦時中です。よくあることです。 鹿山  あーーー。休憩休憩。千葉君、お茶。     あれ?どうしたの? 千葉  また君江さん出ました。 鹿山  好かれてるね。いっそ結婚したら? 千葉  鹿山先生。 鹿山  何怒ってるの?千葉君、お茶。 千葉  自分で入れてください。 鹿山  分かりましたよ。   と言って、給湯室へ、 山口  すみませんね、年寄りの昔話に付き合ってくださって。 千葉  いえいえ、   と、千葉の携帯に着信が入る。 千葉  もしもし…(山口を気にして)     そんなこと、…私のことは私で決めます。     仕事中だから。 山口  恋人ですか? 千葉  え?何で? 山口  何となく。 鹿山  え!千葉君彼氏いたの? 千葉  …はい。 鹿山  山口さん? 千葉  違います! 山口  それで、どうですか? 鹿山  今のところ、該当する家は。 山口  そうですか、     私、もう一度帰ってみようと思います。 千葉  雨ですよ? 山口  このままここでお世話になるわけにもいかないですから。     では、 鹿山  待ってください。     どうぞ、(と傘を渡す。) 山口  どうも、     あ、千葉さん。私、さっき何か言ってませんでしたか? 千葉  生まれてくる前の記憶は、きっと、死んだ後の記憶につながると。 山口  そうですか。     終わりに見る輝きは、きっと、始まるときの輝きと同じなんでしょうね。     先生。タイミング、頑張ってください。 鹿山  ええ、   山口、去っていく。 千葉  行ってしまいましたね。 鹿山  千葉君の結婚相手が、 千葉  まだ言いますか。 鹿山  早く見つけといたほうがいいよ。 千葉  見つけません。 鹿山  再就職先 千葉  え? 鹿山  (書類を千葉に渡して)病院、やめるんだ。 千葉  どうして、突然。 鹿山  分かった、素直に言いましょう。病院、潰れるんだ。 千葉  いつ? 鹿山  この書類が受理されてから、3ヵ月後。 千葉  どうして! 鹿山  流行ってなかったじゃない。この病院。     ま、病院が流行るのもあんまりいいことじゃないけど。 千葉  どうして、そうやってはぐらかすんですか? 鹿山  どうしたの?千葉君。 千葉  どうして、今頃になって、 鹿山  いや、ごめん。タイミングが見つからなくて、ちょっと、コンビニまで探しに行ったりとか、 千葉  私、妊娠してるんです。   一瞬の間、 鹿山  …確かに君、おなか大きいけど。 千葉  まだ3ヶ月です! 鹿山  そんなに怒ると、おなかの子に悪いよ。 千葉  驚かないんですね。 鹿山  驚いてるよ。 千葉  そんな風に見えません。 鹿山  相手はなんて? 千葉  君のしたいようにすればいいって。 鹿山  そ。で、千葉君はどうしたいの? 千葉  分かりません。 鹿山  …これ、出してきてくれない? 千葉  嫌です。 鹿山  そう言うと思った。じゃ、行ってくるね。   鹿山、書類を持って近所の郵便ポストへ、 千葉  う、(吐き気を催してトイレへ) 山口  すいません。やっぱりダメでした。 千葉(声)  げほっ、ごほっ。 山口  千葉、さん? 千葉(声)  はい〜。 山口  どうされたんです? 千葉(声)  どうもしません。 山口  そちらに行きましょうか? 千葉(声)  ダメ!絶対ダメ。 山口  …分かりました。   山口、座って待っている。 千葉  お待たせしました。 山口  大丈夫ですか? 千葉  大丈夫です。 山口  鹿山先生は? 千葉  ちょっと郵便物を出しに、 山口  もう聞かれたんですね。 千葉  何です? 山口  病院やめるって、 千葉  ご存知だったんですか。 山口  たまたまですよ、たまたま。       ろろろろろ。 千葉  「ろろろ」じゃないですよ。 山口  星は、消えるときにひときわ輝いて消えるそうなんですよ。     雨だって、終わりには綺麗な虹が出るじゃないですか。     終わりはいつだって、美しいものですよ。 千葉  何、言ってるんです? 山口  私も、輝いて終われますかね。     