205 登場人物 男1 男2 男3 女1 女2 天使 0   音楽   ここは、田舎の山の中にあるラブホテルの205号室。   ラブホテルなのにも関わらず、安っぽいシングルベッド。一応、装飾はされているが、安っぽさはぬぐえない。   鏡の無い鏡台。いや、鏡はある。100円ショップで買ったような安っぽい小さな鏡が。   灰皿とホテルのロゴが入ったライター。「ロゴなんて見えんだろう」と思うが、そこら辺は雰囲気の問題。   上着掛けには空のハンガーがかかっている。   テレビの上には、落書きノートが転がっている。   普通の田舎のラブホ。   天使、やってくる。立て札を置いて、去る。   立て札には、『拝啓、亡霊のあなたへ』とある。   女2、やってくる。ったく、こんなもん置きやがってってな感じで立て札を抱える。   代わりに、遺書と靴を置いて、去る。   男1、やってくる。遺書と靴を目にして、驚く。   それらを拾い集め、代わりに、オロナインを置いて去る。   男2、やってくる。オロナインを見て、げんなりする。   男2、タバコとライターを置いて、オロナインを持って去る。   男3、やってくる。タバコとライターを拾う。   勝手にタバコを一服。気持ちを置いて、去っていく。   女1、やってくる。宇宙一コレステロールのたまらないキャノーラ油を手にしている。   男3の残した気持ちを見つけ、駆け寄る。油を置いて、その気持ちを愛しげに抱きしめる。   女1、そのまま去る。   男1、キャノーラ油をやってきて、抱える。 1   男1、立っている。そこへ、天使がやってくる。 男1  気がつくと、見知らぬ場所にいた。 天使  どうも、 男1  気がつくと、見知らぬ人が声をかけていた。 天使  どうも 男1  どうも 天使  始めまして 男1  始めまして? 天使  おーイエス、始めまして。 男1  …誰っすか? 天使  天使です。 男1  …誰っすか? 天使  だから、 男1  誰? 天使  天使です。 男1  嘘… 天使  嘘じゃないです。 男1  (熱を測ろうとして) 天使  大丈夫です、どちらも正常です。私も、あなたも、 男1  (脈を図ろうとして) 天使  止まってますよ。 男1  え? 天使  脈、止まってますよ。 男1  嘘… 天使  嘘だと思うなら、やってみたらどうです? 男1  (測って)ホントだ。 天使  でしょ?死んでるんですから、あなた。 男1  あんた、何者? 天使  無視かい 男1  だからあんた、何者? 天使  だから、天使です。 男1  趣味の一環か何か? 天使  何言ってるんです。 男1  イメージプレイ? 天使  何を、ってか私、男ですよ。 男1  男だね。 天使  興味、あるんですか? 男1  無くは無い。 天使  … 男1  うそうそ、冗談。 天使  冗談きついなぁ。 男1  ホントに天使? 天使  これ、名刺です。 男1  (名刺を受け取り)有限会社「天使の巣」 天使  ほら、天使でしょ? 男1  有限会社? 天使  えぇ、 男1  何か、アレだね。 天使  何です? 男1  ショボ… 天使  怒りますよ? 男1  あ、すんません。つい、本音が 天使  本音が… 男1  いやいや。 天使  ともかく、信じてもらえます? 男1  「天使の巣」ですか。 天使  小洒落たペンションみたいな名前でしょ? 男1  ペンションなんですか? 天使  いえいえ。 男1  ペンションと言うよりは、イメクラみたいと… 天使  喧嘩売ってるんですか? 男1  あと、 天使  あと? 男1  天使って昆虫か何か? 天使  はい? 男1  いや、天使の「巣」ってあるんで。 天使  … 男1  悪気は無いんです。 天使  悪気以外の何があるんですか?     大体、自分の死をあれほど見事にスルーしてて     私が天使だって事を納得できないんですか? 男1  男のこだわりってヤツです。 天使  もういいです。本題に移りましょう。 男1  本題? 天使  あなたを霊界の門に連れて行きます。 男1  あ、それ知ってる。そこで、選択をするんでしょ? 天使  よく、ご存知ですね。 男1  スカイハイ、スカイハイ 天使  は? 男1  いや。 天使  分かってるなら、話が早い。さ、行きましょう。 男1  嫌です。 天使  嫌とかそういう事じゃなく、決まりですから 男1  結構です。 天使  結構ですってあなた、 男1  ダメです。 天使  だからね 男1  何故ですか? 天使  何故とかじゃなくて、 男1  どうしてですか? 天使  どうしてとか(じゃなくて) 男1  本気で言ってるんですか? 天使  本気(です) 男1  嘘つき 天使  嘘つきって、(人聞きの悪い) 男1  聞こえません。 天使  あのね 男1  何言ってるんですか? 天使  … 男1  意味が分かりません、 天使  そりゃ、こっちの台詞だよ 男1  (何か言おうとする) 天使  ちょっと黙ってください。 男1  何も言ってないのに、 天使  あのね、あなたは、死んだの。     身も蓋も無く言うけど、死んだの、交通事故にあって、脳みそぶちまけて、     もう、汚いったらありゃしなかったよ。 男1  ホントに、身も蓋も無いね、 天使  あ、あんた「この世で自分が一番不幸」って思ってるでしょう! 男1  いや… 天使  居眠り運転のトラックに轢かれるなんて、確かに幸か不幸かって言われたら不幸だよ?     でもね、それ位の事で不幸面されたらたまったもんじゃないよ。 男1  別に、不幸面してるわけじゃ…… 天使  あれでしょ?慰めて欲しいのよね。     深夜のマジ話(ばな)と同じね。「うんうん、そうそう」って同意して欲しいだけなんだよね?     でも、それってちょっと大甘なんじゃない? 男1  そこまで言いますか。 天使  あのね、あんたより不幸な人間なんて、いくらでもいるんだからね。     例えば、イラク在住のPN… 男1  ペンネーム? 天使  黙って聞く!     PN「大輔LOVE」さんからのメッセージ。 男1  …… 天使  あたしは、いつの間にか生まれて、いつの間にか戦争に巻き込まれて、いつの間にか死んでいました。テヘ。 男1  小学生の作文みたい。 天使  (無視)あとね、尾道市在住のPN「太郎ちゃん」さんからのメッセージ     あたしは、何となく大学を卒業して、何となく就職という規定のルートに違和感を持ち、     何となく就職戦線からあぶれ、何となく恋の一つでもしながら、     何となく乗ったフランス行きの旅客機が墜落しました。     天使さん、こんなあたしに手向けの音楽をお願いします。 男1  ラジオじゃあるまいし。 天使  はいはい、ありがとね。音楽かけるからね。     音響さん大丈夫?   どこからとも無く、手向けの音楽が流れる。   曲は、センスに任せます。 天使  (すごい勢いで)ね!? 