どうやったら、輝いて終われるんでしょう。 千葉  そんな、終わるだなんて、 山口  輝き、輝き…     千葉さん、屋上へはどうやって? 千葉  この奥に階段が…     どうしてそんなこと聞くんですか? 山口  私、鳥になります! 千葉  やめてください! 山口  じゃあ、とんぼ。 千葉  トンボもダメです! 山口  紙飛行機… 千葉  全部ダメです。 山口  そうですか…(と、ロープを探し始める) 千葉  何を探してるんですか? 山口  何か、ロープになるようなものを 千葉  探さないでください! 山口  じゃあ、千葉さん、首絞めてくれます? 千葉  嫌です! 山口  そうですか、ろろろ? 千葉  ようやく終わった。 山口  私、また? 千葉  鳥になりたいそうです。 山口  鳥ですかぁ。それはいいですね。 千葉  よくないです。飛び降り自殺しようとしたんですよ! 山口  今度は、飛び降りですか。     つぎは何でしょうね。 千葉  わくわくしない! 山口  いやー、年を取るとたいていのことには驚かないんですが、     これは刺激的ですね。 千葉  よそでやってください… 山口  まあまあ、お茶入れますから。 千葉  自分でやります。   千葉、給湯室へお茶を入れに行く。   程なくして、暗転 5   千葉、山口、お茶をすすっている。 鹿山  ただいまー。 山口  お帰りなさい。 鹿山  あら、やっぱり山口さん帰ってこられたんですね。 山口  情けないことです。 鹿山  また、タウンページで探してみます。気長に待っていてください。 山口  すみません。 千葉  あ、鹿山先生。 鹿山  千葉君。今から、山口さんの家、探すから。 千葉  はい。 山口  お手数かけます。   鹿山、去っていく。千葉、お茶菓子を持ってきて、 千葉  どうぞ、あんまりいいものじゃありませんけど。 山口  どうも、     おろ?ろろろろ… 千葉  鹿山先生! 鹿山  ひろしでもいいよ。 千葉  山口さんが、 山口  あの、有り金全部出していただけないでしょうか? 鹿山  そんな、ナイフ突きつけて丁寧に言われましても。 山口  金を出せ!でないと命の保障はねえぞ! 千葉  乱暴に言えばいいってものじゃあ、 山口  お金を出してください、この通りです。(と、土下座。) 鹿山  そんな、頭を上げてください。 山口  ろろろろ…・     私? 鹿山  銀行強盗です。 千葉  だんだん、間隔が短くなっていません? 鹿山  言われてみれば、 山口  前は、一日に一度程度だったんですが、 千葉  今は、1時間に一度くらいですかね。 山口  がんばります! 鹿山  何を? 山口  超えて見せます1時間の壁! 千葉  超えなくていいです! 鹿山  どう?ユーモアあふれる人は。 千葉  しつこいです。 鹿山  分かってます。 山口  どうなるんでしょうね。私は、 鹿山  大丈夫ですよ。     家、探してきます。   鹿山、去っていく。 千葉  大丈夫ですよ。鹿山先生が何とかしてくれます。 山口  すみません、ご迷惑をお掛けして。 千葉  いえ…雨、やみませんね。 山口  もう、梅雨ですかね。 千葉  ナメクジの季節になりましたね。     あ、いや、家ナメクジよくでるんですよ。 山口  そうですか。 千葉  ナメクジ見つけると、塩かけてやるんですよ。     うねうね動きながら小さくなって気持ち悪いんですけどね。     しょうがないから、やっぱり塩かけるんですよ。 山口  終わりはいつだって美しいものですよ。 千葉  ナメクジでも? 山口  一寸の虫にも五分の魂。 千葉  そう・・ですね。 山口  ただし、ナメクジは除く。 千葉  それ、あんまりじゃありません? 山口  あんまりなのは千葉さんでしょう。 千葉  そうですけど、 山口  ろろ、 千葉  またぁ? 山口  うねうね。 千葉  ? 山口  わーい、雨だー。     うねうね。 千葉  もしかして、ナメクジですか? 山口  うね。(うなづく)   千葉、おもむろに給湯室から塩を持ってきてかける。 山口  うねー。 千葉  あ、小さくなった。 山口  何するんですか。一寸の虫にも五分の魂ですよ。 千葉  ただし、ナメクジは除く。 山口  ひどい事言いますね。 千葉  あなたが言ったんです! 鹿山  何?騒々しい。 山口  ナメクジに人権はないというのか! 千葉  人じゃないでしょ! 鹿山  千葉君、今度は何? 千葉  ナメクジです。 鹿山  ナメクジ? 千葉  はい。塩かけたら怒っちゃって。 鹿山  そりゃ、怒るよ。     ま、実害はないようだから。 千葉  行かないでください。 山口  うねうね。 千葉  私にずっとこれを見ておけと言うんですか? 山口  うね? 鹿山  電話してくる。 千葉  鹿山先生! 山口  うねー。 千葉  ちょ、近寄らないでください! 山口  そうさ、私達ナメクジはいつも嫌われもんさ。 千葉  いじけないでください! 山口  じゃあ、愛してくれますか? 千葉  う… 山口  嫌われもんさ。 千葉  だから、 山口  ぼっくらーは、いーつもー、 千葉  歌わない! 山口  うねうね。 千葉  鹿山せんせぇ 鹿山  何?一緒になってナメクジやれば? 千葉  鹿山先生なら、やりますか? 鹿山  そんな愚かなことできるわけない。 千葉  ほら。 山口  うねー。 鹿山  わ、襲ってきたぞ! 千葉  何なんですか? 山口  うねー! 鹿山  千葉君、塩! 千葉  はい!   と、塩を振り掛ける。縮こまる山口。 山口  ろろろ? 千葉  今度は、ナメクジです。 山口  いよいよ、訳分からなくなってきましたね。 千葉  何とかしてください。 鹿山  何とかしています。     と、いうことで。 千葉  ここにも、電話ありますよ。 鹿山  ここのは、調子悪いから。 千葉  絶好調です! 山口  それはそれは、ご健康で、(と、電話に話しかける。) 鹿山  分かりました。ここで、やればいいんでしょ。 千葉  そういうことです。 鹿山  タウンページ持ってきます。   鹿山、去る 千葉  早くしてくださいね。 山口  雨、やみそうですよ。 千葉  え?     あ、向こうの空、明るいですね。 山口  虹、出ますかね。 千葉  出るんじゃないですかね。 山口  出るといいですね。 鹿山  はい、黒電話さんよろしく頼んだよ。 千葉  お茶、持って来ましょうか? 鹿山  よろしく頼むよ。 山口  今、何件目ですか? 鹿山  7件ですね。 山口  山口って、たくさんあるでしょう。 鹿山  ええ。ですが、この近所となると20件ほどですよ。 千葉  お茶です。 鹿山  ありがとう。   と、鹿山、タウンページをめくりだし、電話をかける。 山口  私、ホームに入れられるんでしょうか? 千葉  そんなことないと思いますよ。 山口  こんなにしょっちゅう騒ぎを起こしてたら、いずれ入れられますよ。     すみません、愚痴っぽくなって。 千葉  そんなこと。 鹿山  そうですか、…はい。失礼しました。 山口  8件目。 千葉  昔、子どものころ虹って渡れると思ってたんですよ。 山口  え?ああ、渡れると思いますよね。 千葉  で、一回だけ渡ろうとしたんですよ。     でも、ほら、虹の端っこって、ぼやけてよく分からないじゃないですか。     たから、ここだろうなあって、ビルの屋上に上がって。 山口  怒られますよ。 千葉  怒られました。 鹿山  そりゃ、怒られるだろうねぇ。 千葉  鹿山先生、聞いてたんですか! 鹿山  だって、この距離だよ。嫌でも聞こえるよ。 千葉  ちなみにどの辺りから? 鹿山  昔、子どものころ… 千葉  始めっからじゃないですか! 鹿山  千葉君にもそんな可愛らしいころもあったんだねぇ。 山口  私も驚きです。 千葉  どういうことですか。 鹿山  さ、電話電話。 山口  お茶、入れてきます。 千葉  結構です! 山口  私が飲む分です。 千葉  入れてきます。 山口  すみませんね。 鹿山  もしもし、こちら、鹿山小児科医院ですが。 山口  もし、終わりに見る輝きが始まりの輝きと同じなら。     虹は、どっちなんでしょうね。 千葉  何か? 