男1  「ね」って言われても、 天使  不幸なのはあなただけじゃないんです。 男1  そんな、不幸同盟みたいに言われても困ります。 天使  じゃあ、どうすればいいんですか! 男1  死にたくない。 天使  死んでるんですよ? 男1  どうにかならないんですか。 天使  無理です、無駄です、おやめなさい。 男1  ドラゴンボールで、生き返らせるとか。 天使  もっと、現実的な案が思い浮かばなかったんですか? 男1  リレイズ。 天使  却下。 男1  世界樹の葉。 天使  何で、そうまでして生きようとするんですか。諦めなさい。 男1  ある人に、言いたい事があるんです。 天使  今更何を言うつもりですか。昔話でもするつもりですか? 男1  今の話をしたいんです。     あいつの亡霊でありたかった俺が、亡霊でいられなくなった俺が、     迷子センターの子供みたく泣きじゃくって、それこそ身もだえするほど泣きじゃくって、     終いには、亡霊であるはずの俺の思いが、亡霊になってさまよったとしても。     俺は、元気でやっていると。 天使  死んでるじゃん。 男1  …… 天使  それに、どんな事情があるにせよ、「今更」であることには変わりないでしょう。 男1  …うん。 天使  (多少情にほだされて)…仕方ありませんね。 男1  え? 天使  そこの先のトンネルを抜けて、ずーっと行った所にラブホテルがあります。 男1  をい 天使  そこの205号室で待っていて下さい。 男1  そこで、待ってたらあいつに会えるんだな? 天使  何年かかるか分かりませんよ? 男1  うん、 天使  あなたみたいな人間なんて、ゴロゴロいるんですから。 男1  うん。 天使  じゃあ、行って下さい。 男1  うん。 天使  色々、私も忙しいんですから 男1  ありがと。 天使  油、買って帰らないと。 男1  … 天使  天ぷらなんですよ、今日の晩飯。 男1  真面目にやってるんですか? 天使  真面目ですよ。     今日、安売りなんです。 男1  さいですか… 天使  さあ、お行きなさい!(スカイハイ) 男1  ふざけてるでしょ。 天使  いやいや、これは何かの冗談です。 男1  ほら! 天使  言葉のアヤって奴です。 男1  ったく…じゃ、行くよ。 天使  来るよ。 男1  やる気あるんですか? 天使  私に文句言う暇があったら、向かったらどうですか? 男1  ……そうする。   男1、出て行く。   取り残される天使。 天使  いくらがんばったところで、今更は今更なのに、   天使、嘆息して電話をかける。 天使  もしもし、こちら992号。今、205号室に一人、向かいました。     え?先客?……(調査票をめくって)ああ、四股して女に刺された奴。     そいつが何か?     ……別に良いんじゃないですか?もう死んでるんですし。     分かりましたよ。はい、面倒くさがらずに行きますって。…はい、じゃあ。   電話を切る 天使  ったく、油、買って帰らないといけないのに……   天使、去る。   誰もいなくなる空間。そして、205号室。   男2が携帯で電話をしながら入ってくる。男1はその後を付いて入ってくる。 男2  言葉ってのは、ホラ、記号の羅列だろう?     それを、組み合わせて、小説なんかを書く奴はすげえよな。     どんなに、感動的な話だって、結局は記号の配置の仕方一つなんだよ。     うん。   男2、振り向く。男1も振り向く。   男2には男1の背中が見えるが、何事もなかったかのように、喋り始める。 男2  だから、これから俺が言う事は、あくまで記号の羅列に過ぎなくて、 男1  何を言ってるんです? 男2  これは、何もお前に何かを促す意味を持っているという――     仮に、意味があったとしても、百歩譲って意味があったとしても、     それは記号に意味を求める事がまずいというか、いけないというか。     いや、別にお前が悪いっていう意味じゃないんだ。 男1  そうですね。 男2  ん?   男2、振り向く。男1も振り向く。   男2には男1の背中が見えるが、何事もなかったかのように、喋り始める。 男2  気のせいか。     そう、全部気のせいなんだよ。例えば、この机をな、お前は「テーブル」って言うだろ?     でも、そりゃ気のせいなんだよ。 男1  結局、何が言いたいんです? 男2  何が言いたいかって言うと、これから俺が言うことは無味無臭の言葉でな。     そんな、掻き出すとかそういうことじゃなくて!     ちょっと、ほじくり出すっていう…いや、これ無し。これアウト! 男1  だから、何が言いたいんです? 男2  単刀直入に言うと、その、あの、えーと、なんだ、     とりあえず、ちょっと、暫らく距離を置かないかって。   男1、男2から離れる。 男1  こんくらいでどうです? 男2  いや、物理的な距離の問題じゃなくてな。   男2、振り返る。男1、振り返らない。 男1  どうも。 男2  (つられて)どうも。 男1  物理的な距離の問題じゃないとすると、精神的な距離ですか?     でも、精神的な距離って言っても、これ以上の距離を置くのはなかなか難しいかと。     だって、私とあなた他人同士ですからね。 男2  ひょっとして、聞いてました? 男1  ひょっとしなくても、聞いていました。それより大丈夫です?電話。 男2  あ。切れてら。 男1  かけ直さないんですか? 男2  ええ。 男1  ひょっとして、お邪魔でした? 男2  そんなこと無いですよ。 男1  でも、ここ205号室ですよね。 男2  そうですが。 男1  おかしいなぁ。   男1、フラフラと部屋を出て行く。   男2、溜め息をつき、懐からナイフを取り出す。   吸い込まれるようにナイフを見つめる男2。 男1  やっぱり、ここなんですよね。   男2、入ってきた男1と目が合う。   凍りつく空気。 男2  見ましたね? 男1  (ナイフを見ながら)何を、ですか? 男2  分かっているくせに。 男1  (ナイフを見ながら)分からないです。 男2  これですよ。 男1  果物でも剥くんですか? 男2  人を刺すんです。 男1  そんなビッグサプライズ、僕に教えちゃって良いんですか? 男2  冥土の土産って奴です。 男1  勝手に、殺さないでください! 男2  じゃ、了承取ればいいんですね。 男1  そういう問題ですか! 男2  辞世の句は出来ましたか? 男1  出来ません。 男2  じゃ、こっちで考えておきます。 男1  意味ないでしょ! 男2  秋深し隣は何をする人ぞ 男1  パクリじゃないですか! 男2  何人聞きの悪いこと言ってるんですか、これはインスパイアって言うんです。 男1  違うでしょう!それ、違うでしょう! 男2  ま、どっちでもいいです。 男1  ちょ、待ってください!   男2、男1を襲う。   もみ合って、ベッドに倒れこむ。   そこへ、 天使  失礼しまーす。あ… 男達  あ… 天使  何のつもりですか? 男達  はい? 天使  何かのイベントですか? 男1  何のこと? 天使  言っときますが、ホモじゃないですよ。 男2  僕もです。 天使  襲わないでくださいね。 男2  襲いませんよ。 男1  だったら、襲わないでください! 天使  襲ってるじゃん。 男2  これは、ちょっとしたファンタジーです。 天使  ファンタジーでホモですか? 男1  ホモは違います。 天使  でも、襲われてたんでしょ? 男1  だから、 男達、近づく。天使、逃げる。 天使  止めて下さい。妊娠したらどうするんですか! 男2  いい加減、怒りますよ。 天使  掘りますよ? 男2  違う! 天使  じゃ、こっちは掘られますよ? 男1  違う! 天使  すんません。百歩譲って僕も同じ趣味だとしても、痛いのはちょっと。 男2  違うと言ってるでしょう! 天使  それに、男三人でお医者さんごっこは絵的にまずいかと。 男1  あ、ファンタジーってそれがファンタジーですか? 男2  違います! 天使  じゃあ、何? 男2  嘘も方便というヤツです! 天使  糞と放便? 男2  違うって! 男1  好きなんですか?うんこ。 男2  分かってくださいよ! 男1・天使  分かってますよ。 男2  分かってやってるなら、尚、タチ悪いですよ。 男1  趣味は人それぞれですからね。 男2  をい。 男1  アレでしょ?うんこ食べたりしっこ飲んだり、     でもあまり人に強要できる趣味じゃないですよね。 男2  ああー、もう! 天使  強要したんですか? 男1  あのまま行けばしたかもしれませんね。 男2  もう! 天使  もうもう言って、牛じゃないんだから。 男2  …もういい。 天使  と、冗談はここまでにして、 男2  冗談でやってたのかよ。 天使  (男1に)先客がいらっしゃいますので、待っていただくようになります。 男1  そうみたいですね。 天使  よろしかったら、奥にバスルームがあるので、そちらでゆっくりとお待ちになられたらいかがでしょうか。 男2  ちょっと待て! 天使  なんですか? 男2  違うだろ。ここは、これから、俺が使うの。 天使  ええ、ですから、 男2  バスルームも、使うの。 天使  そうですか、それなら、トイレで…… 男2  ユニットバスだろ!ここは! 男1  仕方ありません。ここで待つことにします。 男2  だから、どうしてそうなる! 男1  この場所とーッぴ! 天使  じゃあ、私はこの場所で。 男2  あー、殺意沸いてきた。 天使  冗談の通じない人ですね。 男1  んだんだ。 男2  ほら、出て行ってください。 天使  分かりましたよ。さ、行きましょう。   天使、男1、部屋を出る。   男2、おもむろに電話をかける。 男2  もしもし。ん、ああ。悪い。     なあ、ちょっと聞いてくれよ。     別に言い訳するわけじゃないんだ。だからといってありのままをいう気にはなれない。     だってよ。ありのままってのは、ひどく味気ないもんじゃないか。     すし屋行って、マグロ一匹どんって出されたら、味気ないだろ?     結局、何が言いたいかって言うとな。     ……すまなかった。   男2、電話を切る。 男2  向こうで、会うことが出来たら抱きしめてやるよ。     名前は、あいつが付けるだろう。     会ったら、ちゃんと自己紹介するんだぞ。   暗転 2   女2、男2、ともに部屋を出る準備。   男は背広を羽織ったり、ネクタイを締めたり、   女は化粧を簡単に直したりしている。 女2  大丈夫?口紅とかついてない?     お酒の匂いとかしてない?ブレスケアした?     ホテルのライターとか持って帰ってないでしょうね? 男2  大丈夫だよ。子供じゃないんだから。 女2  そうやって慢心してる人ほど、ツメが甘いんだから     はい、消臭スプレー。 男2  有難う。   男2、消臭スプレーを自分に振り掛ける。 女2  あーあ、こうしてまた一週間が終わるのね。 男2  まだ金曜日だぞ? 女2  時間の感覚なんて、人それぞれよ。     散髪屋さんは月曜日が休みだから、月曜に一週間が終わるの。     あたしの場合は、金曜日ね。 男2  …… 女2  油買って帰らないと。 男2  油? 女2  宇宙一コレステロールのたまらないキャノーラ油 男2  あれ、高いだろ。 女2  よく知ってるのね。 男2  よく、買いに行かされるからな。 女2  …… 男2  あ…アレだ、仕事で使うんだ。 女2  塾講師が、何に使うの? 男2  子供にくれてやる景品でな、 女2  仮にそれが事実だとしても、キャノーラ油で喜ぶような子供はちょっとどうかと思うわ。 男2  …… 女2  さてと、   女2、化粧を終えて部屋を出て行こうとする。   動かない男2 女2  いつになったら言うつもり?「掻き出せ」って。 男2  だから、直接的に言えばいいってもんじゃないだろう。 女2  間接的に言っても同じことよ。 男2  そうかもしれないけどな、もっと良い言い方があるだろう。 女2  例えば? 男2  缶のポタージュスープのコーンををすくう様にこう。あ、今の無し。     えーと、真っ赤な煮豆を取り出すように。これも違う。 女2  血膿を掻き出すように。 男2  血膿って、ひどい言い草だな。 女2  あなたにとっては膿みたいなもんでしょ? 男2  …… 女2  帰らないの?奥さん、待ってるんでしょ? 男2  ん、あぁ。 女2  どしたの? 男2  なあ、 女2  何? 男2  ばれた。 女2  何が? 男2  お前の事。 女2  誰に? 男2  分かって言ってるだろう。 女2  誰に? 男2  …あいつに。 女2  だから? 男2  だからもう、終わりにしよう 女2  (分かりながら)何を。 男2  愛のないセックス 女2  じゃあ、愛して 男2  その質問が不毛な事くらい 女2  分かってる 男2  愛のないセックスを平気で続けるには、俺は少し純粋すぎた 女2  したわ 男2  …… 女2  平気で、 男2  …… 女2  毎週金曜日の夜 男2  …… 女2  それを一年 男2  …… 女2  ときに、目隠しプレイ 男2  それ、流れに関係あるか? 女2  ときに、赤ちゃんプレイ 男2  …… 女2  人の性癖なんて別にいいんだけど。 男2  …… 女2  縛るのも好きだったっけ 男2  ごめん、俺が悪かった。 女2  はじめから、下手なこと言わなきゃいいのに 男2  …… 女2  どんなに言葉を尽くしても、本質は変わらないものよ 男2  だからといって、 女2  どんな言い方をしたって、傷つくのはあたしなんだから。 男2  …… 女2  はっきり言ったらどう? 男2  ……堕ろしてくれ 女2  嫌。 男2  頼む。 女2  嫌ったら嫌。 