山口  いえ。何でも。     お茶、すみません。 千葉  いえ。 山口  ろろろ… 千葉  鹿山先生!ちょっと。 鹿山  またか。 山口  鹿山先生、千葉さん。どうも、ご迷惑をお掛けしました。     この恩は一生忘れません。     ささやかですが、私の思いを受け取ってください。(と、重いものを振り上げる) 鹿山  な、ちょっとタンマ! 千葉  思い違いです!それ! 山口  思いー! 千葉  鹿山先生!何でこんなものがあるんですか! 山口  私の思いー! 鹿山  町内運動会の景品! 山口  ナメクジの思い! 千葉  ナメクジー! 鹿山  千葉君! 千葉  何です! 鹿山  頑張って! 千葉  助けてください! 山口  君江さんへの思い! 千葉  え? 鹿山  千葉君、逃げて! 山口  ろろろ… 千葉  助かったぁ。 山口  あれ?あ、今度は撲殺ですね。 鹿山  一番、危なかったです。 山口  すみません。     にしても、どうやら、ずいぶん派手にやらかしたようですね。 千葉  それはもう。 山口  すみません。 鹿山  こちらこそ、何のお役にも立てませんで。 山口  そんなことないですよ、家だって探していただいてるし、 千葉  鹿山先生。お仕事、 鹿山  分かってるよ、じゃ、10件目いってみようか。 山口  お願いします。 千葉  山口さん、お腹すきません? 山口  そういわれてみれば、 千葉  何か作りますね。といっても、冷凍ものしかありませんけど。 山口  お手伝いします。 千葉  レンジがやってくれますから。 山口  そうですね。 鹿山  僕の分もよろしくね。 千葉  はい。(給湯室へ) 山口  どうですか?調子のほうは。 鹿山  まあ、気長にやりますよ。 山口  ろろろ?ろろ… 鹿山  げ、千葉君! 千葉  調理中です! 山口  …(おもむろにカッターを持ち出して、カチカチカチとやる) 鹿山  … 山口  カチカチ…フフッ 鹿山  (電話をかけようとする)え、と。次はー… 山口  フフェ…ウヘヘ… 鹿山  山口さん。 山口  カチカチ… 鹿山  いえ、何でもありません。 千葉  どうしたんです?妙に静かですが…     どうしたんですか? 鹿山  今度は、これらしい。 千葉  ま、実害はないようですし。 鹿山  行かないで、千葉君! 山口  フフェ…ヘヘ・・ 千葉  あ、もうすぐできますから。 鹿山  千葉君!   千葉、給湯室へ、鹿山、もの惜しげに給湯室を見る。 山口  鹿山先生。 鹿山  何でしょう。 山口  カチカチ… 鹿山  …そうですね。カチカチ、言っていますね。 山口  カチ? 鹿山  電話、しますね。 山口  カチ!(カッターを机の上に叩きつける) 鹿山  だあっ!どうしたんですか? 山口  ウヘヘ… 鹿山  電話します!次は、次は… 山口  痛いよー。苦しいよー。 鹿山  087の3432… 山口  カチカチカチ… 鹿山  …もしもし、 山口  きゃはははは! 鹿山  黙っててください!…すみません。鹿山小児科の鹿山と申します。 山口  ろろろろろ… 鹿山  山口しずおさんという身内の方は…そうですか! 山口  カッター?     鹿山先生、生きてる。千葉さんは?     千葉さん! 鹿山  ええ、こちらにおられます。…はい、そうですか。分かりました。     それではよろしくお願いします。 山口  千葉さん!なんて事を… 鹿山  山口さん。 山口  なんて事をぉぉ! 鹿山  山口さん! 山口  はい? 鹿山  千葉君。生きてます。     それと、ご自宅が見つかりました。家の方が迎えにこられるそうです。 山口  え?そうですか、それはどうも。 千葉  出来ましたよ。 鹿山  千葉君。見つかったよ。 千葉  そうですか。(山口に)良かったですね。 山口  どうも、ご迷惑をお掛けしました。 鹿山  いえいえ。 千葉  雨、やみましたね。 山口  終わりに見る輝きが、始まりのそれと同じなら。     虹はどちらでしょうね。 鹿山  え? 山口  虹は、雨の終わりでしょうか。それとも、晴れの始まりでしょうか。 