男2  どうして 女2  息子さん、今一歳でしょう?     丁度、同世代になるわよね。幼稚園なんかが一緒になったりして、お母さん同士で談笑したりね。     素敵でしょう? あまりにも話が弾んで、ちょっと昔話なんかが出たりしてね。     どんな顔すると思う? 奥さん。やっぱビックリするかな? 男2  何がしたいんだ。 女2  奥さんに、「あなたの旦那さん、面白い性癖お持ちですね」って     きっと楽しい談笑になるわ。そんじょそこらの昼ドラよりもスリリングでしょうね。     奥さんの叩く布団の音がどんどん大きくなっていくのね。     バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン 男2  止めろ。 女2  ついには、プラスチック製の布団たたきが折れて、破片がぱらぱらっと降ってくるの。     それでもたたき続ける奥さん。     先の無い布団たたきで叩くものは、さて、本当に布団なのでしょうか? 男2  止めろ!   男2、テーブルにあるナイフを握り締める。 女2  それで刺すの? 昨晩も刺して、こんな朝っぱらにも刺すんだ。     って、下ネタ言うキャラじゃないわね。 男2  堕ろせ。 女2  嫌。 男2  堕ろせよ。 女2  嫌よ。 男2  堕ろせよ! まだ、3ヶ月だろう! そんな影も形も無いようなミジンコ、とっとと掻き出しちまえよ! 女2  影と形はあるわ。 男2  知らねえよ! 何なら、ここで俺がやってやろうか。     ナイフとフォークとスプーンありゃ、何とかなるだろう!     こう見えてもな、蟹の身、穿り出すのは結構上手いんだ。     それが嫌なら、医者行け医者! 女2  ひどい男。 男2  それとも、そのミジンコと一緒に死ぬか?     俺は、それでもいいんだ。首括るか手首切るか、何なら、風呂に湯張ってもいいんだぞ。     飛び降りが好みなら、好都合だ。このホテル結構高いからな。     ミジンコと一緒にミンチ見たくつぶれりゃいいさ! 女2  言いたい事は、それだけ? 男2  …… 女2  どうしたの?刺さないの? 男2  ……(ナイフをテーブルに置く) 女2  刺せないでしょうね。あなた、自分の手は汚さないもの。 男2  そうだな。 女2  あなたの言うとおりにするわ。 男2  ホントか? 女2  そうよね、ミジンコみたいなものよね。まだ、顔なんて出来上がってないんだから。     あれよ、エイリアンみたいなもんよ。そのまま出てきちゃったら、あたし夢でうなされるかもしれないわね。     まだ、そこら辺の犬とか猫とかの方がよっぽど生き物らしいわよ。     クソよ、クソ。 男2  …… 女2  どうしたの? 帰らないの? 奥さん待ってるんでしょう?     出張帰りのあなたを。 男2  ああ。お前は。 女2  もう少し、ここにいることにする。 男2  そうか。   男2、去り際に「すまなかった」と言って部屋を出て行く。 女2  夢でね、あたしは顔の無いミジンコと一緒に歩いているの。     あたしが冗談を言うとね、顔の無いミジンコは無いはずの口を開けて笑ってくれるのね。     あたしが泣いていると、無いはずの目から涙を流してくれるの。     顔の無いミジンコは、名前も無いのね。     だから、あたしはミジンコをミジンコと読んでいるの。     あたしがミジンコって呼ぶと、ミジンコは悲しい顔をするわ。     そりゃ、見てくれは見れたもんじゃないのよ。だって、ミジンコだからね。     そこらのスプラッタ映画に主演出来るくらいのひどい有様。     まだ犬や猫とかの方がよっぽど生き物らしいわよ。     でも、そんなミジンコを滑稽なほど、抱きしめたくなるのよ。     あなたも、彼にあってみるといいわ。素敵に笑うから。本当に、素敵に笑うから。   女2、テーブルのナイフを持って、男2の後を追いかける。   暗転。 3   女2、自分の書いた手紙みたいなものを読んでいる。 女2  あのね、右腕を見るとね、肌がすぅっと青白くなっていくの。     その白の中にね、薄緑っぽい青っぽい、なんともいえないような色で血管が浮いているのね。     あたしの腕なんて、そんなきれいなもんじゃないのよ。骨ばってるし、そうかと思えば二の腕タプタプだし     でもね、それが綺麗に見えるのよ。     二の腕なんてね、おっぱいみたく白くてやわっこくて、青白い血管とのコントラストがなんともいえないの     左腕はひじから先が真っ赤に染まって、そこら中に生臭い匂いを撒き散らしてるのね。     でも不思議と痛みは感じないの、ゆっくりと落ちるような感じ。     眠りに落ちる直前に感じる、あの感じね。ふわっと浮いたように落ちるの。     ゆっくりと落ちて、落ちて、あたしはあなたに会いに行くわ。     だから、あなたは真っ赤な池に横たわるあたしを見つけて。 男3  不幸の手紙か? 女2  ラブレター 男3  ずいぶん屈折したラブレターで 女2  思いを素直に表現したら、こうなったの 男3  表現方法は様々だからな、 女2  受け取ってくれる? 男3  ナニを? 女2  眼一杯のストレート 男3  ナックルの間違いじゃないか? 女2  愛してる 男3  はいはい、ありがと 女2  殺したいほど 男3  前言撤回 女2  どんな殺され方がいい? 男3  だから、前言撤回って。 女2  えんえん切開? 男3  無理が無いか?その間違いは。 女2  一緒にリスカするってのは? 男3  リスカって何だ? 女2  リストカット。ほら。   と言って、女2、手首の古傷を見せる。 男3  ああ!ダメダメ。俺、そういうの得意じゃないから。 女2  得意な人も珍しいと思うけど? 男3  そりゃそうだ。 女2  じゃあね、コルク抜きで一突き。 男3  お前、刺した後、ねじるだろ。 女2  ねじらない。 男3  いや、ねじる。 女2  ねじらないってば。 男3  あれ、ねじるの痛いんだぞ、 女2  ねじられた事あるの? 男3  いや、無いけど。 女2  じゃ、いいでしょ。 男3  そもそも、ねじるねじらないの問題じゃないだろう! 女2  仕方ない。   女2、おもむろに鈍器を抱えて、 男3  何が仕方ないんだ? 女2  これで我慢する。 男3  我慢とか、そういうことじゃないだろう! 女2  重いわ。 男3  下ろせよ! 女2  あなたの頭の上に? 男3  元あった場所に!そーっと! 女2  そーっと。(と言いながらぶんぶん振り回す) 男3  そーっとじゃなくていいから、それ置け。 女2  ちぇ   女2、鈍器を置く。 女2  ガス自殺って、キレイに死ねるらしいよ。 男3  却下。 女2  じゃあ、飛び降り。 男3  却下。 女2  メガンテ 男3  きゃ…おちょくってるのか? 女2  大真面目よ。 男3  メガンテ、使えるのか? 女2  今は、マジックポイントが足りなくて、使えない。 男3  ほら、使えない。 女2  昨日はあなたと一晩中セックスしたから、それでマジックポイント使ったのね。 男3  使わない。 女2  そりゃ、あなたは使わないでしょうよ。独りよがりで単調だから、 男3  …… 女2  あわせるあたしの身にもなって欲しいわ。 男3  …… 女2  という事で、今度はあなたがあたしにあわせる番ね。 男3  という事でって、どういう事だよ。 女2  (愉快に)さぁ、一緒に無理心中 男3  楽しげに言ったって、ダメ。 女2  今日も、楽しく無理心中。 男3  いやいや、だめったら。 女2  じゃ、寂しく、無理心中。 男3  じゃあっておかしいでしょ。じゃあって、 女2  炊飯? 男3  ジャー。って何やらせるの!   女2、クスクスと笑い出す。 男3  どうした? 女2  あたしたち、こうしてると恋人同士みたいね。 男3  一晩だけで良いって、 女2  そうね。 男3  どうだ?何とかなりそうか? 女2  無理よ。そんなに簡単ならあなたの力なんて借りてないわ。 男3  確かに。 女2  そろそろ、茶番も終わりね。 男3  大丈夫か? 女2  大丈夫じゃない。 男3  もう一晩、借りようか? 女2  それじゃ、意味ないでしょ。すがる対象があなたになるだけだもの。 男3  すがってもらっても、いいんだぞ。 女2  優しさだけでそんな事言うと、後悔するわよ。     それとも、ただヤりたいだけかしら。 男3  馬鹿言え。 女2  うん。 男3  そいつ、そんなにいい男か? 女2  宇宙一。 男3  あんま、リアルじゃない表現だな。 女2  うん。 男3  ホントに、好きだったんだな。 女2  うん。 男3  妻子持ちでもか? 女2  うん。 男3  四番目の女って言われてもか? 女2  うん。 男3  子供が出来たからって、捨てられてもか? 女2  どうして…? 男3  お前が、散々言って聞かせたんだろうが。 女2  うん。 男3  おまえ、そいつの携帯に「貢ぐちゃん」で登録されてるんだってな。 女2  うん。 男3  「貢ぐちゃん」って、具体的にどれくらい貢ぐちゃんなんだ? 女2  一ヶ月に十万。 男3  相当な「貢ぐちゃん」だな。 女2  うん。 男3  かっこいいのか?そいつ。 女2  うん 男3  俺と比べて、どんくらいかっこいいんだ? 女2  百万倍、彼のほうがかっこいい。 男3  そうか。 女2  うん。 男3  優しいのはどっちだ? 女2  ん。(と男3を指差す。) 男3  そうでもないぞ。 女2  うん? 男3  俺、そろそろ仕事だから。 女2  うん。 男3  ラブホから仕事場に直行ってのもアレだけど、 女2  うん。 男3  今晩、飲むか? 女2  うん。 男3  アレだ、その、ヤケになるなよ。 女2  うん。 男3  リスカとか、するんじゃないぞ。 女2  大丈夫。人間、簡単に死なないから。 男3  そういう事じゃなくて。するんじゃないぞ。 女2  うん。 男3  世の中には、どうしようもないことがあるんだからな。 女2  あなた、父親みたいな事言うのね。 男3  …長男だからな。 女2  そんなもん? 男3  そんなもん。 女2  うん。 男3  それから 女2  仕事、大丈夫? 男3  大丈夫じゃない。 女2  … 男3  そんな、血の抜けた青白い腕なんて、キレイなもんじゃないぞ。 女2  うん。 男3  じゃ、俺、行くから。 女2  うん。 男3  生きてりゃきっといい事あるとは思えんが、死んだところでどうなるもんでもないんだからな。 女2  うん。 男3  ホントだぞ。 女2  チコクするわよ。 男3  ホントだ…   男3、あわてて出社する。 女2  (呟く)ありがと。   と、放ってあった冒頭の手紙をくしゃっと丸めて放り投げる。   そして、かみそりをかばんから取り出し。 女2  ゆっくりと落ちて、落ちて、あたしはあなたに会いに行くわ。     だから、あなたは真っ赤な池に横たわるあたしを見つけて。     あなたとあたしとミジンコで、三人で最果ての向こうの桃源郷を一緒に歩きましょう。     真っ赤に染まったあなたと真っ白に色づいたあたしと、そしてミジンコ。     いくら綺麗に言い表しても、やっぱ気持ち悪いものは気持ち悪いのね。   女2、苦笑。   かみそりを高く掲げ。   暗転。 4   女1、本を読んでいる。   男3は暇そうにしている。 男3  ねえ 女1  (無視) 男3  ねえってば。 女1  何? 男3  俺の事、好き? 女1  は? 男3  俺の事、好き? 女1  嫌いだったら、付き合ってません。 男3  言って。 女1  何を? 男3  好きって言って。 女1  面倒くさい。 男3  言ってよ。 女1  近寄るな暑苦しい 男3  じゃあ、言って 女1  だから面倒くさいって…だから近寄るな暑苦しい! 男3  じゃあ、言って。 女1  …好き 男3  感情がこもってない。 女1  なんなのよ!いちいち文句ばっかり 男3  逆切れ 女1  どうすりゃいいの? 男3  そんくらい考えたら分かるものでしょう。何年役者やってるの? 女1  (握りこぶし) 男3  今までそうやって物事を解決してきたんだね。かわいそうに。 女1  (諦めて)…感情、込めればいいのね。 男3  出来る?台詞だけ浮いたりしない?こう、表層をつらーっと滑っていくような台詞の吐き方しない?     そもそも、発声できる? 女1  もうやらない… 男3  ごめん!黙るから。 女1  分かればいいんだけど 男3  本当の事でも言って良い事と悪い事があるよね」 女1  …あんた、喧嘩売ってんの? 男3  そんな、滅相も無い。     ほら、言って 女1  やる気なくした。 男3  言って 女1  プライドが傷ついた 男3  そんな、くだらないもの後生大事に抱えてないで、言ってよ 女1  本当に、言ってほしいの? 男3  うん 女1  感情込めて? 男3  出来ないなら、いいけど 女1  やります。女優ですから。 男3  女優といえば、薫桜子(AV女優)も女優だね 女1  は? 男3  さ、どうぞ 女1  (感情込めて)好き。 男3  愛してる 女1  愛してる 男3  抱いて欲しい。 女1  抱いて欲しい。 男3  じゃ、要望にお答えして。   男3、女1に飛び掛る。   女1、何食わぬ顔してそれをかわす。 女1  危ない危ない、これだから男は… 男3  単刀直入に言おう。 女1  何。 男3  一発やらせて 女1  (即答)ヤダ。 男3  なんでよ!ラブホテルまで来てから、何してんの! 女1  読書。 男3  ここは、ナニするところでしょう!それを、何してんの! 女1  だから読書。 男3  俺はお前をそんな風に育てた覚えは無いぞ! 女1  育てられた覚えが無いもの。 男3  …… 女1  口げんかじゃ、あたしに勝てっこないんだから 男3  じゃ、実力行使で 女1  あたし、合気道三段よ。