鹿山  どちらでしょうね。 千葉  良いじゃないですか。どっちでもって事で。 山口  虹は、雨の終わりを彩り、晴れの始まりを告げる。 鹿山  いいですね。それ。 山口  それならば、きっと、生まれ変わりはありますね。     次生まれてくるときは、そのおなかの子どもになりたいですね。 千葉  気付いてたんですか。 山口  こう見えても、出産には5回立ち会ってるんですよ。 鹿山  そうですか。 山口  今も生きているのは一人ですけど。   チャイムの音。(病院にチャイムがあるかどうかは疑わしいが) 山口  迎えが来たようですね。     どうも、ご迷惑をお掛けしました。 鹿山  いえいえ。 千葉  お元気で。 山口  では。   山口、颯爽と出て行く。千葉、外まで見送りに行く。   それを鹿山呼び止めて、一枚の紙切れを渡す。 千葉  なんですか? 鹿山  紹介状、いい精神科医がいてね。 千葉  渡してきます。   暗転 6   程無くした頃。   鹿山、窓の外の虹を見ている。目に留まる紙切れ、大昔の当番表や、めくっていないカレンダー、それに退去勧告の紙切れ。鹿山、それらを破り、丸めてゴミ箱に捨てる。 千葉  鹿山先生? 鹿山  ああ、山口さん、帰った? 千葉  無事に。何してるんです? 鹿山  そろそろ、ここも片付け始めないとなって思ってさ。 千葉  そうですね。 鹿山  給湯室に、ダンボールあったっけ。 千葉  見てきます。 鹿山  シトロドトキシン、もう使わないよね。 千葉  大体、何でそんなものがあるんですか。 鹿山  病院だから。 千葉  …ダンボール見てきます。 鹿山  虹、出たね。久しぶりに見た気がする。     終わりに見る輝きねえ… 千葉  ダンボール、これだけしかありませんでした。 鹿山  十分だよ。(聴診器渡して)これ入れていて。 千葉  これはまだ使います。 鹿山  ねえ、千葉君。     この病院は、輝いて終われるかな。 千葉  きっと、大丈夫ですよ。 鹿山  蛍光塗料とか塗ってみようか。 千葉  鹿山先生。 鹿山  ひろしでもいいよ。 千葉  なんだか貧乏くさいです。 鹿山  しょうがないでしょ。貧乏だから潰れるの。   遠くで救急車のサイレンの音。 千葉  次生まれてくるときは、か… 鹿山  どうしたの? 千葉  この子になりたいって、山口さんが、 鹿山  その子、産むの? 千葉  産もうと思います。ちょっと、不安ですけど。 鹿山  いい産婦人科紹介してあげるよ。 千葉  ありがとうございます。 鹿山  ただし、条件が一つ、 千葉  何ですか? 鹿山  相手、ひっ捕まえておくこと 千葉  え? 鹿山  なんだかんだ言っても、好きなんでしょ?     それに、父親はいたほうが良いよ。 千葉  …そうですね。   電話のベルが鳴る。少しだけ、何かを予感したような二人。 千葉  はい、鹿山小児科医院…はい、そうですが。     山口さんが、…そうですか…はい…失礼します。 鹿山  山口さんがどうかしたの? 千葉  虹を、 鹿山  虹を? 千葉  虹を渡ろうとしたそうです。 鹿山  で、渡れたの? 千葉  (小さく首を振る) 鹿山  やっぱ、無理だよねぇ。 千葉  何がですか? 鹿山  星の最後みたいに輝いて最後を迎えるってのは。 千葉  そうでしょうか? 鹿山  だって、 千葉  虹、渡ってるかも知れませんよ? 鹿山  山口さん? 千葉  ええ、君江さんと一緒に。 鹿山  …そだね。 千葉  それに、輝いて格好よく終わろうが、不恰好に終わろうが、ちゃんと、ケリはつけないといけませんから。 鹿山  手厳しいなぁ。 千葉  雨の後に虹が出ようが出まいが、晴れは晴れですから。 鹿山  とりあえず、雨を終わらせろと。 千葉  ええ。 鹿山  じゃあ、できるだけ、格好の付く終わり方を目指して、とりあえず掃除掃除。…だね。 千葉  はい。   鹿山、段ボール箱を組み立てる。千葉、そのダンボールの中に、いらなくなった物達を放り込む。   雨上がり、虹が出ている。   終わりに見る輝きを目指して、二人、片付け続ける。 幕。