知ってるでしょ。 男3  ……本当に、俺の事好き? 女1  しつこい。 男3  好きなの? 女1  女々しい。 男3  最近は、男のほうが女々しいんだぞ。 女1  そうみたいね。 男3  好きって言って。 女1  さっき言ったでしょう。 男3  もう一回。 女1  だから……寄るな暑苦しい!     言うわよ、言いますよ。好き好き、大好き。チャイコフスキー。 男3  どのくらい好き? 女1  はぁ? 男3  俺の事、どのくらい好き? 女1  何で答えなきゃ…だから近寄るな暑苦しい! 男3  どのくらい? 女1  あー、このくらい(適当に) 男3  そんな、適当じゃなくてやってよ 女1  そんなん言うんなら、あんたはどうなのよ? 男3  俺?日本一。 女1  じゃあ、あたしもそのくらいで。 男3  だめ、日本一とっぴ。 女1  じゃあ、町内一。 男3  普通、こういう時ってどんどん大きい方向に行くと思うんだが 女1  じゃあ、宇宙一 男3  証明して。 女1  ハイ? 男3  宇宙一愛してるって、証明して。 女1  …どうすりゃいいのよ。 男3  一発……冗談、冗談。 女1  真面目にやりなさいよ。 男3  この世界に、宇宙一コレステロールのたまらないキャノーラ油が…     どしたの? 女1  あんた、どこか打った? 男3  馬鹿にしてるでしょ。 女1  うん。 男3  キャノーラ馬鹿にすんなよ! 女1  別に、キャノーラ馬鹿にしてるわけじゃあ 男3  キャノーラは、俺の体を心配して、コレステロール下げてんだぞ! 女1  別にあなたを思っているわけじゃないでしょう。 男3  特定保健用食品に認定されたんだぞ! 女1  何、熱くなってんの? 男3  キャノーラは、キャノーラは。 女1  エッチ出来なくて、情緒不安定になってるのね。 男3  そんなんじゃないやい! 女1  寂しくて、情緒不安定になってるのね。 男3  そんなんじゃないやい! 女1  それで、あの子と寝たのね。 男3  そんなんじゃ…… 女1  寝たのね。 男3  (頑張ってみる)そんなんじゃないやい! 女1  あたしがガード固いから。 男3  そんなんじゃないやい…… 女1  …… 男3  そんなんじゃないやい……   男3、呟き続ける。   女1、おもむろに立って出かける準備をする。 女1  キャノーラ油を探してくればいいのね。 男3  え? 女1  それが、宇宙一あんたを愛してる証明になるんでしょう? 男3  でも、 女1  近所のスーパーで売ってるかな? 男3  売ってないと思う。 女1  やっぱ、東京とか行かないとダメなんかな? 男3  どうして? 女1  聞いてばっかり。 男3  怒らないの? 女1  怒って解決するなら、いくらでも怒るけど? 男3  悪いの、俺だよ? 女1  おう、あんたが悪い。絶対的に悪い。 男3  …… 女1  だからって、あんたと口論しても何にもならないでしょう? 男3  …… 女1  あんたと口喧嘩するために、一緒に居るわけじゃないんだから。 男3  ……   女1、「サヨナラ」を呟き、部屋を出て行く。   取り残される、男3。 男3  街からずいぶん離れた山ン中。トラックステーションやパーキングエリアが点在する山ン中。     夜の闇が宇宙と同化する場所にある、何の変哲も無いラブホテルの、205号室。     彼女のサヨナラは闇に響いて、俺の右の耳から入り左の耳から抜けていった。     サヨナラは宇宙を駆け巡り、思いを届ける相手を探して彷徨うから。     俺は、そのサヨナラを左の耳から受け取り。しっかりと抱きしめた。   男3、嘆息して出て行く。   女1、突っ立っている。そこへ、天使がやってくる。 女1  どういうわけか、宇宙一コレステロールのたまらないキャノーラ油を探す事になっていた。 天使  どうも。 女1  どういうわけか、見知らぬ人が声をかけてきている。 天使  どうも。 女1  どうも。 天使  始めまして 女1  始めまして? 天使  おーイエス、始めまして。 女1  誰? 天使  天使です。 女1  あ、天使さんね。 天使  そうです、天使です。 女1  ハハハハ 天使  (つられて)ハハハハ 女1  じゃ、これで。 天使  ちょっと、待ってください。 女1  あ、そういう趣味ないですから。 天使  趣味でやってる訳じゃないんですよ。 女1  宗教には興味ないんで。 天使  宗教でも無いです。 女1  セールスお断り。 天使  それも違って、 女1  じゃあ、何!? 天使  そんな、逆切れされても困るんですが。 女1  いきなり、天使ですって名乗られても困るんですが。 天使  すみません。 女1  じゃ、これで。 天使  ちょっと、待ってください。 女1  アンケートなら、駅前か大学構内でやってください。 天使  アンケートじゃないです。 女1  政治には興味ないんで 天使  政治活動でもないです。 女1  私、帰宅部って決めてますから 天使  クラブ勧誘でもないです。 女1  埒があかないわね 天使  こっちの台詞です。 女1  問題!32×13=? 天使  え? 女1  ブブー、残念。じゃ。 天使  意味が分からん! 女1  じゃ、もう一問。 天使  簡単なヤツでお願いします。 女1  1+1=? 天使  2! 女1  田んぼの田!残念! 天使  だから、待ってくださいよ! 女1  あのね、あたしは忙しいの。あなたと遊んでる暇なんてこれっぽっちも無いわけよ。 天使  ずいぶん楽しげでしたが? 女1  うん、楽しかった!…じゃ、 天使  何でも肯定すればいいってモノじゃあ。 女1  あー、つまらんかった。…じゃ。 天使  かといって否定に走るのもどうかと。 女1  八方塞がりね。 天使  意味、分かって使ってます? 女1  …… 天使  あなた、あれでしょ?探し物、してるんでしょ? 女1  そうよ。 天使  宇宙一コレステロールのたまらないキャノーラ油でしょ? 女1  そうよ。 天使  それで、愛を証明するんでしょ? 女1  そうよ。 天使  ね? 女1  そうよ。 天使  いや、そうよじゃなくって、 女1  そうよ。 天使  人の話は聞きなさいって親御さんが 女1  そうよ。 天使  やる気、あります? 女1  そうよ。 天使  聞いてくださいよ。 女1  面倒くさい。 天使  あなたの探し物の方が面倒な気がするんですが、 女1  仕方ないでしょう。面倒なもん欲しがるんだから。 天使  それでも探そうと思ってるんでしょ? 女1  以心伝心が一番楽なんだけどね     そういう訳にもいかないわけよ。 天使  好きなんですか? 女1  好きじゃなかったら付き合ってないでしょう? 天使  確かに。 女1  ま、向こうはどうだか知らないけど。 天使  それを知りたくて、油を? 女1  んにゃ。天ぷらでも作ってやろうと思って、 天使  …… 女1  気まぐれよ。 天使  ええ。 女1  そういうことだから、じゃあ。   天使、女1に油を突き出す。 女1  え? 天使  探し物はこれですか? 女1  そうよ。頂戴。 天使  ヤダ。 女1  そりゃ、仕方ない。   女1、諦めて進む。 天使  ちょっと、待ってください 女1  しつこい。 天使  欲しくないんですか?これ。 女1  欲しい。 天使  ダメ。 女1  残念。   女1、諦めて進む。 天使  すみません、冗談です。差し上げます。 女1  ホントにくれるの? 天使  ―― 女1  嘘って言った後の展開が読めないわけじゃないでしょう? 天使  ホントです。 女1  ありがと。 天使  ……一つ、聞いてもいいですか? 女1  ダメ。 天使  どうして、そこまでするんですか? 女1  ダメって言ってるのに 天使  そこら辺のスーパーやコンビニにしらみつぶしに当たって、 女1  …… 天使  軽い冒険旅行記が書けるくらいに歩き回って、 女1  …… 天使  馬鹿みたいだ。 女1  そうね。 天使  アホみたいだ。 女1  そうね。 天使  性格悪い…… 女1  それ以上言うと、殺すよ。 天使  どうしてです? 女1  口で言えばいいんだろうけどね。あたし、口下手だから。     だから、態度で示してやろうと思ってね。 天使  それで、そんなにできるもんですか? 女1  やらないと、心が痛むから。 天使  そうですか。 女1  そういうこと。 天使  分かりました。もし、会ったら伝えておきます。 女1  会ったらって、顔も名前も分からないでしょう。 天使  大丈夫です。天使ですから。 女1  ああ、営業の人はいろんな人と会うからね。 天使  セールスじゃありません。 女1  昔の教え子と交流持ったり。 天使  教師でもありません。 女1  彼、金八先生の物まね上手いのよ。 天使  そうなんですか。 女1  早く、帰って天ぷら作ってやらないと。 天使  そうしてください。   女1と天使、別々の方向に歩き出す。   男3、一人で出てくる。昔の写真が一枚。   電話をしております。どうやら、デリヘルに電話しているようだ。 男3  (金八先生の物まね)みなさぁん!人という字はぁ。出来ねえよ!     あ、いや、こっちの話です。     ええ。トンネル抜けて、菜の花園を通り過ごして……そう。     ホテルの名前?何だっけなぁ……     川があるでしょう。そこを、通り過ぎた……そう、エキゾチック尾道。     そこの、205号室で……あいよ、よろしくぅ。   男1、電話を切る。と、同時に、女1、入ってくる。 女1  よ 男3  ? 女1  よ 男3  誰ですか? 女1  よ 男3  だから誰ですか? 女1  よ 男3  エリちゃん? 女1  よ 男3  さっき、電話でお願いしたんだけど。 女1  ○○君。 男3  え? 女1  違った? 男3  違わない。 女1  なら良かった。 男3  どうして、名前を? 女1  女の勘。ねえ、それ何? 男3  写真。 女1  高校の時の? 男3  どうして? 女1  セーラー服着てるから 男3  うん。 女1  (覗き込んで)かわいいわね。 男3  普通でしょ? 女1  好きだったの? 男3  普通でしょ? 女1  好きだったのね。 男3  うん……愛していた。 女1  高校生風情が「愛」なんて語ると、とたんに陳腐ね。 男3  俺、高校生? 女1  だったんでしょ? 男3  ああ。 女1  愛なんて、知ったかぶりで語ってみたりしたんでしょ? 男3  ああ。 女1  妄想だけが先走ったりもしたんでしょ? 男3  ああ。 女1  (写真を指して)それが、その妄想の相手? 男3  ……ああ 女1  何を考えてるの? 男3  今頃はどうしてるだろうかってさ、     教師になるんだって、奈良の大学行ったってとこまでは分かるんだけどな 女1  中洲の風俗店で働いてるよ。レギュラーコース八千円ポッキリ。     もう、これもんでこれもんで、あれもんで、ドラえもんで、21えもんで、サービスたっぷり。 男3  嘘…… 女1  嘘よ。本当は、大阪の公立高校で英語の先生やってる。 男3  そうか。 女1  どう?感想は。 男3  なんだか、ホッとした。 女1  学級崩壊、おこしてね。ノイローゼで休職してるけど。 男3  …… 女1  まあ、それも嘘なんですが 男3  本当の事を言ったらどうだ。 女1  本当の事ー。 男3  ? 女1  言ってみました。本当の事ー。 男3  くだらない 女1  くだらないついでに言うと、高校ン時付き合ってた彼と彼女、結婚したわよ 男3  それは嘘だ 女1  どうして分かるの? 男3  別れたはずだからな 女1  知ってたの。つまんない 男3  悪かったな 女1  じゃあ、その後より戻したのも知ってる? 男3  え? 女1  偶然街で会う二人。昔話に花が咲き、気が付きゃバーのカウンター。     グラスを傾け彼は言う。 男3  「もう一度、始めてみないか?」ってか? 女1  もともと、付き合ってた二人よ。再会の雰囲気と酒の勢いで、ホテルへレッツゴー。 男3  …… 女1  トンネル抜けて、菜の花園を通りすごし、川を抜けたところにあるラブホテルの205号室で。 男3  ここか? 女1  ま、全部嘘なんだけどね。 男3  …… 女1  何をそんなに心配してるの? 男3  ひどく自分勝手な心配だが、幸せになっているだろうか?ってな 女1  それはひどく自分勝手ね 男3  だから言ったろう? 女1  安心して、きっと、彼女は幸せよ。あなたと一緒じゃないもの 男3  ……あんた、誰だ? 女1  クイズ、あたしは誰でしょう? 男3  幽霊? 女1  ブブー 男3  お化け? 女1  ブブー 男3  ゴースト? 女1  いいかげん、お化けから離れたら? 男3  じゃあ、ブス? 女1  見た目の事を言えって言ってるわけじゃないのよ。 男3  一応、分かってるんだな。 女1  …… 男3  え、と。じゃあ 女1  じゃあ? 男3  分からん。 女1  ピンポン! 男3  ? 女1  あたしも、自分が誰だかわかんない。 男3  用が無いんだったら、出てってくれ。 女1  そうよねー。大事な用があるんだもんねー。 男3  言うほど、大事じゃないが、そういうことだ。 女1  エリちゃん、来るんだもんね。 男3  ! 女1  昔好きだった子と同じ名前のデリヘル嬢呼んじゃうくらいだもんね。 男3  あんた、ホントに何者だ? 女1  さあね。どうするの? 男3  出て行ってくれ。 女1  昔語りでもするの?エリちゃんに。 男3  出て行ってくれと言っているんだ。 女1  そんなのされても困るだけだと思うけどな。 男3  …… 女1  昔語りくらいなら、聞いてあげてもいいんだけど? 男3  むかしむかし、あるところに 女1  おちょくってんの? 男3  大真面目だ 女1  ……続けて。 男3  あるところに、男と女がいました。男は女に好意を抱いていました。 女1  さらに、尿意を抱いてました。ぷぷー。 男3  …… 女1  続けて。 男3  …… 女1  続けてよ。 男3  しかし、女は別の男に好意を抱いていました。 女1  振られてやんの。ぷぷー。……ごめん 男3  彼女の名前をググって見ても、当たり前のように何も出て気やしない。     ふと、目に留まったページで大学生活を垣間見て、ひどく心が締め付けられる。     恋とは違う、亡霊のような過去に対する愛しさを覚える。 女1  人名検索までかけて、あんた変態? 男3  そうかもしれない。 女1  それで? 男3  亡霊の彼女に、亡霊の俺は出会う。薄暗い部屋の片隅で、パソコンの明かりがまぶしい中。     亡霊の彼女は、自主映画に出ていたり、女子寮の役員をやっていたりしていた。     そして空想するんだよ。亡霊でない今の彼女は何をしてるだろうかってさ。     ありていに言えば、好きだったんだ。 女1  今は? 男3  分からない。 女1  好きよ。 男3  え? 女1  好きよ。 男3  突然、何を 女1  どう? 男3  どうって……見ず知らずの子に(言われても) 女1  嬉しいでしょ? 男3  いや、そんなに。 女1  あなたが望んだのに? 男3  俺が? 女1  あなたが 男3  ……そうかもしれない 女1  ぷぷー。うっそぴょーん。何真剣になって「そうかもしれない」よ。馬鹿じゃないの? 男3  嘘? 女1  嘘。 男3  出て行け。 女1  嫌。 男3  襲うぞ。 女1  襲えば? 男3  じゃ、遠慮なく。   男3、女1を襲いだす。 女1  ちょ、ナニすんのよ。変態。馬鹿。阿呆! 男3  ああ、変態だ。馬鹿だ。阿呆だ。 女1  開き直らないでよ! 男3  何のことだ? 女1  あたし、あんま可愛くないから。 男3  そうだな。 女1  胸もないし。 男3  そうだな。 女1  実は男なの! 男3  それは嘘だ。 女1  何で信じてくれないのよ! 男3  大丈夫。 女1  大丈夫じゃないでしょ。何が大丈夫なのよ! 男3  ちょっとしたユーモアだ。 女1  目がマジだった。 男3  ばれたか… 女1  ばれるよ!ってか、ちょ、止めて!   男3、女1から身を引く。 女1  え? 男3  止めたぞ。 女1  婦女暴行未遂で訴えてやる。 男3  じゃ、そうすれば? 女1  そうして欲しいの? 男3  …分からない。   男3、照れくさそうに笑って、出て行こうとする。 女1  行くの? 男3  どうせ、こないんだろ?エリちゃん。 女1  そんなこと…そうよ。 男3  じゃ、ここにいても仕方がない。 女1  待って。     クイズ、あたしは誰でしょう? 男3  ……   男3、黙って出て行く。   女1、取り残される。 女1  記憶の断片の中、暗闇のそのまた向こうにある桃源郷であたしはあなたと出会うんだ。     アルバムを開けば、切り取られた小さな想いが顔を覗かせて、     ひどい偏頭痛を持ってやってくるのね。     おかげでで、散々頭を抱えてうずくまったあたしは、その後散々、馬鹿みたく笑い飛ばすんだ。     笑いすぎて、おなかが痛くなって散々おなかを抱えてもだえてるの。     笑いながら、クイズ、あたしは誰でしょう?って、部屋の隅っこで呟いても、誰も答えてくれないからね。     あたしはとっても暇人よ。あたしはとっても寂しいの。     ねぇ、答えて、あたしあなたの亡霊だから。あなたが答えてくれさえすればいいの。     もし答えてくれるんなら、あたし嬉しくって叫んじゃうから。     ピンポーン!大当たりです!     ピンポーン!って!   女1の寂しげな笑顔を残して、暗転。 5   薄暗い中、男1がいる。キャノーラ油を抱えている。   ため息がこぼれる。   天使、やってくる。 天使  来ませんね。 男1  そうだな 天使  これで良かったのかもしれませんね。 男1  そうだな 天使  会ったほうが不幸ということもありますからね。 男1  そうだな 天使  会って、何を言うつもりだったんですか? 男1  会った時に浮かんでくる言葉を言おうと思ってたよ。 天使  今だったら、何て言うんですか? 男1  亡霊の思いは…… 天使  え? 男1  亡霊の思いは、普通の人には見えないから。その思いはどこに行くのだろう。     亡霊への思いは、受け取り手がいないから。その思いはどこに行くのだろう。     亡霊のあなたへ、亡霊のあなたお元気でしたか?     久しぶりの事で戸惑うこともあるでしょう。思いの大きさに、途方に暮れることもあるでしょう。     思いを両手一杯に抱えたあなたに、僕の果てしない思いを差し上げます。     思いが重いとあなたの心が悲鳴を上げるくらいの、果てしない思いを差し上げます。 天使  でも、亡霊への思いは届かないんでしょう? 男1  そうだな。 天使  言い難いことなんですが。 男1  時間切れだろ? 天使  ええ。 男1  後がつかえてるんだろうからな。 天使  もう、長蛇の列で。   男1、諦めて行こうとする。   抱えていたキャノーラ油を差し出して。 男1  これ、貰ってくれない? 天使  大切なものじゃないんですか? 男1  いいんだって。   男1、天使にキャノーラ油を渡して去る。   取り残される、天使。 天使  亡霊の思いは、普通の人には見えないから。その思いは宇宙に彷徨う。     思いは歌となって、歌は祈りとなって、宇宙に響く。     宇宙の中の小さな星の小さな国の小さな町の小さなあなたへ。     お元気でしょうか。もし、これを見ているのなら連絡ください。     HPも開いていますし、実家の電話番号も変わっておりません。     もし、連絡いただけたら、宇宙一コレステロールのたまらないキャノーラ油を差し上げます!     亡霊への思いは、受け取り手がいないというけど、亡霊のあなたへ。     ありがとう、それから、ごめんなさい。   天使、キャノーラ油を置いて去る。   女1、やってくる。キャノーラ油を見つけて、ふっと悲しい笑顔。   キャノーラ油を抱えて、代わりに気持ちだけ置いて去っていく。   男3、やってくる。気持ちを見つけて、駆け寄る。   気持ちをポケットに押し込んで、代わりにタバコとライターを置いて去る。   男2、やってくる。タバコとライターを拾ってラッキー。   代わりに、遺書を置いて、去る。   女2、遺書を見つけて驚き、駆け寄る。   中身を見る。どうやら自分が以前に書いた遺書らしい。   女2、遺書で紙飛行機を作り、投げる。で、去る。   男1、歩いている。雨が降り出した。上着で頭を多い。ついでにそれで遊んでみる。   ふと、傘をさされる。見上げると、女1。   二人、相合傘で、去る。   天使、立て札を持っている。   それを置いて、去る。   立て札には、『草々』とある。 幕